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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
21/87

1─21 君のいない夜空なら

 血管が脈を打つ。じんわりと暑い陽射しに、汗が滲む。ついでに、俺は家から数十歩の路地でダルマの如し棒立ち。さっきまでなら『矢吹とのデートに遅れちゃう』なんて焦っていただろう。

 ──だけど、今はそれとまた別のことで焦り始めてる。


『シュン君?』『聞こえてる?』なんて、電話の奥で昇のお母様も焦ってる様だ。でも俺は脳内整理が追いついてなくてフリーズ。氷河期に死んだマンモスの気分だ。生きてるけど。


 昇が倒れた。その事実は、俺の脳から矢吹の存在まで奪い去ってしまう程のビッグバンとなり得た。

 結果、新宇宙を誕生させることはなかったが、俺の進行方向を百八十度反転させた。駅から遠い俺の家よりも更に遠い、昇の家へと百メートルランナーの如く走り出す。

 きっと矢吹を悲しませてしまう。それでも、苦しんでる幼馴染みを放って置けなかったんだ。


「お母様! 昇の容態は!? 風邪!? 胃痛!? 頭痛!? それとも──」


 数分かけて到着した昇宅の玄関先で、お母様が「こっちよ」と手を振る。知ってますけど、昇の傍についていてあげなくていいんですかね。


「大丈夫よ。さっきお医者さん呼んで診てもらってたんだけれど、ストレスが原因だって」


「ストレス……」


 昇もやっぱ悩みとか有るんだろうな。最近妙に変だったし。未来を先取りしてる風で、もしかして変な宗教に入ったとか言わないよな。

 昇は俺より数倍しっかりしてるからそれは無いか。俺でも入んないよ。

 神妙な雰囲気のまま階段を上って行く俺とお母様。漸く二階の昇の部屋に着いたと思えば、その直前にお母様が立ち止まった。

 胸元が強調されるキャミソールをギュッと握り締めたお母様が上目遣いで振り返る。


「シュン君、何か知ってることはない? 最近昇は、何か頑張ってたりしてた? または、何か辛いこととか……」


 本気の眼だった。お母様は、完全に俺を疑っている様子だ。多分昔からの俺を知っている分、迷惑かけやがったか? ってな疑念が脳に宿っているんだろう。

 でも生憎、昇とか楽しく仲良くやらせてもらっている。俺が協力出来ることはない。


「すんません。最近俺、彼女の方ばかり気にしていたから。昇が何かに堪えかねているってのは……」


「そう……」


 物凄い、睨んで来る。『お前じゃねぇのかよ』って眼で訴えて来てる。どんだけ俺嫌いなの?

 事実を言っただけなのに無言で責められるとかどういうことなの? 俺何もしてないよ。──って、断言出来るつもりなんだけど、一つ気になる点はあった。


「……昇、何か最近様子がおかしかったんスよ。誰も自分と同じ時間は共有できないとか、一日を生き延びるだけで精一杯だーとか。何か変っスよね?」


「そうね、何かしら。昇は私達と同じ世界に生きているんだから、時間は共有出来る筈。それに病気なんて無いもの。一日くらい普通よね」


「そうっスよね、やっぱ」


 一日を生き延びることが難しいのは、俺なんですわ。病気なんて無いよ、俺だってさ。でも呪いにかかっちゃそれも厳しいと言いますか。

 だって考えてみ? 誰にでも都合があるのに、『一日に一度好きな人に会えなきゃ死ぬ』んだぞ? 殺されんだぞ? 俺達はお互いにそこそこ暇だから助かっているけどさ。


「うん。じゃあ、昇のことよろしくね。私、今からちょっと買い物してきちゃうから」


「え、あ……うす」


 何てことだ。出かけちゃったよお母様。今頃思い出したけど、俺だって暇じゃないんだよお母様。

 矢吹に『遅れる』ってメール送信して、直ぐに『分かった。クレープ食べて待ってるね』って返ってきたから後でお詫びに何か奢ろう、と携帯電話にお辞儀。咳が聞こえたから、昇が起きてるんだと気づいてドアをノックする。


「辛いだろうから、返事しなくていい。入るぞ昇」


 恐る恐る部屋のドアを開け、ビビりな猫の様に慎重な足取りで入室する。昇の部屋に入ることはあまり無い為、新鮮な感じで心が満たされた。

 それでも、今の状況を楽しく取れる程落ちぶれてはいない。

 部屋に入って正面。窓際にピタリと接して設置されているのが昇のふかふかベッド。そこに、持ち主が大汗かいて寝転んでいる。

 息が荒く、魘されてる様にも見えた。


「昇、大丈夫か? お前、自分のことなら何か分かるんじゃないか? お母様も心配してる。知ってるかは分からんけど、多分お父様も。辛かったらいいけど、俺に教えてくれないか?」


 なるべく、教えてくれるかどうかくらいは早めにお願いしたい。返答次第では駅で待つ矢吹の元へ直行したいから。

 薄っすらと眼を開けた昇に気づいた。気づいたけど何となく目を逸らして、ベッドの下の本棚や床の古びたサッカーボールに向ける。本、中心の小さな丸デスクにもあるけど全部勉強用だ……。


「あ……」


 昇の容姿に、少しだけ違和感があった。やつれてるとか、汗とか熱とかの問題でなくて。

 そしてその理由は、丸デスクに無造作に置かれた小物でハッキリした。俺はそれを手に取る。

 いつどんな時でも必ず昇が着けていた、黒チェックのリボン付きヘアピンだ。もしかしたら初めて、着けてないのを見たかも知れない。そんなに辛かったのか……。


「シュン……?」


「あ、おう。よーやく気づいたか」


 病人に対してこの言い方はどうかと後悔しかけたが、昇には寧ろこの接し方の方がよく取られるかも知れない。だから訂正しない。

 まだうつらとしている眼を見開く昇は、疲れている筈の身体を勢いよく起こした。直後に噎せて、俺が強制的に寝させた。

 それが気に食わなかったのか、昇はキッと俺を睨む。


「何だよ、倒れたって聞いたからダッシュで来たのに。クソ暑いぞ。お前並みに汗かいてるんだからな?」


「知らないわよ。……てかシュン、あんたバカなの? 何してるの? 私は来てくれて()()()()けど、今日は矢吹さんとのデートの日でしょ?」


「折角心配して来たのに何てこと言うのあなた。確かに矢吹とデートの日だよ。だから、さっき遅れるってメールしといたけどすんごい不安なんだよ。分かる?」


「いや分かるけど……。だったら、早く行きなさいよ。私は大丈夫。今日、あんたの顔見れたから全然平気。なんなら明日まで放置でも全然」


「あ、あらそう?」


 俺の顔見れたから──ってことは、やっぱり昇は俺のことが大好きなのかな。又は、安心したって方の意味かしら。

 まぁどっちでもいいんだけど、矢吹のとこさっさと行きたいんだけど、お母様に頼まれちったからなぁ。中々行く勇気がよ。


「んぁ、そうだ。昇、ほらこれ」


「は? ヘアピン? 何で急に?」


「昇はそれ付けてた方が昇らしい気がしたから。それと、悪いんだけどもう行くな俺。安静にしてろよ」


「……うん」


 昇がヘアピンを付けたのを見届けて、俺はドアの外へと向かった。

 お母様への『行ってきます』って書き置きもテーブルに乗せ、家から出たとこでストップ。理科の実験でやったあの何か……火の玉パチパチいってるようなやつ、みたいに照りつける太陽を手の甲で遮って振り返る。


「何でお母様が昇の携帯電話使ってたんだ? 昇が指示したんだとしたら、昇が俺を呼んだのか? それで、何でここにいるのかみたいな顔されてもなぁ。よく分からんな」


 最近の昇は、実に理解不能である。ちょっと前なら大体お見通しだって威張れたんだけど、ここ一週間は本当もう訳分からない。何があって昇は変わった?

 歩を進め始めたところで、脳内に高級ホテルのワンルームみいな、綺麗なカーテンが添えられたベッドが浮かび上がる。始まった。俺の想像とは思えない突発的な映像が。


 俺の姿を装った執事が紅茶をお盆に乗せて入室。麗しのお嬢様がそれを優雅な動作で頂くと、満を持して会話が始まる。

 執事、お前は本当に誰だよ。俺の姿してる癖に俺じゃないじゃん全く。別人じゃん。

『お嬢様何やらバカが、バカ過ぎて状況を飲み込めておりません。どうしたら良いのでしょうか』「ほっほっほ。流石バカね。どうするかなんて、バカ自身が決めることよバカ」『そうでございますね。バカですのでバカのことは理解出来ませんでした』「ほほほ。まぁ、身に覚えのあること……としか今は言えないわね」。


 ……ん? 何か今までと会話が違うぞ? これまでなら、『どうしましょう』「知らないわ」『ですね』「ほほほ」みたいなくだらない会話で済んでいたと思われるこの二人の会話が、確実に俺に向いている。

 それどころか、基本的に短い会話の二人は未だ素敵な言葉遣いで素敵な会話を続ける。


「身に覚えのあることさえ気づけないなんて、貴方は本当に私が魅入った男なのかしら? あまりガッカリさせないでちょうだい」


 ────は?


「今……え、今の誰が?」


 最後に聞こえた一文は、脳内で響いたというより耳元で囁かれた感覚だった。脳内のお嬢様はこっちを見てたし。所謂カメラ目線?

 にしても、今のが冗談染みた内容じゃないんだって思い込んだとして、『私が魅入った男』というのはどういうことだろう。

 さっぱり予想も想像も浮かばないものだから、適当に無視して進んだ。


 ──珍しく神様のお邪魔も無く駅へ辿り着いた。それ故、手足が痺れている錯覚を覚えるくらい不安だった。

 ここまでで手を出さないということは、今日のメインである水族館で何かしら起こす可能性があるということ。水族館は海に近い。水が多い。それだけで死を呼ぶ危険性は跳び箱百段よりも高い。

 白の、薄めのワンピース姿の矢吹の手を握り締め、今日は絶対死んでたまるかって決意を胸に電車に乗った。


「花菱君、何か今日顔怖いよ? 凄い強張ってる……ていうか、さっき何かあったの?」


 矢吹が不安気に覗き込んで来る。まぁ当然っちゃ当然か。ゴルゴみたいに鋭い眼光を放ち続けているのだから。

 電車に乗ってる時に事故……なんて事態を想定していてこんな気張っているんだが、意外に何事もなく無事水族館のある町に着いた。

 王都市王都駅から三つ離れた和輪町輪和駅。ここから三キロ程度海の方へ歩けば水族館が見えて来る。


 竜宮王国マジマリン──。それが水族館の名称だ。

 水槽で世話される海の生物の数は日本でもトップクラス。その為物凄い広くて小さい頃迷子になった李々華を捜して迷子になったことがある。危険な場所だ。

 まぁこの歳で迷子になったら笑いもんだけど。

 それと相も変わらず、ここら辺の人間はネーミングセンスがヤドカリ並みだ。……だからヤドカリ並みって何なんだろう。

 あ、ヤドカリ居るかな。


「花菱君、見てみて。チンアナゴ! 穴に直ぐ逃げちゃうからあまり見る機会無いよね」


「そうね。でも水族館だから多分エンターテイメントのつもりで出て来てくれてるんだよ。こいつは多分売れっ子だな」


 入って早々海底コーナー向かうことになるのは驚いたけど、矢吹がはしゃいでるからよしとしよう。チンアナゴ好きなのかな。

 俺はやっぱり海の王様ってイメージがある鮫が見たいな。えーと鮫は……ここ二階で、あ、五階かよ。遠いな。


「なぁ矢吹、イルカショーとか興味あるなら観に行かね? もう直ぐ始まるっぽいよ」


 チンアナゴからウツボに目移りしてた浮気者の矢吹さんを振り向かせて、携帯電話の時間を見せる。現時刻は十一時三分で、開始は半から。あ、まだあるわ。


「花菱君観たい? 僕は鼠食べちゃいそうなイルカより、ウツボ見てたいけど」


「多分ウツボの方が鼠食うと思うぞ。まぁそもそも食わんと思うが。俺はイルカショー観たいというより行きたいな。なるべく前の方に座って、水飛沫被って透け透けな矢吹凝視してた──」


「見に行きません。却下です」


「……はい」


 氷の様に冷たい視線を浴びせた矢吹は俺からちょっとだけ離れた。二ミリくらい。

 ちょっと切ない乙女心に浸っていたけど、着替えないんだったと我に返って諦めることにした。でもイルカショーにときめかない女の子って珍しい気もする。

 ゲームとか漫画とかなら絶対行くのに。


 イルカショーが始まってから、終わる時間まで、水族館を歩き回る人が馬鹿みたいに減った。それが狙いだったのか、矢吹は深海コーナーの水槽を張り付いて鑑賞。

 警備員が何も言わないので俺も真似してみたら注意を受けた。おかしいな。差別かな。あーあ、深海魚もっと見たかったのに。


「三階はエイとかマンボウとか、何かそんなんか一杯いるコーナーらしい。トイレもある。それは全部の階にだけど……矢吹どうする?」


「そうだね。マンボウは動き面白いから好きだし、エイは口パクパクしてるの凄く可愛いよね」


「あ、もう満喫してらっしゃった」


 どうする? と聞いたのは、後回しにするかどうかの確認の為だ。

 もう十二時になる為、四階にあるフード店の席を確保しに向かうか人が一斉に戻って来る時間になってもここに居るか、だ。

 ──で、その答えは矢吹のお腹が響いたことで決定した。ご飯食べよっか。

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