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『魔術の理(ルール・オブ・マジック)』

統一世界―『スフィア』 C.E.28907年 一六月十二日 一三時〇一分(世界統一時間)

中央都市『ロクス』 東区 時空制御局東方第七七七支部 ホワイトナイト隊控室

 




「どうだ、そっちは?」

ローウェルとの契約を果たすため、キリアたちが『巨人の軍団』の捜索を始めて数日が立っていた。結局、この件に関しては統一世界にキリア、マナ、ヴィンセント、オルレア、派生世界にルシとアリスが捜索にあたることとなった。

《どうもこうも、まるっきり手がかりなしだ》

キリアの質問に抑揚のない声でルシは答えた。

「こっちもだ。確実に事件にかかわっているんだが、なぜか証拠が無い。つまり功績としての記録だけが残ってるってわけだ。やつらの存在自体は尻尾もつかめやしない」

《こっちはそういう意味では逆だ。やつらの居場所の目星は大体ついているんだが、まあ、あの図体だ、この世界では目立つからな。問題なのは何か事件を起こしたわけじゃないってことだ》

七七七支部の控室からのキリアの通信を受けたルシは『巨人の軍団』がいるとされる派生世界のホテルにいた。もちろん、これは統一世界の人間が経営するホテルである。

「なるほど、それで情報をすんなりと渡したわけだな、ヴァルトシュタインのやつ。見つけたはいいが不法侵入じゃ自分の支持率は回復しないもんだから手をこまねいていたって訳か」

《おそらくそんなところだろう。実際に俺も手をこまねいているところだ》

本気か冗談か、音声のみの通信ではルシの表情までは分からないが、これには、微糖コーヒーの砂糖くらいは本音が混じっているようだった。

「しかしこちらはそちら以上に深刻だ。なんせ潰す獲物が見つからないんだからな」

《どうする?こっちのやつら締め上げて吐かせるか?》

ルシは窓の外にそびえる山にに視線をやりながら、仮にも世界秩序を信念とする組織にあるまじき発言をするルシにキリアはもっととんでもない発言で返した。

「お前が締め上げると、当分口きけなくなるから駄目だ。そもそも、そんな下っ端が頭の居場所知ってんのか?それなら区画ごと消した方が早い」

しかも、始末が悪いのはこの二人の言葉は本人たちにとって実現可能であるということだ。

「そんなことしたら逆に第七七七支部が潰されちゃうでしょ!?」

話がとんでもない方向に向かいそうだった(と言っても、本人たちは結構まじめだ)のを、マナが無理やり引き戻した。

「だいたい、なんで当てもないのに安請け合いしたのよっ?」

「理由を言ってやれ。ヴィンセント」

「俺が知るかっ!?」

「んじゃあ、オルレア」

「私も知らないわよ」

はぁ、とため息交じりにマナは自分の発言を後悔し始めた。こういう流れになってしまうとキリアに従うしかないことをマナは決して短くないキリアとの付き合いで学んでいた。

こういう風に話をはぐらかし始めると、キリアの中では次の行動はもう決定事項だ。

「で、ほんとはどうするつもりなの?」

実際に区画を焼け野原にする気はないものの、とんでもないことを考えているのはここにいるメンバーには十分に伝わっていた。

「第五八支部に向かう」

この発言には、ポーカーフェイスがデフォルトのルシにも衝撃を与えた。と、同時に何かを得心したようだ(ルシと同じく派生世界に来ているアリスの頭上に疑問符が浮かんだのは想像に難くない)。

「おいおい、またスパイがいるって言いたいのか?いくらなんでも考え過ぎだろ」

ルシと違い、ヴィンセントは自分の感情をそのままキリアに伝えた。

直接は関わらなかったものの、レイトの一件は皆が知るところだ。

「そこまでは言ってない。ただ、現状この統一世界では組織の力を示すための成果だけが残り、派生世界では捕まりにくい不法侵入だけの記録しか残っていない。そして、これらが起こっているのが両方とも第五十八支部だってことだ」

《つまり、五八支部によって統一世界ではやつらの存在が秘匿され、こちらでは制御局が出てくるほどの事件が揉み消されていると言いたいわけか?》

ルシがキリアの考えを要約する。

「まあ、かいつまんで言うとそうだ」

キリアはそれをあっさり認める。

《それなら、俺たちはここで待機していよう》

「よし、それじゃあ早速行くか」

そこでキリアは通信を切った。

「なあ、その五八支部までどうやって行くんだ?」

「そいつはデュカに訊け。さすがに俺でも全支部の場所を知ってるわけじゃねえよ」

「じゃあ、私が訊いてくるよ」

そう言ってオルレアは控室へ向かい、ものの数分で戻ってきた。

「分かったわ。バーデュって言う北地区と西地区の境界付近にある村よ」

「村?そんなに小さいのか?」

ヴィンセントがオルレアの言葉に対して意外感を示す。

「ええ、その村で一番大きい建物が支部っていうくらいにね。ただ、その周りには高原が広がっていて五八支部の担当は面積だけで言えば結構なものよ」

「なるほど」

「しかし、バーデュか。結構かかるな。」

現在キリアたちがいる七七七支部は、区分上中央都市『ロクス』に属しているとはいえ、その最端部のスラム街に位置している。ローウェルのいる統一世界の中心とされる世界統一機関本部からは五千キロ弱の距離がある。五八支部のあるバーデュは、世界統一機関をはさんで七七七支部から真反対のロクスの端の地域からさらに直線距離で二万七千キロほど行ったところにある。

「車ごと列車でサウザンプまで行ってそっからはまた車で行くしかねえな」

「詳しいな」

「なに、顔見知りが近くに住んでいたんだ」

「へえ」

お前に七七七支部の人間以外に友達がいたのか、とは言わなかったが、ヴィンセントの顔はそれを物語っていた。だがしかし、冷静に考えると、東方死覇時代に数々の事件を解決していたキリアの顔が広いのはそれはそれで当然という気もする。

「それじゃあ、早く行きましょう。キリア、車回して」

「へいへい」

キリアはマナに促されるまま腰を上げて車庫に向かった。



「しかしお前、遠出に向かねえ車だな」

キリアがまわしてきた車は、黒塗りのオープンカーであった。一応フォーシーターだが、ヴィンセントの言う通り、大人数で遠出するには少々乗り心地はよさそうに無かった。

「だったらお前、車買えよ」

「いやだよ。俺運転嫌いだし」

「だったら文句言ってねえでさっさと荷物を積め」

「はいよ」

「列車の手配、終わったよ」

マナはプリントアウトした紙をひらつかせながら歩いてきた。

「さすがにヴァルトシュタインが後ろについてるだけあって、こういったことはスムーズに事が進むな」

「だったらついでに必要経費としていくらかお金ももらってくればよかったのに」

「こいつはうっかり、後でまとめて請求しよう。三割り増しくらいで」

マナの後ろにいたオルレアの言葉に、キリアは抑揚のない声で答えた。

「これでよし。さあ、さっさとみんな乗れ」

キリアは運転席につくと、エンジンをかけ、全員が乗ったのを確認し愛車を走らせた。

程なくして、キリアたちは最寄りの駅(と言っても、ローカル線ではなく政府管轄の路線の駅である)に到着し、それからさらに三日後にサウザンプに到着した。




統一世界―『スフィア』 C.E.28907年 一六月十五日 一六時〇三分(世界統一時間)

西区 サウザンプ グルーノステーション


 「さて、こっからが大変だ」

「そんなに遠いの?」

キリアのつぶやきに、助手席に乗り込んだマナが反応する(ちなみに、列車に乗る前はヴィンセントが助手席に座っていた)。

「いや、距離はさしたる問題じゃない。ただ、サウザンプから出ると荒野が続く。周りになにもねえから方角を正確に把握し続けなければならない」

「そんなもん、太陽みりゃ大体わかるだろ」

ヴィンセントの言う通り、日はまだ高い。地図を思い返すと、今から出発すれば、サウザンプから五八支部は日暮れまでにつく距離である。

「ところがこの荒野、障壁が張ってあってな。常に幻覚が発生している」

「へえ、詳しいんだな」

「前に言ったろ。顔を知ったやつが近くに住んでたって。だから、この道を通るのは初めてじゃない。昔ならこの程度の幻覚何のことはねえが、今は周りの景色を信じずにこの荒野に入る前の方向と距離をつかんでおかねえと同じところを何度も回ることになるぞ」

「なんでそんな面倒くさいところに支部を建てるかな」

マナが頬を膨らませながら不平を漏らす。

「そんなことは着いてから本人に直接言え」




「で、着いたわけだが…」

キリアが車を走らせて数時間、四人は高くそびえる城壁の前にいた。ヴィンセントが五八支部について最初の一言がこれだった。

「これだけ幻覚の障壁に守られているってのに、こんな城壁…それほどの機密を有しているのか…」

その言葉に続いてキリアも口を開いたが、実は次のオルレアの言葉を頭の中で考えていたりもする。

「まあ、入ってみれば分かるでしょ」

「それもそうか」

車のエンジンを止めると、四人は木製の扉を押して城内へ足を進めた。

「誰だ、お前ら。ここはこの世界を統べる最後の砦だ。金が欲しいなら他所へ行きな」

入ってからすぐに、地面に座り込んでいた不愛想なひげ面の中年の男が声をかけてきた。

「こんなところまで金をせびりに来るやつはバカか暇人のどちらかだ。申し訳ないが、バカであっても暇人ではないんでな。第七七七支部のキリアだ。ここの責任者に話があるんだが」

「七七七支部?3ケタモンが何の用だ?」

身分を明かしてもなお、男の態度は悪い。しかしキリアは構わず続けた。

「あんたらの報告書について訊きたいことがあるんだが」

すると、男は警戒を解いたようだった。

「なんだ、今月はいつもの人じゃないんだな」

男は腰を上げるとキリアたちを招き入れた。要領を得ていないキリアたちだったが、とりあえず男に従って責任者の部屋へ向かった。

「おい」

「ん?ああ、俺は五八支部のガルドだ」

「じゃあ、ガルド。今月はいつもの人じゃないとはどういうことだ?」

「ん?今月分のうちの報告書を取りに来たんじゃねえのか?」

この男は、警戒心は強いが一度心を許すと無条件の信頼を置く、そういったタイプの人間だろうとどうでもいいプロファイリングを行っていたキリアだったが、ガルドの言葉に一度その思考を頭から切り離す。

「報告書を受け取りに?今日日報告書を物理的な媒体で行っているのか?」

それまで沈黙に徹していたヴィンセントが口を挟んだ。

「ここの幻覚障壁は人の感覚だけじゃなく、電波までおかしくしちまうのさ」

「へえ、そんなことが…」

オルレアは素直な感想を述べる。

「そのことと、報告書を受け取るのとどう関係があるんだ?」

「だから、電子的に送信ができないから、月に一度本部の人間がそれを受け取りに来てるんだ。なんだよ、本当に別件か」

そこまで言ってガルドは一つの扉の前で立ち止まる。

「まあ、とりあえずここがうちの隊長の部屋だ」

ガルドがぞんざいにノックをして、返事が聞こえたかどうかきわどいタイミングで扉を開けた。

「なんだ、ガルド。…そちらの方々は?」

そしてそのぞんざいなノックを意に介さずに、男は持っていた書類から目を移すと、ガルドの後ろにいる見慣れない連中を認めてガルドにその正体を訊ねた。

一応、敬語を使って取り繕っているようだが、中身はガルドと同じごろつきのようだった。

「失礼、ご挨拶が遅れました。我々は第七七七支部の者です。今現在特例措置案件の調査中で。五八支部から提出された報告書について伺いたいことが…」

だがしかし、キリアのこの男に対する評価はどちらかというと高かった。元々ここはごろつきの集まりで、そのリーダー格だった男がそのまま五八支部の隊長になった。その後、与えられた権利を、部下を守るためにこの男は自ら牙を抜いたのだといった推理を、キリアは会話をしながら考えていた。そして、その推理はおおむね当たっていた。

「なんでしょう?何か不備でも?」

無精ひげに似合わず、五八支部隊長スタングは丁寧な言葉で返した。

「報告書自体に対しては何も。問題は中身の方で」

「中身?」

キリアの言葉を受けて、マナが書類をスタングに手渡す。

「その書類、巨人の軍団についてなんですが…」

スタングは受け取った書類に目を通すとすぐに視線をキリアに戻した。

「このような書類を提出した記憶は無いが…」

「それは確かですか?」

「もちろん。この量の書類の存在を忘れるわけがない」

「その本部の使者の特徴などありますか?」

「そうですね。年は二〇代後半から三〇代前半の金髪を後ろに撫で付けた男です。こざっぱりとしていて我々と違っていかにも役人といった感じでスーツを綺麗に着こなしています」

「背丈は?」

「あなたより少し低い程度です」

「……」

その言葉とは裏腹に、キリアの態度は落ち着いていた。ヴィンセントがキリアにこっそり耳打ちする。

「お前、あんまり驚いていないな?」

「想定していた案のうちの一つだ。まだ、半分だが」

「半分?」

キリアは再びスタングに目を向ける。

「この隊の書類は本部からの使者に渡すということになっているそうですが?」

「その通りです」

キリアは一度目を瞑ると一つ長い息を吐いて続けた。

「次にその使者が来るのはいつです?」

「四日後ですが」

「…突然のことで大変申し訳ないが、それまで、我々をこちらに宿泊させていただけないでしょうか。その受け渡しに同席したいのですが」

「…ええ、もちろん。部屋を用意させましょう。ガルド」

「分かりました。確認してきます」

指示に従い、ガルドは隊長室を出て行った。

「それと、それまでにこちらの報告書を確認させていただきたい」

「ええ、我々の業務に差し支えない範囲であればご自由に。我々にやましいところは一切ありませんので」

最後にせめてものの嫌味を込めて、キリアたちに報告書の保管庫の場所を伝えて、スタングは書類に再び目を通し始めた。


「で、なんでこんなところで過去の書類を探さにゃならんのだ?」

肉体労働系のヴィンセントは保管庫につくなり不平を漏らす。

「私、あの隊長は嘘言ってないと思うけどな」

オルレアは、淡々と作業をこなしながらもキリアの真意を理解しかねていた。

「別に俺もあいつの言葉を疑ってはいない。むしろ、その本部からの男、そいつがカギを握っていると考えた方がいいだろう」

「それと、この紙の束を読み返すのとどう関係が?キリアの推理が当たっているならここにある書類は何の問題もないじゃない」

「だから、持ってきたこのデータと照らし合わせて問題がないか確認するんだよ」

そう言ってキリアは電子タブレットをヴィンセントに投げてよこした。

「つーことだ、よろしく頼むぜ」

「は?」

「お前、どこ行くんだ?」

「言っただろ、顔見知りが近くにいるってちょっと会ってくる」

「お前、仕事しろよ」

「仕事だよ。この事をルシ達に言っとかねえとな」

「今じゃなきゃダメなの?」

「気づいてねえのか?その役人ってのは俺より少し背が低いんだぜ?」

「なるほど、巨人族しかいないと考えられていた『巨人の軍団』に巨人族以外の人間がいるかもしれねえってことか」

「そういうことだ。あのバカがつまらねえドジ踏む前に教えてやらねえとな」

「でも、そこからは電話ができるのか?」

「それは無理かな。その顔見知りはそういうのが嫌いな人間だからな」

「おいおい、何わけのわからんことを」

「いいから、任せとけって」

それだけ残してキリアは五八支部を後にした。


「さて」

キリアは五八支部を出てから三時間、障壁荒野の枯れた木々が群生する真ん中で車を止めた。

「ここか」

キリアは車を降りるとひとつの木の枝を引っ張ると空間がぐにゃりと変形した。

「相変わらずだな」

キリアが変形した空間に足を踏み入れると、一瞬にして青々とした木々の生い茂る森が広がった。

「久しぶりだな。ドーベルマン」

キリアに声をかけられて、白髪の老人がゆっくりと顔を上げた。どうやら、お茶の木の手入れをしているようだった。

「ん?おぉ、キリアか。久しいのう」

深く刻まれたしわをさらに増やしてドーベルマンと呼ばれた老人は子供のように笑った。

「三年ぶりくらいか」

「おお、おお、そんなに経つかのう。しかし、お前さん。ずいぶんと変わったのう」

「そうかもな」

「そうじゃよ。昔は狂気が服を着て歩いておるようじゃったが、ずいぶんと力を落としたな。わしが授けたものもずいぶんと寂れておるように感じるが?」

「そいつは申し訳ない」

キリアは肩をあげて一応の謝罪を述べる。

「いやいや、よいよい。ずいぶんと人間らしくなったものだ。そうだ、茶でも飲まんか?今年はいい出来なんじゃ」

「ああ、じゃあまあ、いただこうか」

特に断る理由もなく、キリアはドーベルマンに従った。

「お前さんが死んだと報道された時は驚いたぞ」

庭に拵えられた白いテーブルと椅子に二人は腰かけ、ドーベルマンの出した紅茶すすりながら話をつづけた。先ほどテーブルに着くまでに見えた茶葉は明らかに緑茶のようだったが。どうやら本格的に色々作っているらしい。

「その割に、三年ぶりの再会には驚かないんだな」

「時折入ってくる事件の情報を分析すると、お前さんのにおいがしておったんでな。なんとなくじゃ」

ドーベルマンはお茶のおかわりを入れる。

「さすがだな。だがまあ、俺はそんなことよりあんたが引退した事の方が驚きだね。不老不死のあんたが、このタイミングで西方死覇を引退した理由は何なんだ?」

「なに、わしの持つ全ての術を弟子に授けたから、ただそれだけじゃ一つを除いてな」

「ひとつを除いて?」

キリアは持っていたカップを下して訊ねた。

「不老不死の術じゃよ。こんなものはこの世にあるべきものじゃない。特に、年食ってからわな。体の節々が痛くてたまらんわ。そういえば、おぬしが東方死覇じゃったときもこの術を欲しておらんかったの。おぬしの『神喰』ならば不可能ではなかったろうに」

「こんな戦争稼業をいつまでも続けたいとは思わねえよ」

「ふむ、おぬしはわしよりも賢いな。あの時のわし自身に言ってやりたい。あの時のわしは目標とする人に近づきたくてな。少しでも時間が欲しかったんじゃ」

「『魔術の(ルール・オブ・マジック)』と呼ばれたあんたが目標とするやつって、そいつはどんな化け物だよ。まあ、その術を、あんたの弟子に伝えなかっただけでも良かったんじゃねえか?」

「その術を欲しなかった者だったからこそ、わしの全てを託した。何人もの人間を見てきたが、本当にその術を欲しがらなかったのはおぬしとその弟子だけだ。おぬしには振られてしまったからの。せっかく不老不死の術以外すべて教えてやったのに」

ドーベルマンはそう言いながらお茶うけに手を伸ばした。

「あんたには感謝している。だがあいにくとあの後師匠のしごきが待ってたんでね」

「冗談じゃよ。それに、お前さんの事は最初からブリッツのやつと取り決めておったからの」

「へー、そいつは初耳だな。あの男にそんな綿密なことができるとは知らなかった」

「ある日、奴から連絡が入ったんじゃ。面白いやつを見つけた。最強の武術と最高の魔術の使い手を育ててみたくないかとな」

キリアは頭をかきながら背中を伸ばす。

「まったく、俺はおもちゃじゃねえぞ」

「ほっほっほ、ところで、ブリッツには最近会ったか?」

「いいや、お前に俺が教えることはもう何もないつって消えたきり会ってない。俺が東方死覇になる前だからもうかれこれ六年以上前か」

「わしも、あれ以来会っておらん。あいつにもわしのお茶を飲ませてやりたくてな。今度会ったら伝えておいてくれ」

「ああ、もし会ったらな」

「ふむ。まあ、とにかく、おぬしの他にもわしの全てを託せるものができたから、わしはもう、俗世間への興味は薄れておる」

「それで優雅に隠居して植物いじりってか?」

「ああ、何千年生きたかもう覚えておらんが、ようやく自分の趣味を見つけたよ。隠居してからは随分と心が穏やかになった」

「何を言ってやがる。現役の事からおっとりしてたじゃねえか。それよりも穏やかだってんなら苔が生えるぜ?」

「ほっほっほ、そうかもな。今はこの植物の面倒を見ながら不老不死の術の解法を模索しておる」

「なんか、悟りを開いたみてえな顔してるな」

「まあ、そんなところかのう。で、こんなわしに何の用かの?」

ドーベルマンは今日の天気でも聞くようにキリアに訊ねた。

「念信を教えてほしい。もう一度」

「念信か…、情報網が発達したこのご時世に珍しいことを言うものだ」

「ちょっとここから仲間に連絡しなくちゃならなくてな。この障壁を破れる通信手段はあんたの念信だけだ」

「…仲間か。本当に変わったの。よかろう、ただし、条件がある」

「条件?」

キリアのまゆが微妙にあがる。

「そんな警戒せんでもいい。ただ、教えてほしいだけじゃ、おぬしの死亡報道の真実と、おぬしが力を失った理由をな」

「ああ、いいとも。ただし、少々長くなるんでな。さきに念信の方を頼むぜ。できるだけ早く連絡をとりたい」

ドーベルマンはキリアの答えに満足したらしく、テーブルの上で指を組み合わせてその上に顔を置いた。

「もちろんじゃ。さて、誰にするかの…ふむ。まあ、パグがよかろう」

そう言ってドーベルマンは目を瞑った。

((パグ))

《《師匠ですか?なんです?》》

((いや、なに、少し暇を持て余していたんでな。お前がちゃんと仕事をしているのか、気になっただけじゃよ))

《《ええ、なんとか。今も先代東方死覇の処遇についての会議に出席中です》》

((キリアの処遇?))

《《ええ。もうご存知かもしれませんが、先代東方死覇、キリア=トライハート=神羅の生存が確認されました。これはまだ上層部にしか知らされていませんが、彼が我々の敵なのか味方なのか。その如何によって我々に対する脅威が一つ増えることになりますからね。それも特大の脅威が》》

((ほっほっほ。大変そうじゃの))

《《笑い事じゃあ、ありませんよ。上層部は戦々恐々、ヴァルケさんは嬉しそうに、ノエルさんに至っては連絡が取れません》》

((なに、すべての経験はお前を大きくする。しっかり対処しろ))

《《承知しました》》

((じゃあ、元気での))

そこでドーベルマンは念信を切った。

「おぬしは、ことごとく物事の中心におるのう」

「望んでの事じゃねえ。まあ、参考になった」

そう言ってキリアも目を瞑る。

((ルシ))

《《!?》》

ホテルのソファに横になっていたルシは慌てて飛び起きた。

「キリアか?」

((どうせ、キリアか、とか言ってんだろ。いいか、心を落ち着かせて、俺の声をよく聞け))

この、念信という能力は電話と同じで相手が意思をもって受信しないと会話ができない。それまでは送信者側の声が一方的に聞こえるだけだ。

((そして、心の中で答えろ))

《《こうか?》》

((さすがに、理解が早いな))

《《これは、念信か?》》

((なんだ、知っていたのか))

《《噂で聞いた程度だ。体験するのは初めてだ》》

((まあいい。アリスは?))

《《退屈そうに窓の外を見てるよ》》

((そこにいるんならちょうどいい。アリスにも念信を送るから、受信の仕方を説明しろ))

キリアに言われるままに、ルシはアリスに受信の方法を伝える。

((さて、言いたいことは三つだ。一つ目は、どうやら、本部にある報告書は偽造された疑いがあるということ、そして、それは外部の者がかかわっている可能性が高く、そいつは『巨人の軍団』の関係者である可能性が高いこと、そして、最も重要なことが、そいつは巨人族じゃないってことだ))

《《巨人の軍団に巨人以外が混じってるのか?》》

((もしその報告書を偽造したのが巨人の軍団だったらな))

《《なるほどな》》

《《不審…かどうかは分からないけど、頻繁に巨人の軍団のアジトの近くの酒場に出入りしている人間ならいたよ》》

それまで聞き役に徹していたアリスが思い出したようにつぶやく。

((本当か?特徴は?))

《《さあ、いつもフード被ってたし…あっ、でも髪は金髪だと思うよ》》

((なぜだ?))

《《突風でフードが靡いたときに一瞬金色のものが見えたから》》

((そいつの背格好は?))

《《うーん、大体だけど。キリアより低いくらいじゃないかな》》

((なるほどな))

《《何を一人で納得している?》》

((その男の特徴は、こちらで確認されている不審者と合致する部分がある。かなりくさいな。これで、この件に巨人の軍団がからんでいるのはほぼ間違いないだろう))

《《どうする?締め上げるか?》》

((いや、統一時間で四日後、報告書の提出が行われる。その時に身柄を押さえる。それまで、その男の行動を監視しておいてくれ。それと、その酒場で何をやっているかの調査を))

《《わかった》》

《《了解!!》》

ルシの抑揚の少ない声と、アリスの元気のいい返事を聞いてキリアは念信を切った。


「どうやら、満足のゆく結果の様じゃな」

「ああ、まあな」

「さて、それじゃあ、聞かせてもらおうかの。おぬしの昔話を」

ドーベルマンは空になったキリアのカップにおかわりを注いで話を促した。

「そうだな、どこから話すべきか…」

キリアは新しく注がれた紅茶をすすりながら空を仰いだ。


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