陰謀めいた話
この人、すぐに気が変わって、『拷問→処刑』をストップしてくれたんだろうか? でも、何故?
身体が宙に浮いているような気がする。腰を抱えられている……のだろうか。
朦朧としていて、何がどうなっているのかハッキリとは分からないけど、この男が、すんでのところで身体を支えて来たらしい。背中をつかまれて運ばれていた時と、結果的に体勢が同じだから、どっちもどっちだけど。
「――自分で自分を拷問するような拘束用の魔法道具を、好きこのんで着ける筈が無い」
意外に穏やかな声音。地下牢の中だから音が反響していて、馬鹿にされているのか、憐れまれているのかは分からないけど、少なくとも剣呑な気配は無い。
――不意に、首輪の重量感が失せる。首輪を外されたらしい。
太い鎖が、『ガシャリ』と音を立てて落ちた。
腰をつかまれて、荷袋さながらに抱えられたまま、地下牢の鉄格子の扉を通り過ぎる。
全力疾走スピード、いや、それどころか、それを遙かに超えているような恐ろしいスピードで、幾つもの鉄格子が続いている廊下を通り過ぎて行く。
――あだだだ。いたーい! 腕が回ってるそこ、そこらじゅう内出血してるから! このスピード、傷口に塩を塗りこんでるから!
わたしを運んでいる人、このスピードで移動するのが普通なの? 息切れしている気配が全く無いんだけど。
不意に、急な階段が現れた。やっぱり、ものすごい段差だ――と思っていたら、今度は、全くスピードが緩まないままに、恐ろしい急上昇が始まった。重力が加わった分、胴体の肉が押し付けられて、痛みが一層ゴリゴリと襲ってくる。
このスピードで階段を上っている――のが見えている、と言うのは、究極の恐怖の光景だ。
何処まで登るの?! でもって、今度は高い所から落ちたりするの?!
目が回る中で、いつまでも終わらない自由落下の恐怖が急激に膨れ上がった。叫び声をあげる時のように喉がひきつるけど、声は出ない。目を閉じたいけど、閉じられない。
トラウマになりそう――というか、絶対にトラウマになってる。頭の痛みは無くとも、身体全身がゴリゴリと痛いし、このスピードだけで気が遠くなるし、気が遠くなって気分が悪くなって来るし……
地上に出たのか、不意に視界が明るくなった。
目の前をサーッと流れていく石の床に降り注ぐ陽光は、淡いオレンジ色。次々に通り過ぎる列柱の物と思しき影が、長く伸びている。夕方が近づいて来ているみたい。
幾つかの角を曲がり――別の部屋に運び込まれたらしい。
生成り色の壁に、両開きの窓が並んでいた。
透けるような薄布を張った物置棚が、あちこちにズラリと詰まっている。
薬品を収める物置棚らしく、呼吸の度に、何種類もの薬品の匂いが鼻に入って来た。
新しく2人、淡い灰色のフード付ローブをまとった人物が出て来た。部屋の主っぽい。1人は背が高くガッチリしていて、1人は背が低くスラリとしている。2人とも、頭部を覆うフードの形が、イヌ科の耳と思しき突起によって、変形している。
――魔法使いみたいだな……
そんな事を思い付いているうちに、寝台と思しきクッションの利いた何かに、ポスンと転がされた。うぐっ。痛みが響く。頭がクラクラして、再び朦朧とした気分になる。
「先生がた。先ほど捕らえたこの者、偶然の迷い人のようです。頭部のバンドは『耳』と『尾』を出せなくするための拘束具のようですが、外せますか?」
黒髪黒目のウルフ族、紺色の着衣をまとった男の人が――まともに喋っているらしい。
灰色ローブをまとった2人が、キビキビとした歩みで、傍に寄って来た。さっき『先生』と呼ばれていた2人だ。
「変なバンドだな。イヌ族が好む意匠のサークレットのように見えるが……普通、こんな角度で頭部にハメないよな」
「隠密レベルの魔法陣が幾つか掛かってますね。裏側にも何か怪しそうなのが――横にあるのは……封印?」
背が低くスラリとした灰色ローブの方は、女性らしい。涼やかな声をしている。
灰色ローブの男女2人は、少しの間、アレコレと言葉を交わしていた。やがて真剣な雰囲気になり、めいめいの手に棒を持って――どうも、これは『魔法の杖』らしい――奇妙な金属製のヘアバンドの各所をつつき出した。
頭を締め付けるほどでは無いけれど、ピリピリとした刺激が何度も脳みそに走る。不快な痛みだ。しびれるような頭痛に、思わず首をすくめる。無意識のうちに喉の奥から、しわがれた呻き声が漏れた。
やがて、奇妙な責め苦が終了する。気が付くと、身体が丸まっていた。
薄目を開けて窺ってみると、背が高くガッチリしている方は、金茶色のヒゲを短く刈り込んだ中年男と知れる。声の調子からすると30代から40代くらい――という割には、顔が意外に若い。
灰色ローブをまとった中年男は、首を振り振り、長い長い溜息をついた。
「誰が拘束バンドをハメたか知らんが、《宿命図》にまで干渉するとは……ひどい事をしやがる」
脇に立っている背の低い女性の方は――顔色がすっかり変わっていて、口元が強張っている。
――どういう事?
黒髪黒目のウルフ族が、口を開いた。
「判読結果を下さい。この少年について、尋問から様子見に変更する件、ヴァイロス殿下を説得しなければなりませんので」
灰色ローブの中年男が、怪訝そうな顔で応じる。
「殿下が、『事件の新たな容疑者を捕らえた』とか言ってたが、まさか、この嬢ちゃんか?」
「……嬢ちゃん?」
「おい、何処に目が付いてんだ、クレド隊士。彼女は同じウルフ族の女の子だ。人体換算年齢で、ほぼ16歳といったところだぞ!」
――そうだったっけ?
そろりと心当たりのある方向を窺ってみる。この黒髪黒目の人は、『クレド隊士』と言うのか。クレドさん?
かすかに見開かれた感のある、切れ長の黒い目と、まっすぐかち合う。
眉目秀麗といって良いその静謐な面差しには、目立った表情変化が無くて、感情が読みにくいけれど――どうやら驚愕を湛えているらしい。
訳知り顔をした灰色ローブ女性が、半透明のプレートを『魔法の杖』でつつきながら、口を挟んで来た。
「これだけ髪が短かったら、分からないわよね。控えめに言っても、種族系統の区別がつきにくいタイプの童顔だし、換算年齢12歳ほどのバーサーク化した少年として扱ってたんじゃ無いの。この着衣の下、見えなかったから分からなかったんだろうけど、地下牢の石の表面に何度もぶつかって内出血だらけよ。女の子の身体は構造上、頑丈じゃないからね、よく骨折しなかったものだわ」
――無言。無反応。
わたしが小柄らしいのは分かるけど、それに加えて、そういう童顔なの?
灰色ローブ女性の作業は素晴らしく早かった。
半透明のプレートが、脇にあったデスクに用意されていた数枚の紙の上に乗せられて、うっすらと光る。すると、瞬く間に、半透明のプレートに浮き上がっていた文字列――『判読結果』と思しき物が、紙の上に転写されていた。
灰色ローブ女性は、その書類を手に取り、読み上げ始めた。
「当座の報告書。獣人ウルフ族、黒狼種、女性《水霊相》生まれ推定16歳。頭部バンドは恐らく、闇ギルドに属する奴隷商人の拘束具を拷問、および虐待用に改悪した物」
――闇ギルド? わたしは、闇ギルドに居たんだろうか?
書類を読み上げる女性の声が続く。
「この拘束具は、変身魔法に干渉し『耳』と『尾』を強制的に沈めている。したがって自らの意思で『耳』と『尾』を出す事はできない。更に、拘束具によって声帯の運動が歪んでおり、魔法呪文の正常な詠唱は不可」
ええッ! わたし、耳と尾が出せない状態だったんだ!
改めて注意してみると、ヘアバンドの端がうなじに掛かっている感触がある。この部分で、声帯に影響を及ぼすポイント――身体のツボ――を、ギュウッと締め付けて異常を起こしているらしい。
灰色ローブ女性は、ひとたび息をついた後、最後のメモを読み上げた。
「全身に対モンスター強度レベルの《雷攻撃》魔法の痕跡あり、全面的な記憶喪失は確実。以上。――追伸、地下牢での『男扱い』により、物理的なスリ傷、切り傷、打ち身、各種アザが新たに加わっている。幸いに骨折はナシ」
――うん、確かに記憶喪失だと思うよ、わたし。此処に来る前の事、まったく思い出せないし。
それにしても――
対モンスター強度レベルの《雷攻撃》魔法?
それが何なのかは分からないけど、普通に生きてる人に対して使って良い魔法では無いだろう。人の記憶を全て抹消する魔法なんて、日常的にポンポン使われたら大変だ。
2人の男性は、何を考えているんだろうか――重い沈黙が漂っている。
――これから、どうなるんだろう。急に不安が濃くなって来る。
丸まったままジッと動かないでいると、灰色ローブ中年男が再び話し出した。
「この拘束バンドを押さえている封印がクセモノでな。魔法の影響が《宿命図》にまで食い込んでいるし、術の解除を妨害する不可視の――隠密レベルの魔法陣が幾つも掛かっている。闇ギルド方面に、それ程の上級魔法使いが居るという話は聞かんがな」
灰色ローブ中年男の声音は、緊張しているのか、険しい。
「爆弾を抱えているようなもんだが、自爆テロとは違って、本人のみが潰れるだけだ。周囲への影響は全く無い。この嬢ちゃんが、今回の事件の容疑者どころか、危険人物ですら無いのは確実だ。ただ、この爆弾は普通の魔法使いには解体できん。『マイスター称号』を持つ大魔法使いなら、扱えるだろうが……」
――何やら、すごい話になって来たような気がする。記憶が無いせいか、自分の事なのに実感が湧かない。
それに、『今回の事件の容疑者』。
此処では――あの赤みを帯びた塔の周りでは――何か事件が、陰謀が、起きていたのだろうか。
金髪の純白マントの『殿下』をピリピリさせ、この黒髪の『クレド隊士』その他を走らせるような、特殊な事件が。そこへ、身元不明の怪しい、忍者とも暗殺者とも見える自分が、運悪くも迷い込んだという事か――




