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32話

「ったく、冗談に決まってるだろ、本気になるなよ」


 俺はそう言いながらでてきた果実酒を飲み込む。右隣りには先ほど俺の意識を刈り取ったセリア、左隣りには腹を抱えて笑っているアニエス。殴っていいだろうか。またアニエスの隣ではユキがちまちまとミルクを飲んでいる。可愛い。


「だ、だぁって話してる時のヒビキの顔が本気そうだったから……」


 確かに本気で言ってた。だけど今ここでソレを言ったら俺の人生が終わりそう。横で腹抱えて笑ってるアニエスを見る限り、彼女は本気で言っていた事に気が付いているだろうな。必要ないと思うけど後で口止めしておこう。


「まぁそれは良いや。それよりも来週から帝都勤務って本当なのか? ずいぶん急だな?」


「一応一ヶ月前から決まっていた事よ」


 そうか、しかし帝都とまで言うからにはずいぶん発展した街なのだろう。そう考えると、彼女は左遷と言うよりは昇格したようなものなのか。地方勤務から本社勤務みたいに。


「おめでとう、で良いのか?」

「ありがとう。貴方達がこの町に居るんだったら、帝都行きは無くても良かったわね」


「ふむ。帝都の冒険者ギルドは、数多の国をまたにかける冒険者ギルドの中でも一を争うほどの場所と聞くが?」


 やっぱり帝都と言うからには大きい冒険者ギルドなんだな。まぁ俺は帝都には行かないからどうでも良いんだけどさ。


 むしろ気になったのは、あまたある国の方だ。図書館の歴史書で幾つか国の名前見たけど、その国がどこにあってどこと敵対しているとか知らない。まあ一生此処から出ないつもりだから別に知らなくても生活できそうだけど、一般常識程度には知っておくべきなのかもしれないな。


「ええ、帝都ギルド受付嬢と言えば冒険者ギルド内ではエリートの部類だわ」


(エリートね。その性格が直せて、空気が読めさえすれば特にエリートと言う肩書きに文句は無いんだけどな)


「お待たせ」


 そう言ってクロードさんはつまみを運んでくれる。サラミとチーズだろうか。アニエスはチーズをセリアはサラミの皿を手に取る。そして二人は、アン? なんでお前私のつまみを取ろうとしているんだとばかりににらみ合った。そう言えば二人して全く同じつまみを注文していたな。


 であればテーブルに居るんだし皿一緒になることもあるだろう。

 俺は二人の頭を叩くと皿を二人から奪い取る。そして中心である俺の前に置く。そして小皿を貰うと幾つかをもりつけ、手を伸ばすのが大変であろうユキに渡した。


 二人は不承不承都言った感じでつまみを食べ始める。


「ふふ、ここ最近アニエスを見ないと思ったけど、ヒビキ君の所に居たんだね?」

「ああ。ヒビキにどうしてもと言われてな」


「おい、俺はそこまで言った覚えはないが……」

「まぁ、そう言うことだ」

 アニエスはそう言うと葡萄酒を口に流し込む。そしてグラスをカウンターに置いた。


「ねぇ、ヒビキ。私と一緒に帝都に来ない? いろんなものがあって楽しいわよ」

 彼女が何を思って言ったのかは分からない。しかしどんな含みがあったとしても俺は行くことは無いだろう。それにはとても大きな理由がある。


「ふむ、残念だ。ヒビキは私の教え子だから、私から離れられないのだ」

 ……いや別に離れられない訳ではないぞ。と口から出そうになったが、あえて沈黙することにした。だって帝都への移動が面倒そうだから行きたくない、と本当の事を言ったら怒られそうだし。


「あぁん? ねぇこんな白豚なんかと縁切って私にこない?」

「いや、それは勘弁してくれ」


 まぁアニエスは……放任主義と言うか、余り口出ししないと言うか、一緒に居て余り不快感を感じない。だけどセリアと一緒なんて楽しそうだけどひどく面倒そうだ。何より……。


「アレなんとかに刺されたくないしな」


 正面から戦いになっても逃げ出すから負けることは無いと思うが、不意をつかれたら簡単に死ねる。


「あぁ……アレ何とかしてくれないかしら。たまに私の家の前に居ることもあるのよね」

「……ふむ。お前も苦労しているのだな」


「エルフにはよくあることじゃない? あんたはどうなのよ?」

「私が深くフードをかぶるのはそれが理由だ」


 言われてみれば彼女はローブを深くかぶっていることが多い気がする。魔法使いのファッションの一つかと思っていたけど、顔を隠して面倒を寄せ付けない為でもあるのか。

「まぁそんなものよね」


 そう言ってセリアは深いため息をついた。何を考えているのか、天井を見つめぼうっとしている。


 ふと俺の前にからの皿が差し出される。それはつい先ほど俺がユキに差し出したお皿だった。まるで舐めとったんじゃないかってピカピカの皿を渡された俺は、もう一度適当に盛り付けるとユキにわたす……ふりをして引いてみた。

 おあずけである。


 ユキの手は空を切る。目を大きく見開き耳をぴんと立てていた彼女だったが、耳はへたれ、尻尾はだらんと椅子に乗っかり、まるで今にも泣き出しそうな表情で俺を見つめる。


 罪悪感が半端じゃない。

「ゴメン、ほら」


 俺が再度皿を差しだすと、彼女はふもふの尻尾を左右に振りながら受け取った。

 ユキの表情を見るに、かなり気にいったのだろう。


 はあぁ、ユキちゃん可愛いなぁ、10人前くらい買ってアイテムボックスに入れとこうかな? その笑顔はプライスレス!


「クロードさん! チーズとサラミ10人前いや30に――」

「ああ、要らん要らん。クロードこの馬鹿の話は聞かなくていい」


「なんでコイツこの子にこんな甘いのよ、確かに可愛いとは思うけど……あたしだって」

 いやセリアさんそうは言うけどね、君とアニエスはジャンルが違うんだよ。ユキが可愛いとすればお前達は美人って感じなんだ。ベクトル違う。ユキちゃんは美人でもあるけどね! 


「まぁいいや、クロードさんとりあえず10人前追加でよろしく」

「あんまり甘やかすと甘えんぼだったり我がままになるわよ?」


 セリアはそう言うけれどな、よく考えてほしい。もっと甘えてくれるだと? 願ってもいないことだな!


「うむ、我慢も必要だろう。ユキはなくても我慢できるか?」

 アニエスはそう言ってユキの顔を覗き込む。ユキは顔こそ無表情だったが耳や尻尾が垂れ下がっており、元気をなくしてしまっている事は明白だった。


「だ……め?」

 アニエスは上目づかいのユキを見つめ何かを考えていたが、何かを決心したのか頷いた


「クロード、30人前、最優先事項だ」

 どうやらアニエスは心の中で正しい選択をしたようだ。


「あんたらバカでしょ!」

「ふむ、血も涙もないエルフだな。エルフ族にこんなのが居るとは……嘆かわしい」

 まったくもってアニエスの言うとおりである。


「そうだそうだー! 血も涙もないのか!」

「あんたらやっぱり馬鹿よ! それよりも、なんでヒビキが調子乗ってるのよ! そもそもあんたエルフではないでしょ!」


 一つ言わせてもらうが俺は馬鹿ではない。馬鹿と言うのは突拍子もないことをする奴だ。いつだって健全に敵前逃亡する俺は決して馬鹿じゃない。


 セリアとアニエスの暴言はだんだんとヒートアップする。俺はなんとなく前回の飲みを思い出していた。前回セリアは固形物が吐き出されたけど、今回は言葉の毒を吐きだしている。こいつは飲むと何か吐き出さなければならない決まりでもあるのだろうか。


 さて、そろそろ止めようかなと思った時に、急にクロードさんが笑いだした。セリアとアニエスはその笑い声に反応して鋭い目でにらむ。二人は美人なぶんその眼力も凄まじい。俺だったら踵を返して裏に隠れるだろう。


 だけど彼は一切ひるむことは無かった。

「セリアの言うとおり、アニエスもヒビキ君も親馬鹿だね」

 


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