2─19
「花菱俊翔、花菱俊翔」
うるさいな、今ちょっと怠いから話しかけて来んなよ。
「花菱俊翔ー!」
うるさいってんでしょーがアホなのかお前! 脳に響くんだよ! それといちいちフルネームで呼ぶな!
「ハナシュン!」
コタケか!
「シュン!」
昇か!
「俊ちゃん!」
……誰だ! って誰の真似でもないだろ。さっきからとてつもなく怠いんだ、話しかけて来んなって。俺はお前嫌いなんだってーの。
「難しいね。君は女の子が大好きなんじゃなかったのかい? 私もこれで性別は女なんだけど」
「知ってるよ。趣味の悪い毒舌お嬢様ごっこなんかしてるしな」
俺、花菱俊翔は今現在停車中のバスの中。仰向けになって最後部座席を独り占めしている。またも酔い止めが効かずこのザマなのだ。
流美たんの謎を解いていく内に薄々勘付いてきたんだけど、これって疲労でじゃね? 元から乗り物酔いは酷い方だけど、ストレスがより抵抗力を削ってる気がする。
そんなだから今、脳内で語りかけてくるのをやめてほしい。響くから。
「それに、何か流美たんとのことで解決出来てないことがあったような……。もう何だったか忘れちゃったんだけども」
「仕方ないよ、最近は本当に死んでばかりでボロボロだろうしね」
「お前ら神々のせいだろうがよ」
「君は私にだけ言葉遣いが荒いよね。切ないなぁ」
「昇にふざけた呪いをかけたからだ」
「君が助けてって願ったんじゃないか。何の条件もなく人間を生き返らせるのはルール違反なんだよ、残念ながら」
神は人に浸り過ぎてはいけないってことなんだろう。でもそれはそれ、これはこれだ。俺は許さない。
因みに今、矢吹は小鷹先輩、入谷先輩とお土産探しに行ってて、昇とセフィ、プラスその他は好きに遊んでると思う。ここ高速道路のサービスエリアだけど。
「あ、昇だよ昇。分かるか? 何で昇まで巻き込まれて、ループしたのか」
俺が訊ねると、川の神は怪訝そうな顔をして首を傾げた。
「君、自分で言ってたじゃないか。谷田崖流美にかけられた呪いは周囲を巻き込む厄介なものだって。あながちそれで間違いではない筈だよ」
「筈って……細かいことは何もって感じかよ。役に立たないな」
「手厳しいね〜。私は神だとしても、中でも低級なんだ。全て分かるなんてチート能力ないよ」
「神にチート能力なんて要らないだろ」
「だから無いんだって」
そもそも神の能力は幾ら凄くてもチート能力とは呼ばないんじゃないのか? 神なんだし。色々出来て当然だろ。
それとさ、今は脳内での会話しかしてないから気にすることないんだけど、ツッコむ時思わず叫びそうになるから気をつけなきゃ。前の方で、俺と同じくグロッキーな流美たんが寝てるから。
ゲロッピーではないけどな! ……うん意味分からない。
「神様のお前にはあんま関係ないし無駄話でしかないんだろうけどさ、どうにかして流美たんを表情豊かに出来ないかな。あのままでこそ流美たんなんだろうけど、様々な場面でつっかえちゃうだろうし」
「うん、そうだね。私もそう思うよ。谷田崖流美は人生に苦労し過ぎているけど、この先はもっと辛い目に遭う」
「確定なのかよ」
「勿論。お仕事することになって接客業じゃなくても、上司に愛想を振りまくことも敵わないだろうからね。私でも心配だよ」
「意外に人間の社会については分かってんのな」
「人間は好きだからね」
脳内で、執事が入れたアイスティーを飲む俺は、レモンティーの入ったカップを揺らして微笑む川の神に、力一杯の侮蔑の眼差しを向けた。
「神様が人間のこと好きだなんてにわかに信じられぬわな。はっはっは」
「君がモテる理由を知りたいよ私は。クソじゃん」
「何だとこのヤロー」
「バカじゃん」
「放っとけ」
川の神はベッドの上で楽しそうに笑みを浮かべ、脚をパタパタさせている。神様って何千年とか生きてそうなのに、子供みたいだなこいつ。
「それより私は、セフィーラ・カロ・アドルワが気になるな」
「一瞬誰かと思ったからセフィって呼んでくれ」
「セフィが気になる」
セフィのフルネーム遠征前に一度聞いただけだから全然覚えてなかった。だって普段が「セフィ」なんだもん。
「何がどう気になるんだよ」
「だって考えてみて? 五日前に戻った時、谷田崖流美はセフィがいることに驚いてた。矢吹星歌も、前の記憶が残ってたにも拘らずまるで知らない人を見る目だった。どう考えても、戻った後に追加された登場人物だとしか思えない」
言われてみれば、そうかも知れない。
俺や昇の様に、一度目のスカイダイビングで死んだ時の記憶を忘れてたならまだしも、あの二人は覚えていた筈だからおかしい。
矢吹は挨拶して直ぐに逃げて行ってしまったし、流美たんはセフィが居ることに驚愕していた。記憶があるなら、出会うことを知ってる筈なのに。
「セフィが異質の存在って言いたいのか? つまりは。神様の呪いに割り込んで行ける様な、そんな感じの」
「少し違うかな」
川の神はベッドで自分の長い脚をマッサージしながら、セフィの見立てを語る。
「あの時の死によって、何処かで何かが変わらなければ、セフィはまずロシアから日本に来ることもなかった筈。つまり、君がスカイダイビングで死ぬタイミング、セフィの身にも何かしら異変が起きたとしか考えられない。──彼女も呪われていたりするんじゃないかな」
「神様なのに分からないのかよ。しかも、ロシアと日本は決して近くないし、関係はないんじゃ?」
「私はさっきも言った様に低級の神だからなぁ。私も関係はないって思ってるけど、だとしたら説明のしようがないじゃないか」
「そうだけどさ……。うーん。悩みの種を増やさんでくれよ」
「ごめんごめん。とにかく、一応気を張っておくといいかもね」
セフィが呪われてる可能性か……。だとしたら、俺の周りは凄いことになってるね。呪われまくりじゃん。
矢吹だけでもギリギリだってのに、守り切れてないってのに、流美たんまで呪われていて更にはセフィの謎も浮かんできた。ここまで全部神様が関係してるのは間違いないよな。多分。
「俺の大切な女の子ばかり、毎回厄介な呪いをかけやがって……神様趣味悪過ぎんだろ!」
流美たんを起こさない様に小さな声で文句を一つ。きっとこれからも色々起こるんだろうな。休む余裕もない。
だとしても俺は呪いに立ち向かってやる。矢吹を、今度こそヘマなんてしないで守り切りたい。バカに出来るのか心配だけど。
「俊ちゃん。俊ちゃんは私を恨んでるだろうけど、覚えておいてほしいことがある」
もう会話は終わったのかと思ってスポーツドリンク飲んでたら、再び川の神が俺の名前を呼ぶ。
「何だよ」
「私は君と梅原昇に感謝してるんだってこと」
笑顔を向けてくる川の神に、精一杯バカにした顔を見せてやった。何を感謝してるって? は?
川の神は膨れっ面になって、俺の髪を引っ張る。やっぱ子供じゃねーかってか痛いわ禿げるわやめろコラ。
「嘘じゃないし絶対信じてないだろう⁉︎ このハゲ! ハゲてしまえ!」
「冗談じゃねぇ! いつか禿げるとしても若ハゲだけはごめんだ引っ張んな! 毟るな!」
「だったら話を真面目に聞け! いっそハゲてしまえ!」
「お前はどんだけ俺に禿げてほしいんだよ! ハゲ萌えか⁉︎ 流石に理解出来ねーよ!」
「んな訳あるかバカ! 俊ちゃんはツルツルになった方が目立つからだよ!」
「そりゃツルツルになったら目立つでしょうね! 中々いねーよ一般高校生でツルッパゲなんて!」
いたら見せてくれ。いややっぱいい。その人に失礼な気がする。
自分でツルツルにするならまだしも、誰かに毟られたとか自然にそうなっただと悲し過ぎる。俺は老人になるまで禿げたくないんだよ。
「で! 何だよ! 何をどう感謝してんだよ! いい加減放せ!」
川の神の手を必死に剥がして、押さえたままにする。また引っ張られる恐れがあるから。
不貞腐れた様子の川の神だけど、俺が掴んでる腕の力は少しずつ弱々しくなっていて、興奮は冷めた様子になった。どうやら俺の毛根は助かった様だ。
「沢山、遊んでくれたから」
「……は?」
川の神が突然しおらしくなって、子供っぽい口調で言う。子供っぽいのはずっと何だが。
「ちょっと前まで、よく私の川で遊んでくれたじゃないか。二人で、何度も何度も。流石に冬は来なかったけど」
「ああ、あそこ俺のお気に入りでもあるからな。なんか癪だけど」
人はあまり来ないし、木々に囲まれて静かだし、水は綺麗だし。と言っても、昇の記憶を奪われてからは矢吹と一度行ったくらいだ。
「梅原昇はあの日、あろうことかその川の氾濫で死んだ。私は掟通り呪う形で再生した。……でも彼女の記憶は消えて失くなってしまった」
川の神の声は、段々消え入りそうなんくらい小さくなっていく。こいつを憎んでる俺としては、何か居心地が悪い。
「私は、恩返しのつもりだったんだけどなぁ。あんな小さな川なんかを好きになってくれた梅原昇に対する、恩返しのつもりだったのに……」
「あの、ちょっと泣かないでくれますかね。神様だし恨んでるとしても、女の子の涙は見たくないっていうかその」
「……泣いてないもん」
「鼻水出るくらいには泣いてますけどね」
「うるさいバカ! いっそハゲてしまえ!」
「またかよ⁉︎」
再び始まる俺の毛根の生存を懸けたとても小さな戦争。つーか抗争? 取り敢えずこの大きな子供と遊ぶの誰か代わってくれ。
脳内の俺(執事)にも手伝ってもらって川の神を引き剥がし、ベッドに固定して現実に戻った。そう言えば、川の神は分かったけど脳内の俺は何なの? ただの想像? このベッドに縛り付けるの可能だったんだ?
あの脳内にある一室って、川の神が創ったものじゃないのかよ。
「ただいま、流美ちゃん。花菱君も。新しい酔い止め買って来たよ、大丈夫?」
「おお、セフィに昇お帰り。ついでにその他の先輩方もお帰りー」
「その他っておいおい。そだ、谷田崖大丈夫? 何か、やってあげられることないかな」
小長屋先輩が流美たんにかなり近寄って、わざとらしいイケメンスマイルを向ける。ああいう人って、本当好きじゃないんだよな俺。
周囲で下品に冷やかす小長屋グループの面々。セフィが眼を丸くしてその光景を見てるのを眺めてたら、
「うるさい……」
怒りの籠った低めのアルトボイスが車内でハッキリ聞こえた。昇に眼を向けたら首を振られたし、当然セフィではない。そもそもこのコ声高めだし。
小長屋先輩含めた全員が固まる中、怠そうに窓に寄りかかって寝ていた流美たんがゆらりと立ち上がった。
その眼は、かつて俺に向けて来た息が詰まりそうなくらい恐ろしいものだった。
「今、私凄く気分悪い。なのに、周りで騒がれて……イライラしてる」
「え、あの……」
「近寄らないで。黙ってて。いい機会だから言っておくけど、私は貴方が大嫌いだから」
「す、すみません……でした……」
流美たんのマジギレで、車内は静まり返る。皆の表情を一つ一つ窺って見た感じ、衝撃を受けてるようだ。
俺はただ一人、小長屋先輩を笑いたいけど堪えてる。
でも流美たん大丈夫かな。ああいう人らって、リーダー格の面子が潰されたって言って仕返しに来ることが多いんだけど。
「梅原さん、そこで寝させてもらってもいい?」
「えっ、あ、うん。どうぞ」
「ありがとう」
昇も、今の流美たんには敵わないっぽい。元々猫みたいに目つきが鋭いから、怒ると本当に怖いよね流美たん。普段怒らないし。
「驚いた。流美ちゃんって、ちゃんと相手を否定出来るんだ」
セフィがちょっと興奮気味な顔で呟いた。何で嬉しそうなのこのコ。
流美たんは俺の直ぐ横に腰掛け、コテンと頭を預けて来る。超可愛いけど、これ矢吹に見つかったら刺されないかな。かと言って拒否する勇気はない。
「何だ先に戻ってたのか……って、どうしたお前ら固まって。死神でも見たのか」
帰って早々、小鷹先輩が滅多なことを言う。やめてくれ、本当に死神来たらどうしてくれるんだ。神様って存在するんですからね。例えば俺の中とかに。
「小鷹、進んでくれ入れない」
「いやだって、こいつらが停まってんだよ」
入谷先輩と矢吹も後に続いて来るけど、二年軍団が邪魔で入れてない。いつまで衝撃受けてんだあんたら。
もしかして、流美たんを簡単に落とせるとでも思ってたんですかね。な訳ねーだろ。このコ尋常じゃない人見知りだからな。あんだけ騒がれてて嫌にならない筈がない。
「花菱君……それ」
「あ、矢吹今は勘弁。空気読んで何も言わんでくれ」
凄い、何か、矢吹から黒いオーラが出てるのが視える。錯覚なんだろうけど、間違いなく怒ってるってことだよな。
許してくれ矢吹。流美たんが俺を好きなのは知ってるだろ? そしてこの状況を察して、流美たんが怒ったってことも気づいてくれ。
押し退けるなんて、怖くて出来ないんです。情けない話だけど。