第4章・第24話:天空の箱庭
「……うわ、うわわわっ! 動いてる! アタシ、空飛ぶ箱に乗ってるぅぅっ!?」
重厚な石扉が閉ざされた直後、ティオのパニック混じりの悲鳴がガラス張りの昇降機内に響き渡った。
彼女は普段、樹冠の枝から枝へと命綱一つで飛び回っている飛空猟兵のくせに、自力ではなく『謎の古代の箱』で強制的に空へ運ばれる感覚にはどうしても慣れないらしく、バルドの太い腕にガシッと抱きついて涙目で震えていた。
「がははっ! 嬢ちゃん、外を飛ぶのは平気なのに箱の中はダメなのか? 案外可愛いところがあるじゃねえか」
「笑い事じゃないわよおじさん! 足元が透けてるのよ!? 落ちたらどうするのさ!」
「落ちないわよ。この昇降機はワイヤーで吊っているんじゃなくて、『流体力学』と『魔力磁場』の反発で浮遊しているんだから」
シエルは怯えるティオをよそに、昇降機の壁面に透けて見える内部構造に目を奪われていた。
ガラスの向こう側には、世界樹の地脈から吸い上げられた青白い『魔力樹液』が、極太のガラス管の中を凄まじい水圧で滝を登るように逆流している。その樹液の流れがタービンを回し、発生した魔力磁場が昇降機の巨大な車体を無音で、かつ猛スピードで上空へと押し上げているのだ。
「植物の導管システムと、旧時代の反重力機関を完全にリンクさせている……。なんて緻密で美しいギミックなの。王都の技術局の連中が見たら、嬉し泣きしながら解体し始めるわね」
『――第一シャフト、上昇中。生体サーバー、正常。各層のバイタルサイン、安定』
無機質なシステム音声と共に、昇降機は世界樹の内部シャフトを抜け、やがて樹皮のすぐ外側――空中に張り出した軌道へと飛び出した。
「……あ……」
ティオの口から、恐怖を忘れた感嘆の息が漏れる。
昇降機が高度を上げるにつれ、眼下には果てしない緑の海(密林)が広がり、遠くには雲海が太陽の光を反射して眩く輝いているのが見えた。
そして下を見下ろせば、巨樹の麓にある【樹層街ウッド・ベース】の全景が小さく見える。
街の住人たち――猟兵や職人、そしてティオの家族であるマーサやジンたちも、広場から上空を見上げ、千年の沈黙を破って光の軌跡を描きながら昇っていく昇降機の姿を、ただただ呆然と見送っていた。
「お母さん……お兄ちゃん……。アタシ、本当に空の上の『神の国』に行っちゃうんだ……」
ティオがガラスに手をつき、故郷の街に向かって小さく呟いた。
「ふふっ、心配しなくても、ちゃんと生きて地上に帰してあげるわ。優秀な案内人さん」
シエルが優しくティオの肩を叩く。
昇降機はさらに速度を上げ、雲海すらも突き抜けて上昇を続ける。
やがて、頭上に世界樹の巨大な枝に絡みつくように建設された、白亜の神殿群と無数の滝が織りなす【空中都市】の下層部分が迫ってきた。
『――まもなく、中継ポイント。第35層・生態系管理ブロック【天空の箱庭】に到着します。これより上層は、手動でのゲート切り替えが必要です』
「あら、直通の特急便ってわけにはいかないみたいね。どうやらここで一度、乗り換えが必要みたい」
シエルの言葉と共に、昇降機がゆっくりと減速し、幾本もの太い枝が交差する広大なプラットホームへと到着した。
チンッ、という澄んだ音と共に、ガラスの扉が静かに開く。
「さあ、着いたわ。……ここからが本当の未踏破エリアよ」
シエルがトランクを手に、プラットホームへ降り立つ。
そこは、白い大理石の石畳が敷き詰められた、広大な『屋内植物園』のような場所だった。
天井からは柔らかい人工太陽の光が降り注ぎ、見渡す限り、地上では決して見ることのできない青や銀色に発光する未知の花々が咲き乱れている。空気は空調システムによって完璧な温度と湿度に保たれており、朝食で飲んだコーヒーの香りがまだ口の中に残っているシエルにとって、その澄み切った空気はひどく心地よかった。
「すげえな……。何千年も放置されてたはずなのに、塵一つ落ちてねえ。この花畑も、システムがずっと自動で管理してたってことか」
バルドが感心したように周囲を見回す。
「ええ。完全な自己完結型の生態システムよ。……でも、少し様子がおかしいわね」
シエルがアメジストの瞳を細めた、その時だった。
ズドォォォォォォンッ!!
突如として、箱庭の右側面の壁――世界樹の分厚い外装部分――が、凄まじい爆発音と共に粉々に吹き飛んだ。
「きゃあっ!?」
「チッ、なんだ!?」
爆風と土煙が美しい花畑を蹂躙する。
瓦礫の山となった壁の穴から、ロープとワイヤーを使い、重々しい足音を立てて次々と侵入してくる影があった。
全身を黒い重甲冑で覆い、手には無骨な魔導小銃とチェーンソー型の伐採剣を持った兵士たち。
王都から派遣された、イグノタフ侯爵家の特務部隊だった。
『――外壁の損傷を検知。未登録の害虫の侵入を確認。……【庭園の番人】、剪定プロトコルを開始します』
箱庭のシステム音声が、冷酷な警告音へと切り替わる。
同時に、花畑の奥から地響きを立てて、全高三メートルを超える巨大な『石と植物が融合したゴーレム』が何体も起動し、侵入者である黒甲冑の部隊へと襲いかかった。
「……なるほど。あいつら、外周の魔獣との泥仕合に耐えきれなくなって、装甲を爆破して強引に内部へ侵入してきたのね」
シエルは物陰に身を隠しながら、冷静に戦況を分析した。
「おいおい、俺たちが乗るはずの『次のエレベーター』への道、あいつらとゴーレムの乱戦のド真ん中だぞ」
バルドが真鍮の義手を鳴らしながら、前方の扉を顎でしゃくる。
「ええ。どうやら、ここからはステルスとサボタージュの時間みたい」
シエルはトランクから魔導銃を引き抜き、銀色の鍵と合わせて二刀流に構え、悪女のような笑みを浮かべた。
「ティオ、ここはアンタの庭でもあるんでしょ? 樹上の身のこなし、見せてもらうわよ」
「当然よ! アタシをただの田舎娘だと思わないでよね!」
天空の箱庭を舞台に、古代の防衛システムとイグノタフ特務部隊の乱戦、そしてシエルたちのハッキングを駆使した強行突破作戦が、今幕を開けようとしていた。




