謎は続く、どこまでも(前)
猛将ザッカーさんは、素晴らしい指揮官だった。
経験不足の新人隊士たちの経験度を上げつつ、上級侍女シャンゼリンの殺害現場を保存しつつ、モンスターの群れを着実に制圧する――という三重の難問を、見事にやってのけた。
そして、『草木も眠る闇の刻』に差し掛かった頃――
真夜中の天球を彩る闇黒星《深邪星》が、天頂に妖しく輝いた刻。
遂に、《魔王起点》となっていた『モンスター召喚魔法陣』が破壊された。魔法通信リンクが復活した。
形勢の逆転は明らかだった。活動エネルギー源を失ったモンスターたちは見る見るうちに弱体化し、各所でモンスターの死骸の山が築かれて行ったのだった。
モンスターが弱体化した事で、体力温存していた下級隊士の出番になった。今は、下級隊士たちがモンスターの群れを『千切っては投げ』、掃討している段階だ。
*****
全てが終わって。
前線基地となっていたレンガ焼きの作業小屋に、ザッカーさんとクレドさんが再び姿を見せた時の衝撃は、一生、忘れられないと思う。
大詰めのところで作戦全体が台無しになるかも知れないような危機があったそうで、クレドさんをはじめとする熟練の隊士たちが急遽、ザッカーさんの援護に行っていて。
問題の《魔王起点》が、着実かつ完全に破壊された後――ザッカーさんとクレドさんが、他の隊士たちと共に、戻って来ていた訳なんだけど。
2人とも、モンスターの血に染まって全身、血まみれだった。他の隊士たちも、言うに及ばず。
クレドさんの方が返り血の面積は少なかったけど、地獄から湧いて来た腐乱死体じゃ無いかと思ったくらいだよ。『闇の刻』な頃合いだし、辺りは闇に沈んでるし。ウルフ族だから夜目は利くけど、灯りと言えば夜間照明だけだから。
フィリス先生を含む中級魔法使いたちが、水中花『アーヴ』種を仕込んだ浄水を用意していて、大型台車を洗車する時のような拡大強化バージョンの『水まきの魔法』と『洗濯魔法』でもって、隊士たちをひとまとめに水洗いした。
――『アーヴ』種を仕込んだ浄水って、こんな風に利用するんだ。モンスター毒の解毒も一緒に出来るから、便利。
水洗いが済んだ後――
ザッカーさんは疲労困憊と言った様子で、レンガ焼きの作業小屋の近くで大の字になり、ボソボソと愚痴のような物を言い出した。クレドさんは近くの置き石に腰かけて、ザッカーさんの愚痴らしき呟きを聞く格好になっている。
――何となく、2人の関係が透けて見えるような気がする。
わたしは、たまたま近くの水場に陣取っていた。町の清掃に使うアーヴ水を作るためだ(これは魔法を使わない作業だけど、待ち時間が長いので根気が要る)。わたしは慎重に気配を消しつつ、2人の話に耳を澄ます事にしたのだった。
「――何、言ってんだか。名門出身の純血の貴種で、斥候の――」
「私が見ても、あの状況ではザッカー殿の判断が――」
……わたしの『人類の耳』の聴力では、2人の話は、ポツポツとしか聞こえない。
「――畢竟、戦場では、一瞬の判断ミスが命取りになります。レルゲン殿は指揮官として――」
「……かよ。――戦いにあっての平常心、臨機応変の奥義って、結局、何だろうな?」
ザッカーさんの返しの質問に対して、クレドさんは一瞬、口を噤んだようだった。そして、ようやく――と言った様子で口を開いた。
「分かりません。むしろ、《無限》の領域かも知れない。究極の《アルス・マグナ》と言う」
「今は亡き老師が言っていた、アレか。《アルス・マグナ》――」
ザッカーさんは、気持ちが落ち着いて来たらしい。
大きくなったり小さくなったりしていた声音は、次第に一定の音量になって来た。わたしが聞き取れないくらいの音量に。
それに合わせてクレドさんの応答も静穏化し、会話は次第に途切れ、収束して行った。
程なくして。
体力に余裕のある隊士たちと魔法使いたちが、《魔王起点》だった場所から、ギョッとする程の多数の死体を運んで来た。モンスターにやられたと思しき、ウルフ族の隊士たちの無残な死体だ。
死体運搬の担当となっていた生き残りの隊士たちは、大声で報告を交わしていた。わたしの聴力でも、死者の名前が聞き取れる程に。
――『上級隊士レルゲン』。その名前が、数多くの戦死者リストの報告に上がって来ていたのだった。
隊士たちが結構な声量で交わしている内容を、耳の中に詰め込んでみると。
――レルゲンと言う人、ザッカーさんのライバル的な人で、剣技武闘会でも第三位だか第四位だかを記録する戦闘力だったそうだ。
でも、一方で、貴種の名門の出身と言う事をとっても誇りにしていた――と言うか、プライドが高すぎて、細かすぎて、鼻にかけているという風だったらしい。
混血でざっくばらんなザッカーさんとは、何となく、そりが合わない関係だったみたい。
そしてこの度、レルゲンさんは、ザッカーさんより先にと、功を焦ったようなのだ。判断の乱れが――ミスが、出てしまった。多くの戦死者を出すレベルの、もう少しで作戦無効になるような、判断ミス。
訓練では問題ないレベルなんだけど、実際の戦況が想定以上に変化していたので、結果的に『判断ミス』という形になってしまった、と言う事のようだ。それをカバーしたのが、クレドさんの援護。
クレドさんは斥候をやっていて、斥候を担当していた他の熟練の隊士と共に対応した。
斥候は非常に独立性が高く、本隊とは別に独自判断で動くとか何とか……わたしには良く分からないけど、結構すごい事らしい。
*****
天頂に達した闇黒星《深邪星》が、西の空へと移動していた。夜明けが近づいて来ている。
ようやく、多数のモンスター死骸の移動に一区切りつき、シャンゼリンの殺害現場の調査が始まった。
こちらはディーター先生が主導していて、フィリス先生や他の魔法使いたちがサポートしている。
ひととおり現場の記録が済んだところで、隊士たちの手によって、建材の残骸にぶら下がっていたシャンゼリンの死体が地上に横たえられた。
わたしは、その恐るべき作業が済むまで、辛うじて残った目隠しさながらのヤブの近くでスタンバイしていた。タイストさんの死体の時と同じように、シャンゼリンの剥き出しの死体を見ると失神する可能性があるという事で、こんな事になった。フィリス先生と一緒に、目撃証言する事になっているのだ。
ザッカーさんは隊長という権限をフル活用し、死体を食らうモンスターの出現を警戒すると言う名目で、ディーター先生の調査に付き合っている。
――くだんの『上級隊士レルゲン』との因縁を考えてみると、レルゲンの件の後始末をするのは気が重い、という事もあるのかも知れない。
ザッカーさんは、『上級隊士レルゲン』の件の処理は、部下にお任せしているんだよね。
やがて「ルーリー、もう来て良いわよ」という、フィリス先生の声が聞こえて来た。
目の前にある地割れの群れをまたぐため、早速ドレスをたくし上げる。一歩、踏み出したところで――
急に視点が高くなった。ひえぇ?!
気が付くと、クレドさんが片腕抱っこして来ている。
そう言えばクレドさん、目撃者の保護の名目で、後ろに居たんだっけ。何だか、このパターン、定着してきた気がする……
あの空き地――枯れ池の周辺に集まっているのは、周辺警備のために配置されている隊士たちを除けば、今は総勢8名。わたしとクレドさんを入れて、全員で10人だ。
落ち着かなくて身をすくめていたけど、どうも、こういった場で未成年の女性を抱っこするのは普通の事らしい。
ザッカーさんも2人の隊士も不思議そうな顔をしていないし、ディーター先生の調査に立ち会っている同僚さんと思しき、上級・中級魔法使い3人も、フィリス先生があらかじめ話を通してあったのか、何も言って来ない。
……変色した毛髪やらヘッドドレス似の真っ赤な魔法道具やらで、頭部が『炭酸スイカ』モドキな部分は、さすがに注目の的みたいだけど……
そして。
かの黒髪の上級侍女、黒狼種シャンゼリンの死体には保存布が掛けられていて、比較的に傷の無い頭部だけが見えている状態。
思わず、ソロリと目をやると。
夜間照明の光の中で、シャンゼリンの頭部を取り巻く長い髪は――黒髪ではありえない、まばゆい反射光を放っていた。
――金髪ッ?!




