1. 男、ホテルサンセットケープに住む
「…ぐぬぬ、…よっと。そしてここで銃を抜く…よしっ、ここまでは順調だ…。」
3階建てのリムジンバス。その最上階の後部座席に男はいた。
歳は20代後半。ぼさぼさとした黒髪に、丸っこいサングラスが乗っている。背丈は180センチほどか。上半身は革ジャンと無地のシャツを着ており、下半身はどこにでもある長ズボン、そして何故かきっちりとした黒い靴を履いていた。
何やら手にはポケット型ゲーム機のようなものがあり、卓越した技術でゲームの主人公を操っていた。2D横スクロールアクションゲームのようで、次から次へと現れるギャングの見た目をした敵キャラクターを倒していく。
周囲からこの男に向かって迷惑だと視線を送る人がいたが、それに気づくことなくそのゲームに没頭していた。
「この後さえ気を抜かなければ……。」
ぼそりと呟くと、真剣な眼差しでゲーム画面を見つめた。どうやらここからが腕の見せ所のようだ。
ピコピコと流れていた8bitの音楽の雰囲気が変わる。すると画面右端から、いかにもボスキャラといった敵が登場した。そのボスと主人公は互いに睨み合い、いつ何が起きてもおかしくない状態が続いていた。
『テレレレッ!!!』
「――っ来る!」
先にボスの方が攻撃を仕掛けてくる。飛び道具を扱い、主人公へ向けて初見殺しと言わんばかりに何本も飛んできた。
カチカチカチッ!と洗練された動きでゲーム機に付いているボタンを押し、一つ目の飛び道具を主人公の銃で防ぐ。そのまま銃を構え、次の飛び道具へ向けて撃った。
『キィィン!!』
いかにもレトロな効果音が鳴り響き、攻撃を防ぐことに成功していた。タイミングが少しでもズレると主人公にダメージが入ってしまうが、男は難なく攻撃を防いでいく。そのまま何度も同じ行動を繰り返しながら前進。次第にボスとの距離が縮まっていった。
「よしよし…ここまでくれば楽勝だぞぉ」
にやりと口角を上げて主人公を操る。画面に映るボスとの距離も残りわずか。
がしかし。
『ギュオォォン!!』
「んあッしまった!!」
何かを忘れていたのか、ゲーム画面に映る光景に絶句する。このボスはある程度距離が縮まると、持っているすべての飛び道具を一気に主人公に向けて投げつけるのだった。まともに喰らった主人公は地面に2回バウンドした後、倒れ込んだ。
『デッデッデー』と敗北した音楽と共に画面には『GAME OVER』とでかでかと映し出された。
「あぁーまじか――!こいつに初見殺し攻撃があるのは分かってたのに、肝心な時にそれを忘れるかぁ――…!!」
右手を顔に当て、バス車内にもかかわらず大声で嘆くのだった。
この男がこんなにも没頭していたこのゲームは『夕日と共に弾丸を』通称『ゆうだん』という知る人ぞ知る名作ゲームだ。主人公の『凪』は凄腕の殺し屋として近いうちに計画されたテロを防ぐためギャングの組織を一つずつ潰していくといった内容で、日常シーンから戦闘シーンまでこだわり抜かれた緻密なストーリーに、このゲームの代名詞ともいえる『超鬼畜難易度』のアクションが堪らない一作となっている。
男は既にこの『ゆうだん』を10回以上プレイしており、現在はセーブ無し縛りでプレイ中。だからこそ分かっていた攻撃を忘れていたという初歩的なミスを犯してしまった自分に嘆いていたのだ。
「うぁ―――ここまで来てやり直しかよぉ……!!ったく許せないぜ俺!!」
髪の毛をわしゃわしゃとかき乱しながらゲーム機に映るタイトル画面を眺めていた。
「おい!!さっきからずっと我慢していたがうるさいぞ!!黙ってくれ!!」
すると、しびれを切らした前の座席にいた中年男性が、とうとう男に向かって怒鳴りつける。
ビクッ!と体を強張らせ、おおきく目を見開いた男は、思わずゲーム機を床に落としてしまった。
「あ、ハイ。…すんませんした。」
しんとしたバス車内。
男はさっきまでの態度とは思えないくらい情けない口調で頭を下げるしかなかった。
『まもなく、ホテルサンセットケープに到着します。』
車内アナウンスが聞こえ、男は中年男性にぺこぺこと頭を下げながら、車窓の方に視線を動かした。
「へぇ、ここが…」
車窓から見えたのは、とても大きなホテル。まるでダンジョンのような形をしている。このホテルは名前の通り岬に建てられたホテルで、何より夕陽がとても綺麗に見えると謳っている。
「ここならちょうどいいかもな」
ぼそりと男はまた呟いた。
距離は段々と近づき、やがてホテルの入り口前にバスは停まった。
『ただいまホテルサンセットケープに到着いたしました。お降りの際は足元に注意してください、また一階のお客様より順番にお降りください。それでは、旅の疲れを癒して行ってください。』
車内アナウンスがまた鳴り響き、乗客は次々と降りていく。
「温泉楽しみだねー」「夕日が綺麗なんだって!」と楽しげな会話が聞こえ、男は黙りながらゆっくりと頷く。やがて男以外の乗客全員が降り終え、車内はしんと静まり返った。
「…さて」
ゲーム機を革ジャンの胸ポケットに入れ、頭に乗っけていたサングラスはシャツの胸元にかける。ゆっくりと立ち上がると、両手を掲げぐぐぐと体を伸ばした。
軽く溜息を吐くと、天井を見上げる。そこには一つのハッチが取り付けられていた。
男は床を蹴り、ハッチの側に取り付けられた取っ手を掴む。そこから少しずつスイングしていき、振り幅が広くなった瞬間に一気に回転。ハッチを蹴破り、同時に手を離し勢いよくバスから外へ出た。
「ほっ…と。着地成功~。」
まるでヒーローポーズのように両手を右に伸ばし、バスの上に着地をした。
手で軽く服を払いながら立ち上がると、エントランスの屋根に飛び乗った。先ほど同様、着地時はポーズを決めていた。
「さぁて、何故俺がこんなことをしているか説明しよう。」
周りには誰もいないはずなのに、男は一人謎の説明を始めるのだった。
「俺は27歳の独身!!愛もお金も何もない。でもこれはあるのよタバコとゲーム機あとリンゴ!……まあ所謂『一文無し』って奴なんだが。まあ、このまま野垂れ死ぬのはもっての外だ。そして俺は旅を始めたのさ、愛とお金のためにね。」
腕組みをして、時々頷きながら説明を続ける。
「今日、俺は街の八百屋に置いてあるリンゴを2つこっそり盗み、食べながら歩いたんだが、そこで一つのバスを見かけた。それがこの三階建てのバスさ。大きいから目立つよねぇ?どうやらこのバスはホテルという宿泊施設まで連れてってくれるって話だ。…そこで俺は閃いた。」
芝居がかった声で説明を続けつつ、ホテルの壁に取り付けられた窓の方へ歩き出した。
数歩ほど歩くとぴたりと止まった。
「いっそホテルに隠れて住んでやろうかと、ね。」
男は何故か後ろを振り向き、ポーズを決める。
「無断で住みゃ宿泊料金は払わなくて済むし、料理は一日三食分食べられる。なんて俺にとって最高な場所なんだ…!って思ったよ。
ま!最初は抵抗があったさ。そんな悪いことしていいの俺?!こんな事したらもう後戻りはできないわ俺!!ってね。でも気づいたときゃ、ぴょんぴょんとバスの上に跳び乗ってハッチを開けていた。鍵かけてないのが悪いもんね。」
くるりと元の方向に戻すと、一度周りを見渡す。大方、監視カメラがあるかどうか確認をしたのだろう。確認し終わると、ほっ!と窓枠上部を掴む。そして体をばねのように扱い勢いをつけて手を離し、さらに上にある窓枠の下部を掴んだ。
「遠くから見えたのさ。このバスは有料送迎バスだってね。普通は無料でしょ?なんて世知辛い世の中だ。だからバレないように上から乗った。その後はさっきまでの俺を見ていたら分かるだろ?カモフラージュで俺の大好きなゲームをしていたが、ちょっと盛り上がりすぎたな。声が大きくなってしまった。」
ひゅうひゅうと風が男を襲うも、難なく次々に窓枠を掴み上へ、さらに上へと進んでいく。
次第に視界には建物の頂上が見えてきた。
「さぁ!これで何故俺がこんなことをしているかが分かったね!じゃ、これを聞いた君たちも共犯者ってことでよろしく!異論は認めないよ?だって俺からは君たちの声が聞こえないからね。」
終始、どこにもいない誰か(彼ら)と会話を続け、最後の窓を掴み、勢いをつけ屋上の手すり壁に手がかかった。
「よぉし、最後はちゃんとかっこよく着地しないとね。俺の華麗な身のこなしに惚れちゃいけないぜぇっ!」
そう言ったと同時に、左手は屋上を掴んだまま右手を離した。
次の瞬間、男は左手を軸として壁に円を描くように回転。ぐるんと180度回転した所で右手を手すり壁に置き、ばねのように体をしならせ、両手を弾くように離した。そして体操選手のように空中で一回転し、着地をすることに成功。どや顔とも見れる満足そうな笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ……まあ、ざっと120点ってとこかな!!」
嬉々とした声と共に男は後ろを振り向いた。
「動くな!!!!」
「……………はぇ?」
そこには、このホテルにはこれ程似合わない大勢の迷彩柄の服と防弾チョッキを着た兵士達が男に向かって銃を向けていた。
何故こんな状況になっているのか理解が追い付いていない男は、間抜けな声を出すしかなかった。
「あれぇ。おかしいな…監視カメラなんてどこにも無かった気がぁ……?」
焦りを隠せず、少し笑い声が混じったような言い方で言葉を繋ぐ。
「残念だったが、この施設には人感センサーも取り付けられているんでな。お前の行動はすべて検知していた。さあ、無駄な抵抗はせず、おとなしく捕まるんだな!!」
「人っ感ッ…センサぁ……?あちゃあ、そりゃ無いぜぇ。というかホテルにそんな機能がどうして備わってんだよぉ。」
隊長だと思われる一人の兵士が答え合わせをすると、それを聞いた男はがっくりと顔を下げ、嘆きながら右手で頭頂部をぽりぽりと搔いた。
「…まぁいいか。」
ひとしきり頭を搔いた後、ぴたりと止め、顔を上げて兵士達の方を見た。およそ10~15人ほどの兵士が周りを囲んでいる。
それを確認すると、ゆらりと体を脱力し拳を構え始めた。
「何をする気だ?!」
「いやあぁ、無抵抗で捕まるなんて俺の美学が黙っちゃいねぇ。捕まるんなら、最後まで抵抗したうえで捕まってやるさ。」
にやり、と笑みを浮かべながら兵隊長へ向かって挑発する。
「人感センサーで俺の動きを全部検知してたってことは、俺の身体能力は異常ってことが分かってるよなぁ?俺、こう見えて武術も習ったことがあんだ。覚悟した方が良いぜぇ?」
右手をくいくいとさせてさらに挑発。よほど自信があるのだろうか、あまりにも堂々とした態度でそこに立つので、兵士達はざわざわとし始めた。
「はっはっはぁ!!どっからでもかかってこぉい!」
兵士達の様子を見てますます調子づいてきた男は、怖がらせようと鬼のような形相になって挑発するのを止めずにはいられなかった。
ぐぎゅるるるぅぅ……
「はぅっ?!」
しかしその時、男の様子に天罰が下った。
顔がさーっと青色になり、体はがくがくと震え始め、次第に弱々しく丸くなっていく。構えていた拳は、いつの間にかお腹を抱えていた。どうやらタイミング悪くお腹を壊してしまったようだ。
「ななななんでぇぇぇぇ…?」
ぐぎゅるるるぅぅぅぅ
「はうっ!?」
さっきまでの余裕は何だったのだろうか。今やだらだらと冷や汗を垂れ流していた。
「そんなお腹壊すものなんて食べて……はぅっ!!……もしかして、さっき食べたリンゴ、腐ってたのかぁぁあ?!」
「…急に弱々しくなったぞこいつ。」
苦しそうに佇む男を、兵士達はぽかんとした表情で見続ける。
「くそっ…!あのリンゴいつまで置いてたんだよくそぉっ!!」
意地でも我慢してやると、男は満身創痍で拳を構え直し、ゆっくりと丸めていた体を起こした。
その瞬間。
くきゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
「あ無理だ。俺腹も減ってんだった」
それが決め手となり、男はそう言い残すと結局何も行動を起こすことなく、ばたりと地面に倒れこんだのだった。
短期集中連載です。全7話で完結するので、ぜひ面白かったら評価・ブクマ登録等よろしくお願いします(切実)…!!
ちなみに今日は、20時に第2話が公開されるのでそちらも何卒よしなに。




