8話:怒りと疑問
お待たせしました。
「話は済んだわよ~」
「メリダは?……」
「落ち着いたわ」
「そうか……」
正直もう関わりたくない。そもそも私はこの件に関しては被害者だ。寝取った相手のケアなんかやる義務はない。
「私はもう行くわ」
脱線してしまったが私はこの後王都での授与式があるのだ。
「そうか……」
「それじゃあね……」
「せめてそこまで送っていくよ」
ジムに送られ敷地内を歩く。懐かしの庭を通り門まで向かっていく。
「ここを覚えているかい?」
「ええ」
よくあなたと遊んだお庭。座ってずっとお話をして夕方だったこともあったわ。
「懐かしいね~」
「でもメリダともよく遊んでいたんじゃない?」
「君ほどではないよ……」
今更どうでもいい事だが私の方が頻繁に会っていたし、彼女が入るスキはどこにあったのだろうか。確か幼馴染とは聞いていたが。
「メリダと僕の事だけど……本当は……」
何かを言いかけたがそれを無理やり制止する。
「それ以上の言葉は聞かないわ」
「えっ!」
「一応言うけど本当は君が好きだなんて言うんじゃないわよね?」
図星だったのかジムの表情は曇る。
「あなたはメリダを幸せにすればいいの!思い出は心の中に閉じておきなさい!」
「僕は君の事が好きなんだ!」
「ジム……」
ジムはそのまま私に抱き着こうとするので素早く魔法を展開する。
「何のつもり?」
「本当は僕は君を……」
ウンザリだった。私の体は自然と動きジムの顔を思いっきりはたいた。
パァン!
大きな音が響くその場に一瞬の静寂が訪れた。その一瞬がとても長く感じたのは私の気のせいなのだろう。抑え込んでいた何かが噴き出す。
「あんたいい加減にしなさいよ!」
「アンナ……」
「私とあなたはね……とっくに終わっているんだよ!」
爆発した怒りは沈下するまで収まることはない。全くジムは何なんだ……最後の良心だと思ってきたらこれだ。
「あんたメリダに失礼だと思わないの!?」
「そんなの承知さ……でも心の奥底にある本当の気持ちは……」
「それが失礼なのよ!」
何が心の奥底にある本当の気持ちだ。そんなもの何だろうとお前はメリダを選んだんだ。この事実はこの先どんなことがあっても一生変わることはない。その烙印は何があっても消えることはない。
「あんたは私と婚約をしていた。でも結婚間近でメリダと行為をしてあの騒ぎを起こしたの!」
「それはわかってる!」
「じゃあ何なの!メリダを愛してなかったなんて言うんじゃないでしょうね?」
「メリダのことは好きだ……君と同じぐらい僕を慕ってたし、君同様に可愛い」
呆れた。二股でもしたいとか言うんじゃないでしょうね。
「ならいいじゃない。婚約者が好きならメリダと仲良くやる!それで解決よ」
「君を忘れられないんだ!」
はっ……
ジムは一体何を言っているのだろうか。
「君の事が頭から離れないんだ……本来君と僕が婚約して結婚するはずだった……」
だからそれをあんたがぶち壊したんでしょうが!
「そうね……でも私はあなたと関係は持てないわ。あなた私を裏切ったし」
「それ違う!確かにメリダとの行為はその……」
それは違うってそれ自体が裏切りじゃない。何を言っているんだ。
「あなたが何と言おうと、どんな理由があろうと、メリダとそれをしたら私からしたら裏切りなの。言い訳とかこれ以上ガッカリさせないで!」
するとジムは何も言い返せなくなったのか黙りこむ。ここまで怒鳴ったのは久しぶりだ。思えばジムにここまで言ったのも初めてだった。
「ジム、お願いだからこれで終わりにして……」
「僕は……君を……」
「帰るわね……送ってくれてありがとう」
少しして落ち着きを取り戻すとジムはただ一言呟いた。
「偽りの関係……」
「えっ……」
「君ならわかってくれると思ってたよ……」
ジムはそれだけ言うと肩を落として屋敷に戻っていった。何が君ならわかってくれると思ってたよ! 全く調子のいい……
「もうこんな時間か……」
王都にいくのは明日になりそうね……
屋敷を出てギルドに近い場所で食事をとろうと、店に入ろうとする。
「あれアンナさん?」
「カリム?」
◇
「てっきり王都に向かったものだと思ってました」
「私もそのつもりだったんだけどねぇ……」
複雑な表情を見せてしまう。折角のカリムとの食事なのにこんな顔を見せてはいけないな。
「何か問題でもあったんですか?」
心配そうな顔でこちらを見る。
「ううん、大したことじゃないの~」
いけないわね。何か別の話題を振って……
「僕じゃまだ頼りないですか?」
「えっ……」
「まだまだ修行中ですけどいつかアンナさんの隣に立つつもりです!なので何か困ったことがあったら話して欲しいです!」
そんな真っすぐな瞳で言われると話さずにはいられないじゃないの~
「それがね……」
王都に行こうとして、ジムに呼び止められてからの経緯を話した。うんうんと聞いてくれたが元婚約者との話は正直聞かせたくはないが嘘もつきたくない。全て話終えると少し考えた様子を見せる。
少し早かったかしら
「なんかそれおかしい話ですね」
「でしょ!何今更馬鹿な事言ってるんだって話よね~」
「ハハッ、それもそうなんですけど僕がおかしいと思うのはそこじゃないです」
「えっ?」
カリムは神妙な顔つきに変わる。
「僕もジムさんのことは多少は知っています。王国騎士団主席入隊をして品行方正で誠実な人だとみんなが言いますし、僕もジムさんが在学中に何度かお世話になっています」
「そうね。確かにそれを考えると今回のジムはあまりにも男らしくなかったわ~」
「はい。そこで考えたのですがジムさんがアンナさんを口説くような発言をしたのは恐らく何かの意図があったのではないかと」
意図?そんなものはメリダの想像妊娠がわかって裏切られたショックに、昔婚約者だった私が恋しくなったからじゃ。
「それは私とよりを戻す為じゃないかしら?」
「そこはわかりかねますが口説いたのは別の理由かと」
「何でそう思うの?」
「だってそんなこと言ったらアンナさんが余計に怒るのは、向こうがわからない訳がないかと……」
そういえば……ジムはよくモテてて私と婚約してても、結婚してくださいなんて言われていた。そんな中で二番手でもいいのでなんて言ったのが何人かいた、その時物陰から見ていた私はどういう対応をするのか気になっていた。だがジムはこう言った。
未来のお嫁さんと決めた人がいるのに、そんなことをしたらそれは裏切り行為にあたるから僕は絶対にしない。そんな裏切り行為は、例え君に好意があっても絶対にやらない!
その時はそんなジム見て余計に惚れてしまった。いい人を婚約者に持ったと感心したし歓喜した。
うん?そんなジムが私にあんなこと何で言ったんだ?騎士道を貫くものとしてなんちゃらなんて良く言っていたはずだ。
「何かおかしいわね……」
「気付きましたか?」
「ええ!」
もしあれが本心じゃないとしたら……
「もしかしてジムの忘れられないってのは……」
「ああ……それは間違いなく本心だと思います!」
そこは本心なんかい~
「僕としては気持ちのいい話ではありませんがそうなるまでの過程に何かの亀裂があったのは間違いないでしょう~」
「というかあなたってそういう違和感とかに敏感よね?」
「はい、昔からそういうのにはとても敏感で……」
浮気調査とか凄い得意かも。もしかしたら冒険者よりも探偵の方が向いてるかもしれないわね。
「裏切り行為に変わりありませんが、そもそもの発端でジムさんに行為を迫ったのはメリダさんとみて間違いありませんね」
その場の勢いとかでやるなら私ととっくにやっているはずだし自分からメリダに迫るのは確かに考えににくいわね。これは前も考えたけどそういうことだろう。でも結局裏切りのクズだけど。
「ジムさんとメリダさんの婚約には裏があるのでしょう~」
カリムが少しニヤニヤした表情を見せる。どこか楽しそうだ。
「ふ~ん、随分楽しそうに語るわね?」
「いや、アンナさんとこうして話すのが楽しくて。それに初めて相談事ですし誠実に対応しないとなので!」
またこの子は……サラっと私がドキッとすること言うんだから。カリムは狙ってないのにこういう事やるのよね~
「そう……それで続けて」
「はい、今回ジムさんはアンナさんを家に連れていく必要があったのだと思います」
「それはメリダの治療の為に無理やりだったわ~」
「それはおそらくブラフかと」
「でもメリダの体の不調は本当だったわ~」
「それは本当でしょうし子供が生まれると信じていたのは間違いありません」
ということはメリダに合わせたのは真の目的ではなかったということになるわね。となると何が目的だったのかしら?メリダじゃなければジム自身ということになるけど。
「じゃあ何かしら……」
「僕も何が目的だったのかまではわかりません。ただジムさんは何かに気付いて欲しかったんじゃないかと思います」
「気付く?」
「はい。その話の流れだとジムさんは何かの変化に気付いて欲しかったんじゃないかと?おそらくアンナさんならわかってくれると思ったのでしょう」
何かに気付く……妙ね。何かあるなら口で伝えればいいと思うしそもそも私に何を求めていたのかしら。最後の言葉は何かしら?
偽りの関係と君ならわかってくれると思ってたってのは私との関係しゃないってことかしら?すると関係は偽物だからより戻してくれってこと?いやいやならそんな周りくどい事は言わないわ。何かに気付く……何かをしてほしい……助けてほしい……そうか!
「わかったわ!」
「わかったんですか!」
「おそらくジムは私に助けを求めていたのよ。それもSランク冒険者としての私の腕を見込んでね!」
ジムは私を裏切ったのは間違いない。だからよりを戻すことは死んでもしない。でも何か知ってほしい事があったんだ。
「真実を確かめに行くわ……」
もし助けを求めていたのだとしたら何かとても嫌な予感がする。何か手遅れになってしまってからでは遅い。何より真実を確かめる必要がある。
「フフッ、それがいいかと思います」
どういう展開にするか考えていたらちょっとおかしな方向に(笑)
ジムはしっかりクズでいてもらうよう努力します。