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【完結】ワケあり大学生は過保護なサラリーマンの愛で救われる  作者: 松下


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18/30

18.海へ

 ――情報科学科なのか。

 ――うん。エンジニアになりてえなって。

 ――…………そう、なのか。

 ――ん? なんだよ、どうかした?

 ――……偶然にしては、出来過ぎだなと思ってな。

 ――はあ? 何のことだよ。

 ――気にするな。こっちのことだ。

 ――言わねえのかよ。……いいけどさ。

 ――ところで、インターンシップの話は出てないか。



 そんな会話をしたのは、十四時だった。

 綾人からラインでメッセージが飛んできて、「電話してもいいか」と書かれているからびっくりして、昨日のことを話したいのかとすぐに思い至って、諒は自分からかけていた。

 土曜日。

「なんだ、いいのに。俺からかけ直すから、一度切るぞ」

「いいよ、かけ放題にしてるから。気にすんな」

 今日は夕方からバイトじゃない用事があって、昼寝でもしようかなと読んでいた雑誌を閉じたところだった。

 真木さんは休みの日は何してるのかななんて思って、でもまたこっちから連絡するのはしつこいかと、気が引けた。

「どうしたんだよ、真木さん」

 一応尋ねたら、「あれから、何もなかったか」とすぐに言葉が返ってきて、やっぱりなと頷く。

「帰ってからラインしたじゃん。何もねえよ」

 軽い口調でそう言ったら、「そうか」となぜか納得したような声が聞こえて、首を傾げた。

「ん?」

「無事ならいい」

 素っ気ない声が続いて、それから急に大学のことを尋ねるから、どうしたんだと思いながら学部のことを話した。

 情報科学科だと言ったら綾人の驚く様子に自分もびっくりして、「インターン先はいま探しているとこだけど」と答えたら、返事はなかった。

「ん? 何か、おかしいぞ、今日。真木さん」

 休みの昼間に電話をかけてくるのも、俺のことについて知りたがるのも。

 今までは、俺に気を使うみたいに、触れなかったじゃねえか。

 でも、今はそれが出来るくらい近くなったのかと、思った。

「そんなことはない」

 顔が見えないから、今どんな気持ちで話しているのか、分からないけれど。

 ……何とも思ってなかったら、電話なんかしないよな。

 だよな?

「……」

 ――真木さんは何処にいるんだよ。

 ――部屋だ。俺もちゃんと帰ったぞ。

 ――俺がいなくて淋しかっただろ、店。

「今は何をしていたんだ、お前は」

 ――そうだな。

「別に。雑誌見てた」

 〇時を過ぎて、終電乗ったかなと二駅先で降りる綾人の姿を想像して、ついメッセージを送ったのは店であまり話せなかった物足りなさのせいで、すぐに既読の文字が浮かぶから胸が熱くなった。

 ――明日は休み?

 ――そうだ。

 文章だけだと綾人の真意が見えないけど、茶化す訳でも逸らす訳でもなく普通に頷いてくれるのが、嬉しかった。

 ……冗談とか、言いそうにないしな。堅物だし。

「用事はないのか」

 スピーカーから流れてくる綾人の声は落ち着いた響きで、後ろに音がしないから、部屋にいるんだろうな浮かぶ。

「あ、えっと……夜はちょっと、出掛けるんだけど」

 そのまま口にするには何となく気が引けて、つい言い淀んだら「そうなのか」と返す綾人の声色が、少し変わる。

 ……別に、隠すことじゃねえんだけどさ。

「うん。大学の友達と、その」

「……」

 俺が何をするかなんて、あんたは気にするのかよ。

 黙った綾人の、察しの良さを思い出せば、ばれるかもなと肩をすくめた。

「今は、時間があるんだな」

 会話に集中したくてテレビを消した時、スピーカーから静かな声が聞こえた。

「え?」

 リモコンをテーブルへ戻したら、

「今から出て来れるか」

 と同じ調子で言葉が続いたから、ぱちんと瞬きをした。



 諒を連れていったのは、海だった。

 アパートまで迎えに行って、厚手のカットソーにチノパンツの格好で出てきた諒はやっぱり今風の若者で、ジャケットを着なくて正解だったなと、シャツ姿の自分を見て綾人は思う。

 釣り合わない、と感じるのが嫌だった。

 自分より年下で、まだまだ若さが前に出る、諒と。

「あそこがいい。尾根町のさ、何か海の家みたいな建物があるとこ」

「橋の向こうにあるあれだな」

 海へ行くぞと言ったら助手席の諒がすぐに答えて、夏はサーファーで溢れる広い海岸を思い出す。

 アクセルを踏んで走り出したら、木曜日にも座っていた諒が蘇って、三日連続で会っていることに気が付いた。

 そのどれもが、シチュエーションに違いがあるのが、面白かった。

「去年は友達の車で行ったりしたけど」

 グレーの雲が広がる空は雨が降り出しそうだけど、窓を開けて外の景色を眺める諒は、機嫌がよかった。

「免許は持っているのか」

「あ、うん。バイト代貯めてさ、一発合格」

 ハンドルを握る自分を見て、得意げに唇の端を上げる様子が、無邪気だった。

「……偉いな。時間がかかっただろう」

「おう。だから落ちたくなくてさ。仮免も頑張った」

 明るい声で話すのを、「俺は親に出してもらったからな。車は自分でローンを組んだが」と、当時を思い出した。

「そっか。いいんじゃねえの、俺の周りもそういう人、多いぜ」

 フロントガラスへ顔を戻しながら続いた声に、そうかと返す。

 諒の、そんな身近な話も、新鮮だった。

 陽が高い時間に二人で過ごすのは、あのカフェで話した時以来で。

 今日は堂々と誘って、すぐに頷いてくれた諒に感謝した。

「休みの日なんかは、やっぱり友達と遊ぶのか、諒は」

 夜は出掛ける用事があるのを思い出して尋ねたら、

「うーん、そうでもないけどな。土曜の夜も隔週であの店に入るからさ、日曜日は一人でゆっくりしたい時も多いし」

 シートに背中を預けている諒が、軽い調子で答える。

 道の向こうに青い波間が光って、まだ梅雨明けの宣言は出ていないのに人の姿があった。

「そうだったな。今日は違うのか」

「うん。今日は他のバイトの子に代わってくれって言われてさ。休みになったから、友達と」

 すらすらと答えていたのが、そこで止まる。

「ん?」

 信号は赤で、停車してから隣を見たら、視線を避けるようにふいと窓を向いた諒から

「ちょっと、飲んでくる」

 わずかに緊張した声が流れて、何も返さなかった。

「……」

 別に、隠さなくてもいいんだぞ。

 そうやって言ってくれないほうが、淋しいから。

「いいじゃないか。羽目を外さないようにな」

 どうして言えないんだ。

「うん」

 諒が頷いて、窓ガラスに映った顔は、伏せた瞳が逡巡を抱えているように見えた。

 信号が青に変わって再び走り出しながら、俺の反応を気にするのかと、「あいつは、ああ見えて繊細なところがあるから」と口にした大将が蘇った。

「……車が多いな」

 建物へ到着して、広い駐車場は半分以上が埋まっていて、遊歩道のある奥まで車を進めると端へ駐めた。

 カフェやシャワールームを完備した建物は、ボードを持ったサーファーの姿が目立った。

「まだ雨降るのにさ。来るもんなんだな」

 同じ感想を諒が呟いて、そうだなと笑って二人で降りる。

 堤防に沿う遊歩道は、ポールを立てて続く途中に東屋があって、そこにもペットを連れた人がベンチに座っているのを、会釈して通り過ぎる。

 どうして海を思い付いたのか、あのカフェで話した時の開放感が欲しかったのかもなと、問題のある客について打ち明けてくれた諒の姿が、今も胸に残っていた。

「久しぶりに来た、海って」

 揺れる波間を見つめながら隣の諒が呟いて、

「俺もだ。土曜に人と過ごすのも久しぶりだがな」

 素直に返したら、そうなんだと頷く。

「……今日は、何かあったの」

 歩調を合わせて歩きながら、ちらりと投げられた視線を受け止めた。

「何もない。話したくなっただけだ」

 会いたかったと、言えば。

 喜んでくれるか。

「なんだ、暇つぶしかよ」

「そうじゃない」

 年下の大学生と、二人で海へ行くなんて、休日は。

「知りたくなったんだ」

 自分の時間も、気持ちも、差し出してもいいと思える人間じゃないと、無理だろう。

「……」

 そうかよと返すかと思った諒は、少し顎を引くと黙って視線を海へ戻した。

 並んで歩くのは初めてで、自分より少しだけ背が低いけれど体格はいい諒の、シャツの裾から伸びる日焼けした腕が、目についた。

 ――真木さん。

「あの店でのアルバイトは、二年になると大将から聞いたが」

 肩へもたれた頬と、やわらかく閉じた瞼と、甘えた声で囁く唇を、俺は。

「……うん。それくらい」

 忘れることが出来ないんだ。

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