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とりあえず国を出ましょう

そこからのリシオンの仕事は早かった。講和条約を締結した後は国内外に己がラティナを娶ること、そしてエレナの国は独立を維持することを発表した。エレナの国の貴族たちは安堵していた。平民の母を持つ王女として貶してはいたが、炎の精霊の加護という苛烈な力を持つラティナを恐れてもいた。そんな曖昧な存在が国内から姿を消すことに喜ぶ者も多かったのだ。


「さっさとイリスの国に帰れるよう頑張りました。あなたもこの国には居づらいでしょう。私と一緒にイリスの国に行きましょう。」


そして、まあ、とリシオンは付け足した。


「それでもしばらくは能無しの第3王子の婚約者という立ち位置なんですけど。」


ラティナは笑った。


「あなたがただの第3王子であろうと、王太子であろうと私には関係のないことです。そばにいられればそれでいい。」


「本当に、どうしましょう。私よりかっこいいなんて立つ背がありません。」


苦笑するリシオンに、ラティナはくすくすと笑みを深めるのだった。それを穏やかに眺めるのはメリアで、複雑そうな顔をしているのはリーデンだった。


「どうしたんですか?難しそうな顔をして。」


「だって、あんな表情豊かな殿下、気持ち悪いじゃないですか。いつも無表情だったのに。」


「そんなこと言って、あとからしぼられても知りませんよ。」


メリアは呆れた顔だが、リーデンにはちっとも反省の色は見られなかった。


「1週間後、私と共にエレナの国を立ちましょう。実はもう発表は済ませてしまいました。」


「本当に、仕事が早いことで。」


かまわないと、ラティナはそんな言葉で答えた。


ラティナの変様にはエレナの国の王侯貴族たちが1番驚いていた。いつも似合わないチグハグなドレスを着ていた哀れな王女。苛烈な力を持つ化け物でもある。それが、ただ似合うデザインのドレスを身につけるだけでこれほど見違えるのかと。


元より身のこなしの美しい女性だった。それが凛と背筋を伸ばして立っているだけで、周囲を圧倒する。そしてリシオンに見せる溶ける様な笑顔は、今まで誰にも見せたことのないもので、彼女がその様に笑えることに驚いた者もいれば、手を差し伸べてさえいればそれは自分に向けられていたかもしれないと後悔する者もいた。


リシオンが連れてきたイリスの国の兵士や貴族たちは、概ね美しい隣国の王女に好意的だった。我が国の第3王子を射止めた美しく、聡明で礼儀正しい姫君に、少々湧き立つほどだ。


王都の民も、リシオンが率いる軍がやってきた時はどうなるものかと恐れ慄いていたが、今は撤退をすると聞いて落ち着いている。活気も戻りつつあると、ラティナはリシオンから聞いていた。


(よく統率されているんだな。)


略奪などの行為は今のところ見られていないとの報告に、ラティナは感心する。リシオンは「今のところ」、「自分の耳には届いてない」ことを強調していたが。ラティナの心を読んだかの様に、リーデンがリシオンを揶揄う。


「殿下の大切な王女の、大切な民に手を出すわけにはいかないでしょう。」


「理解しているならいいんだ。」


リシオンは開き直った様に笑顔で頷いた。それに悪戯が失敗したかの様な顔をするリーデンだった。


1週間後共に連れて行きたい者はいるかと問われたが、特段浮かぶ顔もなかった。それほど自分は独りだったのだと、改めて驚いた。


そして、あっという間に1週間が過ぎ、ラティナがリシオンと祖国を離れる日がやってきた。



王都は賑わっていた。ラティナは裏道でも使ってこっそり抜けていくのだと思っていたが、正面切ってパレードを行いながら帰るらしい。どうして?と戸惑っていると、リシオンは笑顔で説明した。


「だって、民のために戦ってくれた王女が忽然と姿を消したらかわいそうでしょう?」


エレナの国の、民が、である。ラティナの表情はさらに戸惑いを増した。


「戦いはしましたが、負けたのは私なのですよ?」


「民はそう思ってはいないということです。」


高らかにラッパの音が響き渡り、正面の門が開いた。天井のない開けた馬車が進み始める。ゆらゆらと、ごとごとと。それは今まで乗ったことのない心地のものだった。戦場に出る時は馬に乗り走らせていたから。


(馬に乗るよりは快適なのか?いや、案外そうでもない?)


乗り心地の判断に迷っていると、わっと喧騒が耳に届いた。驚いて顔を上げると、エレナの国とイリスの国の旗を掲げた人々が街道の両脇に殺到していた。


「王女様!ご結婚おめでとうございます!」


「我らのために戦ってくださりありがとうございました!」


「あなたの率いていた兵士たちを家に帰したんです。皆あなたが懸命に戦ったことを知っています。」


驚くラティナの耳元で、リシオンはそう囁いた。


最初に軍を率いたのはサラディバだった。意気揚々と出陣し、尻尾を巻いて逃げてきた。その時前線に捨て置かれた民兵を含めた兵士たちは絶望の淵にあった。そこにわずかな援軍を連れて現れ、戦線を押し返したのがラティナだったのだ。


「あなたがどれほど不利な状況でかけつけてくれたのか、戦場にいたものたちは知っています。それを広めない手はないでしょう?」


見上げたリシオンの顔には笑みがあったけれど、少し黒いものも見えた気がした。しかし、それは気にしないことにして、自分を見送ってくれる民へと視線を戻す。


「ほら、手を振ってあげてください。」


リシオンに促され、ラティナは軽く手を上げて横に振った。ワッと歓声が響き渡る。ピューピューと口笛の様な音も聞こえた。


皆が喜んでくれるのが嬉しくて、見送ってくれるのが嬉しくて、これからの幸せを祈ってくれることが嬉しかった。


「ありがとう。」


生まれてきたことを悔いた日もあったけれど、こうして自分の門出に集まってくれる人々がいることに胸を打たれる。生きてきてよかったと思う。


「母上の言う通りだ。」


「御母堂の?」


「はい。どんなにつらくても生きなさい。学び自分を高めることを怠ってはならない。必ず努力が報われる日が来るから、と。」


「良き母上だったのですね。」


「はい、とても厳しい方でもありました。」


ラティナは両脇で旗を振る人々に手を振りかえしながらリシオンにそう母のことを語った。


盛大に開かれ、賑わったパレードだったが、執り行われたのは王都だけだった。国境に近くなればなるほど戦場となった街があり、パレードなど行える状況ではなかったからだ。そこは馬車ではなく、ラティナも馬を借りて駆けたから、最短距離でイリスの国に到着することができた。


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