雷の国イスズ、皇都ハバキリ
雷の国イスズ、皇都ハバキリ。
伝統的な木造建築が並び、中央には巨大な『城』が聳え立っている……が、その位置があり得ない。
城は、巨大な岩の上に建築されていた。
城へ延びるのはロープウェイのような移動型マギア。それに乗り、城を目指す。
城下町に入る前に、トウマは馬車の窓から身を乗り出し、その城を見ていた。
「すっげえええええ!! でっけえ岩の上に城!? ははっ、どうやって建てたんだろうな!!」
「ちょっと、恥ずかしいからデカい声出さないでよ。でも……確かにすごいわ」
アシェも、トウマの袖を引きつつ、窓から城を見た。
シロガネは見慣れているのか、普通に言う。
「あれは『ハバキリ城』……女皇ミドリ様の居城です」
「あそこに女皇がいるのか。で……むこーうに見えるのが?」
「そう、支配地域です。あそこに、七曜月下『逢魔』バオファオがいます」
七曜月下の一人、『逢魔』バオファオ。
月詠教の地上侵攻部隊の一人。アシェは大きなため息を吐いた。
「水の国、火の国、地の国、光の国と解放されて、残りは雷と闇と風の国……ほんと、トウマが戦い始めてから、地上がかなり解放されたわ。たぶん、一年もしないうちに、地上から月詠教は一掃されるんじゃない?」
「いや、無理だろ」
トウマは身体を戻し、アシェの前に座って言う。
あまりにもきっぱり断言するので、アシェは少し驚いていた。
「七曜月下はまあ、何とかなるだろ。でも……天照十二月は、俺じゃないと倒せない。例えばだけど……天照十二月の一人が単独で地上に降りて、火の国の城を攻めて、王様の首を取ればそれで火の国は堕ちる。混乱に乗じて、月詠教の本隊が一気に国を制圧すれば、一気に地上は征服されるだろうな」
「「…………」」
トウマの言葉に、アシェもシロガネも何も言えなかった。
「月詠教の真意はわからんけど、月からの援軍が来た時点で、七国は支配されてもおかしくない。おかしいだろ? なんで月詠教は、月から援軍を呼ばないで、今地上にある戦力だけで戦うんだ? それに、天照十二月とか来たけど……そいつらは人間の国とか無視して、俺だけを狙って来た。ん~……地上部隊に送る援軍を送れない理由でもあるのか? でも、すでに七曜月下は四人堕ちてるのに、他の国に再侵攻したって話も聞かないし……わからん」
トウマの意見はもっともだった。
アシェは考え込む。
「……進軍できない理由。月詠教は、進軍できない? その理由は……」
「あ、そうだ。じゃあさ、雷の国イスズを支配してる七曜月下、捕まえるか」
今回も、トウマはアシェやシロガネに任せるつもりだった。だが、自分で七曜月下と戦い、捕らえることを決意した。
話している間に、馬車はイスズの正門に到着した。
◇◇◇◇◇◇
大正門。
木製の巨大な『門』を前に、トウマはウキウキしていた……が、アシェに襟を引っ張られ、窓から乗り出していた身が引っ込んだ。
馬車は、堂々と真正面から、門の中央を抜けて走る。
門兵が最敬礼していたのを見て、アシェはシロガネを見る。
「アンタの家、やっぱりすごいのね。この馬車の紋章のせい?」
「正確には『家紋』だな。イカヅチ家はこのイスズの守護貴族……いわば、最強のサムライであるといえる。敬意を払われるのは当然だろう」
あまり興味がないのか、シロガネは淡々と言う。
トウマは、アシェに襟を掴まれているので動けない。開いた窓からクンクンと鼻を鳴らす。
「あ~うまそうな匂い……これ、『ソバ』だろ」
「そば?」
「さすがトウマ様。よくご存じで」
ソバ。
麺料理。ソバ粉という専用の粉を使って練った生地を麵にして、カツオという魚の出汁で作ったスープに搦めて食べる、雷の国イスズの郷土料理。
「へ~、初めて聞いたわ」
「俺、しばらく食ってない……なあシロガネ」
「もちろん、我が家で用意いたしますよ」
「やったー!! シロガネ、お前最高!!」
同郷、トウマの好みなどからか、トウマのシロガネに対する好感度は一気に上がっている。シロガネもまんざらではないのか、学園では見せなかった少女らしい微笑を浮かべていた。
アシェは、なんとなく自分が『邪魔者』……いや、このイスズでは『異物』のように思え、トウマの襟を離す。
「ん、どした」
「……べつに」
「まあいいけど。なあアシェ、みんなにお土産買っていこうぜ」
「……はいはい。ま、全部終わったらね」
「おう!!」
トウマは、屈託のない笑みを浮かべる。
アシェはその笑みを見て、ドキッと胸が高鳴り……思わず顔を逸らした。
逸らしたのではなく、窓の外の景色を見たかったからと言い訳をしたが……やはり、誤魔化しにくい。
(あ~……アタシやっぱり、コイツのこと)
「そろそろ到着です」
いいタイミングなのか、シロガネが言う。
こうして、馬車は雷の国の守護貴族、イカヅチ家に到着した。
◇◇◇◇◇◇
イカヅチ家。
正門は立派な木造りで、門兵がわざわざ『開門!!』と叫ぶとゆっくり開く。
馬車で屋敷の敷地内へ。
「ひっろ……」
思わずアシェが言う。
イスズ風。といえばいいのか……文化が違うと庭の景色が違う。
玉砂利の地面、岩造りの池、植え込み。とにかくアシェの知る『庭』ではない。
馬車から降り、アシェはキョロキョロする。
庭の池で魚にエサをやる男性、植え込みの手入れをする職人、掃き掃除をする使用人、そして出迎えのサムライ。
だが、それよりも目の前にいる『サムライ』に、アシェは一瞬で釘付けになった。
「よく来た、客人よ」
とんでもないガタイだった。
二メートル近い身長、着物の上でもわかる鍛え抜かれた身体、マゲを結った頭部、髭の生えた顔、腰には刀型マギアが二本差してあり、部下を従えて玄関で出迎えたのは、これまで出会った中でもダントツに『強い』と思われるサムライだった。
「わが家へようこそ、客人。我が当主、バショウ・イカヅチである!!」
イカヅチ。
つまり、シロガネの父親。
アシェはすぐ納得できた。この目の前にいる男は、父に匹敵する──。
「当主ってのは、一番強いやつじゃないのか?」
と、トウマが言う。
そして、視線が庭の池へ……正確には、魚にエサをやってる人間へ向いた。
「あいつの方がお前の百倍は強そうだぞ?」
「は?」
バショウは目を見開いた。
アシェも同じだった。シロガネも驚いていたようだ。
「ちょ、トウマ、失礼でしょ!!」
「いやでもさ」
バショウは困ったような顔をしていた。
配下のサムライたちも困惑している。
アシェは、庭で餌をやっている男を見た、が……その男が急に振り向いた。
そして、消えた。
同時に、ギィン!! と、金属音がした。
「おお、速いな」
トウマの声。
トウマは『瀞月』を抜き、餌をやっていた男の刀を受け止めていた。
「お見事でございます」
男は刀を引き、静かに鞘に納める。
シロガネが大きなため息を吐いた。
「……父上。お戯れはもういいでしょう」
「あっはっは。すまないね、それとご苦労」
優男。アシェの第一印象はそれだった。
サラサラの頭髪はゆったりと結ばれ、薄紫の着物が良く似合っている。
微笑を浮かべた顔は、間違いなく美青年。シロガネによると、アシェの父、マールやカトライアの両親と同じ年齢だった。
父はいつも小難しい顔をしているが、この男性にはそれがない。
二十代になったばかり……そう言われても信じてしまいそうだった。
「バショウも、ご苦労様」
「兄上……もうこういうおふざけには協力しませんからね?」
バショウは、優男の実弟だった。
ここでようやく、優男が言う。
「試すマネをして悪かったね。はじめまして、私はイカヅチ家当主、ソウジと申す」
「トウマだ。いやー、お前速いな。剣を抜く前に止めようと思ったけど、無理だった」
「ははは!! いやぁ、驚いたよ……一瞬でバショウが当主じゃないと見破るなんてね」
「……父上。立ち話はそこまでにして、客人を」
「おっとそうだった。では客人、まずは部屋に案内しよう」
こうして、トウマたちはイカヅチ家に来たのだった。




