4─3
三人で遊びたいという李々華の要望に沿い、ゲームセンターのシューティングゲームセンターでかれこれ五分。隣でプレイする李々華の横顔をじっと見つめて、最早ゲームそっちのけだった。
また一回分のゲームが終了。李々華が、ゴミの山でも見たかのような目を向けて来る。
「……やりづらい」
「気にすんな気にすんな。な〜んにも気にせずにじゃんっじゃん楽しんでくれ」
「いや、バカ兄全然やってないし。三人でプレイしてるのに、バカ兄が何もしないから難しいんだけど」
「気にすんな気にすんな。どーせ俺がいても何も変わらないから」
「……はぁ」
李々華が溜め息を吐いて、ゲームの銃を置く。何も言わずに奥の方へ歩いて行ってしまった。
それを口を開けたまま見ていたら、急に強く腕を引かれて痛い。
「や、矢吹さん!? 連行する時は声をかけてくれると有り難い!」
「李々華ちゃんが何が原因で死ぬのか分かってないのに、迂闊なことしないの! もしかしたらマイナスな感情が鍵かも知れないでしょ!」
「え、俺また何かやっちゃいました?」
「花菱君、怒るよ」
「ごめんなさい。ふざけ過ぎました」
矢吹も漫画読む分ネタが分かるのかも知れないな。凄く冷たい目を向けられた。
李々華を追ってみたら、カエルのぬいぐるみが並べられたUFOキャッチャーをプレイしていて、ちょっと引いた。俺の周りの女子って、何か変わった趣味をお持ちよね。
カエル女子に鼠女子か。
「バカ兄、私別にカエルが好きなわけじゃないんだけど」
「え、そうなん? ソレ取ろうとしてるからてっきり」
「他に取れそうな物なかったから。あとコレぬいぐるみだし。本物は大っ嫌いだから」
「あ、なーるなる。俺もカエルはマジえんがちょ」
「バカ兄は哺乳類以外無理でしょ」
「イエス。哺乳類だとしても、基本的にはペット系だけがダイジョーブ」
犬や猫、インコだったりは平気。というか、一回も言ったことないけどうちには「マイナ」って猫がいたりする。引きこもりタイプの猫ちゃんで、両親の部屋から出ることが殆どない。
「花菱君、生き物苦手なんだ……?」
へぇ〜、と矢吹が何度も頷く。意外だったかね? 特に爬虫類はゾワゾワしちゃって無理だぁよ。
爬虫類に関しては見た目で血の気が引くんだけど、無視だったりその他動物だったりは、普通に怖かったり。まぁ、ヘタレなだけっスわ。
「……ん、アーム弱くて無理かも。お金勿体ないし終わり」
二回プレイしただけの李々華が、溜め息を吐いて台から離れた。おやおや、諦めの早いコですな。アームが弱いんなら仕方ないけど。
てか、李々華が飽きやすいとか諦めが早いとか、そういうタイプじゃないのは知ってる。頭がいいから、続けるべきかどうかをちゃんと判断出来てるってだけだ。
それも分からず頑張るのは、俺と廉翔の方。ダメなお兄ちゃん達だこと。
「矢吹さんとバカ兄は何もしないの? 私もうUFOキャッチャーやめたんだけど、見てるだけでいいの?」
「おっと、そうだったそうだった。李々華が諦めるくらいだからUFOキャッチャーはなしで、何かないかな」
「キックマシーンとかあるよ?」
「矢吹? 何故それをチョイス?」
「ストレス発散にでも……」
「いやいやいや」
別にゲームで発散したいと思うほど溜まってないのよ。矢吹さんあーた、一緒に遊ぶんだってこと忘れてませんこと?
矢吹だからきっと、頭に入ってもなかったんだろうなぁ。……別に変な意味ではないですわよ?
うーんうーん唸る俺と矢吹を見て、李々華が呆れた顔になる。もうちょっとで何か絞り出せそうだった気もするんだけど、強引な妹様に腕を引っぱられてゲームセンターから出た。
え? あれ? 何か他にやるんじゃ?
「だってあのまま考えても浮かばなそうだし。時間も勿体ないでしょ?」
「李々華たん勿体ない精神の持ち主?」
「無駄が嫌いなだけ。行こ、矢吹さん」
「う、うん」
「俺を置いてくのは無しでしょーよ」
わたくし彼氏でごさんすよ李々華さん。あと、あまり早く歩かないでくれ。何があるか、分からないんだから。
♠
──昼時になってファストフード店に来た我々三名。注文した品を受け取った後、一人はスマホをいじいじ。一人はパクパクニコニコ。そして一人はハンバーガーを咥えたまま妹をガン見。
気づいたらしく、汚い物を見たような目を向けられた。
「いや普通にキモい。何? 犬かなんかなの?」
「何故に犬なのよ?」
「フリスビーとか咥えたままじゃん」
「飲み込んだら死ぬでしょうよ」
「飲み込めるわけないでしょ? それより何だって訊いたんだけど」
ギロりと睨みつけられて萎縮する。ついでにハンバーガーをテーブルに落とした。
何だと言われましても、監視してただけなんだよな。それそのまま答えるわけには行かないだろうし、さてどうしましょうかね。
何とか、誤魔化してみるしかないな。
「やっぱ、俺の妹マジ美人だなってさっ」
「キッモ……」
イケてる気がする男をイメージして褒めてみたら、ボソッと言われた。アレは完璧に本気で引いてますはい。
「……っていうのはもちろん冗談でー」
「は? キモ」
「何で!? 李々華がキモいっていうからじゃん!? 本当のこと言ってキモがられたら冗談って誤魔化すしかなくね!?」
「……マジキモい」
「だから何でよ!?」
キモいキモい攻撃に撃沈した花菱俊翔隊員、重症です。でも結果的に誤魔化せたみたいなんでよしとします! 帰還しました!
それにしても、うちの妹のワンパターンな毒舌はキツいよね。口癖なのかも知れんけど、悪口はいかんよ悪口は。怖いから。
矢吹は矢吹で、何かニコニコしてるし。あ、ポテトが美味しいってことだよな矢吹だし。
「ほんじゃ、この後何処行くか話し合いますか。矢吹、李々華、何かない?」
気を取り直してデート続行。いや、中断していたわけではないけども。李々華と口論してたんでね、ね。そういうことよ。
「……バカ兄もちゃんと考えてよね? ていうか、今のとこ私の要望に答えてもらってる感じなんだけど、これデートだよね? 二人とも先に考えてなかったの?」
「「……」」
李々華に指摘されて、矢吹と同時に見合う。見つめ合う。そしてどちらからともなく、ふっと笑みを零した。
「俺達いつも、タイミングで生きてるんで」
「水族館だったり遊園地だったり、決まった目的がある時はもうビッシリなんだけどね。今日はたまたまいつもよりやることないかも知れないね」
「……何も考えてないんだ」
ズバッと言われて、俺も矢吹もお口チャック。もうこれ以上は黙秘権を使わせていただこう。
だって考えてもみてくれよ。いや李々華には考えてもらっちゃ困るんだけど、デートはもう前回したのよ。プラン通りに終わったのよ。
もう一回同じ日を繰り返してるとしても実際二日目だもん、同じデートはダメでしょうよ。新しく考える暇もなかったんだし。
「ということで、この乏しいおつむを持つカップルのために、経験豊富そうな李々華様のオススメデートを教えて下さりませ」
「……経験豊富って何」
へりくだる感じで頭下げてみたら、絶対零度の視線がつむじを貫いて来た。顔を上げてみたら、今日一オコな目をした李々華様。
待ってくれ……俺、マジで何かやっちゃいました!? こ、これはマズい。早く鎮めないと!
──正面の矢吹の、ジト目が恐ろしいから。
「ほ、ほら李々華ってその顔だしその脚だし絶対モテるだろ? もうそりゃ引く手あたまみたいな……」
「花菱君、あまただよ」
「そうそう引く手あまた! だから彼氏とかいるだろうし、デートも結構してんじゃね? って思って!」
「キモい死ね。黙って死ね」
「……」
勢いで喋ってたけど、冷静に考えて一つ思い出したことがある。李々華って、殆ど外出しないような。
……だとしたら俺、物凄くデリカシーのないこと言った感じだよな。そりゃあ、ブチ切れるよなぁ。やっちまった。
「花菱君、本当にバカだよね。李々華ちゃんごめんね、僕の彼氏が妹に優しく出来ないおバカさんで」
李々華の頭を撫でる矢吹に、抗議しようと思った。だって今俺、李々華を立てるつもりで言ったんだもん。別に、何一つ嫌なことは言ってない筈だ。
単純に、運悪くデリカシー全くない男になったってだけなんだ。
──だけど、その抗議にはブレーキをかけることにした。
李々華が何故か、優しくしてくれている矢吹に、一瞬悔しそうな表情を向けたから。
「……いいですよ、矢吹さん。バカ兄が大バカなことは昔から分かってますから。それより、デートの続きしましょう?」
「そうだね、そうしよ。李々華ちゃんと一緒に楽しめるようなとこ……他に何処があるかな?」
「夏ですし、何処か涼める場所でもいいですよね」
「だねー」
彼女と妹が、ついさっきまでの空気がなかったかのように、わやわや賑やかになる。涼める場所と聞いてプールだったり海だったり、水系のスポットしか浮かばない俺はスケベ。
何故なら、水着姿の二人を想像し、シャワールームでギュッと親密になる妄想を膨らませたから。そもそも男女別だってのにな。
「他に思いつくのは、あそこしかないもんな……」
どの道水辺なんだが、かつてミコトが宿っていたあの小川。凄い涼しいんだが、やっぱりあそこは内緒の場所でありたい。俺と昇、矢吹だけの。
「じゃあ、あそこにしましょう。二人とも水族館行ったばかりであんまり気が進まないかも知れないけど、結構近くにお勧めのアクアリウムがあるんです」
「「アクアリウム……?」」
「えっ?」
俺と矢吹でハモったら、李々華が凄いドン引いた顔になった。いや、アクアリウムって、何だっけ?
「二人とも、アクアリウム分からないの……?」
「おう、全く分からん。アクアってくらいだから、水のナンタラなんだろ?」
「えっと、僕は一応……水族館みたいなものって認識が」
「あー、なるほど。まぁ雑に言えば矢吹さんの言う通りかも。水生生物を飼育してたり、するとこ……って言えば分かる?」
「ああ、なるほど。水族館みたいなもんか」
「「だからそう言ったじゃん」」
今度は俺以外の二人がハモって気圧された。理解が遅くてすみません。
♠
──あー、寒い。今日の気温はそこまで高くなかったけど、一応夏なんだよな。だけど、夜はやっぱり冷え込む。
アクアリウムに触れ合う場所があって、ビビりつつも亀を触ってみたら大暴れされて服が濡れた。ただでさえ少し寒いのに、これは酷いよ。
帰りに矢吹が服買ってくれて、着替えはしたんだけどさ。
「それにしても、矢吹さん。バカ兄のビビりっぷりは笑えましたね。凄くマヌケで」
「李々華? いきなり水をバシャバシャされたら誰だってビックリするでしょーよ」
「花菱君以外の人は、皆普通だったよ? 僕もちょっとだけ驚いただけだし」
「バカ兄だけ、大慌てでしたもんね」
「ねー」
「君ら今日仲良いね」
李々華が俺を小馬鹿にするのに、矢吹が乗っかっている。楽しそうでなによりなんだけど、わたくしのガラスのハートをこれ以上傷つけないで。
元からメンタルは強くないから。多分。
「あ、そうだ。今何時だ?」
もう結構暗いから、スマホで時間を確認しておく。えーっと、この後矢吹を送って行くからあまり遅いと明日が辛い……六時か。
「そんじゃあ矢吹、明日もあるしここらで終わりにしますか。もう六時回ってるし」
「あ、もうそんな時間? 僕達だけならまだ少し平気だけど、李々華ちゃんいるからお開きにしないとね」
「そうなのよ、そういうことなのよ。二人きりならこのまま矢吹と朝までってのも考えてたけど、李々華いるからそうも行かんのよ」
「うん、本当。何事もなくてよかった」
俺のセクハラに、特に何もツッコミがなかった。矢吹からも李々華からも。
だから一瞬、「ええのんか?」ってヨダレ垂らしそうになったけど、それよりも李々華のことが気にかかった。
今の発言、絶対に「キモい」が飛んで来ると思ったんだけどな……。
「李々華? 何で立ち止まってんだ? 矢吹送って行かなきゃなんだから、早くしないと」
「──っあ」
「────え?」
何故か足を止めていた李々華が、突如喉元を押さえた。その瞬間、暫く頭から抜けていた前回の帰り際が、フラッシュバックする。
「李々華! 李々華どうした!? 何が起こってんだ!?」
咄嗟に李々華の身体を支える。もがくように苦しむ妹の姿を、可能な限り隅々まで見る。……いやセクハラではないからな。
「花菱君これ……っ!?」
「まただ……! また……っ!!」
李々華の身体から力が抜ける。最後に見たのは、とても直視出来ない妹の姿だった──。
「……」
また、見慣れた天井と対面する。数秒前のことが嘘かのように、静まり返っている、この空間。
そりゃそうだ。今は夜じゃない。アクアリウムで濡れた後でもない。
──そんなこと、まだ起こっていないんだから。
何とも言えない感情が溢れて、八つ当たりするようにシーツを握り締めた。
「何でだよ……何で……! どうしたらいいんだよ……っ!!」
──二回目のループが、始まりを告げた。




