特異点
特異点
リューゼス地方の高台に位置するコーリヤ村はその日年に一度の収穫を祝う祭りであった。詩を読み、歌をうたうものがいて、着飾った男女が円になって踊っていた。
年頃の娘で村一番の美人のリースはこの日のために特に伝統的で着飾った装いをさせられて、一番目を引いた。
その様な聖なる日にリースの相手はいなかったのは、誘いをリースはすべて断っていたからだ。
リースの器量や才能に見合うような男子が村にいないかったのためで、そのことは村の大人の大半が認めていた。
「はあ。私の相手が突然降って湧いたりしないものかしら」
組になって愉快に踊っている男女たちを見て、リースはそう漏らした。リースは花輪でもつくろうかと思ったが途中で放り出してしまう。
そのうち踊りにも見飽きて、比較的静かな花畑の方へとぼとぼ歩き始めた。
今の自分の後ろ姿を見ている人がいたら、惨めに見えるのかもしれないわ。
リースはそれでもよかった。人に馬鹿にされても、不安にさせても、大胆に振る舞えた。それは彼女が年相応にうぬぼれと憧れで出来ていたから。リースは13才であった。
僕はテレビゲームをやりすぎて、立ち眩みをおこし、そのまま目を閉じてベッドにドスンと倒れ込んだ。少したって違和感に気付く。
「土と花のにおいがする。」
おかしいと思って僕は目を開けた。
辺りはスズランの群生地、花は月の明かりを受けてに白く輝いていた。
きれいだなー、デスクトップの壁紙にしてもいい。そうおもったが、これはどういうことか。
さっきまでベッドにいたはずだ。その前はPCに向かってゲームをしていた。その前は夕食を食べていた。
そう食べ過ぎで、ゲームを一旦やめて、ベッドにダイブして目を閉じたとおもったら……、なんすかこの場所は。スマホはない。
僕が思ったことは一つ。
い、異世界転移なのか。
「あの?」
「はい?」
目も前には同い年ほどの綺麗な少女がいた。服は民族衣装のようで、瞳や髪色は明るくて、こっちをじろじろ見ていた。
僕はさらに混乱の度合いが増した。
ゲームの夢かこれは?思わず天を拝んだ、すると夜空に星々が煌めいていた。絶対忘れることはないだろうと思うほどの印象の強烈さ、それは目の前の少女の美しさをも超えていて、僕は一瞬フリーズしてしまう。
「星がきれいで凄いことになってますね。夜空が」
そういうのがやっとだった。
野暮なことはなしにしましょう。つまり、彼がどこから来たか、どうしてそこにいるのか、そいういう類のことは聞かれたくないみたい。
私の方も簡単に正体がわかってしまってはつまらない気がした。できれば想像できないほど遠くからきていて欲しい。
何言っているか分からないことだらけだった。答え合わせは後にとっておきたいから、こっちから詮索しないことにした。ただ服装はかなり奇抜にみえた。
逆に今ここに二人だけでいることという事実から話しだすと、彼と私は波長が合って、昔から知っていたかのような気さえした。
私が望んだから、かれはやってきたんだわ。
彼の暗い瞳と黒髪にゾクゾクさせられるし、今日は祭りであるから、私にも不思議なことが起こっても不思議さを割り引いて考えてもいい気がした。
スズランを一つ摘んで彼の独特な服の胸の近くのボタン穴にさした。親愛の証。きょとんとした彼はすぐに私の胸にもスズランを差してくれた。
花畑にしゃがみこんで彼と他愛ない問答をした。話は結婚の話。私の村では13才から婚約が可能になるので、私の一番の関心事だった。
「リースは結婚相手を自分でさがしているの」
「誰もができれば自分でとっつかまえたいでしょう。わたしもそうです」
言葉遣いには注意しないといけません。とっつかまえるではなく捕まえるでもなく、お仕えするかしら。でも彼は笑って言葉を繰り返した。
「とっつかまえる?それはそうかもね。もしくはとっつかまえられたいとかはないの?」
彼の暗い瞳が私を見つめていた。私は興奮していたが、平静を装って答えた。
「あります。それらはおなじことじゃありませんか。その二つはカードの裏表のようにおもいます。同じことの別の面です」
彼は星を見上げました。さっきからよく見てみています。わたしも同じように顔を空に向けます。特別な人とみる星々は私に特別な美しさ感じさせました。
彼もそうあってほしいと思いますが、まだよくわかりません。彼のいたところでは夜の空はこんなきれいではないということでした。
僕はとりあえず夢だと思うことにした。星々の煌めく空や謎の美処女のリースとか村の祭りの装飾と、中央の火が作る陽気な影等、こんな美しく、心地よいものが僕の心から生じたならば、僕も捨てたもんじゃないな、と思う。
いい夢だ。
ああ、でも夢だと気付いたら夢から覚めそうになる気がする。なら夢じゃないと思わないといけない。
夢ではない。夢ではない。
子供の頃、楽しい夢を見ていて、楽しすぎて夢であることに気付いてしまったことがある。それから少し間があって目が覚めた。夢から覚めるその間が本当に切なかった。
また同じ夢を見ようとして、もちろん見れなくて泣きそうになった。
だから、平然とした感覚で保って少しでも長く夢のなかにいようとおもった。驚きすぎずに期待しすぎず。
夢心地でリースと適当な会話をする。リースは僕を怖がらず詮索しなかったので助かった。会話は意外にも弾んだ。
僕はそのうちに自分とリースと神秘的なつながりがあるとしか思うようになった。
どうやら村の言い伝えがあって、そのなかにいまの僕らの状況と近しいらしい。なら、今の僕はその役なのであって、それを演じるべきだろう。そのことに何の抵抗も違和感もなかった。
いつの間にかリースと手をつないでいた。
リースは僕を見てほほ笑んだ。この瞬間、誰にも渡すものかという気がして、自然にすぐに声が出た。
「僕と結婚してくれるかい?」
「はい」
嬉しかった。しかし当然の成り行きと考えねばならない。そうじゃなきゃ夢から覚めてしまう。
答えるや否や。お互い抱き着いていた。その後瞳を合わせて続けて、とても静かに口がふれあった。
キスの後の彼女の次の言葉はかなり現実的で慣例的なものだった。
「村長や家族に会ってください。婚姻の許しをもらいましょう。」
「わかった」
思わず表情が硬くなった。だって、いきなり現れた奴に娘を渡す親はいないだろう。
前近代的なファンタジー的に考えると、なんかの試練にでもかけられそうな気がした。
わずかに面倒くさいという感覚が走ったが、すぐに彼女のために何でもやってやるという覚悟をたて打ち消した。
リースのことはまだよく知らないが、運命の相手なのだろう確信があった。
「あそこの天幕に村長がいます。私が先に事情を話しおいてその後に呼び行きますから」
彼女の喜び勇んでとびだしていく、後姿をみながら、僕は心から湧き上がる感情に驚いていた。
一生を共にする。そのことに対して、何の躊躇も不安もないことに。
老体の村長はぜいぜいと息を切らせて、目の前に飛びだしてきた少女に驚いた。
「これリース。どうしたのじゃ?」
リースのの答えはさらに驚くものだった。
「ついさっき、伴侶の契りをかわしました。」
「まったく一体だれとじゃ。」
祭りがもたらす、高揚した気分の一時の感情の産物だと村長は読んでいた。
「それが、見ず知らずの同年代の人が花畑の方にいて、その方とです。」
「村の外のものか」
「非常に聡明な話し方をされる方で、同い年ほどです。私はこの日の出会いに運命を感じました。」
村長は顔を火の方に向けて、杖の先で焚き木をいじりながら、考えをめぐらした。それから結婚相手の男について現実的な事柄を根掘り葉掘り質問したがリースはほとんど何も知らないようだった。
「おぬしが感じた運命をわしは簡単に否定しようと思わないが…」
「ええ」
「おまえの親と兄は反対するじゃろう。」
「そうですねしかしもう約束を交わしました。今更反対されてもどうしようもないです。」
「都市の有力な家の嫁になって、この村を影ながら支えてもらいたかったのだがの」
「私もそれでいいと思っていました。さっきまでは。今は違います。彼と共に生きます。よその子にやらせてください。ミーナとか、ルルとか」
「そんな簡単にできることじゃないわい!おまえはその男を連れてきなさい。」
最後の言葉には失望の感情が漏れ出ていて、リースをしゅんとさせた。いや、本当はしゅんとはしなかった。なぜなら彼との未来が彼女の価値の全てになっていたから。
彼女はすぐさま飛び出ていった。
僕は一人、彼女が入っていった大きな天幕を少し遠くから眺めていた。それもそのうち飽きて、村の中央の方へ歩いてみることにした。
彼女は相手を驚かすから誰にも会わない方がいいと言っていったが、別に構わないだろう。
焼いた肉と香辛料の匂いがしているし、歌も聞こえるし、人が輪になって踊っているのも見えた。
こっちに来て初めてリース以外の人たちを見て、改めて驚いてしまった。足が止まり、心掛けていた平常心が乱れそうになった。
「祭りだから、僕はここにいるのだろうか?ふむ。そう言えば言い伝えがどうとかいってたな」
彼らがみな好意的に受け入れてくれるとは限らない。そうおもってその場から一歩退いた。と、その時後ろから男の声をかけられた。
「おい、どこのもんだ?」
後ろの家にひさしから険悪そうな男の声。すぐに体格さで不利を察した。村の若者といったとこか。なめられてたまるかという気もするが、今は下でに出るか。
「いや、この辺りを通っていたら、なんだか賑やかな雰囲気で、それでちょっと覗いていただけなんです。皆楽しそうで素敵ですね。」
「そうか」
牝牛がひく荷台が音をガタガタいわせながら村を通って行く。収穫の祭りなのだろう。
彼はじろじろこっちを見ながら村の中央に歩き出した。思っていたより悪い奴じゃないのかもしれない。
僕は早く彼女が出てこないかなと思った。
別の次元で存在する部屋のなか。エクセンスは眠気とどうにかこらえながら、自分たちの仕事をこなしていた。なにかしっくりこない様子だった。
「うん、ああ位置が違ったか」
エクセンスはひょいと黒光りするオニキスの宝石を広げた織物のうえで別場所に動かした。
それの意味するところは、まさしく運命そのものだった。
「私はどれぐらいの間そこに置き忘れただろうか?そっちの世界の時間で2時間ぐらいだろうか。無駄にした分の補償をするか」
僕は気付いたら。馬車に揺られていた。窓越しに日の光がたっぷり差し込んで、春の午前といった様子だった。
また移動した!今度は時間も違う。
必死で窓の外を覗き込んでいたら、後ろから声がした。
「落ち着きなさい」
横にいた成人した女性がいった。わがままな子供をしかりつけるような調子だった。落ち着いていられるわけだない
「降ろしてください。元いた場所に帰らせて。」
「何言っているの。いまさら」
「あなたにいってるじゃないです。運命とか操れる神的な存在に頼んでいるんです」
「ここは既に領地外よ。城砦では最初はいい顔されないでしょうけど、そこはあなたがどうにかしてみなさい。家にはもう帰れないのよ」
「家に帰る?家じゃなくて彼女の元に帰らせてください。」
結婚の約束をして、村長に挨拶する前だったのに、今度は馬車の中である。
もはやどのようにしてこんな移動がおこるかという疑問より、なぜ彼女から引き離されたのかという気持ちでいっぱいだった。
「姉の私に恥かかせたらもしわけないと、思うことはないのかしら」
しばし、この人の美貌に見とれていた。毅然で上品な雰囲気が漂っていた。何でも優雅にこなしそうだ。
が、まてよ、姉ってどういうことなんだ?
「誰が姉だって?」
「口のきき方!」
いきなり頭をどつかれた。それと憎たらしそうにみる目つき。僕のなかの彼女への優美なイメージが途端に崩れた。これはかなり身内っぽいやりとりだった。本当に弟なのかもしれない。
どうやらため口は許されないらしい。
馬車を止めることもできないので、彼女と話をしていると名前はユウといって、僕の姉らしい。
僕は領主の息子たちの末っ子でもともと立場が低く、孤立したあげく、父の怒りを買って戦争中の城砦に送られて男として一人前になるか、死ぬかのデスゲームに参加すると途上らしい。
それでも姉であるこのユウさんだけは僕の見方だったらしい、戦争送りにはしぶしぶ賛同といった感じで、戦い抜いて強くなってほしいと、それができる才があると見込んでいるらしい。
このロイ(僕のここでの名らしい)には。
夢から覚めたけど、覚めた先を間違えるってことがあるのだろうか?
リースが村長の天幕から出た後どこを探しても彼は見つからなかった。その後リースは村人に彼とのことを打ち明けた。彼を見たというものは出てこなかった。
その後のリースは泣いて叫んで笑って恨んで呪って、高熱を出して数週間寝込んだ。もしや命に係わるのではと思われてたが、結局は回復して表面上の落ち着きを取り戻した。
しかし心の内奥は決定的な変化を被っていたのは明らかなことだった。
消えてしまった男の子と男女の契りを交わしたことは、証明することのできないどころか、男の子がいたことすら村人は怪しんでいた。
リースの村での立場は孤立していき、前よりはずいぶんと見下されてしまっていた。
村長だけは不可思議なできごとと受け止めていたが、男の子をみてはいないのでリースをかばう手だてはなかった。
親や兄からも距離を感じ始めた。両親はおかしくなった娘をいままでよりいくらか価値を低く見積もったうえで縁談を探し始めた。しかしリースは自分は婚約済みだと言い張った。
村の自慢の美人の娘が、今では厄介者になっていた。
リースはどことなくシャーマン的な神秘的な雰囲気をまとうようになっていった。伝承や神学、学問に興味を示し始め、同年代と関心を共にしなくなった。
ひたすらに伝承をよみとき、身の回りの怪綺談を収集しだした。
村のはずれでドラゴンの卵が見つかったのはそんな時だった。
ある日のこと、村のある高台の人が踏み込めるぎりぎりの高所にドラゴンの卵が見つかった。ドラゴンと言えばそれだけで価値が高く、宗教的にも軍事的にも畜産物としても特別な価値をもっているものあった。
コーリヤ村付近はたまさかにドラゴンの卵が見つかる穴場であり、村にとっては、収入になったり、トラブルの種になったりと、アンビバレントなしろものだった。
さて、どうしたものかとリーダーたちは頭を抱える、セオリーではドラゴン守を一人つけて、卵の時から生まれるまで信頼を勝ち得て、手なずけることが多かった。
しかし、最後にドラゴンを手なずけてだいぶ時期が立っていて、ノウハウの伝達が薄れていて、うまくいかぬ不安があった。
通常手なずけることに失敗すると、まずドラゴンの餌食になるのはドラゴン守である。その後も村から遠ざけるために多くの射手と弓矢、傭兵がひつようになる。
手懐けられて、売りにだせるようになるらば、信じられないほどの収入をもたらす。また、ドラゴンの死体も希少物の宝庫で価値になる。
幻獣としてのドラゴンは動物から区別され特別な知恵をもっていて、人より神に近い存在として崇められることがあった。
コーリヤ村ではドラゴンは建前はともかく本音では現世利益的な関心が強かったが、都市部や放浪者、秘教団などにはドラゴン信仰は根強い。
そこにリースも加わった。ドラゴンはこの世の理に通じているという話を彼女は信じた。彼がどこからともなくあらわれて、消えたことと、何十年ぶりに発見されたドラゴンの卵には何かつながりがある気がしてならなかった。
村のリーダーたちは、犠牲者を出すリスクを恐れて、話は卵を処分する方に傾いていた。
そこでリースはこれぞ我が意を得たりといった顔で宣言した。
「私がドラゴンの守り手になります」
リースはドラゴンが自分の助けになると信じていた。それに自分なら絶対にドラゴンを手なずけてみせるという自信もあった。最もなんの根拠はないのだが。




