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夜明け前の地下牢より

目撃証言の記録と当座の現場調査が、ひととおり終わった。


モンスター襲撃事件とシャンゼリン殺害事件が重なっただけに、現場調査の報告書の量が倍増している。


ディーター先生やフィリス先生は、引き続き、他の上級・中級魔法使いたちと一緒に、報告書作成の真っ最中だ。魔法使いたちは、高度な《疲労回復》の魔法を活用できているお蔭なのか、疲労の色は全く見られない。


ほとんどの隊士たちも、《疲労回復》の魔法で、一時的に体力の余裕が延長している。その分だけ、後日、死んだようにグッスリ眠る事になるだろうけれども。


わたしは何故か《疲労回復》の魔法が掛かりにくいタイプだった。しかも、今頃になって『モンスター襲撃の夕べ』の疲れが出たのか、全身グッタリだ。モンスター残党と思しきムカデ型モンスターの類が出てくる度に、ギョッとするものの、逃げ出す気力は無い。


ディーター先生とフィリス先生の診立てによれば、『呪いの拘束具』による締め付けに抵抗して、喉を無理に動かして『遠吠え』したのが、響いたのだろうと言う事だった。


*****


体力に余裕のある隊士たちの手によって、枯れ池に突き刺さっていたT型の大型建材の残骸が取り出され、回収された。


シャンゼリンの死体がぶら下がっていたT型の大型建材の残骸は、装飾パターン等がスッカリ剥ぎ取られていて、何処から来た物なのかは結局、分からなかった。此処には、建築の専門家は居ないもんね。


だけど、もしかしたら、あのT型の大型建材の残骸の正体は……紛失していたアンティーク宝飾品の一部、『白き連嶺の装飾アーチ』の成れの果てかも知れない。


前日、マーロウさんが不正に使っていた倉庫の中にあった『白き連嶺の装飾アーチ』は、チェルシーさんによれば、半分しか残ってない状態だったと言うし……素人目で判断した結果だから、何とも言えないけど。


今や、事件の全容は、ひとつながりに繋がっていたらしいという状況だ。連続殺人事件って事。恐ろしい。


クレドさんに片腕抱っこされたまま、ディーター先生やフィリス先生をはじめとする事件調査チームの動きを眺めていると、その事件調査チームを警護しているザッカーさんの『魔法の杖』が、急に瞬いた。


――おや?


ザッカーさんが『魔法の杖』を構えがてら、ちょっかいを出して来た蛍光レッドのムカデ型モンスターをヒョイとよけて、踏み潰す。


中型モンスターとは言え、弱体化しているから小型モンスター程度の雑魚になっているんだろうけど……さすが親衛隊を務める上級隊士、なおかつ猛将の実力。


すぐに『魔法の杖』の通信リンクが確定した。ザッカーさんが目をパチクリさせている。


「おッ? 地下牢からの緊急連絡だ……なぬッ?」


ザッカーさんは、すぐにこちらに顔を向けて来た。正確には、わたしを片腕抱っこしている、クレドさんの方を。


「おぅ、そのチビ、早速お手柄みたいだぜ。さっきの『遠吠え』の副音声が、なかなか口を割らねぇ脱走犯を、ガチでビビらせたんだとさ。バーサーク化したにも関わらず、えらく早く正気に返っていた、あのイヌ族の脱走犯だよ。ヴァイロス殿下の暗殺未遂の時の記憶が正常に残ってる可能性があって、引き続き尋問してたヤツだ」


――何ですと?! あの、口に出して言うも憚られる、あの黒いカサコソの名前だけで?!


クレドさんの無言の促しに応え、ザッカーさんは、『魔法の杖』で受け取っていた通信を再生して聞かせて来た。


くだんの『イヌ族の脱走犯』の自白内容は、このような内容だった――


『んあ? オラの名前はもう分かってんだろ、水のニコロだよ、ニコロ。『闘獣』崩れの殺し屋だ。モンスター狩りの際に、モンスターを呼び寄せる囮になる所を運よく脱走したが、『例の黒いアレ』恐怖症も引きずって来た、ケチな野良犬さ』


オッサンと言う年ごろのせいなのか、それとも散々に『例の黒いアレ』トラウマを発動しまくった後のせいなのか、意外にくたびれた声音だ。


ふと気が付くと、周囲の隊士たちも、興味深そうにウルフ耳をピッと傾けて来ている。調査チームの手も止まっていた。


『今から告白するから、耳かっぽじって、よう聞け。あんたらウルフ族の超・美形なキンキラキンの王子、闇の女にえらく怨まれてんな、ワハン』


そして、くたびれた声音による、不思議な告白が続いた。時々挟まれる『ワハン』は、イヌ族の独特の嘲笑らしい。


『オラたちゃ、間違いなくキンキラキンの王子をターゲットに、闇討ち仕掛けたさ。闇ギルドの仲介を経た依頼によってな。この依頼をしたのは、えらい美人な黒毛のウルフ女でさ。シャンゼリンって言う。あの女、こういう闇工作やら流血やらが本領でな。誰かに指示を受けてたらしいが、まさに闇ギルドの悪女だぜ、あのタマは』


嘲弄まざりの告白なんだけど、わたしにも分かる。この『イヌ族の脱走犯』っていう人――水のニコロと名乗った人――は、真実を述べている。


ディーター先生もフィリス先生も、調査チームの人たちも、目を丸くしている。まさに目の前で死んでいるのが、その上級侍女・シャンゼリンだから。


『シャンゼリンの誘導で、オラたちは、黒髪キンキラやら金髪キンキラやら、年取った偉そうなウルフ男やらを襲ったのよ。上級侍女ってえのは、宮殿の奥へも入れるんだな。侵入も脱走も簡単で笑いが止まらなかったぜぇ、ワハァン』


――いかにも『オッサン』な声音が、だんだん眠そうになって来ている。そろそろ限界っぽい。


『だがぁ、ヤキが回ったのかねぇ。最後の金髪キンキラ、魔法使いやら斥候やらが、ドエライ包囲と追跡をして来たんでなぁ、逃げ切れなかったのよ。おまけに想定外の事があったんでなぁ、ワハァン。下手に喋ったら、オラがシャンゼリンに暗殺者を放たれて殺されかねないんでなぁ。その辺、命の保証よろしく頼まぁ……グウ……』


不思議な告白は、イビキに取って代わった。


いつの間にか近づいて来ていたディーター先生が「おい、寝るな」と突っ込んでいる。


ザッカーさんもクレドさんも、他の人たちも同じ気持ちだろう。ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件のミステリーを含めて、今まで分からなかった事実が、急に浮上して来たのだから。


それにしても、シャンゼリン、スゴイ言われようだ。『闇ギルドの悪女』って。


確か、オフェリア姫の言うところによれば、とっても実力のある貴種だから、近々、『第三王女シャンゼリン姫』になるかも知れない……じゃ無かったっけ?


*****


イヌ族の脱走犯こと『水のニコロ』の自白は、重要なターニングポイントだ。


ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件に関わったとされる容疑者は、一応ひととおり身柄の拘束は済んでいて、地下牢につないで、連日、尋問中。


容疑者たちは、『バーサーク化イヌ族、男3名』、『バーサーク化ウルフ族、男2名』、『イヌ族の脱走犯、男2名』、『正体不明のコソ泥チビ1名、未だ捕まらず』――


バーサーク化すると、ガチで10倍から20倍くらい戦闘力が上昇するんだそうだ。一般のウルフ族であっても、バーサーク増強パターンによっては、貴種ウルフ族に近い戦闘力となる。殺し屋ともなれば、なおさらだ。


リストに上がったのは全員で8名なんだけど、実際に捕縛され容疑が確定して、地下牢に居るのは、6名だ。だから、総合すれば、当日は60人から120人の暗殺者が活動したのと変わらないという訳。


除外されている2名のうち、1名は、わたしだ。重傷患者で記憶喪失かつ『呪いの拘束バンド』に取り付かれているため、脱走の可能性が極めて低い――更に『容疑者では無い』と見なされている。残りの1名『コソ泥チビ』は、今なお捕まっていない。


ちなみに、その『コソ泥チビ』は明らかに成長期前の子供――腕の中に収まる程に小さな子狼なので、バーサーク化する程の体力は無い。すなわち容疑者では無い。


でも窃盗容疑は掛かっていて、今でも指名手配中。何故か訓練隊士の紺色マントを、2つばかり盗んでるそうだ。《風》のマントと《水》のマント。


大胆にも、大食堂で出している訓練隊士向けの食事を1セット無銭飲食したうえ、侍女たちの小物、つまり髪飾りや耳飾り等のアクセサリー類を、少しばかり盗んでいる。金に換えたらしく、後日、城下町の中古アクセサリー買取店から盗品が出て来たそうだ。その『コソ泥チビ』、いったい何者なんだろう。


閑話休題。


ずっとバーサーク化していた方の容疑者たち5名は、タップリ3日もの間、正気じゃ無かったため、正常な記憶を問うのは、もはや不可能らしい。そして、早く正気に戻っていたイヌ族の脱走犯こと水のニコロと共に、何かに怯えているのか、どれだけ尋問しても、頑として黒幕の正体について口を割らなかったと言う。それで、ずっと膠着状態が続いていたそうだ。


ディーター先生とフィリス先生は、すぐに転移魔法で地下牢に駆け付ける事になった。


このイヌ族の脱走犯の気が変わらないうちに、眠気を覚ます魔法を仕掛けてでも、自白を続けさせるためだ。ザッカーさんも精鋭を選んで、同行だ。


ただし、クレドさんは、わたしを病棟に送り届ける任務を引き受けたため、今回は転移魔法陣に入っていない。そして、わたしを相変わらず片腕抱っこしたままだ。


――わたしが頼りなくて済みません。わたし、男に生まれてたら良かったよ……


転移魔法は、《風霊相》生まれなフィリス先生の、十八番だ。フィリス先生が早速、近くの平坦な地面に、白いエーテル流束で転移魔法陣の形を描き出した。即席の転移魔法陣だ。得意中の得意というだけあって、形も正確。


ディーター先生やフィリス先生と共に転移魔法陣に入ったザッカーさんが、精鋭の部下を整列させつつ、クレドさんに声を掛けた。


「その『炭酸スイカ』モドキの方のチビを病棟に送り届けたら、クレドも急行しろよ。あの時に取り逃がした『コソ泥のチビ』の方の正体についても、改めて確認しなきゃならん」


クレドさんが頷いた間にも、即席の転移魔法陣が稼働した。白い《風》エーテル光があふれ、白い列柱となって、魔法陣の内側に集まった人たちを覆い隠す。


そして、白い列柱がバラけて消えると、その場にあった転移魔法陣も、転移魔法陣の内側に集まっていたメンバーも、既に消えていた。


転移魔法だと分かっていなければ、とってもオカルトでミステリーな眺めだ。エーテル魔法、やっぱりスゴイ。

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