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第11話 世界は、妹を選んだ

その日は、朝から嫌な静けさがあった。


テレビのニュースはいつも通り流れている。

天気予報も、占いも、何ひとつ変わらない。

それなのに、空気だけが薄く感じた。


――これは、知ってる。


理由のない確信が、喉の奥に引っかかる。


「お兄?」


妹が不思議そうに俺を見る。

箸を持つ手が止まっている。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


嘘だ。

俺は、妹の未来を見張っている。


この朝が、何度目なのか。

今日が、何日目なのか。

もう正確には分からない。


ただ一つだけ分かっていることがある。


今日は、妹が死ぬ日じゃない。

――少なくとも、今までのループでは。


「今日は寄り道しないで帰ってきな」


できるだけ自然に言ったつもりだった。


「えー、なんで?」


「なんとなく」


理由を与えた瞬間、

世界が動き出す気がして、

それ以上は言えなかった。


妹は笑って、

「わかったよ」と軽く手を振る。


その背中が、やけに遠く見えた。



昼過ぎ、胸の奥が急に冷えた。


理由はない。

スマホが鳴ったわけでもない。

ただ、確信だけが落ちてきた。


――違う。


今までと、何かが違う。


妹は、いつも“事故”で死んだ。

交差点。

階段。

駅のホーム。


原因は違っても、

共通していたのは、

偶然を装った必然だった。


でも今日は、

そのどれにも当てはまらない予感がした。


俺は大学病院に向かっていた。


気づいたら、足が勝手に動いていた。

理由を考える前に、体が選んでいた。


七回目のループで、

医師に会った場所。


世界の“説明役”だった男。


「……まだ、早いか」


そう呟いた瞬間、

スマホが震えた。


知らない番号。


出た瞬間、雑音混じりの声が響く。


『○○高校の方ですか?

 妹さんが――』


そこで、音が途切れた。


世界が、音を消した。



病院の廊下は、現実感がなかった。


走っているのに、

床が動いていないみたいだった。


ナースステーション。

救急入口。

ストレッチャー。


見覚えのある光景。

でも、順番が違う。


「意識はありますか!」


医師の声が聞こえる。

妹の名前が呼ばれる。


――生きている。


その事実に、まず安堵してしまった自分がいた。


でも、次の瞬間。


「……おかしい」


誰かが、そう呟いた。


妹の身体には、

目立った外傷がなかった。


転落も、衝突も、出血もない。

なのに、心拍が不安定だった。


「原因不明の急変です」


その言葉が、

ゆっくりと脳を削っていく。


事故ですらない。


世界は、

“理由”を放棄した。



処置室の外で、俺は立ち尽くしていた。


何もできない。

何も変えられない。


今までだって、

俺は直接助けたことなんて一度もない。


ただ、いなかった。

間に合わなかった。


でも今回は違う。


俺は、ここにいる。


それなのに、

世界は妹を奪おうとしている。


「……ああ、そうか」


理解してしまった。


世界は学習した。


事故では、俺が介入しうる。

偶然では、確率が揺らぐ。


だから次は――

内側から壊す。


「お兄……」


微かな声が聞こえた。


処置室の奥。

妹が、俺を見ていた。


点滴に繋がれ、

顔色は悪いのに、

ちゃんと笑おうとしている。


「ごめんね……迷惑かけて」


その瞬間、

胸の奥で何かが切れた。


――違う。


迷惑なのは、

世界のほうだ。



その時だった。


時間が、止まった。


音が消え、

光が滲み、

世界が“編集途中”みたいに歪んだ。


誰も動かない。

妹だけが、こちらを見ている。


いや――

見ていない。


視線は、俺の“後ろ”に向いていた。


「……来た」


背後から、

聞き覚えのある声がした。


「ここまで来るとは思いませんでしたよ」


振り返る。


七回目のループで会った医師。

白衣の男が、そこに立っていた。


「世界はね、あなたを消したい」


淡々と、事実を告げる声。


「でも同時に、確認もしている」


「……何を」


医師は、俺ではなく、

妹を見る。


「あなたが、どこまで踏み込めるかを」


その瞬間、

妹の心拍モニターが、激しく跳ねた。


――選択を迫られている。


守るか。

黙って失うか。


今まで、

俺は“いない”ことで世界をやり過ごしてきた。


でも今回は違う。


世界は、

俺がそこにいる状態で、

妹を殺しに来ている。


「……ふざけるな」


声が、勝手に出た。


次の瞬間、

世界が、軋んだ。


理由は分からない。

理屈もない。


ただ、

妹が死ぬ未来だけを、強く否定した。


心拍音が、安定する。

アラームが止まる。


医師が、初めて目を見開いた。


「……なるほど」


小さく、笑う。


「0.02%を、踏みましたね」


世界が、悲鳴を上げた。


そして俺は知る。


――妹を救うことは、

この世界そのものと敵対する行為なのだと。

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