黄の花は祝福の赤の花となる
それから、一週間ぐらいでしょうか。
私は、ベッドの上で身を起こすのも無理なほどまで、体調が悪くなっていました。
食べ物を拒み、飲むことも拒み。
父は無理矢理に私の口に押し込もうとしましたが、最後の反抗心で父の指を噛みました。
すると怒り狂って、父は部屋を出ていきました。
私にとって、リエンを奪われることは、生きる理由を奪われるに等しかったのです。
衰弱しきった私は、もう、目をあけるのでさえもつらかったのです。
医者が、あと三日ももたないかもしれない、と言うのが聞こえました。
私はそれでいいと思いました。
リエンのいない世界など、もう、要らないのです。
「一時間だけだ。それ以上は許さん。そして、入るからには、何とか言って、絶対に果物を食べさせろ」
もうろうとする意識の中で、父の声が扉の向こうから聞こえてきました。
使用人を一時間もこの部屋に押し込めるつもりなのでしょうか。
誰が来たって無駄なのです。
私はリエン以外は要らないのです。
そしてリエンがいないのならば、私はもう、生きる意味さえ感じないのです。
私は目を閉じていました。
誰かが近づいてきて、リエンの椅子に座った気配がしました。
しかしながら、私は寝たふりを続行しました。
果物の香りがひろがりました。
そしてふと、私の花の香りが広がった気が、しました。
ミモザアカシアの花の香りには、少しだけ興味が持てました。
リエンとの思い出でもあります。
少しだけ、興味が湧いてきました。
でも、意地なのです。
「ミモザ……」
私はどきりとしました。
その声はリエンのものだったからです。
思わず私は目を開けました。
「起こしたか?」
そういって微笑むのは、間違いなくリエンでした。
「リエン……!」
弱った体で、それでもできる限り大きな声で名を呼びました。
「果物を食べさせろって、言われたよ。食べれるか?」
リエンがそう聞くので、私はうなずきかけましたが、力なく首を横に振りました。
「一時間で……行ってしまうんでしょう?」
「それは……」
「私、もう、嫌なの。生きたくはないの。このまま死んでしまいたいのよ……いっそ、リエンの腕の中で」
私は震える声で言いました。
そしてふと、果物を切るための果物ナイフに目が留まりました。
「ねえ、お願い……。リエンとこのまま会えなくなって死ぬぐらいなら、最期の瞬間だけでも、リエンの腕の中にいたいの」
私はそういってリエンにすがりました。
リエンの表情は見えません。
リエンは優しく私の髪を梳きました。
「……じゃあ」
そして、リエンがゆっくりと口を開きました。
「いっそ……一緒に死ぬか?」
「え?」
「果物ナイフと……そして、この短剣……」
そういって、リエンはすっと懐から短剣をさやごと取り出しました。
「お互いに、お互いを、殺すか?」
リエンの瞳は、とても冷静でした。
そして、その目は、真剣でした。
彼は、私に自由をくれるのだと思いました。
「俺も……お前がいない世界で生きる意味は……ない。ルミエハもオブスキィトも、後継者はちゃんといるんだ。俺たちの兄が」
私は、嬉しかったのです。
リエンも、私と同じ気持ちだと知って。
「死んだら……どこへ行くのかしら」
「……わからない。でも」
「でも?」
「ずっと、どこへ行っても、一緒だ」
リエンはそういって、切なげに微笑みました。
「ミモザアカシアの花……持ってきてくれたのね」
私がそういえば、リエンは花の入った籠を、私のおなかのあたりにのせてくれました。
リエンに支えられながら、私は身を起こして、ミモザアカシアの黄色い花を掬い上げました。
「綺麗……最後に、この花を見れて、良かったわ」
「喜んでくれたなら……嬉しい」
私はほほえんで、そうして、果物ナイフへと手をのばしました。
それに気づいたリエンが、それを私に渡してくれました。
「お前の力じゃ、絶対に無理だから。だから、お前はただ、刃を上にして、ナイフを持ってろ」
そういって、リエンは短剣を抜きました。
私は怖くはありませんでした。
これでずっと、リエンと一緒にいられるのです。
「リエン……好きよ」
「ミモザ……俺も、好きだ」
そうして、私たちは、二人で永遠の旅へと旅立ったのです。
一時間後、男は叫び声をあげた。
男が見たのは、二人の男女の死体。
「エルマーを呼べ!」
男はさけび、そうして、二人がいるベッドへと近づいていく。
花の香りがした。
赤い花が、二人の体の周りに散っている。
茶髪の青年の右手の短剣は、金髪の女性の左胸に深々とささり、金髪の女性が両手で握っている果物ナイフは、青年の左胸に深々と刺さっていた。
そして、青年の空いた左腕は、女性を抱きしめるように、彼女の腰のあたりに回っていた。
「どうしたんだ!」
何もできず、茫然とたたずんでいれば、呼ばれた男が駆け込んできて、そして、血相を変えた。
「リエン!」
入ってきた男も、二人には触れることはできずに、ただ、茫然としていると男の肩を掴んだ。
「フェルナン! これはどういうことだ!」
怒り狂った男を見て、フェルナンは正気を取戻し、そして叫んだ。
「お前の息子が、ミモザを殺した!」
「なんだと! お前の娘がリエンを殺したんだろ!」
二人の男は言い続け、そして、結論を出した。
事実を隠ぺいしようと。
オブスキィト家とルミエハ家のこどもは、あくまでも、それぞれ誰かに殺されたということにして。
しかしながら、それでもひそかに、互いの男は主張し続けた。
「あいつの子供が、俺の子供を殺した」
兄弟とも言われたトレリ二大公爵家は、互いが互いを憎んだ。
そうして、その後、二百年にわたる両家の対立は、幕を開けたのだ。
私は幸せでした。
リエンと共に、旅立つことができたのですから。
それも、ミモザアカシアの花に囲まれて……。
旅立ちの時に、ミモザアカシアの黄色の花は、真っ赤な花へと変わりました。
それすらも、私たちには、祝福に思えたのです。
黄の花が赤の花になるまで、私たちは、互いの目を見て、微笑んでいました。
狂おしいほどの愛情は、時に人を狂わせます。
ミモザとリエンの心情からすれば、この話はハッピーエンドですが、
一般的に考えれば、やはりバッドエンドでしょうか。
リエンサイドを書くか悩みましたが、この話は、ミモザサイドだけで完結させておきました。
「光の奔走」をお読みいただいた方には、この二人は好かれないかもしれません(^^;)
この二人が、「光の奔走」での主役二人をひっかきまわした原点とも言えます。
そして、お察しの通り、このお話は、ルミエハ家とオブスキィト家の対立の原点となったお話です。
どうしても書きたかったのですが、シリアスなので、短くまとめました。
しかしながら、シュトレリッツ王国記シリーズで最も悲劇であるはずなのに、
もっとも甘いのは、この話かもしれません。