7.ミーコ
雄大が変わっていくのと同じように、季節も変わっていった。
夏が秋になり、枯れ葉が足元に踊りだした。
冬が来れば、ねこ食堂には暖かい湯気が立ち上った。
雄大が戻ってきてから、4度目の冬が来た。
今日も二人で仕込みをしていたとき、雄大が包丁を振るう手を止めた。
雄大の目の前には、使い込まれた大きな鍋が湯気を立てている。
今日誕生を迎える人は、アジフライが好きな人だ。ミーコはアジをさばきながら、ヨダレが垂れそうになるのを堪えていた。
「美衣子」
今では、名前を呼び捨てされることも自然に感じられる。
「なに?」
「楽しそうだね」
「うん、楽しいよ」
「俺さ。最近、じいさんの意志って言うのが分かってきたように思うんだ」
ミーコの包丁が止まり、雄大をみた。
「美衣子からみたら、まだまだかもしれないけどな」
ミーコが嬉しそうに笑い、首を左右に振った。
「俺、じいさんみたいな料理人になろうと思うんだ」
「うん、頑張って!」
「それで、ずっとねこ食堂を続けて行こうと思うんだ」
「うん」
「だから……ずっと、俺と一緒に、あの……えっと……ずっと、一緒にこの“ねこ食堂”を守って行ってくれないか」
「……」
「ずっと、一緒にいてくれ」
雄大の真剣な目と反対に、悲しみにくれるミーコの目があった。
「ダメなのか? 俺じゃだめなのか?」
「……私の本当の姿を見たら、あなたはそんなことを思わないわ」
「本当の姿? なんだよ、それ」
「……あなたがおじいさんの意志を分かってくれるまで、それまで頑張ろうって思ってきたけど、もういいよね」
最後の言葉は誰に言っているのか分からなかった。
「ねぇ、雄大。私がどんな姿になっても、ずっとここにいさせて。おじいさんの匂いのする、この店にいさせて。お願い……」
そういうと、ミーコの姿が揺れ始めた。
自分の目がおかしいのかと、両目をこすってみた。
こすり終わって目を開けたときには、ミーコの姿がなかった。
あるのは、真っ白な毛に艶のない、ヨレヨレのやせこけた猫がいるだけだった。
雄大の頭にミーコの声が響いた。
(これが私。だましてごめんね。どうしても、おじいさんの店を守りたかったの。でも、これからは雄大が守ってくれるよね)
目の前の変わり果てたミーコに驚きを隠せなかった。
ただ、その猫の姿がどこかで見たことがあることに気がついた。
それは、まだおじいさんと手紙のやり取りをしていた頃、おじいさんが子猫の写真を送ってきた。その写真に『名前はミーコ』と書かれていた。
「おじいさんの可愛がっていた猫。お前が、あのミーコだったのか……」
雄大は、ボロボロになってしまったミーコを抱き上げると、これほどまでに苦労して疲れ果ててしまった猫を愛しそうに撫でた。
「ごめんな。気がつかなくて……ずっと、そばにいてくれ。人間じゃなくていいから、猫のままでいいから、ずっとそばにいて、一緒にこの店を守っていこうな」
今、おじいさんがいた頃のように、厨房の片隅に置かれた椅子の上には、真っ白な猫が丸くなって寝ている。
時々、客の話に物憂げに顔を向ける以外、鳴くこともないが、雄大を見つめるその目は愛情にあふれているように見える。
客が言う。
「ミーコが戻ってきてよかった。看板ねこがいなくちゃ、“ねこ食堂”の意味がない」
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
犬をメインにした作品は、よく書くのですが、今回はネコをメインにおいてみました。ネコはクールなイメージですが、このお話ではかなり愛情豊かなイメージにしてみました。実際、子どもの頃からネコを飼ってきた私としては、ネコってこんなイメージです(笑)
何回か読み直してみましたが、ネコ好きなせいか、ひとりで感動してました(笑)
みなさんにも、感動してもらえたら嬉しいです。




