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意図の読めない敵は恐ろしい

「は?ラティナを寄越せと?それも妃として?」


サラディバは間抜けな声を上げた。ちょっと肥沃な土地が欲しかった、あわよくば物資や金品を奪い取りたかった、融資を引き出したかった。そんな下賤な思惑で吹っかけた戦に負けた。


頼みの綱のラティナは情けなくも敗走してきており、その後守りのない王城はすぐにイリスの国の軍に取り囲まれ、白旗を上げるほかなかった。


こうなると後はどう命を繋ぐかである。サラディバはすべてをラティナのせいにするつもりだった。亡き妻に瓜二つの容姿で己を唆した魔女だと突き出すつもりでいたのだ。相手もなんだかんだラティナには手を焼いていたようだし、これでことは済むだろうと思っていた。それが箱を開ければ嫁入りさせろという。


それはそれで冷や汗が出た。ラティナは白い肌、金髪碧眼という美の基準には当てはまらないが美しい娘だ。遠目に見かけたイリスの国の誰かが嫁にと請うてもおかしくない。何より恐ろしいのは、その誰かがラティナを愛していた場合だ。自分達は彼女を虐げてきた。今も地下牢に繋がれている。それを知られたら–。


「はい、私の妃にあなたの第4王女を望みます。これを飲んでいただければ、今まで通りの独立を認めましょう」


その「誰か」であるリシオン・イリスがサラディバの前で涼やかに微笑む。サラディバは睨みつけるようにリシオンを見た。


(どっちだ?)


愛しているのか?憎んでいるのか?利用しようとしているのか?


この「女嫌いの堅物王子」として名高いリシオン・イリスが、ラティナを愛しているのだろうか。しかし、女嫌いが女を利用しようとするのも変な話だし、憎んでいるからと言ってそばに置くのもやはり筋が通らない。


「それで、王女はどこに?」


ざわりと空気が揺れた。明らかにエレナの国の重鎮たちも含め動揺している。サラディバのように、目の前の王子の真意が見えずに揺さぶられているのだ。この国の王侯貴族たちは、皆でラティナを虐げてきた。それが明るみに出れば、怒りを買ってしまうかもしれないと恐怖している。


「どこに?」


誰も答えずにいると、リシオンが笑顔を崩さないままに圧をかけてくる。この男は笑顔で怒るタイプの人間だと、サラディバはどうでもいいことを分析する。


「娘は、戦の傷を癒すために部屋にいる」


とりあえず嘘で取り繕う。それにリシオンが踏み込んでくる。


「案内してもらっても?」


「今からか?」


サラディバは気まずそうに視線を横にずらしながら口を開いた。リシオンはどこまでも爽やかに言い切る。


「だって、この条件をお飲みになるでしょう?」


まさか属国になる気はあるまい。この講和条約を結べないなら、ここで全員斬るという声にならない声が聞こえた。


「未来の妃に会うのがなぜいけないのです?」


「–ご案内します。」


「アジルナ!」


第2王子のアジルナ・エレナが突如立ち上がった。サラディバは鋭く声を飛ばすが、アジルナは気にした様子はない。


「だって、もうラティナには嫁いでもらうしかないでしょう?」


「懸命なご子息がいらっしゃるじゃありませんか」


リシオンが席を立つと、改めてその長身に圧倒される。


「ジュード伯爵、後はお任せしますよ」


「御意。」


ジュード伯爵と呼ばれた初老の男性が首を下げる。それに満足気に頷くと、リシオンはアジルナに連れられて部屋から出て行った。


「それでは、こちらの内容にサインをいただけますかな?」


(伯爵ごときが)


そう思いながらも、サラディバにはサインをする以外の手は残されていなかった。



空は藍色で、西に僅かに夕日が見えた。無駄に時間がかかったと、リシオンは小さくため息をつく。しかし、やっとラティナに会えるのだと思うと心躍るものがある。とはいえ、自分が敗走させた女性だ。それがノコノコやってきて結婚してくれだの頭がおかしいと思われるかもしれない。


「妹は地下牢に繋がれています」


「–今なんと?」


アジルナは気温が数度下がったと感じたが、気づかなかったふりをする。


「あなたに負けた罰だそうですよ。」


アジルナの言葉に、奇襲など恐れずもっと早く包囲して仕舞えばよかったと、リシオンは自分の動きの遅さに唇を噛んだ。


「それで、妹をどうするんですか?」


アジルナは迷わずに城の中を進む。そしてひとりの兵士が見張る扉へ案内した。冷たい鍵を手渡される。


「これで開くはずです。この鍵を見せれば、見張りも大人しくしているでしょう。」


「貴殿は?」


「会わせる顔もないので、父のところに戻ります。」


では、と言うと質問の答えも待たずにアジルナは元きた道を歩いて行ってしまった。


兵士が扉を開けたまま困惑した顔をしている。リシオンは共にきた側近であるリーデンを連れて階段をおりた。


壁に時折燃える松明がなければ暗闇で何も見えない。じめっとした空気が、勇敢に戦う彼女に似つかわしくなくて、リシオンは歯噛みした。


最下段に着くと、開けた場所に出て、確かにそこは牢屋だった。天井近くから僅かに光が差し込んでくる。


牢の見張りが警戒しているが、リシオンが受け取った鍵を見せると、警戒は解かぬままに退いた。


牢の鍵を開ける。中に入る。力無く繋がれているのは、誰だ?あの力強く、己の剣戟を受け止めていた彼女か?あの雷を燃やし尽くしていた彼女なのか?


とりあえず吊るされた腕の鍵を外すと、力無く細い体が倒れてきた。それを受け止めると、ゆっくりと彼女の顔が上がった。


僅かに差し込む夕日が、彼女の琥珀色の瞳に溶け込んでただ美しかった。


「リシオン、殿下。」


掠れた声が己の名を呼ぶ。力のないその響きに、リシオンはキュッと心臓をつかまれた思いがした。


「ただ、リシオンと。ひどい怪我だ、治療しましょう。」


倒れ込んできた体を持ち上げる。ラティナの体は、戦場での印象よりよほど柔らかく細かった。


リシオンは側近であるリーデンを連れて、急いで自分にあてがわれた客室へとラティナを運んだ。


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