不安の種
衣装部屋から談話室に戻ると、サァラが唇を尖らせていた。
「オンと山脈に行くことになったにゃ」
ルナはサァラの頭をなでて、なだめようとしている。
「あたいの故郷の方だから案内しろって」
「ああ、あの山脈にサァラの家があるもんな」
サァラが殺されかけた俺を匿ってくれた家だ。
「でも、今から行って間に合うのか? 王都からトゥルメル領だけで五日、領都からサァラの家まで数日かかるだろ」
それより早い岩モグラの速度が、改めて恐ろしい。
「鳥獣人が運んでくれるって言うんだけど……。子猫の頃に猛禽類に襲われたのを思い出すから嫌にゃ~」
ああ、トラウマを刺激されちゃうのか。
俺はルナの反対側に座り、サァラを抱きしめた。
「それは怖いよな」
「すぐに行けるから、もう午後に出発だってぇ」
珍しくサァラが泣き言を言っている。両サイドから、ぎゅうぎゅうに抱きしめて、慰めることしかできない。
ふと、疑問が湧いた。あの山脈から王都に向かっているのに、ターゲットが王城なのか、このクランハウスなのか、わかるものだろうか? 「誤差の範囲」と言われるレベルな気がする。
まあ、オンの能力は桁違いなわけだが。
いや、それよりも今はサァラだ。
「上空は寒いだろうから、防寒着を用意するか?」
「はっ、そうだにゃ。泣き言を言っている場合じゃなかった」
ソファーに置いていた借り物の制服を、サァラの尻尾が叩いた。――あ、猫毛がついた。ま、いっか。
「女性ばかりの部屋に入ってもよければ、準備を手伝うけど」
寒さで体力を失うことを考えると、甘いものや強い酒も持たせたい。服や小物の準備はルナに任せて、俺は厨房に行った方がいいかもしれないな。
「じゃあ、同室の子に許可をもらってくる」
俺が考えている間に、ルナはパッと立ち上がって談話室を見回した。
「いないな。冒険者ギルドに行ってるんじゃないといいんだけどね。遠征に行くとは言ってなかったはず」
そう言ってルナがルームメイトを探しに談話室を出るのと入れ違いに、オンが入ってきた。
ハグをしている俺たちをじーっと見つめてくる。
「……オンは防寒着とか、必要ないか?」
オンの視線の強さに、何だか居心地が悪くなってきた。俺は何かを誤魔化すように、オンに話しかける。
オンは半眼の無表情を一瞬で消し、愛想のよい笑顔を浮かべた。ただ……笑顔の仮面を貼り付けたような、違和感がある。
「魔族は体内でいろいろ調節できるので、大丈夫です」
「そっか。便利だな」
「ええ。過酷な環境で育つもので」
口調に棘を感じる。機嫌を損ねるようなことをしただろうか。
まさか、防寒着を用意するサァラを軟弱だと非難している? 魔族と獣人では細かいことが違って当たり前だ。特に、猫は寒さに弱いんだから、気を遣うのは当然だし。
オンの魔力制御の訓練では、サァラがターゲットの入れ物を取り替えるのを手伝っていた。デッドフロッグの討伐も一緒に行ったし、仲良くやっているはずだ。
オンも空を飛ぶので緊張しているのかもしれない。そんなふうに自分を納得させようとした。
胸がざわつくのは、大きな計画が動き始めたからだ。フォンを助けるための、希望が見えてきたせいだ。
そうでなければ、何だと言うんだ?




