↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ワケあり大学生は過保護なサラリーマンの愛で救われる  作者: 松下


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/30

28.決着

 次の週の金曜日。二三時五十分。

 夕方、自転車を駐めたのはこの間までよく使っていた路地裏で、薄暗いのが気になるけれど、店に近いのを優先していた。

 駅前の駐車場は明るいし人が多いから安心ではあっても、暑い中を人に紛れて歩くのが億劫だった。

「異常はないな、よし」

 置いた時のままの姿に安心して、ボディバッグを肩からかけ直すと自転車に屈み込む。

 施錠してチェーンロックもするから盗難に遭ったことはないのが、以前は油断の元だった。

 チェーンロックをハンドルへ掛けた、その時。

「あの」

 声がして、はっと顔を上げると、目の前にあの男が立っていた。

「……」

 さっと走る衝撃と緊張で、体が固まった。

 今夜も店に現れることのなかった男は、最後に見た時とほぼ同じ格好で、ぬうと幅を取って歩道からの光を遮っていた。

「諒、さん」

 饐えた響きの声は、店の中で耳にする時より数段低くて、こちらを見る瞳には暗い光がぼやけているのが、逆光でも分かった。

「なんだよ」

 背中を起こして、自転車の横に立ったまま言葉を返すと、男の唇が横に広がってふふと息が漏れる。

 年齢は四十代くらい、思惑が見えない表情と襟がよれたシャツは、男の心の内を伝えるようだった。

「いま終わりですか。いつも通りですね。先週は急いで店を出ていましたが、何かあったのですか?」

「……」

 見ていやがったのか。

 ……何処から。

「なかなか話しかけるタイミングがなくて、苦労しましたよ」

 店に来ないのは、諦めたからじゃなくて、第三者に邪魔されず俺と接触するためか。

 答えない自分に構わず言葉を続ける男が、笑顔のままで足を踏み出す。

「……」

 後ろは突き当りの壁で、灯りもないからこれ以上は下がりたくなくて、ぐっと地面を踏みしめる。

「前に誘った時は、断られましたが。今日はどうですか。一緒に、お酒でも」

「用事がある。どいてくれよ」

 声を張り上げたら、男の体がぴたりと止まった。

「……」

 幅の広い身躯の脇から見える歩道は、いつもの華金と同じく人の通りが激しくて、暗い路地裏で話す自分たちのことなど誰も気付かないようだった。

「どうして、駄目なんですか」

 元の表情に戻した男が呟いて、「仲良くなりたいだけなのに」と拗ねたような声が聞こえて、背筋が寒くなった。

「やり方がおかしいだろ。本当にそうなら、待ち伏せなんかするかよ」

 数週間前の衝撃を思い出しながら言ったら、目を眇める。

「だって、あそこでは普通の会話が出来ないじゃないですか」

「当たり前だろ、あんたは客だ。普通の会話って何だよ、何で俺なんだよ」

 知りたかったことを口にしたら、

「何でって、あなたのほうが先じゃないですか」

 表情を変えずに男が答えて、「え?」と眉を潜めた。

「あんなに人懐っこく、楽しそうに話しかけてきた癖に。諒さんじゃなかったんですか、俺と仲良くなりたいのは」

 なぜか呆れたような調子で続ける男は、自分から視線を外さない。

「……」

「いざこっちが近付いたら距離を取るなんて、ひどいじゃないですか」

 淡々と続く言葉に抑揚はなくて、口を噤んだらもう一歩男が足を進めて、被さろうとする影に思わず踵を下げる。

「……」

「……それなのに、あの男のことはずっと贔屓していますよね、諒さん」

 次の言葉へ籠もる歪んだ色に気が付いて、はっと目を開いた。

「あの男の注文をいつも気にしてるでしょう、俺のところには来てくれないのに。カウンターの、あの男にばかりにこにこして」

 どういうことですか、と届いた低い声には、別の感情が滲んでいた。

「……」

「もう仲良しかと思ったら、お店の中だけなんですね、よかった。最近来ませんね、あの男」

 こちらを見据える瞳から、光が消えていた。

 ……真木さんのことまで、こいつは。

 やっぱり。

「どうでもいいだろ、あんたには関係ねえよ」

 大きな声で返したら、男が眉を寄せる。

 どくどくと、心臓が嫌な音で鳴っていた。

「……どうしてそんなに警戒するんですか。大丈夫ですよ、大丈夫」

 諒さん、と言いながらもう一歩踏み出すから、我慢出来ずに「来るなよ」と返したら

「ね、一回でいいんです。一回でいいから、僕と二人で」

「嫌だ」

 腕が上がるのが見えて、まだ届かない距離だと分かっていても、限界だった。

「――もういいだろ!」

 ――その言葉が、合図だ。

 叫ぶのが終わる前に、男の肩がぐいと後ろに引っ張られて、バランスを欠いた体が傾く。

「え」

「離れろ」

 流れた声は男よりもっと低くて、底にある凄んだ響きが暗い路地裏を走った。

「は?」

 後ろに立っていた綾人に気付いた男が頬を引き攣らせて、

「離れろと言っているんだ」

 もう一度肩を突き飛ばされて、どすんと地面に尻もちをつく。

「……あ」

 名前を呼ぼうとして慌てて口を覆って、そんな自分へちらりと視線を投げた綾人が、男との間に立った。

 力が入って赤くなった眦と締まった頬は、一切の許容を排除した、容赦のない憤りが籠もっていた。

「無事か」

 短く呟くのが聞こえて、どうにか「おう」と返すと、よろよろと立ち上がった男へ綾人が体を向けた。

「録画してある」

 凄みの消えない声で出た言葉に、男の頬がまた攣った。

 ――この間、俺を監視していると分かった。店から駅まで尾いてきたからな。お前との仲が気になるんだろうな。だから店へ行くのは控えたんだ、思い詰めると暴走する可能性があるから。

 ――諦めた訳じゃない、店ではもうお前と話せないから、次は確実に外で狙ってくる。それが心配で、お前が自転車を駅前に駐めているのを、大将に確認してもらっていた。

「……え、え?」

 顔が歪んで、おかしな声を出す男が自分と綾人を交互に見た。

「何処の誰かは知らないが、お前がしていることは立派な犯罪だ。このまま警察に突き出すことも出来るんだぞ」

 その様子から目を離さず、男の視線から自分を遮るように動いた綾人のスラックスに、スマートフォンが見えた。

 ――大将と話していたのはこれだ。男の監視のことと、俺が店に行かない間、お前のことを頼むと。

 ――来週は自転車を前と同じところに駐めてみてくれ。俺が近くに居るから安心しろ。男が動いたら、証拠の録画を撮る。

「……」

 事態を呑み込みつつあるのか、男の顔色がさあと青くなる。

「二度と現れるな」

 冷たい声と、握り込まれた拳の、白くなった指が、綾人の怒りを伝えた。

「……」

 真木さん。

 ――お前には、ちゃんと話すつもりだったんだが。俺が仕事で忙しくなってな、いろいろと後回しになってすまなかった。

「……あんたは、諒さんの」

 一歩後ずさった男から、弱い声が聞こえた。

「彼氏だ」

 躊躇わず言い切る勢いに、怯んだように上体を逸らした男がぱくぱくと口を開いて、また結んだ。

 ――子供だとは思っていないが、過保護だったかもな。不安にさせてすまなかった。……対等だからな、俺たちは。

「……」

 こんなに大きかったっけ。この人。

 スーツ姿の、皺のない綺麗な生地に包まれた背中は、初めて触れた先週の金曜日、見た目より筋肉が厚いことを知ったけど。

 今はこれ以上ない程の、安堵であり信頼だった。

「……」

 身動ぎもせずまっすぐに立つ綾人へ、よたよたと視線を彷徨わせた男が、ふいと顔を逸らすと踵を返した。

 そのまま歩き出す後ろ姿へ、

「また近付いたら、次は確実に息の根を止めるからな」

 投げられた綾人の声は、それが脅しではなく本当にそうするであろうことが、想像出来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。