上位世界へようこそ
エクセンスはまるでコーヒーに入れた砂糖が混ざりつつ溶けていくように、自分の作品である世界の出来事の推移を見届けていた。
自分のミスで生じたリースとロイとの出会いがいまだ異物として存在していることが目障りであった。しかし、ひと弾きのあとにさらにもうひと弾きをして世界に修正を加える気はしなかった。
なぜか。ミスを修正するために力をふるうのは彼にとって神らしくないからだった。
それとは別にフォリアがこの世界にかすかな増殖を見せていることの方が気になっていた。
フォリアとは本の紙魚のように世界という書物に忍び寄り崩壊や亀裂の方向へ導く外世界の侵入者だった。
それは一種の神ではあるのだが、エクセンスなどの秩序を与えるの神<デザイナー>にとっては対立していた。
創造のための破壊、停滞を避けるための破壊等世界を賦活する働きがあるのは認めていたが、<デザイナー>にとってアンビバレントなもので神々によって対応や評価は様々だった。
エクセンスはひと弾きから手を加えることを潔しとしないのと同じで、フォリアの自然な増殖と破壊活動には目をつむっていた。
ルシードという外世界から来たものについても同様に目をつむっていた。フォリアと対立しているようであるが。
エクセンスにとっては私の世界の物語に干渉しなければなんでもないことであった。
多次元横断ができるような高度に発達した世界からの来訪者らしいが、おそらくライガーという神<デザイナー>の積極介入型魔術誘導発展の世界の人間だと予想をつけていた。
エクセンスはライガーともう100年はあっていないし、向こうからやってこなければ、話をする気はなかった。しかし顛末は記憶しておこうとルシードに注意を向けていた。
エクセンスは思った。
どうやら、フォリアの末端部分との接触がおこりそうだ。しかし、彼がライガーの世界の多次元横断者<プレンズウォーカー>で、それに見合った資格と能力があるならば、簡単に終わりにできる程度の危機だが、力を失ったこの場合はどうなるのだろうか?
そう思いお気に入り椅子に背を持たれ、紅茶を汲み。香りと味を楽しむ。目線は世界の方へにむけていた。
「そういえばリースも危ういようだな。総合的には結構不利な状況だな。まあロイの英雄譚に彼女の存在は食い込まないのだから、彼と再会せずここで滅ぶようならそれはそれでよいか。」
ルシードは正面突破はせず、金持ちの家に必ずある本館から離れたた使用人住居にまず近づいた。
夜はとっくに視界を闇に染めていた。暗い茶色ローブのが茂みの間を音もなく疾走しているのを誰も気づかなかった。
ルシードはガラス窓にそっと近づき、中の様子を伺う。中には人が一人いるだけだった。
情報にあった白い色の兵隊とはちがって、日に焼けて小太りの不機嫌そうなオヤジが一人いた。
賊にも善良そうな町人にもみえた。
「状況は一刻を争う。手段を選んではいられないな」
ルシードは魔力のつかい突風のごとく、小屋に侵入しオヤジの背中に瞬時に移動した。
「叫ぶな。妙な真似をするな。今からいくらか質問するが正直に答えろ」
オヤジは首筋に鋭い刃が当てられているのに気付いて、仰天して膝が崩れ落ちそうになったが、シャツの襟を引っ張られて座り込むことを許されなかった。
「問1。フォリア教団はここでなにをしている」
「分かりません。俺はずっとこの家の主人に仕えていて、3か月前に主人は屋敷を手放したんでぇ。俺は据え置きで働かせてもらっていて、新しい主人の姿は知らなんですわ。フォリア教団ってのもなにしているかわからねえよ」
「問2。お前は誰からどんな指示を受けている」
「以前の主人は屋敷にいて、そこでどういう扱いなのか知らないけど、その主人の奥様に依然と同じような仕事を与えられている。特に何も言われてねえし、口止めもされてないけど、あいつら隠れて何かやっているし、人間味がなくってとにかく不気味で、俺はもう何も言いたかねえよ!あなた様は誰なんだ?」
ルシードはどちらかと言えば善良な町人だと判断し、刃を納めた。そしてへたり込んだオヤジを見下げながら彼の質問に答えた。
「フォリア教団はお前の想像通りの邪悪の権化だ。ここで何をしているのかは知らんが、俺はそれと闘うつもりでいる。脅すような真似をして悪かった。」
「戦う?表向きのやくざ者は目くらましで、教団の中身は肌の色を失って自我がない命令を受けるだけの<兵隊>がいて、そいつらをふやしているんでっせ。」
オヤジの主張は大方あたっていて、ルシードの予想の範疇だった。
「お前の言う<兵隊>がどのようなものか私は知っている。ところで、薬売りがひとり屋敷に入っていくのを見なかったか?」
「見ました。昼時でした。」
「お前が善良かどうか分からなくなってきた。そいつを止めてやろうという気持ちは起きなかったのか?」
「俺はただ恐ろしくて。だってそいつが教団の仲間とも限らないでしょうに」
後ろめたそうに、同時に恨みがましそうにオヤジは答えた。
「屋敷に忍び込むためのいい方法は?」
「実はかれ井戸のパイプが地下室までつながっていて、人ひとり這って進むことができますだ」
ルシードのこれまでの経験による総合的な判断では、8割がたルクティは死んでいるか、不可逆な生体手術を受けさせられているかしているだろう、というものだった。
しかし、ルシードはルクティが無事であるという前提で行動を起こした。
絶対に助けるとも、絶対に無事であるとも思わなかった。
ただ自分の命を危険にさらしてでも、二人で生き残る道のほうを選んだ。
「這い進んだ先はすぐに地下室なのか?」
「そうです。奴らは地下で何かやっているみたいでっせ。呪文みたいな声が井戸から聞こえることがありますからね」
ルシードはパイプ沿いに這い進んでいる途中で奴らに見つけられた場合を考えて、いくらゾッとした。
「ほかには?狭い場所は苦手だ。」
オヤジは悲しそうな顔で首を傾げた。ほかに道はないようだった。
ルシードは時間に追われているのを思い出し、ありえそうな凄惨なルクティの現状を想像する。
「ええい、ままよ的なのはすきじゃないが、時間が惜しい。そこを通るとしよう」
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