謎は続く、どこまでも(後)
シャンゼリンの美麗な顔は――
見事な、長い金髪に彩られている。最初に見た時は、黒髪だった筈なのに。
妖しく紫を帯びた黄金……こんな色合いの金髪、珍しいんじゃ無いだろうか。
そして、やはり最初に見た時と同じように、サークレットがハマっていた。よく見ると、古代的な雰囲気のある繊細な宝飾細工が全体に施されていて、素人目にも、由緒のありそうな貴重な品だと分かる。
わたしの仰天ぶりが、あからさまだったみたい。フィリス先生が、『魔法の杖』を光らせて発動した夜間照明を動かしながら、解説して来た。
「シャンゼリンは《変装魔法》で、髪色を黒く変えていたの。その魔法道具は、両方のウルフ耳に付いている黒い耳飾りよ。これも闇ギルドで普通に扱っている品なの、相当に値は張るけど」
夜間照明の光が移動し、シャンゼリンの黄金色をしたウルフ耳の辺りを照らした。確かに、見覚えのある黒い耳飾りが付いている。ちょっと首を傾けるたびに、シャラリと軽やかな音を立てるタイプのアクセサリーだ。
「先ほど《宿命図》を判読してみたら、本当にウルフ族・金狼種だったわ。死んでから時間が経ったから、《変装魔法》が無効になって、黒髪が金髪に戻ったと言う訳」
――と、言う事は。
わたしは、身体が震えて来るのを感じていた。
あの時、最初に此処に踏み込んだ時――シャンゼリンは、殺されたばかりだった、と言う事じゃ無いか!
ザッカーさんが物珍しそうな様子で、わたしをジロジロと見て来た。
「頭が良いじゃねえか、この『炭酸スイカ』モドキ。死亡時刻の意味をちゃんと分かってるって顔だぜ。オレの目がどうかしてるんじゃ無ければ、この小っこいの、あの時の坊主か? クレドが子守してた」
――うわ、すごい眼力に記憶力。さすが隊長を張るだけの事はある。
確か、わたし、お化粧が崩れて『物凄い顔』してる筈なんだけど――それでも分かるものなんだろうか?
「おぅ、分かる。体格や骨格が一致してるからな」
即座にザッカーさんが反応して来た。ドッキリ。
ザッカーさん、眼力というか、観察力、あり過ぎる。これくらいじゃ無いと、紛らわしさ満載の混血イヌ族と混血ウルフ族を区別できないし、隊長も務まらないのかも知れないけど。
ザッカーさんは、首を振り振り、オレンジ系金色なウルフ耳を引っ張り、『ヤレヤレ』といった風に息をついた。本当に驚いてるみたい。
「しっかし、此処まで分かりやすく顔と尻尾に書いてあると――こりゃあ、口で喋る前に身体で喋るんじゃ、忍者や工作員には間違いなく向かんな。まさか女の子とまでは思わなかったが……成る程、左の首元の方に茜メッシュがある。確かに女の子だな、お前」
そして、尋常に目撃証言の取得が始まった。
モンスター発生の影響で、わたしがスタンバイしていた目隠し代わりのヤブしか残っていない。殺害現場を取り巻く周辺の土地は、そこらじゅう凄まじい地割れだらけだ。
砕けて焦げた樹木の残骸と、モンスターの死骸と、モンスターの残した肉片や破片や血だまりで一杯。
中級魔法使いたちが空気調整をしているようで、胸の悪くなるような臭気は抑えられているけど……目で見るだけでも血の臭いがして来そう。
現場保存のために設置されていた《結界》の内側の部分だけが、目撃した当時の面影を留めているのみ。謎の少年が居た樹木も、すっかり粉々になっていて、原形をとどめていない。
わたしとフィリス先生は、枯れ池の中央部に突き立っている建材の残骸を目安にして、どんな風に動いたか、どの辺りに不審な大男が出たのかを、説明して行った。
ザッカーさんが2人の隊士と共に、その経路を確認しつつ、太い声でブツブツと呟いた。
「色々考えると、その正体不明のフード姿の大男が、返り討ちを決断しなくて幸いだったじゃねぇか。《魔王起点》が急に大型化して、此処から離れる方が最優先だったんだろうな」
ザッカーさんに付き添っている2人の部下も、納得したように頷いている。
「確か、『モンスター召喚魔法陣』は最初は発動が不安定だけど、平均5日ほどで固定化して、人工の《魔王起点》として本稼働するんですよ。レンガ焼きのオッサンの通報は、重要な兆候だった訳ですね」
ディーター先生の同僚さんと思しき同年代の上級魔法使いが、首を振り振り、眉根をしかめた。
「そのフード姿の大男が殺人犯で間違い無いだろうが、1匹目の大型モンスターのエサとして血祭りにあげるとは……何とも大胆かつ大掛かりで、むごいやり方をしたもんだな。よほど、このシャンゼリンに苛立っていたとしか思えないが、はてさて……」
ザッカーさんは、横倒しになった樹木の残骸をヒョイヒョイとまたぎ始めた。境界となっていたライン辺りに、まだ何か――物理的な凶器とか――が、残ってる可能性があるそうだ。
――長身だけあって、脚の長さが違うなあ。
不意にザッカーさんが何かを踏み潰したみたいで、『グニャ』というような物音が響いた。ディーター先生が「オッ?」と目を見開いた。
「何か踏んだような気がする」
中級魔法使いが早速、『魔法の杖』で心当たりのある場所をチェックし、「アッ」と声を上げた。
「大きな容器らしき物が――複数――埋まってますよ。モンスターの血を受けて、なお腐食していない……」
ディーター先生が《地魔法》で、あっと言う間に掘り起こす。
出て来たのは――わたしの身長を超える大型容器、3つ。《結界》領域にわずかに掛かってたから、物理的に原形の名残を留めている事が出来ていたらしい。凄まじく形が歪んでたけど。
ディーター先生の同僚さんの上級魔法使いが、驚きの声を上げた。
「モンスター毒の濃縮エキスを封入する、専用の大型容器じゃないか。何で、此処に……?」
不意に。脳みその中で記憶がスパークした。
「あ、アルセーニア姫、に、盛られてた……?」
ディーター先生とザッカーさんが、同時に目を光らせた。
わたしを片腕抱っこしているクレドさんもハッとしたみたいで、息を呑む気配が伝わって来る。
フィリス先生が口に手を当てながらも、ドンピシャの回答を口にした。
「……『王妃の中庭』で仕込まれていた、モンスター毒の濃縮エキス!」
*****
いまや紫金の女であるシャンゼリンの死体は、他にも驚くべき証拠を残していた。
頭部にハマっているサークレットは、『茜離宮』アンティーク宝物庫から紛失した品のひとつ『茜姫のサークレット』。
ドレスタイプの上級侍女のユニフォームの内側ポケットのひとつに、マーロウさんが持っていたのと同じ、『爆速バーサーク化ドラッグ』の使用済みのボトルが入っていた。
バーサーク毒だ。毒性効果の劣化度から逆算した開封タイミングを考えると、オフェリア姫たちに盛られていた毒が入っていた物に違いない。
つまりシャンゼリンは、マーロウさんとも、アルセーニア姫の暗殺者とも、関係があったと言う事だ。これは重要な事実だ。
アンティーク宝飾品の紛失事件(ボウガン襲撃事件)と、アルセーニア姫・暗殺事件とは、ひとつながりに繋がっていたのでは無いかと言う事を示している。
もし、魔法の《防壁》でもって現場保存していなかったら、こうした壊れやすい証拠の品々は、モンスター襲撃に巻き込まれて、存在すらも分からなくなっていた筈だ。
以上の色々な事実を踏まえて、考えると。
主犯と思しき、正体不明のフード姿の大男は。
モンスター騒動でもって、数々の証拠を一斉に隠滅をする事を、企んでいたとしか思えない。
それにしても――
あの、フード姿の大男、いったい何者なんだろうか?
ランジェリー・ダンスの店でドラッグ密輸をやっていたバニーガールの傍に居た、謎のフード姿の大男と同一人物なんだろうか。
大型の床パネルサイズの携帯魔法陣ボードや、《隠蔽魔法》に使う魔法の小片などといった物は、皆、闇ギルドで扱っている魔法道具なんだそうだ。
生活に困ったり、弱みを握られたりして追い詰められた魔法使いが、特別な宝玉や魔法素材の提供と共に注文を受けて、こういった物を製作して納品するケースが多いと言う。
下級魔法使いの数が圧倒的に多いだけあって、公共機関で使われる魔法道具の劣化版な粗悪品が、ほとんどだ。
しかし、たまに、まぐれ当たりなのか、それとも上級魔法使いや大魔法使いが製作する事もあるのか――とんでもない高性能な危険物が出現する事がある。
謎のフード姿の大男は、いちいち証拠となるような数々の魔法道具でもって魔法を発動している。
自身では本格的な魔法を発動できないと言う事だ。『下級魔法使い』資格持ちレベルの、実力はあるみたいだけど――間違いなく、中級や上級の魔法使いとしての力量を備えた器では無い。
でも、闇ギルドから高価な魔法道具を幾つも購入できる程には、裕福な人物――
part.04「可能性と選択肢」了――part.05に続きます
お読み頂きまして、有難うございます。




