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城下町へ繰り出して・後

「まーッ、髪が伸びたわね、ルーリー!」


会場の控え室に到着した際の、ポーラさんの第一声が、これだ。


これから花嫁衣裳を着付けると言う事で、ほとんど下着姿なジリアンさんも、異口同音に同じ言葉を喋ったから、ビックリしちゃった。


わたしのウルフ耳はまだ復活していないけど、ウルフ尾の方は、まぁまぁ見られるくらいには、フサッとして来ている。クレドさんにジーッと注視されても、『ギリギリ、頑張れるかな?』と言うくらいには。


わたしが結婚祝いに製作した『魔除けの魔法陣』は、すぐにも役立ちそうとの事で、このストリートの入り口にある『魔除けの護符セット』の中に混ざる事になった。


この『魔除けの護符セット』、普段は毒ゴキブリなどの害虫の侵入を防ぐ《魔物シールド》を維持している物なんだけど、モンスターが襲来した時は、更に《対魔ミサイル》を発動するための基盤になるんだそうだ。



今日の主役のジリアンさんは、既に、ドレスメーカーのスタッフたちに取り巻かれて居る。


ドレスメーカーのスタッフたちが用意しているのは、華やかな茜色の花嫁衣装だ。色とりどりの花パターンの染めが美しい。花パターンを際立たせるように、クッキリと黒いフチが入っていて、これが、さりげなく、ジリアンさんが《地霊相》生まれである事を主張している。


ちょっとお願いして、ジリアンさんの左薬指を見せてもらった。フィリス先生の物と同じような、クルクルの成長曲線。それがレース模様を伴いながら、グルリと取り巻いている。


レースみたいな複雑なパターンが出来始めたのは最近だそうだ。最初は《宝珠》適合率は平均レベルだったけど、お互いに好意と誠実を持って付き合っているうちに《宝珠》適合率が上昇して来たと言う。


愛情って、人間関係そのものだ。時間と共に変化して成長する物なんだなと、何となく納得。


メルちゃんは既に水色ドレスを着て、控え室の隅でニマニマしつつ、スタンバイ中だ。おそらくはメルちゃんが頑張って主張したに違いない、両方のウルフ耳に、ピンク色のレースのリボンを巻いて花結びにしている。お人形さんみたいで可愛い。



わたしが到着して間もなく、チェルシーさんが手伝いにやって来た。前々から示し合わせていたそうだ。ビックリ。


チェルシーさんはフィリス先生のドレスアップを手際よく済ませてしまった。


フィリス先生は《風霊相》生まれなので、白を基調とした礼服だ。色違いと言う事を除けば、上級侍女のドレス風ユニフォームのようにも見える。このデザインは見かけによらず機動性が高く、まさに魔法使いのためのデザインという風だ。その上に、中級魔法使いの無地の灰色ローブをまとうスタイル。


赤銅あかがね色をした、ごくごくゆるやかなウェーブのある毛髪が、意外に鮮やかに映えているから、ビックリしちゃう。聞けば、ポーラさんとチェルシーさんが2人がかりで見立てた物だと言う。納得。


フィリス先生は忙しそうな様子で控え室を出て行った。魔法に関するアレコレの件について、この結婚式を取り仕切る祭司と話し合うのだそうだ。


チェルシーさんとポーラさんは、『どれだけ化けるか楽しみだわ』と、ウキウキとした様子で、わたしのドレスアップに取り掛かった。


わたしは『お化粧で化けるタイプ』と言われた事があるんだけど、どうやら、それは共通の見立てみたい。


少年そのものだったショートボブな髪型は、メルちゃんと同じ肩ラインまで伸びて来ている。最近、髪の伸びるペースが倍増してるんだよね。


ジリアンさんの見立てだと、今年の冬には、年相応の長さ近くまで、つまり背中の半分ほどまで髪の長さが復活するだろうとの事。ビックリ。


先祖の狼――特に寒冷地出身の狼――には、『換毛期』というのがあったと言う。冬に備えて急に毛の量が増したり、春になって抜け毛が増えたりする。『人体』バージョンを得た後になっても、その性質は微妙に受け継がれたらしい――毛髪が急に伸びたり、抜け毛パターンが激変したりする。


この毛髪の『気まぐれ』に悩まされるのは、獣人共通。この時期は、美容師や理容師の書き入れ時だと言う。成る程、美容師や理容師が、獣王国の代表的な職業になる訳だよ。


「あらあら。まぁまぁ。化けたわねぇ」


ひととおり簡単なメークをした後、ポーラさんとチェルシーさんが2人で揃って、感心し始めた。メルちゃんは前に見た事があったから、今度はあまり驚いて無いみたいだけど。


わたし、一体、どんな顔に化けたんだろう?


首をかしげていると、姿見の前に連れて来られた。……へッ?!


目尻の切れ込みが浅いためにイヌ顔っぽくなってるのは分かってたけど。お化粧で、その切れ込みをカバーして深く見えるようにすると、あら驚き、れっきとしたウルフ顔に見える。


しかも、ポーラさんやチェルシーさんのお化粧の腕前が良いのか、割と貴種的な美麗系の美人に見える。


――れっきとした別人じゃ無いか。お化粧、恐ろしい。


「天然でこれだけ化けるなら、《変装魔法》も加えれば、女忍者も出来るんじゃ無いかしらね」


ポーラさんが感心していたけど、忍者だの工作員だのというキーワードには、余り良い思い出が無いから、辞退申し上げたいというところ。しかも、此処に来た最初の日は、本気でイヌ族だと誤解されてたし。


ポーラさんが何故か盛り上がって『お忍び中の正体不明のミステリアスな淑女』コンセプトで行きたいと言い出した。


祝賀パーティーに付き物だという『仮装ジョーク』の名目とは言え、金髪の付け毛まで付けられたら、犯罪レベルの《変装》そのものだから、やーめーてー。


幸いな事に、良いタイミングで、結婚式の直前リハーサルが始まった。


ポーラさんは、花嫁のジリアンさんや、ベール持ちを担当するメルちゃんと共に、会場の方で忙しくなった。花婿さんが到着する前に、さっさか済ませておくのだそうだ。ホッ。


そう、ジリアンさんの花婿さんの事で、更にビックリする事があった。


ジリアンさんの結婚相手は『水のジュスト』さんというウルフ族の男性なんだそうだ――王宮・財務部門に勤める若手の中級役人なんだけど、彼は、グイードさんとチェルシーさんの2人の息子さんの内、1人だったんだよ!


*****


花嫁衣裳を着付けると言うメインの任務が済んだ後の控え室は、静かになった。


パラパラとやって来る参列客たちの各々のドレスアップや、専門的な髪型メークや顔メークが、控え室に並ぶ姿見の前で続いている。


わたしが居る控え室は、女性を対象とする控え室だ。持ち込まれて来た色とりどりの礼装――各《霊相》にちなむ色でまとめてある――や、アクセサリーが、目にも華やか。


アンティーク宝飾品店をやっているチェルシーさんの親しい同業者さんも居て、たまに由緒のありそうなアクセサリーに目を光らせている。仕事と趣味の延長なんだそうだ。熱心だなあ。


結婚式の参列客としてやって来た、チェルシーさんの親しい同業者にして友人は、黒狼種の年配の女性『火のラミア』さん。


元々、実家が代々アンティーク物を扱う専門店をやっているそうで、ラミアさんも、アンティーク業界で長く活躍している。如何にも貫禄のある、堂々としたシニア世代の女性という風で、カッコいい。


ラミアさんは、ひととおりアンティーク趣味を満喫すると、チェルシーさんとの挨拶とお喋りを兼ねて、わたしにもお茶を持って来てくれた。


3人で控え室の脇にある長椅子に腰かける。簡単な自己紹介と社交辞令が終わると、『火のラミア』さんは早速、立て板に水で喋り出した。


「それにしても、チェルシー、この間いきなり『闇マーケットのパンフレットとか、何でも良いから今動いているアンティーク盗品の情報を手あたり次第、お知らせして』って連絡をもらった時は、何があったのかとビックリしたわよ。しかも、それが、あの『マーロウ事件』につながるなんて、なおさら。よりによって昔、チェルシーが付き合ってた貴公子じゃ無い」


何でも、あのマーロウさんが関わった一連の事件は、アンティーク品を扱う同業者の間で、大変なショックを持って受け止められたそうだ。


そりゃそうだよね。よりによって元・王族だった人物にして王宮のアンティーク部門のトップだった人物だよ、マーロウさん。


しかも目下、アンティーク部門のトップのポストが急に空いてしまったという状況だ。知識、技術ともに相応しい新しい人材を選別するのが大変で、人事が難航しているという。


それで、アンティーク部門では、城下町の専門業者の協力を仰ぐという『臨時対応』が取られているところ。信用の高い古参の業者と言う事で、『火のラミア』さんも、お手伝いに駆り出されている。


予算の問題があって報酬は相場より低く、半分ボランティアという風なので、業者としては複雑な所ではあるそうなんだけど。ラミアさんは、『王宮保管の珍しい品々、眼福だわ~』と言っている。大変だけど、ウキウキする日々が続いているってところらしい。


ラミアさんは、白髪混ざりの黒髪をフワフワさせながら、ひととおり近況を喋った後、わたしをしげしげと眺め出した。


「この子、可愛いわね。チェルシーの親戚? こんな子が居るなんて聞いて無かったわ。混血の貴種っぽいし、良いとこの令嬢なのかしら? 私の顧客にも、良い感じの若い貴公子が何人か居るのよ。性質の良い混血なら純血と同じくらい大歓迎って話を頂いてるし、紹介や打診、受け持っても良いわよ」


チェルシーさんが優雅に微笑んで、さらりと応える。


「訳アリの子なの。『耳』パーツの問題が解決するまでは、そっとしておいてもらえたら嬉しいわ」

「もちろんよ。『耳』が取れちゃうなんて一生モノの傷、若い女の子にしたらショックよね」


そう言って、ラミアさんはわたしの『仮のウルフ耳』を撫でてくれた。ちょっと押しが強いけど、親切な人だなあ。感謝を込めて、ちょっと尻尾を振り振りしてみる。


「それにしてもねえ、あの貴公子マーロウがね。こんな事を言うのもアレだけど、チェルシーが、スマートな貴公子マーロウじゃ無くて、あの四角四面な庶民からの叩き上げの無愛想グイードを《盟約》の相手に選んだのは、正解だったのねえ。人間の中身って、血統書や外面では決まらないのよね、アンティーク宝飾品と同じで。難しい物だわね」


――そうだ。マーロウさんって、チェルシーさんの元・上司で、『もしかしたらマーロウさんとチェルシーさんは結婚するかも?』なんて噂されてた人だったとか。

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