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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
22/87

1─22

 ──昼の生暖かい風に髪を靡かせ、露天を仰いでテラス席に腰掛けるリトルなマーメイド。陽の光を受けて銀に輝く灰色の長髪は万人もを魅了する。

 清純の白いワンピースが風に揺れ、健康的に美しく、露わになった太腿は瑞々しい果実の様。

 人へと成れた人魚姫の吸い込まれそうな水晶と眼が合い、蔑む様に眉を寄せられた。うーんゾクゾクするね。


「花菱君、そういうポエムに金輪際、僕を使わないで。本当に嫌だから」


「ごめんごめんリトルマーメイド。君の可憐さに生きのいいハートを貫かれてしまってね」


「そういうのもやめてよ」


 ご機嫌斜めの矢吹に、五つ星レストランのウェイターの如く華麗に食事を差し出す。因みに、矢吹が注文したのはハンバーガー四つに鮫の唐揚げ、館内のヨモモというファストフード店で購入したシェイクとナゲット。最後にイカリングと海鮮丼だ。

 矢吹さんはお腹が本当に減るとこのくらい必要らしい。結婚後が不安だこと。


 ご機嫌斜めな理由は、先程この四階へ上がる前に、人前でお腹が豪快に叫んだことが原因だ。人目も憚らず豪快に悲鳴を上げられて、とても恥ずかしかったらしい。

 お腹と同時に、矢吹も心の中で阿鼻叫喚の渦に飲み込まれたに違いない。可愛かったけど。


 だからちょっと、励まそうと躍起なのであります。


「矢吹、一杯食べてどんどん大きくなるんだよ」


「同級生にそんなこと言われたの初めてなんだけど」


 君俺以外に友達いないしね。


「よかったら俺のヨモモセット食べるかい? 一杯食べる君が好きさ」


「太らせたいの? 花菱君」


 ……おかしいな、ますます機嫌悪くなってるかも知れないぞ。俺なりに精一杯好意を示したつもりなのに。

 つーか、その量食べてる時点で太るんじゃないですか? まぁ無駄な脂肪ついてないみたいだけど。

 お腹に眼を向けていたのに気づかれて、睨まれたから眼を逸らす。ごめんなさい。と、心の中で謝った。


「……あのさ、多分花菱君勘違いしてるよ。僕は別に機嫌悪くないからね? 励まそうとしてくれてるっぽいけど」


「あ、マジで? ハルマゲドン巻き起こるかと思ってビクビクしてた」


「僕を何だと思ってるのかな」


 意外というのは失礼かも知れないけど、矢吹は不機嫌ではないそうだ。それどころか、頗る機嫌がいいらしい。そうは見えなかったけど。


「だってさ、花菱君と二人きりでデートだよ? だ、大好き……な人とデート。楽しくない訳がないじゃん」


 矢吹ははにかみながら呟いた。相変わらず『好き』の部分が蚊の羽音並みに小さい。

 楽しいか楽しくないかなんて問われれば当然楽しいに決まってる。デートだよ。可愛い彼女とデート。めっちゃはしゃいでるのもお腹なっちゃったのも口に米粒ついてるのも超可愛い。そりゃ楽しいよ。

 でもまだ鮫に会えてないのが切ない。この後上行くから漸く面が合うけど。


 凄い楽しい。矢吹の透け透けは見逃したというかお目にかかれなかったけども、昇のこと忘れるくらいには果てしなく楽しい。

 ──あ、あ、昇。昇忘れてた。


「うわっ、どうしたの? 花菱君。ポテト落ちちゃうよ?」


 急に立ち上がった俺に矢吹が眼を丸くする。あら、いつの間にほぼ完食してるのかしら。俺少食だから残しちゃいそうだよ。

 でも今はそんなことどうだってよくて、


「矢吹、実は昇が倒れたんだ! 何かストレスが原因だとか何とか。何か知らないか?」


 部のマネージャーになって以来、昇と会話を交わすのが多くなった矢吹なら少しくらい知ってるかなと予想して訊いてみた。

 一瞬、かなり不満気に眉を曲げた矢吹は、首を横に振った。


「ごめん分からない。梅原さんの体調が治ったら訊いてみるよ。男の子には言えないことかも知れないし」


「頼む!」


「……うん」


 数分後、全て食べ切った矢吹はゴミを屑篭に放り捨て、お盆などを店に戻しに行く。俺が纏めて持って行こうと思ってたんだけど、拒否された。

 昼食を終えた俺達は、周囲の人間がまだお昼タイムな中で二人だけ五階に上がり、待ち望んでいた鮫コーナーへとやって来た。


「寝てやがるこの鮫」


「眠かったんだよきっと」


「でしょうね」


 眠いから寝てるなんて馬鹿でも分かる。でも残念ながら、俺達は馬鹿なカップルなのである。だからギリギリ分かる程度。

 矢吹はあまり興味無いのか、ベンチに腰掛けて俺の動向を監視してる。鮫は好きだから一緒に見たかったけど、興味無いなら仕方が無い。


「あ、花菱君」


「ん?」


 何かにハッとした矢吹は立ち上がり、足早に接近して来る。鮫見る気になった? とか考えてたら、腕を引かれて近くのエレベーターに直行。ああ、鮫よさらば。

 ……鮫見れたの五分くらい!?


「なぁ矢吹どうした? エレベーター、二階行くのか? 二階って海底コーナー? またチンアナゴ見るの?」


「違うよ。チンアナゴは帰り道通るからその時観れるし。今この時間帯、イベントやってる筈だからさ」


「イベント? いつの間に調べてたんだ? 全く気がつかなかったぞ」


「違うの、さっき看板に書いてあったから」


 ほう? 何のイベントかは教えてくれないみたいだな。なんて会話してる内にエレベーターは停止した。二階に〜到着〜。

 降りてみると、矢吹は地図を見てせっせと移動。ちょこまかと動くリトル矢吹を追って行くと、人が集まっているのが見えた。

 遊具もあるけどアレは子供用。矢吹が向かう先には──お触りコーナーが展示されていた。


「触ってみない? せっかくだし。僕はヒトデくらいしか勇気出ないけど……」


「そうか。それもいいな。ヒトデか〜。……ん? お? あ、アレは……!!」


「ん? どうしたの花菱君」


 何かあった? と展示ケースを眺める矢吹の横で、俺はそいつと眼が合っていた(様なイメージ)。


「ヤドカリ発見!」


 まるで子供の様に突き進み、岩に登るヤドカリを撫でてみる。まぁ、ヤドカリの宿をだけども。


「ヤドカリ好きなの?」


「いいや、そうじゃない。コイツには散々無礼を働いたからな。謝罪の為だ」


「……え?」


 怪訝そうに矢吹が眼を細めるが、俺は気にせずヤドカリを撫で続ける。コーナーのお姉さんも引き気味だ。

 ヤドカリ様よ、今まで飛んだご無礼を働いた。ダメなネーミングセンスが出て来る度に『ヤドカリ並み』などとほざいてしまい申し訳なかった。貴方はご立派です。

 ヤドカリに向けて首を垂れていると、いつの間にかケースから遠ざけられていた。矢吹がせっせと引きずっていたらしい。何故?


「花菱君が意味分からな過ぎてちょっと疲れるよ。何でヤドカリに頭下げてるの? 何やってるの本当に」


 お触りコーナーから少し離れた海底コーナーでまたまたチンアナゴ観察をする矢吹は口を尖らせて溜め息を吐いた。結局見るんですね。

 ヤドカリに無礼を働いたから謝罪していただけだ。全てのヤドカリを代表してもらってな。

 それより思ったんだよ、さっきの『お触りコーナー』って文字を見てさ。アレ、矢吹のこと触り放題ってことで今後使えないかな。または俺のこと触っていいよってな感じで。


「……もう帰りたい? 花菱君」


「え……?」


 水槽から離れた矢吹は、声のトーンを落として呟いた。呟いたと言っても、ハッキリ聞こえた。

 急に何を言い出すのか分からなくて首を傾げてみせると、矢吹は目線を落として続けた。


「さっき、梅原さんのこと言ってたよね。心配でしょ? 大事な大事な幼馴染みが倒れちゃってさ。もしかしたら、もう帰って看病してあげたいんじゃないかって……さ」


「あ、あ……ああぁ」


 一瞬で後悔に心を占領された。もう幸せとか入る余地ないくらい隙間もなく。

 アレだ、矢吹が今ご機嫌斜めっぽいのは、俺自身の所為だ。デート中に昇の話をしたから、傷ついたんだ。何てことしてしまったんだろう。

 どうしたら許してもらえるかな。どう言えば今の楽しさを伝えられるかな。取り敢えず何も思い浮かばないので、当たって砕け散れの精神で声を出す。


「俺は、昇のとこへは今日はもう行かないよ。ずっと矢吹と居る。それでいい」


「それじゃ、梅原さんが可哀想じゃない? きっと会いたいっね思ってるよ」


「いいや、大丈夫だ。何故なら、昇本人が会いに来なくていいって言ってたからな」


 デートなんだから、明日まで放置で構わないって言ってたんだからな。

 矢吹は一旦黙って、眼を泳がせて何か言葉を探そうとしてる。だから何かを見つけられちゃう前に、無理矢理止める。勢いのまま矢吹の肩を強く掴んだ。


「俺は今日ずっと矢吹と一緒に居たい! それ以外誰とも会うつもりはない! よーく聞いていてください!」


「ちょ、ちょっとボリューム落とした方が……」


「気にせん!」


「しようよ!?」


 周囲の眼を気にする矢吹を気にせず、矢吹のことだけを気にかけて気の利いたことを──あれ何どゆこと? 何言いたいの俺。

 とにかく、矢吹に牽制しなきゃ俺は口論で勝てない。バカだから! 矢吹もバカだけど。矢吹の方がバカだけど。


「昇は勿論、流美たんにも小鷹先輩にもその他部員にも! 助っ人メンバーにも家族にも、今日は会うつもりない。……あ、待って家に帰ったら家族はいるわ」


「う、うんそうだね。でも帰るの?」


「寧ろ何で帰らないの? ホテルで十八禁なことするの?」


「しないけど……」


「だったら、いいじゃん。んとな、それで……俺は今日本当に、矢吹だけと居たいんだ。一緒に水族館で楽しんで、この後予定があるからそこまで頑張ってシナリオ複製して、そこまで絶対矢吹と二人切りだ。今回は二人切りのデートなんだからな」


「……うん、分かったよ。ありがと」


 お、お? 何か矢吹が愛くるしい笑顔を向けて来るぞ。何やら俺の本心が心に響いた様だ。よかった。でも代わりに距離が空いた。


「何で避けてんの矢吹。俺何か気持ち悪いこととか言った? 言ってないと思うんだけど」


「あ、ううん言ってないよ! その、ちょっと照れちゃってさ……」


「うぉう、舐めまわしたい」


「今言った!!」


 可愛いから舐めまわしたいって本心を声に出しただけなのに、気持ち悪かったのか。それはショックだな。

 さてと、まだまだ()()まで時間が空いている。どう時間を潰したもんかね。


「あ、そうだ矢吹。海行かね? 直ぐそこだし」


 そう言うのも、歩いて五分経たずで海岸が見えて来るからだ。丁度近くに砂浜も存在する。そうでもなきゃ水族館なんて保たないだろうからな。

 ……でも中心都市にもあるよな、水族館。


「えっ、でも……」


 矢吹はちょっと落ち着かない様にキョロキョロ見回し、漸く距離を縮めて来た。あ、ちょっと汗かいてるっぽいな。


「一度出たらもう入れないんじゃない? 僕、最後に見たいものがあったんだけど……。ほら、楽しみで調べたら出て来たんだ。午後六時、陽が沈んでから始まるあの──」


「大丈夫。今日一杯使えるチケット購入しといてあるから。それに()()()ちゃーんと観れるから」


 俺は矢吹の言葉を遮って出口へ向かって行く。左手で矢吹の柔らかくて小さな右手を握って。

 海を見て歩いてる途中、矢吹は照れた様に笑った。俺は精一杯の笑顔を見せた。


 ──今更だけど俺は正直、水というものが苦手だから。



「冷たいっ! 花菱君水凄い冷たいよ! 気持ちいいね!」


「だな。冷た過ぎて漏らさねーか不安」


「んー?」


「いや何でも」


 ポツリと言ったのが聞こえてなくてよかった。下品な話題は矢吹大嫌いだからな。うん。

 それにしても、矢吹は聞いたことないくらい大きな声を出してはしゃぐ。そんなに海が楽しいのか、水が冷たいことか嬉しいのか。普段より高く聞こえるな、声。


 もう直ぐ午後四時になる。俺達そんな移動した気もしないけど、チンアナゴで時間消費したのかな。

 午後四時。春だとこの時間帯は夕焼けを帯びていく。橙の一際大きく見える夕陽は海を綺麗に染め上げ、心を浄化していく様だ。

 俺が黄昏ていると、本当の黄昏ではしゃいでいた矢吹は、先程買って置いたビーチサンダルに履き替えていた。


 その姿は浜辺のエンジェルの如し。白いワンピースが天使の衣。羽は錯覚で見えて来るからよし。

 夕焼けに矢吹の灰色の髪って、本当に合うよなぁ。凄い綺麗に靡いてるし。


「花菱君、ちょっと元気ない? 海、折角来たのに遊ばないの?」


「ん、あー」


 矢吹に見惚れて止まってただけ、っていうのが事実かも知れないんだけど、やっぱ他にも理由が有るんだろうなぁ。

 足元を見下ろした俺は、少しも濡れていなかった。さっきまでは海水を掌で掬い上げていただけで、足は濡れていない。

 いや濡れてなくてよかった。普通に靴のままだったわ。


「そうだなぁ……」


 まだ時間た〜っぷりあるし、ちょっとだけ昔話でもしましょうかねぇ。


「なぁやぶ……」


「花菱君あのさ」


「……ん?」


「うん、ごめんね。こんな時、言っておきたかったなぁってことがあるんだ」


 そこから、俺の代わりに矢吹の『昔話』が始まった。

 出逢って、いや恋人どなって早々第二保健室で聞いたあの昔話ではなくて、もっと親近感湧くような。そんな昔話が──。

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