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魔法使い治療師・前

必死になって考えているうちに、いつの間にか時間が経ったらしい。


目の端で――誰かの手で寝台の隅にランプがセットされ、夜間照明の光らしきものがポウッと灯された。


寝台だと思った物は、移動ベッドだったみたい。動かされる感覚を感じてハッと気が付くと、周りにいるのは灰色ローブ女性1人だけだった。


移動ベッドに乗せられたまま、幾つかあるドアのうちの、ひとつを通り抜けて行くのが分かる。廊下のような場所を渡った後、ドアのある小部屋に入った。天井の高さは充分にあるけど、テントの中と同じくらい狭いような気がする、正方形のスペースだ。


傍に付き添っている灰色ローブ女性が、『魔法の杖』を一振りする。


――次の瞬間、小部屋を取り巻く壁が消滅した。


常夜闇のような深い闇と化したようだ。ベッドの端に灯った夜間照明の光は変わらないのに、周りを取り巻いている筈の、小部屋の壁が見えない。不思議な眺めだ。


灰色ローブ女性の方は落ち着いているから――たぶん、危険な事は無いんだろう。


それでも、少しドキドキしつつ様子を窺っていると――再び、周りの壁がスーッと現れた。


――ドアの外から洩れて来る光の方向が、変わったような気がする。


ドアが開いた。灰色ローブ女性は、わたしを乗せたままの寝台を、別の部屋へと移動して行く。


最終的に落ち着いた部屋は、同じ淡い色の壁をしてるけど、個室という感じがするくらい狭いスペースだ。小卓と3脚ばかりの椅子と――水回りや物置棚みたいなのが各所にあるけど、それだけだ。多分、病室――それも1人か2人用の、隔離スペースみたいな所なんじゃないだろうか。


両開きの、2つ並んだ窓の近くに、移動ベッドが固定された。再び、ドアが開いて閉じた。灰色ローブの女性が一旦、その場を離れて、元の部屋の方に何かを取りに戻って行ったみたいだった。


窓の向こう側に見える光景は――既に夕景だ。


日が沈んでいく方向――西方でなだらかにうねる丘の上に、3本の高い塔を持つ大きな建物の影が見える。周りには樹林が散在している。遥かな天球には、茜雲が広がっていた。


ボンヤリと窓を眺めていると、窓の端に、ピンと立った耳の、四つ足の小さな影が見えた。子犬みたいだけど、逆光になっていて良く分からない。


窓の外から、こっちを見ている? 迷い込んで来た子犬かな?


――と思ったら、その影はサッと引っ込んだ。すぐに気配も失せてしまった。


何だったんだろう?


そのうち、灰色ローブ女性が戻って来た。何らかの作業をしているのか、近くでガタゴトと言う音が続く。


音が止むと、フードを外した灰色ローブ女性が、ヒョイとのぞき込んで来た。


20代後半くらいの有能な雰囲気のある美人だ。金茶色の目をしている。赤銅あかがね色に近い金髪。右側の生え際の近くに、妙に存在感のある紅色――というよりは茜色のメッシュが入っている。頭部の左右には、やはりウルフ耳が付いていた。


「これから服をぐわよ。全身消毒して、湿布を巻くから」


目をパチクリさせていると、赤銅あかがね色の髪をした美女は、更に言葉を続けて来た。


「説明を忘れていたわね。此処は治療院の病棟の一つ。私は同族の金狼種『風のフィリス』よ。中級魔法使い治療師。同じく同族の金狼種『地のディーター』先生は、上級魔法使い治療師。今、ディーター先生は、本部の偉い人に、『耳無し坊主』について報告に行ってるところ」


――『耳無し坊主』……話の流れからして、わたしの事で間違いない。


獣人は普段から、種族ごとの特有の『耳』や『尾』を出しているらしい。同じ獣人に属しているくせに『耳』も『尾』も出していない自分は、正体を隠している工作員だと思われても不自然じゃない状況だし、胡散臭いまでに念入りに変装をしているように見えるんだろう。


相変わらず、風邪をひいた時のような喉の違和感がある。だんだん惨めな気持ちになって来た。


拷問の恐怖が終わって、身の回りに気が向くようになったせいだ。無意識のうちに、此処へ運んで来た人の滑らかな声や、この女性の涼やかな声と比べてしまう。


――この風邪っぽいの、治るのかな……


やがて、『風のフィリス』と名乗った女は、魔法の杖を振って「風の精霊王の名の下に」と呟いた。


濃い空気が身体の下に入り、身体がフッと宙に浮く。すぐにチュニックが波打ち、全裸にかれた。


――えッ。このキツイ服、サイズ変えられたの?! ……というか、実は魔法の伸縮素材だったの?!


「楽にしてちょうだい。全身消毒液プールに入れるから」


いつの間に用意されていたのか、透明な青緑色の液体で満たされた、人体サイズの水槽が傍にある。消毒液という割には、強い消毒作用を持つ薬品にありがちな、鼻を打つような匂いは無い。微香レベルだけど、むしろ清潔な花のような香りだ。不思議。


フィリス先生が『魔法の杖』で起こした不思議な風は、全裸になった身体を運び、水槽に沈めた。


瞬く間に、細かい泡だらけになる。目や鼻にちょっと水が入ったけど、余り刺激は無い。そして、再び引き上げられ、乾燥を施され、寝台に戻された。


「全身消毒、終わり。アザだらけになってるわね」


チラッとだけど、全身消毒液プールだという水槽の中には、いつの間にか、古い血液や泥といった汚れが沈んでいるのが見えた。細かい泡の洗浄パワーのお蔭かも知れないけど、こんなに短時間で全身消毒が済むなんて、魔法の消毒液みたいだ。すごい。


ツンとした匂いのする湿布を巻かれているうちに、疲れが頂点に達したのか、いつの間にか気が遠くなって行った。


*****


それからの時間の感覚は、余り無い。


ふうっと意識が浮上して目が覚めると、真っ暗だったり真昼間だったり、どうも一日の経過の順番がハッキリしない。傍に人の気配があったり無かったりもするけれど、見かけるのは、灰色ローブをまとった2人の人物だ。


バラバラなタイミングで、「飲みなさい」という女性の声――『風のフィリス』と名乗った女性の声だ――と共に、生ぬるく苦い飲み物が喉に流し込まれる。


次にハッキリと目が覚めたのは、時間を巻き戻したのではないかと思えるほどの、あの日とそっくりの、快晴の昼日中の刻の事だった。


前日と同じ、淡い色の壁の個室スペースに――恐らくは同じ寝台。軽い掛け布団が掛かっている。


全身がだるい。でも、以前のようなギシギシという違和感は薄らいでいる。頭を傾けて、しばし呆然と窓の外を眺めていると、反対側の方で『カシャ』という音がした。


「――あら、気が付いたの?」


ヒョイとのぞき込んで来たのは、やはり『風のフィリス』――フィリス先生だ。何かに注意しているのか、赤銅あかがね色の頭髪に囲まれた左右のウルフ耳が、前方向に傾いている。


やがてフィリス先生は、『よろしい』とでも言うかのように、頷いて来た。


フィリス先生は、部屋の別の方向に向かって声を投げた。


「ディーター先生、患者の意識がハッキリしたようです」


*****


ドアが開いて閉じた雰囲気がしたかと思うと――


すぐに、背の高い灰色ローブ中年男が、フィリス先生の隣にヒョイと顔を出して来た。


『地のディーター』先生と呼ばれていた――上級魔法使い治療師。『上級魔法使い』で、更に『治療師』という風なのかも知れない。フィリス先生の様子を見ていても、この人物が、相当に大きな尊敬と敬意を受ける立場にある人だという事は、良く分かる。


最初に見た時もチラッと思ったけど、ウルフ族の成人男性と成人女性の、人体の体格差って、大きいのが普通なのかな。こうして見ると、まるで大人と子供だ。


ディーター先生は、フィリス先生と同じ灰色ローブだ。でも、中級魔法使いだと言うフィリス先生のローブが無地なのに対して、上級魔法使いディーター先生のローブには、金色の刺繍糸で、肩章の代わりであろう複雑な縁取り刺繍がされているのが分かる。

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