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事件の後の長い夜・5終

クラウディアの説明が続く。


「――儀礼婚にも関わらず、ルーリー嬢が同じウルフ族の男との浮気を禁じられる事になるのは不便だろうけど、《宝珠》って簡単に見つからないそうだし、我が夫が『宝珠メリット』を頂いても、そんなに問題では無いでしょう。『接待役のハーレム妻』ならウルフ族の男との恋愛も制限付きで自由だけど、『宝珠メリット』付きの妻を『接待役』に落とすなんて勿体無い事は、しないわよ」


あっさりと言い切ると、レオ族の美女クラウディアは、艶麗そのものの笑みを、わたしに向けて来た。


「ハーレム妻としての生活は楽しいわよ。監視付きになるけど物見遊山だって自由だし、贅沢も出来るわ。思い切って、出世街道に足を踏み入れてみたいと思わない?」


――やっぱり、話がかみ合ってないみたい。レオ族は一夫多妻制ハーレム型が基本みたいだし。


メルちゃんと一緒になって呆然と耳を傾けていると、クラウディアが、改めてかしこまった風で、声を掛けて来た。


「ルーリー嬢は記憶喪失だそうだから、基本を説明しておくわね。レオ族の男性は、甲斐性ナシだの犯罪者だのは別にして、1人あたり4人のレオ族の正妻を持つ事が義務なの。《火》の妻、《風》の妻、《水》の妻、《地》の妻――我が夫の《地》の妻が、このあたし、クラウディアって事。レオ族では、女性の出生率の方が高いから自然にそうなる訳」


聞いてみれば、成る程だ。社会の男女バランスを保つためと言うのも、あるのかも知れない。


「レオ族男性の財産の80%は、我々4人の正妻が持ち寄った持参金が元手になっていて、引き続き、我々、正妻が管理してるの。今のところ、我々4人の正妻の事業は上手く行っていて、夫の固有資産も順調に増えている。他種族から複数のハーレム妻を迎えても問題ないくらいにね」


レオ族の美女クラウディアは、そこで、余裕たっぷりにお茶を一服した。濃紫色のドレスの美しいドレープが、豊かな胸を演出しつつ、夜間照明に揺らめく。


「ウルフ族女性は『宝珠メリット』付き、低リスク高リターンの、有望なハーレム要員の候補だわ。フィリス嬢も、幾つか申し入れを頂いている筈よ。メル嬢も地は良いから、あと数年もしたら候補になるわね。いずれにせよ、大人しい性格じゃないと扱いにくいから、性格パターンと相談の上になるけれど」


メルちゃんは、いきなり自分も名指しされて、開いた口が塞がらないと言う顔だ。顔を赤青、目を白黒している様は、美少女だけに、妙に絵になっている。


――何だか、投資商品みたいな扱いだなぁ。


実際、レオ族の4人の正妻にとっては、他種族から引き入れるハーレム妻は、『夫を飾り立てるビジネス商品のひとつ』という感覚なのかも知れない。『嫉妬の対象では無い』と言うのも、リアル感を持って理解されてくるから、ビックリだ。


「監視の目を盗んで勝手に行動する、夫以外の男性に浮気して《宝珠》を捧げる――この2点さえ犯さなければ、あとは自由よ。衣料費や食費なんかの手当も出るし。それだけじゃ足りないなら、我々正妻の事業を手伝えばボーナスが出るし、自分でビジネスを起こしても良いのよ。繁殖期のクマ族の愛の巣に監禁されて、使用人と一緒に子守を手伝わされるとか、イヌ族とのパッパラパーな関係に泣かされるよりは、ずっと条件は良いと思うわ」


クラウディアは、胸元に垂れて来た黒茶色の波打つ髪を優雅に払うと、美しい灰色の目をキラリと光らせて、わたしをひたと見つめて来た。間違いなく、ターゲットを定めた、ガチの目だ。ギョッとする。


「ルーリー嬢は、混血にしては雰囲気が良いわ。一見してイヌ族系の平凡顔だけど、おそらくは美麗だった母親の特徴が、シッカリ出ている。お化粧すれば化ける筈よ。こうして話してみると、とっても大人しくて従順で扱いやすそうだし、ますます優良物件ね。『茜離宮』じゃ無くて、こっちを試してみて良かったわ。こんな掘り出し物、ウルフ族の貴種の令嬢たちを回っても、滅多に見つからないもの」


――評価して頂いて光栄ですけど、何だか怖い!


「ああ、今すぐにでも我が夫の印付きの、鍵付きブレスレットをハメて、連れて行きたいわ。他のハーレム団に横取りされる前に」


レオ族の美女クラウディアは、濃紫色のドレープを持ち上げている見事な胸元から、シャラリと音を立てて、本当に『鍵付きブレスレット』を取り出した。隠しポケットがあったみたい。


その『鍵付きブレスレット』は、クラウディア自身の手首にもあるのと、同じデザインだ。独特の紋章のようなデザイン・パターンで、ぐるりと彩ってある。異なるのは、鍵の有無だけ。


そして、『ハメても良いでしょ?』と言わんばかりに、ウットリした顔で、ジリジリと迫って来る。


――本気で怖いッ!


わたしは思わず飛びすさり、フィリス先生の背後に隠れて縮こまった。『尾』の先端がお尻にピッタリくっ付いているから、自分でも、尻尾が丸まって震えているのが分かる。


わたしが座っていた椅子が、ガタンと音を立てて倒れたのは、逃走のオマケという事で。


「あら、残念。でも、あたしは諦めないわよ、これ程の優良物件。まぁ、今日はもう夜も遅いし、ルーリー嬢も疲れているみたいだし。今回のボウガン襲撃事件で、我が夫の滞在シーズンも偶然にして延長したのよ。また日を改めて、ゆっくり話し合いましょうね」


レオ族の圧倒的な美女クラウディアは、紫色のドレスのドレープを美しくひるがえし、スラリと席を立った。ついでに、優雅な所作で、わたしが倒した椅子を立て直した。


そして――豪華な紫色の綿毛扇を取り出し、美しすぎる高笑いをしながら、クラウディアは立ち去って行ったのだった。


このようなタイミングで綿毛扇を出すと、『宿に戻るわよ』というサインになるらしい。何処に居たのか、侍女と思しきレオ族の少女が出て来て、クラウディアの背後を、荷物を持って粛々と付き従って行く。


レオ族の未婚の少女は、お下げスタイルの『花房』を着けないらしい――ライオン耳がピョコンと生えている少女の頭部に装着されているのは、《火霊相》生まれという事を示すのであろう赤色ビーズを連ねた、カチューシャ風ヘッドドレスだけだった。


*****


「大変なヤリ手に、目を付けられちゃったみたいね」


さすがのフィリス先生も、呆然としている。メルちゃんが圧倒された様子で、コクコクと頷いた。お茶はスッカリ冷めていたけれど、そんな事も気にならないくらいという様子だ。


「貴種クラスの親善大使の部下になるというのは、レオ族の社会の間では、相当に実力を認められているという事だわ。ウルフ族に負けず劣らず、レオ族の社会も実力主義だから……」


フィリス先生が、当惑した表情のまま、わたしを振り返って来る。


「ルーリーは、父親と母親の事は、覚えては――居ないんでしょうね?」


――全く覚えてないよ。


わたしは、情けない思いになりながらも、コクリと頷いた。これは自分の直感だけど、両親と過ごした時間って、ほとんど無かったような気がする。


母親の匂いだったら、「その匂い」がすれば分かるかも知れない――と言う曖昧な感覚はあるけど、父親の方は、全く実感が無い。


イヌ族の父親だったとしたら、イヌ族の行動パターンからして、ほとんど母親の傍に居なかった筈。当然かも知れない。


メルちゃんが口を開いた。


「ルーリーの感覚としては、一夫一妻制が一番、シックリ来る?」


――そうだね。レオ族スタイルの一夫多妻制ハーレム型なら、ギリギリ耐えられるかも知れないと言う感触はあるけど。やっぱり、一夫一妻制が一番な感じ……


そこまで考えてみて――急に顔が火照って来た。


一夫一妻制って。


それって、文字通り、わたしの唯一となる《宿命の人》を探してる――『わたしだけの恋人=夫、絶賛☆募集中』って事なんじゃ無いか!


わたしの中に、そういう、熱い恋人を求めるような情熱的な部分って、本当にあったんだろうか。


こういう事を真剣に考えて喋るのは、ハッキリ言って慣れてない。まだ10歳のメルちゃんよりも、16歳のわたしが慣れてない、って、どういう事?


わたしの狼狽ぶりは、あからさまだったみたい。フィリス先生が不思議そうに首を傾げて来た。


「何処で育ったのかは皆目、分からないけど、ビックリするくらい純粋培養な環境だったのかしらねえ」


――それ以上、ツッコまないでください。わたし、立ち直れません……

part.02「密室の謎と謎の襲撃」了――part.03に続きます

お読み頂きまして、有難うございます。

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