一日目 貴族の駆け引き(後編)
ダルグが笛を吹いたあと、護衛を捕縛された令嬢はどう行動するか迷っているようだった。
「逃げられたら困るな。だが、令嬢に触れたら苦情を言われるか……?」
そのダルグの言葉を受け、フォンが令嬢の周りに風で壁を作った。
「こ、こんな、な……ことぉして、ぶふ、許さるぇると……思っているのうぉ?」
令嬢が顔を前に出そうとすると、風で煽られて変な顔になる。
声も震えて面白いしゃべり方になり、笑いを堪えるのが大変だ。いや、もう笑っていいか。
廊下から足音が聞こえ、エリオットが登場した。
「晩餐に参加できないような幼いご令嬢が、我々の領主軍を脅すとは、すごいですね。
これが、この家の教育方針ですか」
状況を一瞥したエリオットは、遅れて現れた領主に冷たい目を向けた。
フォンが風魔法を解くと、令嬢は父親に駆け寄って、涙ながらに窮状を訴えた。
内密に運ぶ物をなぜ知っているのか、Aランク冒険者に対する暴言、国王に対する不敬な物言い――令嬢はそれを悪いことだと思っていないので、正直に並べ立てた。
領主は青い顔をして、なんとか娘の自白を止めようとしたが、普段甘やかしているので最後までしゃべられてしまう。
「いや、幼子の可愛いわがままではないか。目くじら立てるほどのことではあるまい。
領地が隣のよしみで、そちらから手土産に持ってきてもいいくらいだろう。気が効かないのは、貴族としてどうかと思うぞ」
虚勢を張りながらも、ついでのように要求してきた。
「もっと幼い王女殿下よりも、年上のご令嬢が『自分を優先しろ』と言うとは、なんともはや」
エリオットは嘆かわしいとばかりに、ため息を吐く。
「いや、そんな。貴殿が少しばかり融通を利かせてくれればいい話ではないか。」
令嬢を抱きしめているので、愛情はあるらしい。
「事前に、お断りしておりますよね。順番をお待ちくださいと。
その順番を管理しているのは王族ですよ。
あなたが要求しているのは、横流しです。王族を軽視して自分たちを優先しろと、その共犯になれとおっしゃっている。それを理解していますか?」
「ただの出来心で……こんな可愛い娘に頼まれたら、ほだされるのが人情というものだろう?」
「パパ、頼りになるぅ。そうよね。そうあるべきよ」
親子は抱き合って、互いを褒めている。
奥方は後ろに無表情で立っていた。
「平民ならともかく、情に流されて罪を犯すなど貴族ではないと思いますが。
そのような不心得者がいるので、商業ギルドだけで運べないと判断したのです。私は領主の代理として、ここにいます。
あなた方は、領地を通り抜ける許可を願った我々に寄り道をさせ、『内密に』と言われた内容を幼子に漏らした。
王族に反旗を翻す要注意人物だと報告せねばなりませんね」
「そ、そんな。か弱い子どもに過酷だとは思いませんか?」
領主は状況が理解できたのか、弱腰になった。
「今さら何を?
歴戦の冒険者を馬鹿にして、脅すような人物を『か弱い女子ども』とは言いませんよ。
それに、これは日頃の教育の結果でしょう。
ご令嬢だけでなく、この家門が問題視される話です」
「いや、それは困る。何でもするから、どうか穏便に……」
エリオットの口元が微かに上がった。
「では、あなたが主張している領境の訴えを取り下げなさい。
先々代に遡って、土地を取り戻そうなどと虫が良すぎる。
後日、うちの法務担当と正式な文章を取り交わすなら、今回に限り、王族への正式な報告書に記すのは目こぼししましょう」
「わ、わかった。そんな報告をされたら、我が家も娘の将来も潰れる」
偉そうにふんぞり返っていた領主が、今は両手を組んで祈るように媚びていた。
「わかりましたか、お嬢さん。
権力を振り回しても、それ以上の権力でもって簡単に潰されるんですよ」
エリオットは冷たい表情のまま、騒動を起こした令嬢に言葉を投げた。
「は、はい」
「あなたが荷物を盗むために我々をこの領主館に招いた、という見方すらできるのですからね」
「ひいい、そんな、そんなつもりは」
令嬢は顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
言い訳ばかりで謝ろうとしない令嬢に、呆れた目が注がれる。
領主の娘を抱きしめていた腕は、今や揉み手をして媚びるのに忙しい。
「状況証拠から、そのような疑念が湧くと申し上げているだけですよ。
我が家門の当主から一度お断りしたのに、『ぜひ立ち寄ってくれ』とおっしゃったのは、そちらですから。
その上で、私を晩餐で引き離している間に、強盗のように領主軍の休憩所を襲っている……末恐ろしいご息女だ」
ラティーアが後ろから俺に囁いた。
「よく聞いておくのですよ。
『正式な報告書に記さない』という言い回しから、『非公式に口頭で報告する』と読み取るべきなのです」
なるほど。それをここの領主は気付かなかった、と。
うわ、怖い。
「ご令嬢が馬鹿にしたのは『光牙の道標』というAランクパーティーです。
この街を拠点にしているようですが、これで我が領に移動してくれたら嬉しいですねぇ」
領主からAランク冒険者たちに視線を移し、エリオットが微笑みながら口にした。
領主に対しては脅しで、光牙の道標に対しては勧誘となる言葉を――。




