第16話 干渉の制限と医師の真意
大学病院の奥。
古い診察室の扉を開けると、空気がひんやりと冷えていた。
「また来たね」
医師は淡々と挨拶する。
でも、今日は目が鋭く光っていた。
まるで、俺の存在そのものを測っているかのように。
「……今日、何を知ればいいんですか」
問いかける俺の声は、少し震えていた。
昨夜、妹が口にした言葉が、まだ胸に刺さっている。
「君は気づいているね。妹さんが……異変を感じ始めた」
医師は机の上に置かれたカルテを手に取り、軽く指でなぞる。
「これまでの七回のループでは、君が直接動かない限り、妹さんは感覚的にしか違和感を持たなかった」
「感覚……?」
「そう。まだ言語化できなかった。直感だけのレベルでね。だが今回は違う」
俺の干渉によって、世界は妹を“自覚させる形”で応答し始めた。
そしてその瞬間、俺自身の存在が削られる速度も加速する。
「君が手を出せば出すほど、存在は削られる」
「分かってます」
俺は小さく頷く。
だが、肝心のことはまだ聞いていない。
「それでも、俺が干渉すれば……妹は助かる?」
医師は一度視線を外す。
「助かる可能性はある。だが、確率は変わらない」
「0.02%……ですか」
「数字だけが全てではない。0.02%とは、君が直接介入できる余白のことだ」
余白。
――つまり、ルールの外。
俺がここに存在する意味は、そのためにある。
「君が守るために踏み込む。
それ自体が世界にとって“異物”だ」
俺の胸に、冷たい感覚が走る。
「異物」……。
俺は、世界の法則を犯している。
「なぜ……君は知っているんですか」
「私は見ているだけだ。ルールを作ったわけでも、干渉したわけでもない」
医師の声は穏やかだ。
だが、その穏やかさに恐怖が混ざる。
「ただし、君が選んだ行動の結果には責任を持つ」
「……俺の責任?」
「そう。妹さんの命も、君自身の存在も、ね」
椅子の背もたれに寄りかかる。
ここで初めて、医師の視線が柔らかくなる。
「君は、妹さんを守ろうとする異物だ」
異物。
それだけで、俺は世界から“外れた存在”として扱われる。
それでも、理由が分かるだけで少し、救われた気もした。
「君の存在が0.02%の未来を作る」
医師はそう言って、最後に視線を俺に合わせた。
「だが覚えておけ。干渉は制限されている。踏み込むほど、代償は大きい」
代償。
――消える。
削られる。
記憶、存在、すべてが薄れていく。
「それでも……守る」
小さく息を吐き、俺は立ち上がる。
「わかりました。条件は理解しました」
医師は静かに頷き、言葉を足した。
「君がやることは、妹さんのためであると同時に、世界のルールを試すことでもある」
言葉を飲み込む。
0.02%の未来を生きるということは、
世界そのものと戦うことを意味しているのだ。
診察室を出ると、廊下が異様に長く感じた。
誰も俺の存在を認識していないような感覚。
でも、妹だけは確かに、目の前にいる。
守るべき存在として。
存在を削られながらも、踏み込む価値がある存在として。
深く息を吸い込み、俺は前に進む。
0.02%の希望を信じて――
まだ、何も失いたくない。




