4─11 妹を蝕む呪い
「俊ちゃん。俊ちゃん起きてよー」
「俺はもうダメだ……あんな風に拒否られたんじゃ生きてられない」
「もー」
悲しみと喪失感に打ちのめされた俺は、第二保健室のベッドで終末を待つ。
……ような感じでふて寝している。ミコトの呆れた溜め息が首にかかってゾクゾク。
「あの言い方だと引かれちゃうのは、明らかだったと思うけどなぁ。舞い上がり過ぎて変な人になってたよ、花菱君」
「マジ? 俺変な人になってたの? 実の妹に変な人って思われるくらいのことしてたの?」
「だいぶ怖い人だったと思う」
衝撃の事実を彼女から告げられた。思ったことというか、忠告したかったことというか、それをありのまま伝えたら変質者になっていたらしい。
話を聞くに、伝え方が悪かったとのこと。俺バカだからどうしたらいいか分からない。
「必死なのは分かるけど、そんなで李々華ちゃんが疑うこともなく受け入れるわけないでしょ」
「あだっ」
ぺちっ、と左側頭部を叩かれた。久々の昇である。
ループしていないため、昇は状況を大雑把にしか知らない。俺がこんなだからと心配して来てくれたのだ。
多分、説明は現場を見た矢吹辺りがしてくれたのだろう。
「それにあんた、もうダメとか言ってるけど、ループしてるんだから軌道修正は出来るでしょう? 今は別に李々華ちゃんから軽蔑されてないんだから、同じことを繰り返さなきゃいいだけ」
「…………あ、そっか。言われてみればそうだな。もうこの世の終わりだと思ってたわ」
「どんだけシスコンなのよ。あんたが李々華ちゃんを大切に想ってるのは知ってたけど」
「シスコンというか、妹はそりゃそのくらい大切だろ!?」
「気持ちの悪い目で見たり、嫌われてこの世の終わりだ〜なんて感じるほどではないわ」
「……き、気持ち悪い目」
「自覚ないなら尚更気持ち悪いわね」
凄い。凄いよ昇さん。
貴女こんなにも傷心中の親友を、言葉の刃で滅多刺しにしてしまうのね。心配して来てくれたと思ったら、追い討ちかけて来るのね。
まぁ、言われて時間戻ったの思い出したから、もう傷心中ってわけでもないんだけど。
「いや、傷心中は傷心中だぞ。結局またループしたんだ。李々華が死んだんだ!」
「叫ぶな」
ぼげぁ。
口にハンバーガー突っ込まれた。昇さん、大口開けたからと言ってそのサイズはキツいっス。
あと知っての通り僕少食なんです。今要らないです。
「むぐむぐ……」
「え? 俺が食べないからってミコトに押し付ける? 嘘でしょ?」
「違うわよ。中途半端にあんたの口が付いたからよ」
「「酷くない?」」
俺とミコトで真顔ハモリ。俺は汚い物扱いされたっぽい悲しみ、恐らくミコトはまた別の悲しみ。
処理係にされた的な、そんな悲しみから出た言葉だと思う。うん、考えれば考える程酷い。
それでも美味しそうに食べるの可愛いけど。
「僕にくれたら一番よかったのに」
「あぁら矢吹たんヤキモチ? 余った食べ物が他の人に渡ったのが不満なの?」
「違うから」
ゴスッと鈍い音と同時に、脛に走る痛み。矢吹さんは怒ると脛に攻撃して来ます。
重ね重ねと言いますか、貴女方サッカー部のマネージャーですよね?
「彼女なんだから、一番適任でしょ? ってこと」
小さくぷくっと左頬を膨らませる矢吹。可愛い愛してる。次から食べかけは全部君に捧げるよ。
でもきっと多少は、食欲も関係していると睨んでいるよ僕は。君の胃袋は四次元ポケットなんだから。
「とにかく、李々華ちゃんをどうにかして、時間内に帰宅させないとならないのよね」
ほんわか(?)とした空気を割いて、キリッとした態度で昇が切り出す。腕組み昇さんがとても頼もしく感じる。
ああ、何だろう。流美たんもたくさん頑張ってくれたけど、昇がいる安心感はやっぱり別物だ。
「うん、李々華ちゃんの冷静さや聡明さを考えると、何も怪しまれずどうにかするのは不可能ね」
ひゅううううううん。あーーーーーれーーーーーーーっ。
……高い所から急に転落した気分になった。頼みの綱である昇が、不可能という単語を使ってしまった。
あまりの絶望にまたベッドへ向かおうとしたら、ミコトにズボンを引っ張られた。パンツごと。後ろからだったから大事なとこがキュッとした。
物理的にも気持ち的にも。何の話してんの俺。
「強引になr……」
「流美たん生きてるかー? 何度もループさせちゃってごめんね。大変だよな」
「大丈夫。今更」
「聞け」
「おぉおおんっ!?」
運悪く昇の言葉を遮ったせいで、運悪くおしりの一番アウトな部分に、運悪くローファーの先が直撃した。
大きな声が出たからか、流美たんが目を見開いている。ごめん流美たん。それはそうとボラ〇ノール買って来てくれない?
「これは、私達状況を知ってる人間がしっかり把握してないと、失敗するからね。特にシュンと矢吹さん、よく聞くこと」
「名指しですか」
「瀬川さんも谷田崖さんも、ちゃんと話聞くし理解するいい子達だから」
「我々は話聞かないし理解しない、と」
「何か言い返せる?」
「「いいえ」」
情けないハモリが聞こえたところで、昇の策を改めて確認。いや改めるも何も俺のせいでこれからなんだけど。
「ここはフルサワ先生の手を借りましょう」
「……え? うん。どんな風に?」
「強引ではあるけど、午後6時までに帰宅しなければならない状況を作るの。それには先生の協力が不可欠だわ」
「俺らで帰宅を促すのは……」
「「それは前回と同じ」」
今度は矢吹と昇のハモリ。呆れ気味の矢吹と、少し苛立った声色の昇。すみません素で言いました。
「でもさ昇ちゃん、フルサワ先生でもそんなこと出来ないんじゃ……? そこまでの権限はないでしょ……?」
「そうだよな! 校長でも教頭でも学年主任でもなく、保険医のフルサワに……」
「あんたは黙ってて」
「はい」
「別に学校全体を巻き込む必要ない」
ボソッと言った流美たんに注目が集まる。昇がにこっと柔らかい笑みを向けてなでなで。あら微笑ましい光景。
「その通りよ、谷田崖さん。よく出来ました」
「んぁ? んじゃあどうやって?」
「よく考えて? むしろどうやって、ここから呪いが解けるまでそれを続けるの? 校則を変えないと不可能よ?」
確かに。でも校則まで変えられたら、俺がバイト出来なくなる。矢吹に貢げなくなる。
あ、貢ぐなって何度も言われてるんだった。矢吹の方が何倍も金持ってるし。
「だから、個人的な事情を使って、ほんの数日間だけでも制限するの」
なるほど? でもそれって結局、俺がやったことと同じなんじゃ? 何であんたの言う通りにしなきゃ〜的な流れにならん?
「あのねぇ、李々華ちゃんはあんたと違って頭がいいの」
「何て酷いことを言うのよ。間違いないんだけど」
「だから、立場をちゃんと理解するわ。先生の指示なら、不満はあれど受け入れる筈よ」
「あ、そういうこと? よーやく理解した」
「まぁ、あんたには早かったかな」
「俺を何だと思ってんのよマイフレンド」
とにかく、どんな理由を作るのかは分からないけど、フルサワに李々華の行動を制限してもらうわけだな。
昇の言う通り、李々華は頭がいい。誰の言うことは聞くべきか、そういうのも理解するタイプだ。
だからフルサワみたいな恐ろしい先生の言うことならしっかり──
「おっはよー! 今日は部活お休みの日だなっ、花菱君! せっかく早く帰れる日だし、帰りお団子食べにでも行かない?」
「っぬぉおおおおおおおおおおおおっっっ!?」
扉に向かおうとしたら、勢いよく開いた。元気な元気な仮カノ・セフィが、満開の笑顔を咲かせる。
あの、すみませんセフィさん。心臓止まるかと思ったんでやめて下さい。何でここに俺がいるの分かったんですか。
「お? みんなお揃いだったんだね? みんなも一緒にどうっ?」
「ごめんなさいねセフィ。私達今日はちょっと忙しくて、残念だけどまた今度ね。シュンも含めて」
昇がやんわり断る。でも何で俺の名前は強調したのだろうか。
目を丸くしたセフィは、キョロキョロと全員の顔を見る。
「全員なの? みんなで何処か行くなら、セフィも一緒したいなぁ」
「ごめんね、大事な用があるの。申し訳ないけど……」
「梅原さん、私行く。後で教えて」
「……いいの? ありがとう谷田崖さん。今度2人で練習頑張りましょうね」
「それは全然ご褒美になってない」
流美たんが一人、セフィと共にお団子屋さんへと向かって行った。セフィのお守り助かる。昔からの知り合いだから、色々話すのかもな。
そして昇さん。貴女感謝の印に部の練習を出したみたいだけど、絶対スパルタじゃないっスか。
「それじゃあ、私はフルサワ先生のとこ行ってくるから。3人は……」
「あ。昇、昇。3日後流美たんの誕生日会やるから、空けといてくれ」
「……もう少し早く言って、って言いたいけど、こんな状況じゃ無理ね。分かった、この後プレゼントとか買いに行く」
「おう! 予定とかは大丈夫?」
「んー、午前中はちょっとだけバイトがあるかな。午後2時以降なら間に合うと思う」
「了解! 日程決まったら報告する!」
「何でまだ決まってないのよ」
フルサワの元へ向かう昇を見送りながら、ふと腰つきについて思考をフル回転させた。細い腰って、掴みながらアレコレしたくなるよね、とか。
そんな気持ちで矢吹を視姦していたら、気づかれたのか腕で胸を隠された。
残念だな矢吹、見てたのは腰つきだ。そしてその隠し方は逆にエロいから助かる。
「花菱君、目がやらしい」
「ハッハッハ、何を言うか矢吹。矢吹は掴みやすそうな腰してるよな、うへへ」
「ねぇ何その手っ。何その動き!」
「いやいや、へへへ。何でもないさ矢吹さぁこっちへおいで」
「やだっ!」
「俊ちゃん……気持ち悪い……」
2人に怯えられて我に返った。俺は今何を……? この、空気を揉みしだいて、上下に揺らしていたこの手は何だったんだ……?
心做しか腰も動いt────。
♠
「花菱君さ、もし梅原さんの考えでループを回避し続けられたら、みんなでプール行こうね」
矢吹とミコトと3人での帰り道、ソフトクリームを無邪気に食べるミコトを他所に、矢吹が声をかけて来た。
因みに俺は、2人でミコトを眺めていたから、夫婦みたいな感覚になっていたところです。
「プールってことは、前に言ってたやつだよな。俺が女子の水着を堪能するための……」
「じゃないけどね。もー、僕のはいいけど、みんなに見惚れたらダメだよ?」
「ぐはっ、可愛い。矢吹だけを永遠に見つめるから許して」
「うん、それなら」
可愛い。微笑みが凄く可愛い。多分俺が見つめるの胸元と脚ばかりだぞ矢吹。
あ、良過ぎるから顔もだな。おしりもかも。腰も見るしうなじも肩甲骨もお腹もナニモカも焼き付けるかも知れない。
ビキニにパーカー姿の矢吹を想像して、夜の合戦に突入したい気分になった。したことないくせに。
「ぷーる行くの?」
「ああ、そうかミコトには話してなかったか。俺達3人と、李々華と昇と流美たんとセフィとコタケヤスダの9人で、プール行く予定なんだ」
「え、デートじゃないの? 私達行っていいの?」
「僕がみんなと行きたいんだよ。瀬川さんも、水好きでしょ? いっぱい遊んでね」
「いいのー!? 楽しみ!!」
「ふふ」
ぱぁあっと目を輝かせるミコトを、矢吹がよしよしと撫でる。
最初はあんなに嫌悪感丸出しだった彼女が、こんなにも愛でるようになるとは。まぁ、人間というかペットとして見てる感じなんですけどね。
それか、妹か娘のように思っているのではないだろうか。
「どんなとこ行くのー?」
「隣町に大きな施設があって、そこは僕のお母さんが経営してるとこでもあるから、お願いしたらちょっと安くもなるかも」
嘘ん。あのウォーターパークって花歌さんが経営してたの? 昔普通に遊んでたわ。あざます。
「うぉーたーすらいだーとかあるとこ?」
「うん、そうだよ。他にも色々あるから、楽しんでね。でもなるべく僕達から離れちゃダメだよ」
「はーいっ! 私ね、うぉーたーすらいだーやってみたい! クラスの子から教えてもらったの!」
「じゃあ、一緒にやろっか。あ、今度水着も買いに行こうね」
「水着! 水着っ……。何か恥ずかしいね!」
「あはは、確かに。気になっちゃうと恥ずかしいね」
「うん! 俊ちゃんにやらしい目で見られちゃう!」
「急に俺を攻撃しないでいただける? ついさっき矢吹だけを見るって誓ったばかりなのに」
「「無理なの分かってる」」
信用ゼロじゃねーか。頑張るもん。昇さん流美たんのぷるんぷるんが揺れてても、可能な限り見ないようにするもんっ。
李々華とミコトの脚には惹き付けられちゃいそうだけど。勝てなそうだけど。
てか思ってたんだけど、ミコトって俺以外と話すと孫感増すよな。こんな美人でエロい声してるのに。