6.高級料理と大衆料理
雄大の料理はさすがだと、誰もが唸った。
始めの頃は、こんなボロい“ねこ食堂”で、これほどの料理が食べられるなんて、すごいことだと評判になった。
「これで、死んだじいさんも浮かばれる」
そう、口々に言い合った。
そして、ミーコの料理はねこ食堂の隅の方へ追いやられる日々が続いた。
「やっぱり、ちゃんとした料亭の味は評判になるよな。これで客が増えれば、こんなボロ屋なんて潰して、立派な店に造り変えてやるさ」
雄大は、そう言って大きく笑って見せた。
その笑みを悲しそうに、見つめるミーコだった。
(そんなことをしたら、おじいさんの思いがつぶれてしまう)
しかし、どんなに立派な料亭で修行をしてきても、おじいさんの味を求める声は止まなかった。
「美衣子ちゃん、里芋の煮っ転がし、あるかい?」
かねてからの常連さんがミーコに尋ねてくる。
「もちろん、ありますよ! おじいさんの味の、煮っ転がし!」
ミーコはどんなに雄大が、おじいさんの料理を不要だと言っても、作り続けていた。
「雄大君の料理はうまいんだけどね~。毎日食べるのは、やっぱり家庭料理の方がいいんだよ。じいさんの料理は、飽きない家庭料理なんだな。雄大君のは、高級料理なんだな」
時々食べる分には、目先が変わっておいしいが、毎日食べるには定食のような家庭料理が良いという人が、おじいさんの料理を求めた。
そして、その声が大きくなり、結局雄大の高級料理を求める人がいなくなった。
「なんで! これほどの料理を、何で分からないんだ! 所詮、田舎者なんだよ、みんな! クソー!」
そう言っては、悔しそうにその日に作ったものをゴミ箱に捨てるのだった。
「もったいないよ。おじいさんは、残ったものは別の形に作り直して、サービス品にしてお客さんに出してたわ」
「一度作ったものを、作り変えたら味がおかしくなるだろ。そんなことができるのは大衆料理なんだよ。俺のは、高級料理なんだ。そんなことが許せるか!」
「大衆料理のどこがいけないの? 大衆料理だからこそ、みんながいつでも美味しく食べることができるんじゃない?」
ある時、お客さんが誕生日だという日、ミーコはおじいさんと同じことをした。
「今日は、天ぷらね。お誕生日おめでとう」
天ぷらの皿に、小さな手作りのカードを添えて出したのだ。
「覚えてくれてたの? 嬉しいなぁ……じいさんが死んじまって、こんなことしてくれる人は、もういないと思ってたのに……」
そう言って涙した。
皿のカードを開くと、顔を高潮させ涙が止まらなくなった。
「やっぱり、ねこ食堂だよな……うんうん……やっぱり、ねこ食堂だよ」
「おいおい、泣くなよ。大の大人がよぉ」
そう言いながらも、寂しい日常の中のオアシスのようなねこ食堂は、お客さんの心を暖かく包んでいた。
「オレの誕生日、覚えてくれてる?」
そう聞いてくる客までいるのだ。
ミーコは、一人ひとりの客の誕生日を口にしていった。
「スゲーなー。じいさんみたいだ!」
「嬉しいねぇ。誕生日が来るのが待ち遠しいよ」
大人になればなるほど、誕生日など意味のないものになってくる。
誰に祝われるものでもなく、一人で酒を飲みながら「またひとつ、歳をとっちまったか」と寂しく思うだけの誕生日だったのだ。
それが、おじいさんの意思を継いでくれる人がいるのだ。嬉しくないはずがない。
雄大は客の顔を見ていた。
(なんでこんなに嬉しそうなんだ? 何で、みんな輝いているんだよ)
料亭で修行していたときは、客の顔が見えなかった。
それゆえ、自分が作った料理がどんな顔で食べてもらえているのか分からなかった。それよりも、分かろうとすら思わなかったのだ。
高級料理を食べている人が、喜ばないはずはない。そう思っていた。
戻ってきた皿をみれば、殆どの皿がキレイに食べつくされているのだ。
だからこそ、自分の料理に自信が持てたのだ。
ところが、ねこ食堂で腕を振るうようになり、さらには今回の誕生日騒動で、雄大の心に何がしかの異変が生じ始めていた。