最終話 その後
その後どうなったかというと。
ケヴィンは栞里について日本に行くことになった、今まで勉強したこともあるので仕事を得ることができた。自分が投資したことのある日本のゲーム会社に入って、持ち前のコミュニケーション能力を発揮して日本語の英訳の仕事をすることに。栞里はケヴィンと正式に交際を始めた。
彼は思ったより、何というか。いろいろ割り切って達観している人だった。金持ちではなかったけどそれなりに財産があって、誠実で、優しかった。外国人なのにオタク趣味を持ってることは少しだけ困惑したけど、彼のオタク趣味は何というか。萌えではなくアクション系で。少年漫画のアクションシーンとか好きでよく見ていて可愛いと思ったのである。こんな一面もあるのかと。ますます惚れてしまう。
それと笑顔が素敵。アメリカで海兵隊員だったことを知ったときは少し怖いとも思ったけど、やっぱり接してみるとわかる。別に殺人狂とかそういう性格ではない。彼はただ、そう。
何事にも真摯に向き合っているだけ。なのに彼は四回も降られたと言っていた。思春期には彼のような考え方を持っている人は重かったのかも?
彼の母親もとても素敵な人だった。女性なのにイタリアンレストランのコックで、格好いいと思った。結婚式にはサムという彼の黒人の友達が来て、歌を歌ってくれた。
ただ、そう。
栞里・フィッツジェラルドはないと思ったので、苗字は稲崎のままである。彼の方が苗字を変えてくれたのだ。ケヴィン・稲崎。今でもたまにそれがおかしくて笑っちゃう。
とある夜、夜中に喉が渇いて起きたら彼が隣にいなかった。緊張するとかそういうのはなかった。そんな自分から離れるようなことがあるなら昨日の夜にたくさん愛し合ったりしないと思ったから。
リビングに出ると彼がベランダから見える月を見上げていた。隣に立つとケヴィンが言った。
「軍に入っていた時、北アフリカにいたんだけど。」彼の日本語はここ数年で自然なものになっていた。
「イスラム教にはシーア派とスンニ派があるの知ってるよね?」
「うん。」栞里はうなずく。
「スンニ派は遊牧民に規律を与えるだけのもので、シーア派は元々定住している人たちのためのものだと思えばいい。スンニ派はただ意味もなく規律を守っているわけではないけど、彼らは何が正しいかそうでないか、何が先進的なものかそうでないか。そう言ったことが考えられるような余裕もない。一つの場所に止まらず、ただ規律、規則、そういうもので繋げているだけで、そもそも国家という枠組みに入る必要すらない。現代国家という枠組みなんて、彼らからしたらそれこそが抑圧のようなもので。今までうまくやっていたのに周りが現代国家化して、民族という単位に組み込もうとすると反発する人も当然出てくる。だけど政治を成り立つようにするにはそいつらを抑圧しないといけない。そうなるとどうなると思う?」
「反乱を起こす?」
「いや、それでも政府軍、正規軍の方が強いからそれは成功できない。だけどね。独裁国家は時に自分勝手にふるまってパワーバランスを崩しにかかるんだ。アメリカが一番嫌いなものがそれだよ。独裁でも抑圧でもない。一つの勢力が勝手に暴走してパワーバランスを崩すこと。それが許せない。じゃあどうするか。」
「独裁者を暗殺するとか?」
「反乱軍を支援しながら独裁体制を崩すことを進める。そうなると今まで抑圧されていたスンニ派が過激な行動をとるようになる。」
「なるほどね。」
「そんなテロリストを、何人も殺したんだ。この手で。銃だけではなく、ナイフで喉をかき切ったこともある。」
栞里は少しだけ間をおいててから言った。
「大丈夫。今は私もいるし、みゆちゃんもいる。大丈夫だから。」
「怖くない?」
「怖くない。」
ケヴィンは思わず栞里をギュッと抱きしめた。
「愛している。I love you, 栞里. I will love you for the rest of my life.」
「うん。私も。愛してる。これからもずっと。」
ケヴィンも結局ミレニアルだったということで。
違う?
いや、まあ。
うん。
めでたしめでたし。