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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第二章 陽の光に照らされて
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二章と三章の間のエピソード『梅原昇はご満悦』

 六月三日──今日は昇の誕生日だ。

 矢吹、流美たんと三人で梅原宅前に待機し、今朝出かけた昇を待ち伏せする。背後で苦笑いする昇のお母様のことは気にしない。


「……遅くね? もうかれこれ一時間ここに立ちっ放しなんだが」


 真夏の日差しに射抜かれ続け、禿げ散らかりそうなくらい汗ダクになっている。

 両脇のお嬢様方は、きっと汗で濡れてセクシーになってしまってるんだろうけど、俺は紳士なので見ない。


「俊翔、もう直ぐお昼になっちゃう……」


「安心しなさい流美たん。まだ十時だからお昼にはならない」


 一人だけ日傘を差す流美たんに、腕時計を見せたら目を瞑られた。反射しちゃったのね、ごめんごめん。

 流美たんが傘を差すのは、呪いによって死ぬことを防ぐため。

 でも、流美たんの呪いって一日内での蓄積量によるらしいから、あまり外にいさせたくないな。


「流美ちゃん、梅原さん家に入れてもらおう? 倒れちゃうから」


 矢吹が、流美たんの手を引く。昇のお母様の方を見てみたら、玄関を開けようとスタンバイしてくれていた。

 お母様もセクシーだね。今日は三十度を越えているからか、とっても薄着だ。昇同様巨乳だし、汗で透けてると目立つ。

 因みに、矢吹は背中を露出するタイプの薄桃色のトップスを着ている。

 流美たんは日焼け防止か日光直射を避けるためか、袖がレースになってる涼しげな白いカットソー。

 どっちも可愛い。舐めまわしたくなる。その汗ごと。


「流美ちゃん、だったかしら? 身体弱いんでしょう? 遠慮なく上がって」


「ありがとう、ございます。失礼します」


 矢吹は入らないのか、流美たんに手を振る。暑いんだから、何も外で待つ必要はないんだけどな。

 俺もそろそろ外にいるのが苦になってきて、家に入る許可を取ろうと振り向いたらお母様いなくなってた。


「……勝手に入っちゃうか、矢吹。本当は昇に外で『おめでとー!』って祝って、照れてる姿を観察したかったんだけど。ここで俺らがぶっ倒れてもただの迷惑でしかないし」


「そうだけど、入っていいのかな?」


「さっき、流美たんに『遠慮なく』って言ってたし大丈夫だろ。俺は基本、遊びに来たらリビングから勝手に出ることを許されないんだが」


「何で⁉︎」


「俺が昇やお母様の私物を漁るような変態だとでも思ってんでしょ。勘違いも甚だしい。庭に干してある下着眺めてた方が満たされるわ!」


「……そういうとこを警戒されてるんだね。よく分かったよ」


 よく分かられちゃったよ。今の会話で、何か墓穴を掘っただろうか?

 ──墓穴とおケツは語感が似てるよな、なんて小学生並みのことを考えて「おケツを掘る」、と組み合わせてしまったとこで頭を振った。

 今俺の脳内探られたら人として終わる。社会的に抹消されるようなものだ。危ない危ない。


「さーて、三人共。作戦その二と行こう。昇にサプライズを仕掛けるのだ!」


「この時点で一応サプライズなんだけどね」


 部屋に矢吹、流美たんとお母様を集めて仁王立ちをする。矢吹のツッコミで、何かやる気が少し削がれた。

 こういうのはノリだノリ。後は楽しければいいでしょう。


「サプライズって、どうするの。私達は今日、プレゼントとケーキしか持ってきてない」


「いいかも知れない質問だ流美たん! 確かに俺達はその二つしか準備していない。しかし、行動はいつでも取れるのだ!」


 部屋全体に響かせるつもりで大声を出し、胸を張る。俺のテンションについて来れないのか、流美たんが絶望したような表情になった。

 または単純にうるさかったか。

 ……お母様が耳塞いでるしそっちかも。ごめんなさい。


「行動って? 何するの?」


 矢吹が頬を引き攣らせながら、手を挙げる。ごめんなうるさくて。

 正直、何も考えてなかったから今必死こいて探し出して、親指を立てて答えた。


「わちゃわちゃする。頭撫でてハグしてお姫様抱っこして首筋なぞって全力で撫で回す」


「アウトだよ、花菱君」


 矢吹にハムスターのポーチで顔面殴られた。鼻血出そう。


「俊翔、変態……」


 流美たんが俺から少し離れた。涙出そう。


「セクハラは程々にしないと、いつか裁判にかけられるかも知れないわよ、シュン君」


 全く心配していないで、むしろ「さっさと捕まれ」みたいな眼のお母様。心折れそう。

 普段無駄にお世話させちゃってるから、目一杯甘やかしてあげたかっただけなんだけどな……。何がダメだったのだろう。


「もう、単純なので行こうよ。梅原さんがリビングに来たら、皆で『おめでとう』って言うの」


「やっぱりシンプルイズベストってやつだよな。あまりはっちゃけても沈黙呼ぶだけかもだし」


「花菱君の案だと呼ばれるのは警察だよね」


「はっはっは、昇がそんなことするわけ──」


「僕が梅原さんだったら呼ぶかも」


「……」


 思わず矢吹を二度見した。真顔で言ってらっしゃる。どうやら今日は彼女が冷たい日らしい。

 撫で回すのがダメなら、いつそれ以上のことまで発展することが出来るようになるのだろうか。道のりは銀河なり。


「ただいま。ママ、ティーカップ分からなかったからテキトーに選んだけど、大丈夫?」


 玄関のドアが開いて、昇の少し気の抜けた声が聞こえる。

 俺としては、昇は身内や俺の前だけだとこんな感じになる時もあるのを知ってるんだけど、矢吹と流美たんには新鮮だったようで、何かニコニコしてる。


「ねぇ、聞いてる? ──」


「「「誕生日おめでとう!」」」


 リビングの入り口に昇の姿が確認出来た瞬間、四人で叫んだ。しかし流美たんの声はほぼ聞こえなかった。

 それから俺とお母様が「昇」、矢吹と流美たんが「梅原さん」と続ける。

 当の本人は普段見かけないくらい眼を大きく開いて、絶句していた。


「──は?」


 そして最初の感想がコレである。一瞬空気がピリッとした。

 昇、表情が少し暗い。これ間違いなく喜んではないよな。


「あんた達……」


 昇が溜め息を吐いて、ソファーにズカズカと歩いて行く。その間俺達四人全員口を結ぶ。何か怖くて。

 ソファーに腰をかけた昇は、買い物袋の中を漁る。


「全く、計画性の欠片もないわね。昨日ママがはしゃいでたから、予想は出来てたのよ。でもまさか朝からだなんて想定外だったわ」


 ソーダアイスを手渡され、三人に配る。

 ねぇ、お母様? 悟られちゃダメでしょう。想定外だったってことは一応サプライズ成功してはいるんだけど、予想されてちゃダメでしょう。

 あと、やっぱ日中は変だっただろうか。矢吹の家が遠いから遅くだと難しいってことでこの時間帯にしたんだけど。


「昇、嬉しくない? もしかして。夜がよかったよな、やっぱ」


 恐る恐る訊いてみると、昇はクスッと笑って首を振った。


「嬉しいよ。確かに、涼しい夜の方が谷田崖さんも安全だっただろうし、そこは減点するけど、祝われて嫌なわけないでしょ?」


 矢吹のことは俺が送れば済む話、と続けられた。でも二人でいたら死ぬ確率上がること、昇も知ってるだろ?

 因みにこの会話、お母様だけが不思議そうに聞いていた。

 そりゃあ夜の方が流美たんが安全っていうのは、よく分からないだろうしな。流美たん可愛いから、夜道で変態に犯さ──じゃない襲われるかもだし。


「……それで? パーティーでもするの? それとも終わり? 私一応、出されてる課題を進めたいんだけど」


「あ、ある! する! やる!」


「何その変な口調」


 昇が立ち上がろうとしたのを制止して、焦った挙句二文字が三回出ただけだった。周囲の視線が痛い。

 こそこそと移動するけど勿論目立ってるまま、部屋の隅に置いていたエコバッグを持ち上げる。この中に入ってる物は──


「じゃーん! マッサージ機! 持ち手が長くてゴムで出来てるから、自分であちこち解せてしまう優れ物! ただ感覚的な刺激は弱めらしい。普段勉強やマネジメント頑張ってくれてる昇への、俺からのプレゼント! フォー・ユー!」


「早い。早過ぎるよ花菱君」


「まだケーキとかも出してないのに……」


 矢吹と流美たんの呆れた声を聞いて、思わず停止した。

 本当だ。今考えたら、「おめでとう」しか言ってねーや。この後ケーキ運んで来てロウソク立てて火着けてハッピーバースデートゥーユー歌うつもりだったのに。


「クスッ。シュン、あんた本当にバカね」


 失敗ばかりで落ち込んでたら、昇が微笑みかけてきた。いいや昇が笑ってるしもう何だって。

 これまでは、俺と昇の両親のたった三人でお祝いしていた昇の誕生日パーティー。それは昇の記憶が失われてからも変わらなかった。

 でも今は、矢吹と流美たんもいる。残念ながらコタケは来れなかったしお父様はお仕事中なんだけど。

 それでも、明らかに今までとは別だ。


「はい、梅原さん。僕からは家庭用プラネタリウム。暗いとこでだと一層綺麗だから試してみて」


「ありがとう矢吹さん。大事にする」


「私は、キャップと持ち運びが簡単な小さめの扇風機。部活中絶対に暑いのに、日向でサポートしてくれるから。いつもありがとう」


「へぇ、こんなのあるのね。谷田崖さんありがとう。これでもっと働けるわ」


「いや昇、それ働き過ぎるなって意味だと思う……」


 お母様は何やら紙袋を手渡して、中身を見た昇が絶句していた。しかも苦笑いでお礼を言う。

 何をプレゼントしたのでしょうか。昇がドン引きしそうなのと言えば……今の季節に合わない何かかな。さっぱり分からん。


「ハッピ〜バースデートゥ〜〜〜ユ〜。ハァッピ……」


「シュンやめて、流石に恥ずかしい。シュンも」


「『シュンも』ってどういうことよ⁉︎」


 折角美声を披露したのに、昇が頭を抱えてしまった。流石に、恥ずかしいお年頃ですかね。はっはっは。

 昼飯もついでに五人で食べて、その内にコタケが訪ねて来て加わったら流美たんが挙動不審になっちゃって、落ち着かせるために撫で撫でしてたら昇と矢吹に太腿抓られて悶えて、コタケが笑ってるのに腹が立って、流美たんが慰めてくれたらまた抓られた。


 そんなこんなバカ騒ぎ(基本俺とコタケが)して、午後四時を過ぎた頃。


「そろそろやること、無くなったんじゃない? まだ別に全然明るいけど、遅くなるよりは帰った方がいいと思う」


「昇、寂しくて泣いちゃわないか?」


「泣かないし。まず、矢吹さんと谷田崖さん以外はそんな遠くないしママもいるでしょ」


「ですよね。それに今丁度日差しも大してないし、流美たんが外に出るの適してるよな」


 暗くなく、少し気温も下がってるし、その上日差しが殆どない。強い日差しを受けることで死にやすくなってしまう流美たんは、長く外出させるべきじゃないから帰らせなきゃ。


「練習もあるから」


「昇、もしかしてそれが理由だったりしないか?」


 思わず背筋が痺れた。この女、スパルタ特訓させるつもりなんじゃないか、と。


「夏休みの間は、谷田崖さんは練習に来れないでしょ? 危ないし。だから、予習させるの」


「反復練習っスか。真夏に。それこそ流美たん倒れるっての」


「怖い……」


 凛とした、ギラリと光る昇の瞳を見て、俺と流美たんは一歩退いた。


「んじゃ、帰りますかね。ハナシュン、俺が谷田崖送ってくから矢吹さん頼んだぜ」


「え」


「おう頼んだ我が友よ! 流美たん辛そうだったら休憩させてやるんだぞ!」


「え」


「了解。んじゃ、行こう谷田崖。またな皆!」


「え」


 コタケが、流美たんの手を優しく引いて歩いて行く。俺達は手を振るが、別に仲が良いわけじゃない矢吹は会釈しただけだった。

 あれ? 流美たんなんか言ってたかな。パーティー楽しくてテンションおかしくなっててよく聞き取れなかったな。


「んと、じゃあ矢吹行こうぜい。神様の攻撃によぉく警戒しながら」


「うん。梅原さん、またね! また明日!」


「うん、また明日。気をつけてね」


「ありがとう!」


「じゃーな昇!」


「早く行きなさいよ」


 思いっ切り挙げた腕をすっと下ろして、歩き出す。あの子俺にだけ冷たくない? 気心知れてる仲だからなのか?

 矢吹を駅まで送る間、珍しく神様の邪魔はなかった。思えば、今日は一度も問題なんて起こらなかった筈。

 もしかしたら、昇の誕生日だってことで目を瞑ってくれたのかも知れない。

 いやそんなしょっちゅうあって堪るかって感じだが。


 よくよく考えると、コタケは流美たんを送った後旋回すれば自宅に着く。

 しかし俺は矢吹を送った後、来た道を戻らなきゃならない。要するに一番帰路が長いの、俺だよねって話。

 昇と一番家近い筈なのに……。


「うわぁはは暑かった!」


 帰ってソファーに寝そべろうとしたら、李々華に蹴飛ばされた。脇腹が痛い。


「何すんのよ」


「お帰りバカ兄。楽しかった? 昇さん、楽しませてあげられた?」


「おうよ、俺は充分に楽しめたぞ。昇も満面の笑みを浮かべてたし、きっと楽しかった筈だ」


「そ。それならいいけど」


 珍しくトゲがない李々華に微妙な違和感を覚えつつも、不安で昇にメールで訊いてみた。


『楽しかった。ありがと』


 って返って来て、何か晴れやかな気分になった。

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