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雨天決行なブラ下がり

――ケビン君がもたらした内容は、意外に考えさせられる代物のように思える。


単なる痴話喧嘩にも思える所がアレだけど、バニーガールにくっついて来ている謎の人物の正体は、是非ともハッキリさせなければ――という直感がある。


それにしても、メルちゃん、諜報力すごい。


授業の合間にお喋りしている間に、ケビン君の話した内容でピコーンと来て、このお知らせを持って来ることを即座に決めていたんだって。


子供たちは、午後からは自由時間で、それが済んだら、また見習い仕事が始まる。あのタイミングがズレてたら、わたしたちがこの内容を知るのは、次の授業の日まで延びていたかも。


今、子供たちは、商店街の隅の方にある商品倉庫の空きスペースを使って、ボール遊びに興じているところだ。


天候が崩れる事を見越して、早々に屋根の無いタイプのコンテナ型の商品倉庫が空にされている。そのコンテナ型の倉庫が解体されて隅に寄せられたので、背の高い樹林に囲まれた、ちょっとした空き地が出来ているのだ。


わたしたちは、授業を終わらせた子供たちを迎えに来た保護者たちと一緒に、邪魔にならない端っこで、子供たちを眺めているところ。天候が崩れる事を予期して、傘を持って来ている保護者が多い。


城館の仕事見習いをやっていない子供たちは、授業の後は、城下町のめいめいの自宅に帰る事になっている。このささやかな遊び時間が、色々な子供たちの交流の場と言う訳。お迎えの必要な年ごろの幼児も混ざって遊んでいる。


このボール遊び、『狼体』や『犬体』でボールを追う事がルールになっているらしい。


目の前の空き地は、転げ回る子狼と子犬で、一杯だ。10歳前後までは、子狼も子犬も小っちゃな体格みたい。可愛らしい金や黒や茶色の毛玉が、キャワキャワ騒ぎながら体格の倍以上もある真っ赤なボールを追って転がしている様は、見てて楽しい。


それに、分かった事がひとつ、あった。


10歳前後になるまでは、耳の先や尻尾の先の毛――産毛――の色が、生まれた《霊相》に応じた色なんだよね。


生まれたばかりの子供の《霊相》は、耳の先や尻尾の先に出る、4種類の産毛の色で判別が付くそうだ。10歳前後になると産毛がスッカリ取れてしまうので、変身魔法による判別が出来ない場合は、《宿命図》じゃ無いと分からない。


「あら、やっぱり雨が降って来たわねぇ」


わたしの横に居たチェルシーさんが『魔法の杖』を取り出して、『傘』に変形させた。『魔法の杖』、つくづく便利だ。わたしも、こういう日常レベルで良いから、魔法が使えたら良かったなと考え込んでしまう。


雨粒は少しずつ大きくなっているみたいで、傘に当たる雨音が、ジワジワと音量を増していた。


フィリス先生は、万が一に備えて『魔法の杖』をフリーにしておく必要があるので、傍に居たヒルダさんが気を利かせて、ヒルダさんの『魔法の杖』で、相合傘を作っている。


一方で、『狼体』や『犬体』状態の子供たちは、雨は余り気にならないみたい。防水性の毛皮が生えてるもんね。すごい大雨になってしまったら別だろうけど、この程度の雨だったら、どうって事は無いようだ。遊び時間をギリギリまで使い倒す勢いっていう雰囲気。


「おや、奇遇だね、チェルシー君」


横から声を掛けて来たのは――ホント、奇遇だ。『火のマーロウ』さんだ。何故、此処に居るんだろう?


マーロウさんは、チェルシーさんの後ろから顔を出したわたしを、面白そうに眺めていた。


「おや、昨夜の……あぁ、『何故、私が此処に居るのか』と顔に書いてあるね、フフフ」


ドンピシャだ。わたしは思わず、両手で顔をゴシゴシやってしまったよ。チェルシーさんも吹き出している。わたし、無意識のうちに、『狼体』の時の喋り方で大声で喋ってたみたい。


「私が此処に居るのは、偶然と言えるし、偶然では無いとも言えそうだ。私はホレ、昨日、こっちの手を怪我して、今日も通院していたからね」


マーロウさんは苦笑しながら、包帯をした片手を示して来た。あ、そう言えば、昨日、怪我したとか言ってたっけ。


「あらまぁ、マーロウ室長も通院してらしたんですか。私の方も、この間、近所の街角に沸いた害虫の毒に腕をやられて、ここ最近、こちらに通院してましたの」


マーロウさんはギョッとして目を剥いていた。


「もしかして、あの下級モンスター『毒ゴキブリ』発生か? 奴らは、あらゆる防虫剤が利かないばかりか、魔物シールドさえも突破して宮殿にも沸いたりするからね。腕は大丈夫だろうね、チェルシー君?」


チェルシーさんが「もう大丈夫ですのよ」と、苦笑している。


「カミナリは無しにしてくださいな、マーロウ室長。夫には、『毒ゴキブリが沸くような所へ行くんじゃ無い』と散々叱られましたの。これ以上カミナリを落とされたら、私、本当に頭がハゲてしまいますわ」


――うわぁ。『毒ゴキブリ』。


この恐るべき存在、記憶喪失のショックさえ超越して来てたみたい。バッと記憶がよみがえったよ。


あの油っぽく黒光りする不気味なカサコソ……時には不気味な薄羽をビローンと広げてジャンプしたり飛んだり、壁をシャカシャカ走って行ったり……!


「あら、『毒ゴキブリ』の事は、シッカリ覚えてるのね。全身の毛が逆立ってるわよ、ルーリー」


次々にイメージが湧いて来て、鳥肌が止まらない。何でも良いから、気が紛れるような他の話にしてッ!


「え、えーとね、マーロウ室長。その内、またアンティーク宝物庫を訪問して構いませんか? 個人的に調べたい事が色々出て来て」

「ああ、チェルシー君なら、いつでも歓迎するよ。いつだったか、盗品マーケットから出て来た品に紛れていた贋作を見破った件、実に見事な鑑定だった」

「まぁ、私にはマーロウ室長ほどの才能は有りませんわ。お若いタイストさんの方が、私より余程、実力があって……ああ、タイストさんの事は、本当にお気の毒でしたわ」

「お気遣い、痛み入るよ。実に惜しい人材だった。少し変わり者ではあったが、アンティーク部署の中では、若手の内でも一、二を争う実力だったから」


共通の若い知人の事で、シニア世代の2人は、シンミリした様子になったのだった。


横に居たフィリス先生とヒルダさんは、マーロウさんとチェルシーさんの方を、注意深く眺めて来ていた。


ヒルダさんが良いタイミングで口を開く。


「そう言えば、マーロウ室長。ボワッとした髪型の黒髪のタイストさん、どうも変態趣味を持ってたらしいんですよ」

「ほお? 何か聞き付けて来たのかい、ヒルダ君」


ヒルダさんは早速、タイストさんと思しき人物が、破廉恥そのものの、ランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』に通って来ていたらしいという話を披露した。赤いスケスケの、ビキニタイプのランジェリーを付けたバニーガールに夢中だったらしい、と言う事も。


「あのタイスト君に、そんな趣味があったとはなあ。彼は、女性のランジェリーよりアンティーク彫刻の裸身像に夢中になる性質だったから、男らしい、そっち方面の好奇心の有無については、これでも割と心配していたんだが。いや、意外や意外というか……人は見かけに寄らないという事かなぁ」


どうやら、マーロウさんも相当に感覚がズレてる方らしい。それとも、男性ってそういうモノって事なのかな。


フィリス先生もヒルダさんもチェルシーさんも、「マーロウ室長ったら……」と呆れている。


*****


いよいよ本降りという感じになった雨の下、子供たちのボール遊びは、相変わらず続いていた。


――でも、雨脚が強くなって来たから、そろそろ切り上げのタイミングかも。空き地の水溜りも増えて来てるし。


ボール遊びは佳境らしい。如何にも『ガキ大将』という感じの、大柄な1匹の子狼と1匹の子犬が、物凄い勢いでボールを競り合っていて、ちょっとした見ものだ。


周りの子狼と子犬たちが、ワンワン、キャンキャンと、はやし立て始めた。泥だらけになった毛玉の集団が、ドドド……と一方向に流れて行っている。


どうやら、ひとつの決着が付きつつあるらしい。保護者たちもハッスルして来たみたいで、「頑張れー!」とか言っている。


勢いが付いた子犬たちと子狼たちの集団は、更なる勢いでボールを跳ね上げた。


全面に泥の迷彩をまとった真っ赤なボールは、文字通り『ブンッ』という小気味よい空気を切る音を立てた。ゴールに見立てられていたと思しき、ひときわ枝ぶりの良い大樹に、勢いよく突っ込んで行く――


――大人の背丈より少し高い場所に伸びていた枝に、ボールは飛び込んだ。枝葉がユサユサと揺れる。


続いて走り込んで行った子供たち(子犬&子狼)の集団が、落ちて来たボールに突っ込んだ。子供たちに跳ね上げられたボールが再び、勢いよく大樹の幹に衝突した。大樹がいっそうユサユサと揺れた。


瞬間――


――大樹の枝の中から、枝にぶら下がっていたと思しき『血の色と紺色をした何か』が、ズルリと落下して来る。


ガサ・ガサ・ガサ……ドスン(バシャ)、ボーン(バシャーン)!


――3種類の音?


わたしの『人類の耳』でも感じられた、その音の組み合わせの違和感。


全員の目が、一斉に、その大樹の根元へと注がれた。枝からぶら下がって来て、落下して来たのは、一体、何?


最初に悲鳴を上げたのは、その正体を最初に目撃した、子供たちだった。


ワンワン! キャンキャン! ギャンギャン!


子供たちは赤いボールをそっちのけにして、変身魔法で『人体』に戻る事もスッカリ忘れて、大パニックで散らばって行く。『お化け~ッ!』と叫びながら。


赤いボールが少し転がって、ボールの陰になっていた『血の色と紺色をした何か』が、あらわになった。


「あれは……?!」


フィリス先生が息を呑む。本降りになった雨の中で、なおも明らかな、その不吉な『何か』。


――死体だ。


それも、紺色マントをまとった大柄な死体だ!


すなわち、ウルフ王国の衛兵の、血みどろの死体なのだ!


「イヤーッ! アレーッ!」


いきなり血みどろの死体が出て来た事で――大樹の枝にぶら下がっていたと思しき死体が落ちて来た事で――


子供たちも保護者たちも、口々に悲鳴を上げて、逃げ出したり、棒立ちになったり、更に悲鳴を上げたり。


――雨天の中の、昼下がりの空き地は、大変な騒ぎに包まれたのだった。

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