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『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第十四章 クランでの生活

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魔族の執着 sideオン

 この男が欲しい。

 あたしは、強くそう思った。


 魔族にとって、強い願いは諸刃の剣だ。生きる糧になる一方で、叶えられなければ身を滅ぼすか、無気力になり他者に滅ぼされるか。

 だが、それでもいいと本能が叫ぶ。


 虚弱な肉体。魔力も微々たるもの。だが、その発想力と周囲の力を引き出して巻き込む力は、絶品だ。


 魔族の尻拭いで、ここの隣の国にワイバーンを始末しに来た。そのとき、こちらの世界に興味を持った。

 ワイバーンをこちらに送り込んだ兄を、ギッタギタのメッタメタにした。毒を盛られた父の口に解毒の薬をぶっ込んで、「しっかりしろ」と発破をかけた。


 そういう後始末をしてから、この国に来たのだ。

 なかなか見所のある獣人バスラを訪ねて、「仲間に入れてください」とお願いした。言葉遣いは丁寧な方が相手の懐に入りやすいと、ちゃんと勉強してきた。

 国王だの冒険者ギルドだのと、面倒くさい話し合いが始まった。

 自分のクランで引き受けていいと言う人もいたが、そういう人の多くは実力があたしの要求水準に達していない。共に高みを目指すならいいが、あたしにおんぶに抱っこを求められても、うざったい。

 あたしがイライラしているのに気付いたのか、バスラが自分のクランで引き取ると言ってくれた。


 こちらに文化はあらゆる物が繊細にできている。皿はすぐに欠けるし、ナイフもフォークもすぐに曲がる。だが、その分、料理が美味しい。味だけでなく見た目も美しい。そして、手間暇をかける。食べて、すぐ消えてしまうというのに。ああ、狂っている。狂気の沙汰だ。

 準備に要する時間と、ほんの束の間の感動。まったく釣り合っていない。


 それを味わい尽くすためには、力加減を身につけるしかあるまい。あたしは頑張った。ぷるぷる指先が震える。力を込めずに、触るだけ。何度も練習をした。食事ではない時間にも、皿とフォークを借りて練習した。フォークは曲げても元に戻せばいいと気付いたのは、大きな収穫だ。


 そうやって楽しく暮らしていたけれど、肝心の冒険者らしいことはできなかった。あたしは力が強すぎるし、どうやら本能的に恐怖を感じるらしい。

 バスラも時々青ざめている。他のAランク以下は、気絶しなければ上等だ。魔族でも弱い者は、あたしに口もきけないのだから。


 そうして、無為に数年過ごすことになってしまった。


 トーマが来て事態が動いた。

 あたしは名前を決めた。「名」は縛るものだから、のらりくらりと名無しで過ごしてきたのだけれど。

 呪術的な文字で言えば、「隠」で本質を隠し、「温」で優しさや温かさを演出する。少し崩して「鬼」という意味も込め、自分の本質を否定しているわけではないと楔を打つ。

 名前を名乗り、人から呼ばれるたびに、あたしの存在がこちらの世界に馴染んでいく。魔族や強大な力に対する恐怖が麻痺していくだけだから、お互いのためになると思う。


 トーマがいれば、失敗しても次の案が出てくる。あたしのために、たくさんの人が考えて、手を貸してくれる。職人たちが、あたしの力をこの国でも使えるように工夫してくれるという。


 あたしがこの国に来たのは、こういうことを体験したかったからだ。

 生まれつきの腕力や魔力が絶対で、上か下かしかない関係。対等に協力することはなく、命じて従わせるだけ。

 そうじゃない、生ぬるい世界がここにある。「圧倒的な力」で支配されない仕組み。力なき者は保護されて、魅力的な物を作る。

 そんなこと、考えたこともなかった。


 あたしが可愛い子ぶっているのを、バスラとアーデンは気付いている。

 Sランクの人間が鋭いのか、ワイバーン討伐で本性を垣間見せてしまったせいか。彼らには、名前を使った呪術の効果が薄いようだ。いつまでも本能的な恐怖と戦わないといけないのは気の毒に思う。


 だが、そのせいで、あたしの邪魔はしないだろう。

 ――邪魔? あたしは何がしたいのか。どこに向かおうとしているのか、自分でもわからない。

 おかしい。このあたしが他人に左右されている? トーマの反応次第で、目的地が変わるとでも言うのか?


 面白い。長寿のあたしが、久しぶりに「初めて」という感覚を味わっている。

 いい。すごくいい。

 自分でコントロールしきれない状況、すごくいいぞ。

 ああ、明日も楽しみだ。


なんと、100万pvを超えました!

お読みいただき、ありがとうございます。

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