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突然そんなことを言われても、都合のいい夢を見ているのではないかと。

リシオンの告白の後は大騒動だった。軽食を持って戻ってきたメリアが激怒したのだ。


「リーデン様!殿下をお止めしてって言ったじゃないですか!」


(なるほど、あの側近はリーデンというのか)


メリアの叫びに、ラティナは冷静に情報を得ていた。リーデンと呼ばれた青年は、しまったと片手で顔を覆った。


「いや、止めるつもりあったんだよ?失敗しただけで」


「失敗しないでください!ラティナ様には休息が必要なんですよ!」


そう言うと、第3王子とその側近であろう高位貴族の背を押して部屋から追い出してしまった。


ぷんぷん怒るメリアを宥めるように、ラティナは軽い食事を摂ったのだった。その後、体力を回復させる薬だと言ってメリアから粉薬を渡された。–疑う気は起きなかったので、素直にそれを飲むと急激に眠気がやってきて深い眠りについてしまった。


※


「いつ見ても醜く男に媚びる容姿だな」


父王であるサラディバ・エレナはラティナの姿が目につけばそう言ったものだった。この大陸での美は、いかに白い肌を持ち、明るい金髪を持ち、空のように澄んだ青い瞳を持つかで決まった。


その「常識」に対し、ラティナは褐色の肌、長く波打つ赤銅色の髪、ハチミツを思わせる琥珀の瞳をしていた。また豊満な胸と細い腰は、ラティナが美の規範から外れていても、男たちの欲情をそそった。


それでもラティナが16年の人生で貞節を守れたのはいかに母が平民であろうとも王族であったことと、炎の聖霊に愛されていたことが大きい。


とにかくサラディバは、ラティナと瓜二つの母、グロースに心を奪われたのを棚に上げてラティナをなじった。


幼い頃は辛かったが、何年も同じことを同じ言葉で言われていれば、この男に教養や学はないのかと逆に哀れみの感情が芽生えてしまい、真に受けるのも馬鹿馬鹿しくなった。


贅を尽くした暮らしを送り、金がなくなれば増税すればいいと思っているサラディバに諫言を呈したこともあったが、父王の行いが正されることはなかった。しまいには臣下たちに唆されて開戦するしまつ。血をわけた娘として恥ずかしい。


そんなサラディバが、ラティナとリシオンの婚姻を条件に独立の維持を認めるという講和条約を結んだ。


ラティナの身ひとつで今までと同じ暮らしができるのなら喜んで差し出しただろうとも思うし、この国最大の戦力でもあるラティナを手放すことに抵抗しただろうとも思う。父は、どんな気持ちでこの講和条約を結んだのだろう。嫌いな娘を厄介払いできて清清したと思っているだろうか。


少しくらい悲しんでくれたら嬉しいが、敗走してきたラティナを牢に繋いで鞭打った父だ。そんな感傷持っていないだろう。


そんなことをつらつらと、眠りながら考えていた気がする。


※


目が覚めた。自分の城だというのに、今まで眠ったことのない上等なベッドで眠っていた。それがおかしくて、ラティナは乾いた笑みをこぼした。


コンコンと控えめにノックがされる。返事をすると、メリアだった。彼女の持つタライからほのかに湯気が上がっていて、今は冬だと思い出す。


「お医者様がそろそろお目覚めになる頃だろうと。お顔を洗うお湯です。置いておきますね。」


そういうと、メリアはささっとカーテンを開けてしまう。綺麗な青空だった。なんだか、今まで見た空の中で1番綺麗な気がしてしまう。なぜ自分がそんな心地なのか気にかかり、そして昨日のリシオンの言葉を思い出す。


『私の妻になっていただけませんか?』


とたん、心臓が全力で走り出した。どくどくと血流が身体中をめぐり、指の先まで熱を感じた。冷静になろうと顔を洗うが、残念ながら温かいお湯では頭は冷えない。


(どうしよう。)


どうしたらこの心臓は落ち着くだろうか。頭の中は混乱状態だったが、ラティナは無事に顔を洗い終え、ふかふかのタオルで拭くことに成功する。


「お水は飲まれますか?」


「ああ、頼む」


メリアの言葉にラティナはどこか助かったと思いながら頷いた。こくこくと喉を鳴らして飲んだ水は冷たく、熱を持った体を優しく冷やしてくれる。ラティナはやっと息を吐き出した。


「食欲はありますか?何かお持ちしましょうか。」


「そうだな。頼んでもいいか?」


「もちろんです。」


メリアはにこりと笑うと部屋を出て行った。ああは言っていたが、もうすでに何かしら料理が用意されているのだろう。そんなことを考えながら、昨日は見ることのできなかった部屋を見渡す。


広く整えられた部屋だ。こんなに行儀の良い部屋がこの城に残されているとは思わなかった。もしかしたらメリア当たりが手を入れてくれたのかもしれない。


さて、とラティナは考える。自分が敗走してきて、牢に繋がれ、一体どれだけの時間が経ったのか。昨晩用意されたフルーツとスープは問題なく食べることができたし、今も不調は感じない。治癒師の力と医師の薬のおかげもあるだろうが、そんなに長いこと繋がれていたわけではないのかもしれない。


窓から様子を伺えば、イリスの国の兵が見張りをしていた。その光景に、本当に負けたのだと実感する。ふと視線を動かせば、古びてはいるが立派なクローゼットが置かれている。なんとはなしに開いて見ると、ラティナの両腕を横に開いたくらいの大きさのそれの中身は、たくさんの綺麗なドレスだった。


(?)


姉のシルヴィアもレティシアも嫁いで行ってしまい、この城に衣服は残していないはずだ。だからと言って、王妃のレジディと残っている姉のエリンのドレスがここにあるわけがないだろう。


(誰のなんだ?)


かけられた一着に手を伸ばす。サラリとした心地よい生地のそれは、ずいぶん新しいもののように思えた。となると、何代か前の王族のものでもなさそうだ。


「そちらはリシオン殿下がご用意されたのですよ。」


気づけばメリアが食事と一緒に戻ってきていた。全く気づかなかったことに驚きつつ、ラティナは視線をメリアからドレスに戻した。


「リシオン殿下が?」


「はい。本当は仕立てたいところだったのですが、時間がなかったのでとりあえず既製品を届けさせました。」


「殿下!まだダメだと申し上げましたでしょう!」


「でも、昨日の返事もいただいていませんし。」


ラティナは女性にしては長身の部類に入る。ヒールのある靴を履くとサラディバと身長が変わらなくなるため、父王はラティナが踵の高い靴を履くことにいい顔はしなかった。そんなラティナより頭ひとつ分は背の高いリシオンが、メリアの言葉に眉をハの字に下げている様は何だかおかしかった。


リシオンはちらりとラティナを見てから考えを変えたのか、こう言った。


「しかし、身支度を整える前のレディの部屋に入るのは失礼ですね。改めます。」


「はい!そうなさってください!」


ほらほらとメリアが昨日のようにリシオンの背を押して部屋から追い出す。それもおかしくて、ついラティナは笑みをこぼしてしまった。


それを柔らかい瞳で見つめてから、リシオンは部屋を去って行った。


※


食後、結局どれを着たらいいのかわからず、ドレスの選定はメリアに任せた。すると胸元から首元まで繊細なレースがあしらわれた、しかししっとりと体にフィットする生地の青いドレスを選んでくれた。


長い袖の先にもレースがあしらわれており、美しい。


「既製品とおっしゃっていましたが、ぴったりですね!よくお似合いです!」


「ありがとう。」


ラティナは鏡の前に立つ自分の姿に驚いていた。この国のドレスは裾がふわりと広がったものが多く、その形はラティナには似合わなかった。それでも着なくてはならなかったから、むしろ戦場に出てドレスを着なくていいと思った時には不謹慎にも喜んでしまったほどだ。


しかし、リシオンが用意してくれたドレスはラティナの体型によく合っていたし、波打つ豪奢な赤銅色の髪も、後頭部の高い部分で一つに束ねただけでラティナを飾った。


コンコンと扉がノックされる。視線で許可を出すと、メリアが応対してくれる。中に入ってきたのは出直してきたリシオンだった。後ろにはリーデンも控えている。


「ふふ。本当に出直されたのですね。でも、お忙しいのではありませんか?」


リーデンの顔に疲労が見えて、ラティナはそう問いかけた。


「忙しくないことはないのですが、でも、あなたに会うことの方が重要でしょう?」


帰れとは言わないでくれよ?とその顔に書いてある。


「それはわかりませんが。–メリア、お茶を出して差し上げて。」


「かしこまりました。」


メリアがお茶を用意すべく部屋を出て行く。もちろん護衛の兵士も一緒だ。


メリアを見送って、ラティナはソファに腰掛けた。リシオンは嬉しそうに対面に座る。ふと視線を上げれば、後ろに控えるリーデンの顔には意外そうな表情があった。それにどうしたのだろうと小さく首を傾げているのをリーデンに見つかった。リーデンはごまかすように咳払いをする。それにリシオンもリーデンに視線を向けた。


「いえ、殿下が言われるように、おふたりは仲がよろしいのだなと。」


「だから言っただろう。」


ラティナはますますわからないと首を深く傾げるが、リシオンは話の流れが掴めているようでどこか自慢げな笑みを見せた。


「とはいえ、私もラティナ王女とは戦場で会っていたから、変な感じはしている。」


「そうですね。本当に戦は終わったのですね。」


「はい、終わりました。」


「本当に、愚かで不毛な戦いだった。」


「戦はいつでも愚かで不毛ですよ。」


リシオンの言葉に、ラティナは苦しげに目を閉じた。


「父上を見てお分かりいただけたと思いますが、かの君は王としては力不足です。エレナの国の民としては、イリスの国の属国にでもなった方が幸せでした。」


「しかし、エレナの国も小さくはない。イリスの国の属国にしてしまったら、他の国も黙ってはいないでしょう。」


「–そうですね。」


ラティナはリシオンの言葉を認めざるを得なかった。かつてこの大陸には一つの巨大な帝国があったが、それが瓦解して今の5国に分かれた。この中でもイリスの国は大きく強い。さらにイリスの国が強大になろうとするのなら、他国はまとまって戦を仕掛けるかもしれなかった。それこそ無用な争いだ。


「–暗い話は止めにして、私たちの話をしましょう。」


そうリシオンは微笑んだけれど、空気がほんの少し緊張している。昨日の答えを求めているのだとわかった。ラティナは視線を空に向ける。


「なぜ、そのような条件で条約を結ばれようと思ったのでしょうか。」


イリスの国も全く腐敗が進んでいないわけではないが、エレナの国と比べればまだ可愛いものだ。まだ間に合う。国内を探せばリシオンにふさわしい令嬢はごまんといるだろう。それなのに、ただラティナの身で、エレナの国を許してやろうと言う。それでは話が美味しすぎた。


「そうですね。どこから話せばいいのやら。」


リシオンも額を抑えて考え始める。


「そのまま言えばいいじゃないですか。ラティナ様を娶ることを条件に王太子になることを飲んだと。」


「リーデン…。」


リシオンは背後から援護射撃のつもりなのかそう話すリーデンにさらに頭を抱えた。


「私を娶って、王太子に?」


話がさっぱりわからない。困惑するラティナにリシオンは説明を試みる。


「父上は私を次期王にしたいようなのです。しかしそんな権力争いの渦中に飛び込むなんて私はごめんです。今まで通り、好きなようにのんびりと生きていたい。」


(好きなようにのんびり生きていたい人が、どうして戦に出てきたのだろう。)


「だから、父上は私が欲しいものを躍起になって探していたんです。それを与えるから、王になれと言うために。」


話が見えてきた。しかし、それはあまりにラティナに都合がいい。信じられなくて、口がカラカラに乾いた。


「私は幼い頃から特段欲しいものはない人間でした。–この雷の力もあり、戦に出てもそんなに困らない。だから、まさかあんなに手間取るとは思っていませんでした。」


熱っぽい視線が向けられる。心臓が早鐘のように打つ。それ以上は聞きたいような、聞きたくないような不思議な心地がした。


「私は初めて、あなたが欲しいと思いました。」


「なぜ、私なのですか?」


「あなただって、運命を感じたでしょう?」


「それは…。」


何も感じなかったわけではない。互いに平民の母を持つ、虐げられる王族で。異能の力を持ち、臣下から恐れられる。孤独な自分達。それが惹き合わないはずがない。


ことりと、ティーカップが置かれた。気づけばメリアが戻ってきていた。助けを乞うように、メリアを見てしまう。しかし、メリアはラティナの視線に気づいていないかのように、お茶を出しただけだった。


リーデンからは苦笑を返されただけで、結局ラティナはリシオンしか真っ直ぐに見据えるものがなかった。リシオンの瞳は真っ直ぐで、嘘はないと言っていた。


「私は、私は、怖いのです。今まで何を望んでも手に入れられなかった中で、どうしてあなただけが–。」


声が震えた。しかし、それでも是と答えているようなものだった。リシオンは立ち上がると、ラティナの手をとった。


「大切にします。あなたも、あなたの民も。だから、どうか私の妻になっていただけませんか。」


「私に、何が返せるでしょうか。」


「私の隣で笑っていてくだされば。けれどもし叶うなら、共に戦ってもらえると嬉しいですね。」


何と戦うのか。それはきっと腐敗した貴族たち相手にだろう。そう。まだイリスの国は間に合う。リシオンは間に合わせようとしている。


ラティナはぎゅっとリシオンの手を握り返した。それが答えだった。


「あなたを支え、あなたと共に最後まで戦うと誓います。」


一雫涙をこぼしながら、ラティナはそう言葉を紡いだ。リシオンは困ったように笑う。


「まったく、私よりかっこいいんですから、困ったものです。」


そう言って、そっと唇を重ねるのだった。


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