3─17
パクっ。あーもういいや。
購入したお好み焼きの蓋を閉める。俺の少食ではもう食べることは叶わない、許せよ。
「ちょっとシュン、二口しか食べなかったでしょ今。勿体ないから頂戴」
「あ、サンキュー昇。お好み焼きが救われた。それともそんなに食べたかったのか?」
「ちーがーう。勿体ないって言ったでしょ今」
「さーせん」
俺からプラスチックごと受け取った昇は、そのまま矢吹にパスした。お前が食べるんじゃないんか~い。
しかし矢吹も矢吹で一切合切不思議に思ってなさそうな、穏やかな顔でせっせと口に運ぶ。もう何でもいいや。
「バカ兄、私も一緒に回るけど文句ない?」
「え、矢吹達に訊いた?」
「いいってさ」
目を向けると、矢吹達は揃って頷く。何だ、結局今年も李々華同伴なのか。
「でも、一緒に回るったって後は多分花火見るくらいしかないぞ? どうせ踊ったりしないだろ?」
「別にいいけど。私一応、目的の屋台は巡って来たし」
「そうなん?」
んじゃあそのまま帰りゃいいのに。何でわざわざやることもないのに時間を延ばすんだろう。若いコが考えることは分からないな。
俺はと言うと、流美たんの体調と神様の呪いが不安過ぎてもうそろそろ帰りたい。
「アレ? もしかして李々華、愛しのお兄ちゃんと一緒にいたいのかな? そういやいつも自分から祭り行こうって言い出すもんな。普段から俺をバカとかキモいとか言うのって、照れ隠しだったり……」
「超キモい死ねバカ兄」
「……」
温度ゼロの瞳に心臓を貫かれた気分になった。このコ、兄貴に何て目を向けるのかしら。今に始まったことじゃないけども。
軽々しく死ねとか言ってはいけません。
何か聞き慣れた音がして、振り返ったらセフィがリフティングしてた。アレま、サッカーボール持ってたの?
「さっき用事から戻って来た時、丁度お店の前通ったから買って来たんだ~。でもコレ、練習にはあまり使えなそうなボールだね」
「まぁ、祭りの店で売ってるもん宛にしてもな。ちゃんとスポーツ用品店とかで買う方がいいぞ」
「そうする。コレは皆で遊ぶ時にでも使おっかな」
「矢吹と李々華はやらないと思う」
矢吹は身体を動かすのが面倒臭いという理由で、体育確定サボりマンだし。李々華は汚れるのとか無駄に身体を動かすのとか嫌いだし。
何より、脚を気にすることが多いんだよな。俺としても李々華の美脚が汚れるのはゴメンだけど。
「じゃあ梅原さんと流美ちゃん、瀬川さんはやる?」
「ん、ゴメン何だっけ?」
「このボールでサッカー」
「あ、うーん……」
意外にも、昇が口籠る。暫く目を泳がせてから、遠慮がちに笑った。
「私は、いいかな。やるとしても涼しくなってからじゃないと」
「あ……そうだね。今日みたいに暑い日が続くなら、止めておいた方がいいね」
「うん、ごめん。谷田崖さんと瀬川さんも同じでしょ?」
昇のパスに、一瞬戸惑ってはいたが二人共頷く。昇が気温を気にするのは間違いなく流美たんの為だ。
でも普段は俺達のことビシバシ鍛えてますよねマネージャー。
それとセフィ、暑過ぎるのは今日だけだ。流美たんと離れた時に感じたんだけど、明らかに温度に差があった。
この激暑な気温は流美たんにかけられた呪い。つまり、流美たんの周辺だけが異常に暑いだけなんだと思う。
つまり、流美たんの近くにいなければ、こんな暑くない。
これからは夏休みだし、プライベートで会わない限り関係がなくなる。
俺は流美たんも手助けするつもりだから当然、たまに会うつもりだ。お陰でカレンダーの予定がびっしりギッチギチ。スタミナ保つかな。
「あ、明日バイトだなぁ。うわぁやりたくねー。今日めっちゃ疲れた」
「あんたバイトしてたんだ? 毎日普通に部活出てるしそのまま帰ってるから辞めたのかと思ってた」
「それなんだよ。完璧な休みは日曜しかないから基本そこに入れてもらってるんだけど、矢吹とデートもしたいじゃん? だからもうさ、結構休んじゃってるんだわ」
「それ大丈夫なの?」
「夏休みと冬休み、全部入るなら許すってさ。流石に週一休みはあるけど」
「うわぁ……」
昇がマジでドン引いた顔になる。その反応だと俺に嫌悪感あるみたいだからやめてくれ。
で、夏休みになるからバイト再開……ってことはですね。
「セフィ、もしかすっともうちょいで金返せる!」
「へっ!? あ、う、うん? 気にしなくていいのに」
「遅くなってすまぬ!」
「花菱君は話を聞こうか!」
合掌したら脳天に手刀が降った。然程力は入ってなかったけど、じんわりと痛みがある。
──いつの間にやら闇夜ものに変わっていた空に、小さな光を見た気がした。
「おぉっ! 始まったもう六時か。俺ら行動力ないんだろうなぁ」
花火の打ち上げが始まった。赤、緑、黄、青──様々な色と形をした花火が夜空に咲く。とても綺麗で、心を洗われるようだ。
「行動早過ぎても暇な時間が出来るだけでしょ。別に全部の屋台回る訳じゃないんだし」
「そりゃそーか」
「すっごーい! アレが、花火……」
ミコトが感動を全身から溢れ出させている。ミコトが神様として宿っていたあの小川は木々に囲まれているから、初めて観るんだろうな。
「セフィも、久し振りに見たなぁ。花火って年々凄くなってるよね、六年生の頃はあんなの見なかったもん!」
セフィが指差したのは、今しがた消えた『たいへんよくできました』のアレを象った花火だ。俺も初めて見たわあんなの。
その他諸々。例えば、何かのアニメのキャラクターだったり、薔薇だったり、何かよく分かんねーカラフルで爆発してるみたいなのだったり。そんな花火が絶え間なく柊町を照らす。
俺達も……花火を観てる人達は言葉さえ失い、ただその絶景を見つめ立ち尽くす。
俺が言葉を失ったのは、世にも不思議な空飛ぶ円盤を発見してしまったからなんだけど。
♠️
「あ、終電逃しちゃった。どうしよ」
祭りが終わって、矢吹を見送るために駅へ。このメンバーで唯一、矢吹だけが住んでいる町が別。
にしても電車なくなったのか。ならば!
「矢吹、うちに来るか? 今はミコトもいるし飯食べる時椅子足りないけど、廉翔を床に転がしておけばいいし」
「もうご飯は食べたでしょ!」
昇に耳をつねられた。めちゃくちゃ痛いなそれ! 千切れてない!? 大丈夫俺の耳聞こえますかー! 聞こえてまーす。
「うーん、大丈夫かな。タクシー呼んで帰るよ。頼めればあの人に送ってもらう」
「あの人って、花歌さんだよな?」
「うん、そう。だから皆またね、明日学校で」
「おうまたな矢吹! 帰ったら電話する!」
「嬉しいよありがとう。またね」
矢吹と別れて、反対側の出入口から出たら流美たんが立ち止まる。なになに? どした?
「私、こっちだから。また明日」
「あ、そうなんだ? どうりで休日とか会わない訳だよな、遠いもん。またな流美たん!」
「おやすみ、流美ちゃん!」
「おやすみなさい」
控えめに手を振る流美たんと、激しく手を振る俺とセフィ。流美たんは逃げるように帰って行った。
振り返ったら昇とミコト、李々華はかなり遠くにいて、
「おおい置いてくなよ! 俺ら皆近所じゃん! その内三人は同じ家じゃん!」
「恥ずかしいから」
「「ごめんなさい」」
はしゃぎ過ぎた俺とセフィが頭を下げる。呆れた様子の昇達は、普通に足を留めて待ってくれる。
あー、何で一番最初にお別れすんのが彼女なんだか。
駅から三十分。俺とミコトと李々華、昇とセフィで別れる。ようやく家だ。マジで疲れたよ今日は。
「ただいまマミー。もう風呂入って寝たいんだけど沸いてる?」
「お帰り俊翔、李々華。ミコトちゃんも。お風呂は今廉翔が入ってる~」
「んだとチクショー。どうせ彼女と花火見に行っただけのくせに」
「それバカ兄も似たようなものでしょ」
李々華が溜め息を吐いて二階に上がって行く。残念ながら全然同じ労力ではないんだな。俺とミコト今日高い場所から落ちてるし。そもそも彼女だけじゃないし。
進んで母上の手伝いをするミコトの姿を見て、何かモヤッとする感覚。何か、を、忘れているような……?
──ああ、アレか。もうかなり忘れてたな。
「ミコト」
「ん? なーに俊ちゃん」
「ちょっと待ってて」
「え!?」
「何かあるなら準備してから話しかけなさいよー」
アホを見る目の二人を置いて、自分の部屋に入る。つい最近使ったバッグを棚から降ろして、中から戦利品を取り出して一階へ戻る。
「コレ、やるよ。ゲーセンで挑戦したら一発で取れたんだ」
ミコトに投げ渡したら、上手くキャッチしてくれた。キョトンとしてそれを見つめたミコトは、遠慮がちな上目遣いで俺を見た。
その手に握られているのは、縫いぐるみだ。可愛くもない魚の縫いぐるみ。
「私に……?」
「そうだよ。本当は同じケースに入ってた猫取ろうと思ったんだけど、うんともすんともいわなくて。まだ取りやすい位置にあったそれにしたんだ。一発で取れたからやる」
本当は五百円程度だけ消費したのだが、内緒にしておこう。責任感の塊みたいな奴だから、倍返しとか言いかねないし。
まだ縫いぐるみを見つめているもんだから、何だか恥ずかしくなった。
「うちに来た記念にだ記念に! ちょっと遅いけど。とにかくそれ以外に特別な感情はないので以上!」
「えへへ、ありがとう俊ちゃん。大好き。ずっと大好き。絶対に大事にするっ」
ミコトは、一生涯の宝物だとでも言うように、愛しそうに縫いぐるみを抱き締める。目尻に涙まで浮かべてる、その姿にハッキリと魅了されたのを自覚した。
わ、分かってんのかこいつ。たった一発で取れた縫いぐるみを、テキトーに記念であげただけだっての! そんな嬉しいかよ。
愛らしい反応を見せたミコトの隣には、山姥よろしく卑しくて正直気味悪い笑みを浮かべる母上。
「いいのぉ~? 俊翔。これって浮気ってことにならな~い? それとも矢吹さんは私にくれるのかしらぁ?」
「何言ってんのあんた!? 浮気じゃねーしあげねーわ! お主には父上がおろう!」
「女の子じゃないじゃない」
「何言ってんのあんた!?」
じゃあ、父上をTSさせればいいのか? 別に俺は気にしないけど、何か可愛い気がしない。あんな堅物だし。
つーか今日もあの人おらんのかいな。
周囲に花とハートを撒き散らすミコトを見ていれなくて、自室に逃げ込んだ。
♠️
はい、おっはよーございます! 本日夏休み前最後の登校日となっております! 緊張致しますね。
そしてご覧下さい! ────この大雨。
「何でさ、矢吹を家の招いたり大事な予定がある時は土砂降りなわけ? 夏だから神様の仕業かどうかも分かんないし俺雨男なのかな」
「あ。じゃあさ、流美ちゃんと一緒に暮らしたらいいのかも。流美ちゃんいたら殆ど快晴だから、上手く調整して……」
「んなゲームのステータス微調整みたいに言うなよ。どっちにしろ神様の強さにも上下あるんだし、それに毎回炎天下にすることはしないだろ」
「それもそっか」
朝飯をテキトーに食べて、李々華のおトイレ待ち。今日は部活がないから、久々の兄妹登校だ。プラスミコト。
こんな大雨じゃなければ楽しいんだろうな、多分。自信ないや李々華たん口悪いし。
「……俊ちゃんはさ、これからずーっと、死ぬまで矢吹さんを守り抜くの?」
噴き出した。ゾッとして。
「突然何言い出すのお前。勿論そのつもりではあるんだけどさ、もうちょっと訊き方ってもんがあるっしょ?」
「なら、今ちゃんと教えとくね」
李々華がトイレから出た音がして、ミコトは玄関のドアノブに手をかける。
こんな鬱天気でもきらびやかに髪を揺らして、
「俊ちゃんにかかってる呪いは一つじゃない。流美ちゃんの呪いみたいに人を巻き込まないタイプのが殆どだけど」
──は?
「だから、今のままじゃ絶対に守り切れない。周りの誰もを不幸にしてしまう、厄介な呪いだから」
何も言えない俺と目も合わせず、ミコトは一足早く外に出た。
俺にかけられた呪いは一つじゃない? あの言い方は更に一つって訳でもないよな。てか流美たんの呪いは感染らないのか。
「あれ? バカ兄何してんの? 瀬川さんは? 先に外出てて構わなかったんだけど……って雨か。そりゃ中にいるよね。傘持って行こう? バカ兄?」
「えっ、あ……い、行くか学校。遅刻、しちまうし」
「……うん」
俺の掌が嫌な汗でじっとりと湿る。ミコトは登校中何も喋らなくて、俺もいつも通りに振る舞えなくて、雨が弾ける音くらいだけがくっきりと耳に残った。
何よりも知りたくなかった、自分が呪われていること。
他の皆を巻き込むのは矢吹と同じ呪いだけだけど、それでも絶望感が尋常じゃない。
矢吹を守り切れる自信が、波に攫われたように消えてなくなった。