第1話:右読みの全能、左読みの絶望
実際に見た夢をAIにて解析し執筆しております。
あまりにも世界観が完成されてたので、お気に入りいただけましたら幸いです。
学びの街の夜は、恐ろしいほどに厳かだ。
天を突く西洋風の尖塔群が月光を遮り、巨大な影を地表に落としている。
その街の最果て、一際古い時計塔の地下へと続く隠し扉を、一人の少年――フードを目深にかぶった「ウォーカー」が潜り抜けた。衣服は全て黒。口元はマスクで覆われ、その素顔を窺い知ることはできない。
(明日のテストで赤点を取れば、即退学だ。天才どもの背中を追うには、もうこの禁忌に触れるしかない……!)
心臓の鼓動が、静寂を破らんばかりにうるさかった。
地下に広がっていたのは、見上げるほどの高さを誇る巨大な「地下書館」だ。どこまでも続く重厚な本棚、天井から吊り下げられたランタン。だが、ここにあるのはただの書物ではない。世界の理、失われた魔導、そして、明日行われるテストの全解答すらも眠ると噂される、禁断の知識の墓場。
冷たい静寂の中、前方から足音がした。
同じく黒いフードをかぶった別のウォーカーだ。
すれ違いざま、一瞬だけ視線が交差する。
(……あいつ、昼間の授業で俺をバカにしたクラスの秀才だ)
相手の目が驚きに揺れたのが分かった。だが、お互いに一言も発さず、フイと視線を逸らして通り過ぎる。
地下の絶対鉄則。たとえ顔見知りであっても、ここでは「知らないふり」を通す。互いの正体を暴くことは、この世界の暗黙のルールに反するからだ。
少年は気を取り直し、さらに奥へと進む。
ギギギ、と嫌な音がして、通路の角にあるランタンがこちらへ「視線」を向けてきた。意思を持つ防衛ギミックだ。少年は反射的に本棚の影へと滑り込み、その怪しい光をやり過ごす。足元では、侵入者の足首を絡め取ろうと蠢く絨毯が潜んでいる。それを軽やかなステップで飛び越え、彼はついに目的の区画へとたどり着いた。
「……あった」
無数の古びた背表紙の中に一冊だけ、ねっとりとした不気味な橙色の光を放つ本が並んでいた。
少年は生唾を飲み込み、罠である「回転する本棚」でないことを確認してから、慎重にその本を引き抜いた。
ページを開く。
まずは、右から。
「――っあ!」
脳を直接焼かれるような衝撃が走った。
本に記されたオレンジ色の文字が、生き物のように少年の瞳へと流れ込み、脳の奥底へと刻まれていく。
(右から読めば『祝福』――! わかる、わかるぞ! 魔導の計算式も、歴史の裏の真実も、全てが頭の中に流れ込んでくる! これなら勝てる。あの秀才どもを全員出し抜いて、俺がトップに立てる……!)
全能感に満たされ、少年の口元が歪んだ、その時だった。
「グルルルル……」
背後から、地を這うような低い唸り声が響いた。
全能感に酔いしれていた少年の背筋に、一瞬で凍りつくような戦慄が走る。
振り返ると、そこには暗闇から浮かび上がる、血のように赤い眼光。
音と匂いで侵入者を追従する、書館の番犬――【猟犬】が、そこに佇んでいた。
「キャンッ! キィィン――!!」
「しまっ……!」
猟犬が甲高い鳴き声を上げ、少年の袖を噛みちぎる。
その引き裂かれた静寂に応じるように、周囲の闇から、次々と無数の赤い目が浮かび上がった。
キャン、ワン、ガルルル、と連鎖していく遠吠え。それは、この書館で最も遭遇してはならない「主」たちを呼び寄せる、死の合図だった。
バサァッ!!!
遠くの通路で、それまで静かに読書をしていたはずの、白髪の老紳士の亡霊――【館長】が、激しく本を閉じる音が響き渡った。
その青白い瞳が、明確な殺意を持って、少年の位置を捉えた凄まじいプレッシャーとともに、空気そのものが凍りつく。
【館長】の姿が、物理的な距離を無視して迫ってきた。本棚や壁といった障害物など存在しないかのように、直線の軌道を描いて凄まじい速度で突進してくる。
「ヒッ……!」
少年は全力を振り絞って地を蹴った。
右読みに集中しすぎて逃げ遅れた。ここをまっすぐ走れば館長の直線突進に一瞬で 飲み込まれる。少年は直角に曲がり、狭い本棚の隙間へと滑り込んだ。
ズガガガガァン!!!
背後で、重厚な木製の本棚が紙細工のように粉砕される轟音が響く。振り返る余裕すらない。
(撒けたか――!?)
いや、悪夢は始まったばかりだった。
正面の暗闇、そこには一切の足音も、衣擦れの音すらもなく、一人の貴婦人の亡霊が佇んでいた。
【マダム】。
館長の母であり、気配を消して標的を追い詰めるチェイスのスペシャリスト。
彼女がフワリと細い両腕を掲げた瞬間、その袖口から、淡く発光する魔法の縄が蛇のように躍り出た。
「な、んで――そっちからっ!」
少年は咄嗟に身を翻そうとしたが、マダムの縄は生き物のように軌道を変え、少年の両足首に鋭く絡みついた。
「うわあぁぁっ!?」
激しい衝撃とともに床へ叩きつけられ、体が宙へと吊り上げられる。
完全に捕らえられた。
もがけばもがくほど、魔法の縄はギリギリと肉に食い込み、体の自由を奪っていく。
手から、あのオレンジ色の本が滑り落ち、床に転がった。
パサリ、と開いたページ。少年の視線が、逆さまの状態でその紙面に注がれる。
今度は、左から。
「あ、あああぁぁぁ……っ!!」
頭が割れるような激痛が少年を襲った。
左から読めば『剥奪』。
つい数分前、あれほど脳を歓喜で満たしていた「明日のテストの全解答」が、魔法の計算式が、歴史の裏の真実が――サラサラと砂のようになって頭から零れ落ちていく。
覚えた知識だけではない。この地下書館に潜り込んでから得た経験、歩いたルートの記憶、そのすべてが白い煙となって脳から強引に引き抜かれていく。
(消える……俺の、俺の努力が、全部……!)
視界が急速にセピア色に染まり、遠のいていく。
迫りくる館長の冷徹な瞳と、マダムの不気味な微笑みが、闇の中に溶けて消える。
すべてがリセットされる、絶望の暗転が訪れた――。
……ハッと目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドの上。
差し込む朝日は、非情にも「テスト当日の朝」を告げていた。
頭の中は、恐ろしいほどに空っぽのままで――。




