続 魔闘技祭
戦いの後には一日の休みをもらい、休ませながら順調に勝ち上がって、Sクラスのグループとの戦闘間近となった。ツヴァイとミツはなかなかに強く、手を出すまでもなくここまでやってこれた。勿論、サリーも援護してくれているし、レイスも力を隠しながらも戦っている。
Sグループと言っても、神谷達ではなかった。やはり一、二を争うのはSクラスなのだろう。Fクラスがここまで来るなんて、そう言いながらも力を認めてくれていた。
「次の相手は六貴族の内の四人と普通の生徒らしい。心してかかろう。巡も動いてくれ。俺たちじゃ荷が重い」
六貴族。思考を巡らし、考える。
六貴族とは恐らく属性に沿った貴族のことだろう。火、水、雷、土、風、闇。
光がない。巡はそれについての疑問を口にした。
「光は王家が使える属性なんだよ。たまに例外がいるけど。リリー……様も使ってるの。だから、光の貴族は居ないんだよ」
「そうなのか」
意外にもサリーが答えた。疑問が解消され、スッキリした巡は、廊下の壁を叩いて仕切り直した。
「よし、じゃあ、基本は今まで通り。この中に、俺も入り、手加減して戦えばいいな。頼んだぞ、これが終われば二位は確実だ」
「二位なんかより一位を狙おうぜ。対戦相手は優勝への踏み台だ。私達は二位になるために頑張ってるんじゃないだろ?」
「当然だ」
円陣を組む。ここでやるには少々狭っ苦しいが、それが逆に皆を繋ぎ止めているようにも思えた。
「目指すは一位。雑魚どもをぶっ飛ばし、蹴散らすぞ!」
五人で思いきり叫ぶ。廊下で反響して、消えた。
光に向かって歩く。徐々に大きく聞こえてくる歓声。
足を止める。廊下は鉄格子で閉められるのを確認して、前に向き直った。
「ここまで来るなんてすげぇよ」
歯を剥き出しにして笑う、青い髪の青年。いつかの、神谷組の女性陣から殴られていた生徒だ。
「なに、幸運だっただけだ」
「そんなことねぇって。運だって紛れもなく実力に入る」
「だったらいいな。お前らは、神谷と組まなかったんだな」
相手グループに視線を配る。黒い髪の身長が低い少女、緑髪の生意気そうな少年、茶髪の筋肉質な青年と優等生らしき人。いろんな色があって、なかなかに壮観だ。
『戦闘――』
「お互い頑張ろう。悔いのないように」
「よろしくな」
『開始!』
開始と同時に優等生らしき人を転移させた。理由は簡単で、ただ単純に邪魔だったから。
全員硬直するが、すぐに持ち直し、サリーが歌い、ツヴァイが後ろで茶髪に撃つ。ミツは詠唱し、レイスは刀を片手に、走った。ここから相手がどう出るか。
なるべく全員の動きが視認できるよう立ち回った。
茶髪の武器は身の丈程にある大きい盾。それで魔力の銃弾を防いでいた。
レイスに視線を移すと、危なげ――勿論演技だろう――ながらも緑髪のダガーと青髪の拳を刀で弾いている。ミツは黒髪と魔法で撃ち合い。
レイスに加勢することにした。
「よう、二人はきついか?」
「遅い、もっと早く来いよ」
すばしっこく攻撃する緑髪の頭を掴んで持ち上げた。
「放せ!」
無視。
低身長のおかげか、手足は巡の体に届かない。
「ウイン! この野郎!」
レイスと打ち合いをしていた青髪が巡に殴りかかってくる。それらを余裕をもって躱しながら、緑髪を青髪に投げつける。
「てめっ! 人は投げるもんじゃないんだぞ!」
「わかってるよ。終わりだ。“撃て”」
巡の横を通り抜けて、炎の槍が数本飛んでいく。レイスによる魔法だ。それは二人を無慈悲に攻撃して、転移させた。
事前に打ち合わせしておいたやり取りの中の一つだ。撃て、といえば魔法を撃つ。
レイスも魔法を知らないのを覚えていたようで、一つ返事で分かってくれた。
ミツの方向を見ると、何処にもいなかった。いるのは得意気に胸を張った黒髪の少女だけ。
「ミツはやられたみたいだな。レイス、ツヴァイの加勢をしてやってくれ」
ツヴァイ側は一歩も引かず、攻撃しても防がれの繰り返し。
黒髪の少女へと足を進める。
「君は?」
「……ファラ・ダークネスなの」
大人しく、口数は少ないみたいだ。ファラの横に立ち、ツヴァイ達の戦いを眺める。
「俺は星月 巡。ファラは神谷と一緒じゃないのか?」
ツヴァイが壁に向かってジャンプした。そのまま壁を蹴って茶髪の頭部を撃つ。その間にレイスは後ろに回っていた。
「あれは苦手なの。離れたいけど皆がいるから仕方なく」
前をガードしていた大きな盾を軽々と持ち上げ、頭上の攻撃を防いでから背後に盾を打ち付けた。
「俺も苦手だ。まあ、友達皆が神谷と一緒にいたらファラだけ一人ぼっちになっちゃうもんな」
レイスの動きが止まる。あと一歩前に出ていたら頭に当たり転移させられていただろう。
「うん。あいつが居ないときは皆仲良しで幸せだったの。今じゃ、リリーもイズナもフレイもあいつに釘付けなの。仲良しじゃなくなったの」
ファラに視線を向けた。瞳には僅かな悲しみ。
「そうか。たまにいるんだよ。無条件に人を惹き付けるような奴。勿論、嫌う奴もいるが、あいつは少しも苦労しなかっただろうな」
「……また会って話、しよ。巡のこと気に入ったの」
薄く笑みを見せてから、ダメージペンダントを自ら砕いた。
『勝負あり!』
校長の声。知らない間に茶髪は倒し終えていたようだ。多分これを見て、勝ち目はないと思ったファラは、自分で転移したんだろう。
『明日は決勝だ、今日は休んで、明日頑張ってくれ』
命令にも似た校長の言葉を聞き届け、四人で戦場を後にした。
「勝てたようね。ごめんなさい、役に立てなかったわ」
「仕方ない。相手はS、それも大貴族なんだ。ここまでの被害で済んだのはよかったよ」
巡がフォローする。
「巡。お前……本当に人間か……? あの身のこなし、速さ、強さは私が見たことのある全帝の比じゃねぇぞ」
好戦的な視線を投げ掛けてくるツヴァイ。全帝という言葉に反応したレイスは置いておき、ツヴァイの言葉に返事する。
「人間だ。正真正銘のな。ただ、強いだけさ」
「実力を見ただけに鼻で笑えねぇじゃねぇかよ」
「俺は規格外なだけさ」
肩を竦めた。
サリーが何処か、上の空だ。
どうしたんだ? と聞いても、何もない、と応えるだけ。しかし、表情はやはり優れないようだった。
寮は学園からすぐ近くではあるのだが、友達、仲間から離れるのが寂しくなった。自らに呆れながらも、どこか寄り道しないかと提案すると、ツヴァイだけが嫌がっていた。無理矢理連れてきた。
まだ午後一時。
神谷組も一戦を終え、休んでいるはずだ。明日は万全で臨んでも、敗ける可能性が高い。
巡とレイスは力を出してないので、あとは三人になる。巡かレイスが本気を出さない限り、敗けは確定か。勇者の名は伊達じゃない。
歩いて数十分。会話もしないまま、大きい公園へとやって来た。
「黙ってここまで来たけど、なんのつもりだよ」
ツヴァイが鋭い視線を投げ掛けてきた。返答はなににしようか、と悩んだ。特に何もないからだ。
「そうだな……明日の打ち合わせでもするか」
レジャーシートを草の上に敷く。そこに腰を据えて、皆が座ったのを確認し、続けて切り出す。
「明日、神谷が厄介だ」
「んなこたぁわかってんだよ。リーダーならもうちっと考えてくれよ」
苛立たしげに頭を強く掻くツヴァイを制止する。
「聞け。そこで、神谷は俺が止める。お互い一発でも入れられたら終わりだ。だから、お前らにも勝機はある」
そう、ダメージペンダントを着用してる時点で、勝ちの可能性はある。巡が神谷を止めれば、勝機は高くなる。
「あいつは俺を嫌ってる。だから真っ先に俺に来るだろうよ。なら、その間にお前らが他の生徒を倒してくれ。あとは、残った奴で神谷狩りだ。ダメージペンダントの前に、防御力なんか存在しない。そこを突く」
一気に言った。
少々の沈黙のあと、レイスから始まり、サリー、ミツ、ツヴァイの順番で賛成の意をもらった。
場所は学園にある闘技場。決戦。
「やっぱり君が来ると思ったよ。今度は勝たせてもらうからね」
「ぬかせ」
「貴方何様でございますの? 私は王女ですのよ。頭が高いですわ」
「ほざけ」
呆れを通り越して寧ろ清々しい。これが王女のようだ。
さっきからサリーが気になる。ずいぶんと辛そうである。
「なんて口の聞き方ですの!? お父様に言いつけてやりますわ」
「だまれ」
「リリー、駄目だよ。僕たちの敵とはいえ、そんな事いっちゃあ」
「そうですわね!」
深い溜め息が自然と出てきた。
目の前には金髪の勇者。金髪の王女。金髪のツインテールで強気そうな女性に、燃えるような赤い髪が腰まである長身の女性と、逆に目立つ黒髪の刃。
「どうでもいい。やろうか」
「まっ! これだから気持ちの悪い男は嫌いですわ」
「リリー。やめなって」
「ごめんあそばせ、勇様」
今一度、溜め息を吐いた。精神的に来るものがある。見てるだけで吐き気がしそうだ。
比較的後ろで待機している刃は、ニヤニヤとこちらを見ていた。そんなに顔に出ていただろうか、と思い、ポーカーフェイスを装う。
「おい、あれが相手かよ。視界に入れるだけで目が腐りそうだぜ。早く殺してぇよ」
後ろのツヴァイが小声で言ってきた。目が凄い事になってるのだろうなと、容易に想像出来た。
『決勝!』
各々武器を構える。
『開始!』
神谷はいつものきらびやかな装飾が施された剣に、リリーは女神の上半身が彫られてある杖に、ツインテールは細い剣。赤い髪の女性は身の丈程ある剣だ。
ツヴァイとレイスが動くのを確認した。ツヴァイはリリーに、レイスは赤い長身の女性だ。後ろでミツの詠唱が聞こえた。
刃は壁に凭れている。
「神谷、やろうか」
「……僕は勇者、悪は滅ぼす。君は刃を洗脳した。それだけで君は悪だ」
「納得してなかったのか? してないって言ってるだろ」
神谷の瞳が揺れた。
「刃は僕の親友なんだ! お前が洗脳したことなんてわかってる。刃の事は僕が一番わかってるんだ」
視界の奥にいる刃は無表情だ。
神谷は剣を上段に構えた。動く度に観客席から黄色い声援がする。
「へぇ、それで?」
「刃が生徒を殺した君と、友達になるなんてありえない! 刃はいつもいつも人助けをする優しい人なのに、悪と一緒にいるなんて絶対ない!」
何を言ってるのか理解が出来なかった。理解が出来るとしたら、刃だけだろう。張本人は変わらず、壁に背を預け、無表情を貫いていた。
ふと、ミツとツインテールの女性の戦いに視線を移す。……明らかにミツが劣勢だ。相手の雷魔法を躱してはいるものの、服を掠めている。息も絶え絶えだ。
「そもそも、君は何であの生徒を殺したんだ!? 理解できない! あの人は少し道を踏み違えただけじゃないか!」
レイスが加勢した。ということは――。
赤髪がいない。レイスが敗ける道理はないが、些か倒すのが早くはないだろうか? あれで手を抜いているのか?
「なのに君は――」
金髪の不意を突いて転移させた。
残りはリリーと神谷、刃だけだ。
「というか――」
正直なところ、ヒステリックに叫んでいる神谷の声が耳障りである。
それに殺した、というのは言い方が悪い。あくまで手伝っただけ。
今度は三対一だ。リリーも時間の問題だろう。
「本当に――」
身振りを加え出した。しかしこうして見ると、勇者であるはずの神谷は、案外隙だらけだ。
刃が後ろでなにやらジェスチャーをしている。神谷を指差し、なにかの棒を持ち、刺す動作。
巡は察し、頷く。ゆっくりと歩き、真正面に立ってから刀を突き出した。
「うわ!? 不意打ちなんて卑怯だぞ!」
刃が爽やかな笑顔でサムズアップしてきた。巡も返す。
「とっくの前に戦いは始まってるぞ」
「話してるじゃないか! 君は人の話をちゃんと聞きなさいって教わらなかったの!?」
神谷がなにかに気づき、戦場を見渡す。
サリーは一生懸命歌い、ツヴァイは欠伸。サリーはレイスにお礼を言っていて、刃は砂の上で横になっていた。
「よくも皆を……絶対に許さない!」
いきなり憤怒の表情を浮かべ、叫んだ。素早く剣を下段にして、愚直にも、巡に突撃してきた。
神谷との距離が短い為に、お互いの間合いに入るのは一瞬。だが、伊達に最強の力を貰ってない。神谷の全力程度なら片手であしらえる。
四分の力で拳を前に突き出す。
それだけで、向かってきた神谷は反応出来ず、宙を舞い、壁にぶつかる前に転移した。
レイスを含む、他の者には拳が見えなかっただろう。それくらい速くなければ、神谷を一発で落とせなかった。
ということにしておこう、という言い訳で完結させた。
「お疲れ、俺じゃ当然勝てないから降参する」
寝転ぶ刃がどこからともなく白旗を出し、挙げた。
『勝者、Fグループ!』
歓声もなければ拍手もなかった。白熱なんてものはなく、心底つまらないものを見せたであろうと思う。
『表彰式を行う。三位、Sグループのリーダー、入場してくれ』
少し理解するのに時間を要した。勝ったらすぐに行われるようだ。休憩もなにもあったものではない。
青い髪の青年が戦場に姿を現す。そのまま歩き、いつのまにか出来た段の一番低い場所に立った。
『次、神谷グループ』
暫くして、神谷が出てくる。憎たらしげにこちらを睨むが、罪悪感なんてものは一切ない。
ふと横に顔を向けると、誰も居らず、視線を巡らすと、何故か戦場の端の方に四人がいた。こちらに気づきサリーとレイスが手を振ってくる。何と無く振り返した。
神谷が一頻りこちらを睨むと、満足したのか二番目に高い場所に立った。
『最後に、Fグループ』
一番高い所に立つ。校長が真ん前に転移してきた。
「惜しくも三位だが、おめでとう。豪快な戦いっぷりで見ていて楽しかったぞ」
声には軽くエコーがあり、闘技場に響いた。
青髪と校長が握手をする。青年は鼻の下を伸ばしている。それもそうだ。校長は大人の雰囲気が漂う美人。歩いてればナンパされる位の美貌はあった。
「二位、おめでとう。どうか油断せず、もっと色んなものをみて、視野を広げてほしい。そうすれば君は今よりも強くなる」
神谷と握手。神谷は肩を竦めてはにかんだ。それだけで黄色い声が飛んでくる。単純な女性達だ、とは思う。顔が良ければこうなのだろうか。レイスも顔は負けず劣らず美形だ。
しかし、そんな声援はなかった。肩書きなのだろうか。
「そして栄えある一位、おめでとう。ただ、上には上がいる、ということを忘れないでほしい。井の中の蛙なんとやら、だ。修行や初心を忘れないようにな」
握手する。手に一切の衰えを感じない。瑞々しく、歴戦の手だ。女性であるが故に、それは目立つ。
「三位は一ヶ月寮と学食無料だったのだが、三位と二位は共にSクラスのため、その魂に名誉のみが刻まれるぞ。ついでに、一ヶ月宿題免除だ。胸を張れ。二位は半年宿題なし。一位のFグループには、一年間学食、寮と宿題免除、プラスして、魔法書を与える。Fクラスは満足に魔法を覚えさせてくれないから退屈だろう?」
巡からすると、凄くありがたかった。これで魔法が覚えられるのなら、願ったり叶ったりだ。次回の魔闘技祭までには書物の魔法を全て覚えようと心に誓った。




