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閲兵式の表と裏・6終

やがて、新しい人の気配が、回廊に入って来た。


そちらの方を振り返ると――グイードさんとチェルシーさんだった。ビックリ。


グイードさんはヴァイロス殿下に目礼をした後、リオーダン殿下と従者が入っている別室へと向かって行った。折よく近場に居合わせていた書類仕事の専門家として、リオーダン殿下の作業の補助に呼び出されて来たらしい。


オフェリア姫が、目をキラーンと光らせた。


「ちょうど良い所にいらして下さったわ、チェルシーさん。このワンピースの切れ込み、縫い直せる物かしら?」


チェルシーさんは、わたしが此処に居る事にビックリしながらも、ワンピースの切れ込みをチェックしてくれた。やがて、チェルシーさんは『フーッ』と困惑したような溜息をついた。


「たぶん、私の知り合いのお針子さんでも無理だと思いますわ、オフェリア姫」


――やっぱりね。その知り合いのお針子さんって、多分、メルちゃんの母親のポーラさんの事だ。


裾を縫い直すのは、ほぼ無理。何となく、そんな気はしていたよ。織り目に沿っていれば大丈夫だったかも知れないけど、見事に、斜めにピーッと入った切れ込みだから。


オフェリア姫が、ふと思いついたように手持ちの水筒を開け始めた。


「喉は乾いてないかしら、ルーリー。お茶を飲めば、少しは気分が落ち着くかも知れないわ。チェルシーさんも如何?」


――あ。そう言えば。わたし、まだショック症状が残っているらしい。今も手がカタカタ言ってるし。


水筒には、上手い具合に5人分の携帯コップが仕込まれている。感心させられる仕掛けだ。ピクニックなんかに便利そう。チェルシーさんが礼儀正しく、『有難く』と一礼していたので、使用コップの数は3つになっている。


へー。ピンクに近いカラーの可愛いお茶だ。メルちゃんのお気に入りになりそう。紅茶の一種らしい。色々あるものだなあ。


気を付けてコップを受け取ったけど、手がカタ付いていた物だから、お茶がユラリと揺れる。


一瞬。


お茶の中で、ドロリと濁った色合いのモヤが閃いた。


無意識のうちに全身の毛が逆立つ。


――これ、ヤバい?!


考える間もなく、わたしの手は動いていた。まさに電光石火。


パシンと言う音と共に、携帯コップが3つとも弾かれて跳ね上がった。


ピンクに近いカラーの紅茶がこぼれる――わたしのドレスにも、オフェリア姫のドレスにも、チェルシーさんのドレスにも。


「キャア?!」

「ルーリー?!」


――えッ。わたし、何してたんだっけ?!


手が出てるし……ふ、不敬罪とか?! ロイヤルな方々の前で?!


余りの事だったのか、ヴァイロス殿下とクレドさんは唖然として固まっていた。2人揃って口をアングリしてるなんて、ロイヤルな方々も見た事の無い光景だと思う。


ひえぇ。わたし、死刑とか、凶悪犯とか……!


「ず、ずびばぜん……!」


わたしの喉は相変わらず、しゃがれてしわがれた声しか出せない。まるで悪の魔女だ。泣きたい。


チェルシーさんが、オフェリア姫のドレスをサッと見るなり、一気に青ざめた。


「オフェリア姫、そのドレスの色……! 毒物ですわ?!」


見ると、オフェリア姫の薄青色のドレスは、変色していた。ピンク色の紅茶が掛かった部分から、不気味な青黒い色合いのシミが広がっている。


――えぇぇ! これ、ピンク色の紅茶で、こんな色、付かないよね?!


ヴァイロス殿下が動転した様子で、オフェリア姫の身体をつかんで向きを変えた。


「その茶を飲んだか?!」

「いえ……」


オフェリア姫は、まだ現実を飲み込めていないように目をパチパチさせていたけど、遂に頭が現実に追いついて来たらしい。サーッと青ざめながらも、さすが、気丈な姫君と言うか、シッカリした声で受け答えした。


「ええ、口の中には入りませんでしたわ、ルーリーが弾いてくれたお蔭で」


――はぁッ?!


*****


ディーター先生とフィリス先生が、緊急で駆け付けて来た。


医学知識に造詣の深い、2人の先生のお蔭で――オフェリア姫の薄青色のドレスの色を変えた毒物の種類は、すぐに判明した。


――強烈なバーサーク毒。


よりによって、前日、あの衛兵を襲って喉笛を噛み切ったと思しき、謎の『狼男』が服用していた違法ドラッグ『爆速バーサーク化ドラッグ』と、成分が完全に一致した。


信じがたい事に、その毒入りの水筒、ヴァイロス殿下の手元にも渡っていた。


その直後に、事故だの何だのが続いたせいで、ヴァイロス殿下が口を付けて無くて、本当に幸運だった。ヴァイロス殿下自身が本当にバーサーク化していたら、文字通り、ウルフ王国の消滅の危機だったんじゃ無いかな。


そんな悪意の極みの代物を、誰がお茶に入れたのは、ともかくとして。


元々、オフェリア姫の薄青色のドレスには特殊染料が混ざっていて、毒物に反応するようになっていた。第二王女から第一王女に繰り上がる立場だし、亡きアルセーニア姫の死因の一部となったのが毒物だったものだから、最近、こういうやり方で警戒するようになっていたと言う。ちなみに、ウルフ王妃も同じ対策を取っているそうだ。


普段はティーセットでお茶を頂くから、毒物に反応する茶器や布巾で分かったり、揮発成分がドレスに当たって分かったりして、たいていの毒は排除できていたそうなんだけど。


まさか、水筒にまで仕込まれるとは思わないよね。犯人、やっぱり『茜離宮』の内部に詳しい人物だ。


別の仕切りの中で、オフェリア姫とチェルシーさんと共に、わたしも、ピンク色の毒入り紅茶の掛かったドレスを着替える。2人と違って、わたしは物品転送用の転移魔法陣で取り寄せるような着替えを持っていなかったら、病棟から取り寄せた、毎度の患者服な、生成り色のスモックだ。


――着替えを済ませ、当座の取調室となった室内スペースに落ち着いたところで――


フィリス先生が、まだショックの収まらぬ顔色をしながら、質問して来た。


「ルーリーは、あれが毒物だと、どうやって分かったの?」


――正確に言うと、『分かった』というのとは少し違うような気がする。


「あの、無意識だったから。お茶の中に、濁った色のモヤが一瞬だけ見えて、『変だ』と直感して……それだけで。『普通の水じゃ無い』と感じたせいだと思うんですが……」


フィリス先生は、頭を振り振り、『ハーッ』と溜息をついた。


「ルーリーが《水霊相》生まれって事が関係してるんだろうけど、それにしてもねえ。無意識のうちに『微量分析』やってのけるなんて。それも、『魔法の杖』無しで。あやふやな、初歩的な魔法感覚のみで」


脇で、多数の水筒を並べて毒物の分析作業をしていたディーター先生が、苦笑いしながら声をかけて来る。


「此処でも、無意識で行きどまりか。いずれにせよ、ルーリーが水の異変に極めて敏感な性質で、良かったと言うべきだな。この鋭敏な色彩感覚、訓練すれば毒見役も行けるかも知れん。いや、もう毒見役をやってのけていたか」


ディーター先生とフィリス先生と、わたしの間で交わしていた『ささやかなやり取り』は、複数のウルフ耳によって、シッカリと捉えられていた――ヴァイロス殿下やリオーダン殿下、それにオフェリア姫、グイードさんとチェルシーさんに。


そして、クレドさんも、いわく言いがたい眼差しで、わたしを注視している。


――また、あの『眼差し』だ。


驚きのようで驚きで無い、不信のようで不信で無い、いわく言いがたい眼差し。


最初は『驚き成分』が出ていたようには思われるけれど、最近は――何だろう、何かを納得しようとして納得しきれていないような、そんな『奥歯にものが挟まったような眼差し』って言うんだろうか。気になる。


――何か言いたい事があるのなら、ハッキリ言ってくれれば、わたしに分かる限りの範囲で応答するのになあ。


そんなモヤモヤとした思いは、ディーター先生の言葉で打ち切られた。


「分析結果が出たぞ。此処に集めた今日の分の水筒、毒物が仕込まれていたのは、ヴァイロス殿下の周囲の人物に集中している。メイン・ターゲットは、どうやらオフェリア姫だ。ヴァイロス殿下やリオーダン殿下がなかなか死なないから、狙いを切り替えて来たのかも知れん。これらの水筒を中心に配達した上級侍女は、誰なのか?」


ヴァイロス殿下とリオーダン殿下とオフェリア姫が、顔を見合わせた。すこぶる顔色が悪い。


やがて、リオーダン殿下が、言葉を押し出すように口を開いた。頭痛を押さえているかのように、こめかみを揉んでいる。


「だいたい、シャンゼリンが担当した水筒に集中しているようだ。アルセーニア姫の直属の侍女の……そう言えば、私の立ち合いに用意された長剣も、おかしいようだった。普通、あんな風に、刃先が折れるのは珍しい。しかも2本も」

「シャンゼリンであれば、剣技武闘会に使われる武器庫に立ち入るチャンスは、ある……」


ヴァイロス殿下は、暗くなった顔を更にしかめた。最も信頼する人物だっただけに、衝撃も大きいみたい。


――思い当たる人物と言えばシャンゼリン。よりによって、亡きアルセーニア姫の直属の上級侍女――


ヴァイロス殿下が腕組みをし、思案のポーズになった。


「複数の協力者が居ると考えられる状況で、拙速に身柄拘束して話を聞き出すのも、考え物かも知れんな。いずれにせよ、急に行動を起こして来たんだ。しばらく泳がせておいて、尻尾を出すかどうか試してみるか」


リオーダン殿下が、「その方が良いかも知れない」と、ボソッと呟いた。


窓の外は、既に日が暮れていて――急速に暗さが広がっていた。


まるで、得体の知れぬ闇黒星《争乱星(ノワーズ)》の下、不吉な闇が息づき始めたかのように。

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