13.どんな関係なんだ
ナビに表示された時間は二三時で、「遅くなったな」と運転席で呟く綾人へ
「そうでもないだろ」
と軽い調子を作って諒は答えた。
頷いたら、次からはもっと早く帰されることになりそうで、それが嫌だった。
「十分遅い」
そんな自分を呆れたように見てから、
「夜更かしするんじゃないぞ」
続いた声は、優しい響きだった。
アパートの周辺は車も人の気配もなくて、静かだからエンジン音がどうしても目立って、駐車場へ入らず隣の路地へ停車した綾人は、店で目にする通りのマナーを守る社会人なんだなと思った。
「あいつらだったら、普通にバイク突っ込むもんな」
「なに?」
首を傾げる綾人へ「別に」と答えてから、膝に置いたリュックを掴む。
「えっと、ありがとな、送ってくれて」
本当はもっと、居たかったけど。
この人は明日も仕事なんだと思うと、駄々をこねるような自分は見せたくなかった。
「雨が上がったな。明日は晴れるようだ」
天気予報を見るんだぞ、と笑う綾人は、ハンドルへ右手を置いてこちらを向いた姿勢がやっぱりかっこよくて。
「大学まで歩きだからな、晴れてくれないと困る」
「いい運動になるんじゃないか」
大雨に感謝したのは、初めてだった。
「真木さんは、明日も忙しい?」
連れていってもらった部屋は、自分が知らない空間で、広いのも設備が充実しているのも、生活の違いを見るようだった。
「いや。金曜だから、書類仕事が多いな」
食べ終わってから着替えた綾人は、オーバーサイズのシャツ姿が新鮮で、インディゴも似合うななんて浮かぶ自分は、いつものカットソーにジーンズなのが少しだけ恥ずかしかった。
……釣り合いが、取れないようで。
「そうなんだ」
それでも、一緒にテレビを見て、買ってきたドリンクがなくなったら綾人がお茶を出してくれて、リビングで笑っていられるのが、嬉しかった。
……だから、少しくらいはいいだろって、心が傾いたのは……自然なことで。
「なるべく残業はしないと、言っただろう」
静かな調子で言葉が続いて、その理由を知っているはずだと言われたようで
「そうだな、大将が待ってるからな」
明日も会えると浮かぶから、心の中で熱が持ち上がる。
「あ、ハンカチ、乾いたら持っていくけど」
「――――お前は」
「へ?」
抑えた声が流れて、ハンドルに置いた手が、少し握り込むのが見えた。
「お前は、待ってくれないのか」
ナビの明かりでぼんやりと照らされた顔は、変わっていないけれど。
「……」
待ってるって、言っても。
それは、当たり前にしていいのかよ。もう。
あんたは、俺のためにそうしてくれるのかよ。
「常連さんなんだから、当たり前だろ」
目を逸らしたら、逆に気付かれるから、必死に見つめた。
「……そうか」
同じように視線を結んだままの綾人の、唇が薄く開く。
「なるべく、早く行くようにはするが」
そう言いながら声が低くなって、ふいと逸らされる瞳はまつ毛が斜めに流れて
「お前も、忙しくないといいな」
落ちた言葉に勢いがないから、高揚が痛みに変わる。
「……」
大人なんだろ。
俺はガキだから、こんな返し方しか出来ねえよ。
分かれよ。それも。
「忙しいくらい客が来てくれないと、困るけどな」
言ってくれよ。
俺に会いたいって。
「……」
ずくんと疼く胸を抱えていられなくて、ドアのハンドルに手を掛けた。
「じゃあ、またな」
諒。
呼ばれた気がして、でも顔を向けられなくて、そのまま外へ開いたら
「ラインをくれ」
短い言葉が肩にぶつかって、思わず振り返った。
「え?」
「店に着いてからでいい。無事かどうか、知りたいだけだ」
綾人が、こちらへわずかに身を乗り出していた。
「……」
頬が強張っているのは、何かを堪えている時だと、もう知っている。
「分かった」
真木さん。
「もう大丈夫な気がするけどな、あれなら」
何を心配しているかも、今は解る。
「……」
口を噤んだ綾人の瞳が、すうと細くなった。
「何か、報告みてえだな、仕事の」
……俺とあんたの、今の、関係は。
一体何なんだ。
「諒」
「おやすみ」
真木さん。
助手席から降りたら、下の水溜りを避けて停めていたことが、今頃分かる。
「……おやすみ」
小さな声が聞こえるのを、顔を見ずにドアを閉めた。
そのままアパートへ歩き出して、この人はきっと俺が中へ入るまでここで見ているんだろうなと、思う。
「真木さん」
心の底で小さく渦を巻く、痛みがあった。
そこに甘く咬むのは肩に感じた綾人のあたたかい手の熱で、何の嫌悪も感じなかった俺はやっぱりそうなのかと、綾人は同性で年上の社会人という事実を、遠ざける。
――一緒に過ごしたいと思う人は、連れていくんじゃないのか。
俺に向けられた言葉だと、思いたかった。
俺が女だったら、ドラマみたいに、口説いたりするのかな。
……そんな真木さんも、見てみたいな。




