ある闇の支配者の思惑
私にとってそれは『だまし討ちによる追放』でしかなかった。
もちろん兄のほうがセンスがあって、華やかさがあるから兄弟の中では一番天界を治めるのにちょうどよかったのだろう。しかし、なんで私が地底に……――?
たまたま天界にある枯れない湖――《不死》《繁栄》の象徴であるエルディン湖から水浴びして戻ったときにお前は地底の支配人になれと告げられた。
ふざけるな。
なんであんなところを。
前に兄弟で視察に行ったことがあるが、どう見ても悪鬼と悪魔しか住み着いてないところだ。そんなところなんぞ傀儡でも置いておけばいいであろう。そう反論したが、兄の命令は変わらなかった。
私は兄が最もかわいがっていた娘エリマンを奪って地底界におりた。
案の定、そこにうじゃうじゃと溜まっていた悪鬼と悪魔、そして死霊たちとの戦いになった。
何とか平定することができたが、最後の戦いで悪鬼の王から私を庇った妻も一緒に死んでしまった。
最初は兄に対する嫌がらせで奪ったエリマンだったが、地底界に来てから健気に働いてくれて、何度申し訳ないと思ったことだか。だから、生き返らせようとしたが、ダメだった。私には彼女の変わり果てた姿なんて見ることができなかった。
結局、私は日の当たらない地底界で五千年以上過ごしている。
そんなとき、あの兄が気まぐれで牛になったという報告が私のもとに入ってきた。
『ベスリア王国の牧畜が盛んな村にいるエリィという女の子が気になったから、ちょっと牛になって攫ってくる☆』
アイツは馬鹿か。
……――いや、馬鹿だ。なんでアイツは馬や鹿に変身しない、したことがないんだろう。
なんでせっかく平和になった天界と地上にまた戦を仕掛けるんだろうか。
とはいえ、あの兄のことだろう。
攫った後は二人きりになってあんなことやこんなことをするんだろうなと把握できた私は、さすがに五千年ぶりの世界大戦を起こさせないように、ほかの天界にいる神々と結託し、元の姿に戻らないような手段を講じた。
幸い、ほかの神々もあの馬鹿の所業に腹を据えかねていたようで、ノリノリで手を貸してくれた。
そのお灸はすぐに効果があったようで、しばらくの後にアイツは私に泣きついてきた。どうやらそのときに娘御にいろいろ論破されたらしく、今までになく自信を失っていた。
ざまぁみろ。
仕方なしに元に戻してやることにしたんだが……あの馬鹿兄は今までにはない決断をしたらしい。
『俺、人間になるよ。で、ゼンドルが次の《万能神》になってね』
その場に集まったすべての神が呆然としたのは言うまでもない。でも、それで世界平和がもたらされるのならば、私は――私は構わない。
ほかの神々もルエズが何とか納得させたあと、私は天界に戻ることになった。
そのときゼンドルという名前はただの傀儡に譲り、私はルエズとしてそのすべてを治めることになった。もちろんエリマンのことは忘れてはいないが、多分彼女ならば大丈夫だろう。私の代理である傀儡ともうまくやっていけるだろう。
すべてを手にした私はなにも満たされることはなかった。
せいぜい――兄を人間に堕とすときに会った少女、エリィぐらいだろうが、彼女には申し訳ない。あの兄を抑えてもらうため――世界を守るための生け贄になってもらおう。
私は今日も異常がないか、下を見る。
ああ、今日もなにごともないいい一日だな。