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「ねぇ、バカ兄。今日の矢吹さんとのデート、ついて行ってもいい?」
──最初と前回同様、時間が巻き戻されたことにより記憶を失った李々華が、そんなことを言って来る。
俺は……上手く表情が作れない。どんな顔を、したらいいっていうんだ。
「デート……な。悪いんだけど、急遽止めになったんだ。ついさっき。だから、すまん」
矢吹には何も相談していない。嘘をついて断った。
こんな状況で、デートなんかしていられない。俺はそこまで強い人間じゃない。
妹が二度も死んだってのに、そんな呑気なことしていられるかよ。
……矢吹なら、分かってくれると信じてる。
「そうなんだ? でも初めてじゃない? バカ兄が矢吹さんと一回も会わない日なんて」
あ……。
李々華に言われなきゃ忘れてた。俺と矢吹の呪いだって、あるんだった。会わないなら、死んでループすることになる。
もう何回も今日を繰り返したくない。
「えっと、矢吹とはこの後会うよ」
「……は? でもデートはなくなったんでしょ?」
「デートってわけじゃない。会うだけだ。会うだけ……」
「会えるんならデートしたらいいのに。よく分かんないカップルだね。まぁ分かったけど」
諦めてくれたらしい李々華は、自室に戻って行った。俺も直ぐに部屋に戻り、スマホのチャットを開く。
俺と矢吹と昇と流美たんとミコトのグループチャットに、通知が来てる。そりゃあ、そうだよな。
『俊翔、矢吹さん死んだ……?』
流美たんが、恐らく確認であろう問いかけをしていた。それに矢吹とミコトが、何故か李々華が死に、ループしていることを説明している。
唯一ループに入っていなく、李々華同様リセットされてしまっている昇は、
『今回私は、役に立てなそうね。どうせ記憶が消えてしまうなら、関わっても仕方がないし……』
……と、申し訳なさそうにする。でも確かに、最も頭が切れる昇の手が借りられないとなると、正直厳しい。
けど、アレか? 昇はどの道、呪いに関しては一番疎い筈だ。だったらアテにされる方が嫌だよな。気にしなくていいって送っておこう。
それと、矢吹には個チャでデートはなしの方向でって、お願いしておく。
『一度、皆で集まるべきだと思う』という流美たんの案に従い、急いで準備をする。
目的地は流美たんの家。俺と昇、そして矢吹の中間辺りに家があるから。
期せずしてお邪魔することになったな。何処か分からないから駅で待ち合わせなんだけど、今から緊張してる。
「ミコト! 準備出来たら行くぞ!」
「待って俊ちゃん、もう終わるから!」
李々華の部屋から慌てて出て来たミコトの口に、食パンを突っ込む。餌付けした気分のまま階段を降りて行ったら、リュックを背負った李々華と遭遇した。
……ちょっと待ってくれよ。死んだ記憶がないからおかしくはないんだけど、この状況で何で外出しようとしてるんだよ。
「李々華、何処行くんだ……?」
「え、暇だから友達と遊ぼうかなって」
「そ、そうか。気をつけて行けよ、マジで」
「……? 分かってるけど」
引き止められれば一番だったんだろうけど、特に理由も思い浮かばないし、見送るしかない。別に外出しなくても、ああならないって保証はないんだし。
「いつも以上に変なバカ兄。じゃあ、行って来るね」
「『いつもいじょー』はよけーだ。いてらー」
なるべく、普段通りのノリで見送ってあげたかった。けど、やっぱり、そんな気楽にはいられない。
……要するに普段の俺は気楽ってことか。自覚ないけどなぁ。
取り敢えず、李々華の死がループする原因を突き止めるべく、四人で集結するのだ。
集結って言うと、何かカッコよくない? あ、俺本当に気楽に生きてるみたいだな。
因みに昇には断られた。役に立てないって。そんなことないと思うんだけど。
「──僕と花菱君のデートの最中に、何らかの呪いがかけられたんじゃないかな」
流美たんの、モコモコふわふわな女の子女の子してる部屋で、矢吹が言う。いつになく真剣な顔つきの彼女に、じんわり涙が溢れそうになった。
李々華のために、ありがとうな矢吹。仲もよくなってくれて、あたし感激っ。正直、心折れそうだったし。
「矢吹さん達、何処かの神社にでも寄ったの……?」
「ううん、そうじゃないんだ。前日は何もなかったのに、今日突然死のループが始まったから、その可能性が高いかなって」
「確かに」
矢吹と流美たんが、揃って頷く。こんな神妙な雰囲気の中でも、ラフスタイルな流美たんの、短いパンツから伸びるあの美味しそうな生脚に釘付けな俺は、もう手遅れ。
マジで、この部屋の見た目もあってかやたら興奮する。周り全部女の子だし。いつものことだけど。
「俊翔、妹のピンチでも相変わらず」
油断していたところを流美たんに指摘されて、咄嗟に股間を隠した。今のは無意識。特に何も問題はなかったのに、この行動のせいで注目を浴びてしまった。主に手の方に。
いやん見ないでエッチ。女の子がそんなとこ見つめるの、俺興奮しちゃう。
「花菱君は、李々華ちゃんはどうしてあんな風になってると思う?」
矢吹が、一瞬前の出来事を最早完璧なスルーで、訊いて来た。それは有り難い。流石彼女。
ただ諦めてるだけかも知れないけど。
「俺は、自分にかけられた呪いの内の一つが、李々華に影響してしまったんじゃないかと」
「でも、だとしたら一緒にいた僕だったり、同じ家で暮らしてる瀬川さんに何もないのは何で?」
「そう言われると……お手上げです」
「俊ちゃん、早過ぎるよ……」
ミコトと矢吹の冷たい視線から、目を閉じて逃避する。分からないんだもん、仕方ないじゃないか。
そんな、「仕方ない」で片付けたい事態ではないけどさ。頭、悪くてさ。
「ねぇ俊翔、俊翔にはいくつも呪いがかけられてるの……?」
流美たんに指摘されて、直ぐ我に返った。
「流美たんには伝えてなかったっけ? 俺はミコトから聞いたんだけど、複数の呪いがかけられてるらしいんだ。しかも、大体は不明な呪いで、分かってるのは『呪いを呼び寄せる呪い』だけ」
「呪いを、呼び寄せる……?」
「そ。呪いの時点でそうなんだけど、マジでノーサンキューだよな。だから俺は、今回のはその呪いで呼び寄せたもんだと考えている」
「今、考えてた風にしたでしょ」
「はい、その通りでごさんす。申し訳ない」
矢吹に脹脛を抓られたから、流れるように、反射的に謝った。ゴリラヒロイン的なのではないけど、矢吹は中々痛いことをして来る。
その十割は、俺が悪いのだが。
このままだと本気でふざけてる奴だと思われるから、もっと真剣にならないと。
「……でも考えてみれば確かに、前日も外出はしてたんだよなぁ。だったら、俺達のデートが原因って可能性もあるもんな」
「でしょ? だから大前提、僕達のデートに呪われた原因があるって考えて、ここからは何が発動条件なのか推理していこう」
「そうだな、流美たんに丸投げする感じになりそうだけど」
「「何で」」
「え、だって俺と矢吹とミコトで、何か出るとは……」
「俊翔は矢吹さんも守らなきゃ行けないんだから、これからのために頑張るべき」
「……だな。危ない危ない、自分の脳が足りてないからって、諦めるとこだった」
ふーっ、と髪を掻きあげて焦りをアピール。直後矢吹から、殺意の籠った「そんなこと許さないからね」というお言葉をいただいた。
きっと、李々華のために言ってくれたんだろう。それにしても怖かった。
……流美たん、まさにその通りだよな。
俺には呪いを呼び寄せる呪いがかけられてるんだ。これから、どんな難解な呪いが引き寄せられるか分からない。どの道、投げ出すことは許されないんだ。
でも、そもそも李々華を救うことは諦めていない。発動条件が何か考えるのを、他人任せにしようとしただけだ。何それ最低。
「まず、これは二人にしか分からないことだから、俊ちゃんと矢吹さんお願いね」
皆が黙り込んだタイミングで、ミコトがいつになく真面目な目で切り出す。しかし声がエロいため、ちょっとドキッとしてしまった。
最近は俺の部屋に侵入して来ることは減ったけど、ミコトの寝息は正直ヤバい。一緒にいたら九割型悶々とする。
……俺、欲求不満なのかな。集中しろよ。
「りりちゃんが亡くなった時、どんな状況だったか分かる?」
「状況……二回とも、場所は違うし時間も違うんだよな」
「神様がかける呪いは、時間についてはテキトーだったりするの。たとえば、矢吹さんにかかってる『夜までに一番好きな人と会えなければ死ぬ呪い』の夜っていうのは、実は八時までなんだよ」
「「へー」」
俺と矢吹が、中身が空っぽそうな相槌を打つ。それ、時間決まってたんだな。
今では夜までにっていうの分かってるけど、当初は「一日に一回会えなきゃ死ぬ」って聞いてたからな。もうちょい情報欲しかったよな。
「私の場合は、陽に当たってはいけない合計の時間も、曖昧だったりする」
俺と矢吹は決まっていたらしいけど、流美たんのは本当に分かり難い呪いだ。『長時間陽に当たると死ぬ』って、大雑把過ぎるだろ。
「そうだ。ミコトは流美たんの呪いの合計時間分かんねーの? 一応まだ神様だった時に、見てただろ?」
「うーんと、それがさっき言った『時間はテキトー』っていう代表みたいなものなんだよね。流美ちゃんの呪いは、時によってバラバラというか……多分だけど、光量で変動するんだと思うんだ」
「光量って……どうすりゃいいんだそんなの」
「だから、なるべく陽に当たらないことが最適解になっちゃうんだよね」
ミコトの言葉に、流美たんがしゅんと俯く。それを見たミコトがあわあわと謝り続けるのを、矢吹が優しく頭を撫でて落ち着かせる。
ふむ、この流れなら俺が矢吹に抱きついても……集中集中。
「まぁとにかく、時間については考えても分からないってことだな」
「違うよ」
ミコトに即スパッと切られ、思わず変顔をした。違うんかい。
「時間が発動条件とは限らないから、まずは他の情報から整理していくべきかなって」
「ほーん……?」
最終的には時間も考えてみるってことか? それ以外の条件になりそうなものが浮かばなきゃ、時間って確定するってことか? 僕ちん分からんちん。
「えっとじゃあ……流美ちゃんさえよければ、今日一日考えてみる?」
「私は大丈夫」
「私も! 賛成!」
「……よし。皆ありがとう、一緒に李々華を救ってくれ!」
♠
李々華にかけられた呪いは、意外と単純なものだったりしないだろうか。疲労が原因と見たのは、矢吹。
二回あったが時間がズレていたことから、自分の呪いと似た、その時々によって変化するのではないか。歩数と予想したのは流美たん。
他にも、直接神様が手を出している可能性もあるとした、ミコト。
皆の話を聞き続けた、俺。
八時間ほど、ぶっ通しではないけれど話し合った。
「今、六時半だね。ループしてた時間は過ぎてるから、切り抜けられたってことなんじゃないかな」
流美たん家を出て、矢吹を駅に送っていた。勿論ミコトも一緒。
スマホの画面をホッとした面持ちで見る矢吹は、現在電車待ち。
「そうだと、いいけどな。丁度このくらいの時間が、一回目に李々華が死んだ頃だし」
「七時を迎えられればクリア……かな。もうここまで来ると、僕か花菱君と一定時間一緒にいたことで発動するとか、そんななんじゃないかって思えて来るよね」
「何それ悲し過ぎる。俺同じ家に住んでんのに」
矢吹と二人で、あははと平和に笑い合う。時間が過ぎようとしていて、ホッとして、安心し切ったんだ。
──その空気を断ち切るように、
「……あっ」
ミコトが声を漏らした。俺も、口元が半笑いのまま振り向く。
その視線の先に、今の今だと会いたくなかった人が、立っていた。
「え、バカ兄。矢吹さん見送るとこ?」
李々華と遭遇してしまった。
でも、生きている。色々話したばかりなせいで気まずいんだけど、生きている。
妹が、苦しまずに一日を終えようとしている。それだけで、こんなに嬉しいんだな。凄い、涙がドバドバ出て来ちゃいそう。
「李々華、よかった……」
「よかったね花菱君」
矢吹が微笑みかけてくれて、ブレーキが壊れた。衝動のままに李々華を抱き締めようとして────足を止める。
「……なぁ、俺何か悪いことしたのかなぁ」
震える唇で、誰にというわけでもなく訴えかける。背後からは、か細い悲鳴が聞こえた。
「悪くない……俊ちゃんは、何も悪くないよ……っ!」
泣きそうな声で答えてくれたミコトと、何も言わず目を見開く矢吹。
虚しく立ち尽くす俺の前には、
たった今倒れた、李々華の姿があった。