1─20
二十九日の土曜日。今朝も流美たんのお出迎えがあって、そのまま部活の勧誘に。残念ながら朝は一人もゲット出来なかった。
あと一人集まれば大会に出れる様になるんだけど、助っ人に来てくれる人はそうそう居ない。他にも部活あるだろうし。
午前の授業はたらい回しの如く適当に済ませ、同時にこんなだから勉強が出来ないんだと嘆息。自分の短足見ながら嘆息。
……俺それほど足短くないよ。
「一人で何やってるの花菱君」
「お、矢吹か。今自分の足が短いのかどうか検証してみようと考えてたとこだ」
「本当に何してんの」
廊下でストレッチついでに脚の長さ測ろうかなぁなんてふらふらしてたら、矢吹に肩を叩かれた。因みに、矢吹的には俺そんな足短くも長くもないらしい。
あ、矢吹が珍しく鼠じゃなくて熊の縫いぐるみバッグにつけてる。
「熊なんて珍しいな。鼠はどうした?」
「鼠よりハムスターの方が好きだよ。それ以上に熊さんが好きなんだ」
ちょっと不貞腐れた態度で訂正された。まさか、あの鼠の大群(縫いぐるみなど)よりも好きなものがあったとは。気づかなんだ。
それより、何とか機嫌を直して欲しくて矢吹の手を握る。まぁ焦っただけっすけど。
「急だからビックリしたよ」
「お、おうごめん。……てか、今の調子じゃ大会出れないな。優勝すんのが夢だったのに」
「そうだね、どうしよう」
俺が突然しょげた様子になると、矢吹も釣られた様にしょんぼりする。悪い矢吹、俺話題逸らした。
でも、笑い事じゃないのは間違い無いんだ。二、三年になってから怯えて大会に臨むことになるより、一年の時に最低限の経験はしておきたいから。
こんな時に『まだ来年があるよ』って言わないでいてくれるのは、矢吹が優しいからなのだろうか。
とにかく、大会まではまだ一週間以上残されてる。だから今は目の前の、最も先端の予定を重視するべきだ。
何より、今の俺の人生は、俺だけのものではないから。
「矢吹! もし大会出れなくても、すっごい悔しいけど、何よりも一番に矢吹のこと考えるからな」
思いついたら即行動。それが俺のポリシー。……何かちょっと前にも似た様なこと考えなかったか俺。
まぁとにかく、矢吹とのデート──いや、毎日一度だけでも会うことは最優先ってことを伝えたかったんだ。
矢吹は猫騙しを受けた様に停止し、虚ろな雰囲気を出している。矢吹さーん。おーい。
「……あ、ごめんビックリして止まってた。ありがとね花菱君。それと、ごめん」
「あん? 何で?」
「……ううん、何でも無いよ。僕は今から帰っちゃうけど、学校頑張ってね。また明日、楽しみにしてるから」
「お? おうよ待たな! 気をつけなはれや!」
暫くの間満面の笑みで手を振り続けていた矢吹は、廊下の先に消えた。
対する俺はその場に立ち尽くし、矢吹の言葉の意味を空っぽな脳で考えてみる。
「何でごめん? 何かあったっけ?」
何も分からなかった。やはり俺の脳はダメダメみたいだ。悲しいけど。
何で帰ったの矢吹。
まだまだ謎が深い矢吹のことは明日考えよう。……間違えた。矢吹とのデートのことは当日の明日考えよう。
今はちょっとだけ、部活に集中させていただきます。
「せーんぱい! 流美たんのハートキャッチ出来そうっすか?」
「バッ……! ちょ、ちょっと花菱君!」
グラウンドでボールを蹴る練習してた小長屋先輩に馴れ馴れしく話しかけたら、口を塞がれた。心臓止まるかと思ったついでに奥の方で動く物体に気づく。
「あ、流美たん居たのね」
流美たんはお得意らしいリフティングを繰り返し、最終的には球乗りを始める。軽いね流美たん、ボール全然潰れてないもん。
それよりさ、球乗りからボールと同時にボールの上で飛び跳ねるその動き、どうやってんの?
「ちょっと一緒に練習したいなって、ダメ元で頼んだらOKしてくれてさ。だからいいとこアピールしたいなって」
「あ、なるほどなるほど」
俺の視界をナチュラルに遮った小長屋先輩は、凄く恥ずかしそうに耳まで赤くする。
そんな彼の子供みたいな反応を見て、何故か苛立ちを覚えた俺は適当に流してた。てか、流美たん二人きりで男との練習OKしちゃうんだ。へー。
「……俊翔。俊翔こんにちは。一緒、練習、しない?」
俺に気がついた流美たんはボールを置いて駆け寄って来た。ててててって効果音がつきそうな、可愛らしい走り方。でも早い。
普通、最もプレーが上手い流美たんに誘われたら断る訳がない。断ったら大仏クラスの大きさで馬鹿と書かれてしまうだろう。
そんなことまで脳に浮かべておいて、俺は真逆の答えを出していた。
「……いや、いいや。俺今日ちょっとやる気出ないし、谷田崖と先輩で練習してなよ。あ、そうだ。今日は部活も出ないって部長にもよろしく」
「俊翔……?」
「じゃあな谷田崖、先輩も」
何となく振り返らずにそう残し、無心のまま教室に戻って来た。──とこで、コタケ&ヤスダコンビに遭遇した。
「お、ハナシュンじゃんか。どうした? 矢吹さんなら帰ったぞ?」
「ん、ああ知ってる」
「何だ知ってんのかぁ。つまんねー」
「あはは」
……自分でも、笑っていないことは分かってた。矢吹が帰ったのはさっき偶然出会ったから知ってるし。だからつまんねーんだけど──そこじゃない。
俺はさっきから自分の行動が自分で全く理解が出来てない。
俺は矢吹に『部活に集中させていただきます』と心の中で謝っておいて、サッカー部に向かったけど部室には入らなくて練習もしないで何故か教室に戻って来て……
「なぁ二人共」
笑わない俺に不機嫌そうなコタケ達に小さく零すと、二人は一変して不安げな表情になる。俺が真剣なのが不安だというのか、流石親友達だ。よく分かってる。
だけど自分自身がよく分かっていない俺は、この世で最も間抜けな言葉を放った──。
「俺は何がしたかったんだ?」
凍りついた無表情、何も考えられる気がしない脳を必死に砕いているつもりが酷く冷静だった。そんな俺を、コタケとヤスダが素っ頓狂な顔で見つめてる。
声にならない声で、「はぁ?」と言っている幻聴が聞こえる。
「なぁハナシュン、お前……」
「いややっぱ何でもねぇわ。多分トイレ行きたかったんだよ多分。あ、それとちょっと腹痛えから帰るわ。じゃあな諸君!」
「おいっ!?」
幻聴と嫌な想像が同時に襲いかかり、それが怖くて逃げ出した。
情けない。あーあ情けない。
ねぇ教えてくれよ矢吹。こんな情けない、俺のどこの何がよかったんだ──?
「ちょっと待ちなさい!!」
「うぐぉえっ!」
階段を無我夢中で駆け下りてる途中、襟首を捉えられて一瞬浮いた。廊下走ってるのを注意しようとした先生かと予想して謝ったが、全然違った。
「何帰ろうとしてんの! シュン、授業まだでしょ」
「おぅえ、てか昇かよ。腹痛いんだ、帰っていいか?」
「あんな元気に走っておいてそれはないでしょ!」
だよね、ですよね。分かってるよ腹痛いの嘘だからな。でも何で昇まで疲れ切った顔してんの。
授業、どうしてもって訳じゃないけど出られる気しないんだよなぁ。自分が頭おかしくなってるみたいで。
仕方ない、よな。昇には嘘つきたくないし、本当のことを言って……納得してくれるだろうか。
「俺何か変なんだよな」
「知ってるわよ」
「そうでなくて、今日、とにかく普段と違うんだ。何か知んないけど、自分が何したいのか理解出来なくて。流美たんにも素っ気ない態度とっちったし」
「あー、そういうことね。あんたならいつかそうなると思ってたけど」
「は? 何で」
「何でも」
よく分かんないよな、最近の昇って。何が言いたいんだか……全部を知ってる様な言い回しで。
未来が見えてなければ分からんでしょそんなこと。
「つか、昇も思うだろう? 女の子は星の一番とも掲げられる俺が、流美たんに素っ気ない態度なんて変だって」
「だから……。いえ、そうね。ずばり言っちゃうと……矢吹さんのせい、かな」
「……は?」
「ま、いいわ。とにかく帰りたきゃ静かに帰りなさい。私が先生達誤魔化しておくから」
しっしと虫を払い退ける様な仕草を俺に向けた昇は、俺に見向きもせず階段を上って行った。
何で? 何で俺が流美たんを傷つけたのが矢吹の所為になるんだ? 俺が悪いのに、人の所為なんかにするものか。
「昇は親友なのに、俺のこと全く分からないんだな」
悲しいがそういうことだ。と、心に刻みつけて門に歩いて行く。
ふと遠くで、流美たんに頭を下げる小長屋先輩の姿が見えた。もしかしたら、告白でもしてるのかも知れない。その為に助っ人に来たんだしな、あの人。
──今日はこれ以上矢吹とは会わない。昇だって会うことはない。コタケとヤスダとは会いにくいし、流美たん達だって気まずい。
久々の、一人ぼっちの一日になりそうだ。
──夕焼け空に、一人のイケてない少年。公園のブランコでオーバーに立ち漕ぎ。ついには大車輪を修得した。
少年は毎日毎日一人でこの公園に立ち寄り、誰もいなくなった時間を見計らってはしゃぎ始める。
それが俺、花菱俊翔だった。
小学四年生にしては少し大人びた顔つきで、だけど言動行動はその他誰よりも子供染みている。そんな俺に友人と呼べる人間は一人もいなかった。
コタケとはただの幼馴染み。昇とは出会ってそんな経っていないから仲良いとも言えない時期だ。
そんな俺は、明るさだけが取り柄で、本当にそれだけで人には好かれなかった。
「ん、あー寂しい。めちゃめちゃ寂しい。誰か遊ぼうぜーなんて声をかけたら、遊んでくれるんかな」
寂しい寂しいって声に出してたら、いつか誰か誘ってくれる。そう信じてた幼き馬鹿の脳みそ。ラーメンにでもして食べてしまえ。
頭が悪い俺は、人との接し方さえもよく分かっていなかった。
だけどいつしか、自分がサッカーに夢中になり、コタケとも久々に打ち解けてきたりして、漸く一人目の友人が出来た。
嬉し過ぎて、過ぎたことをしてしまったのはこの後直ぐのことだった。あの、昇から記憶を奪った忌々しい川に、やって来たのだ。
……因みにこの時、まだ昇の記憶はございます。
つい最近説明致したこの川の祠は、掌で掬える程にミニチュアサイズ。俺は逆さになっていたそれを、水から取り出した。
「どうか、このまま俺から親友が消えませんように。お願いしやーす」
凄い軽い気持ちで願った。いつか、人との別れが来ることは絶対だってのに、本当過ぎた願いだった。
その後に一人で大声を出して笑うくらい下らないことだったのに、本当何でだろう。何で仲良くなったばかりの昇の記憶なんて奪ったんだろうか。
おかしいだろ、叶えるなら、ずっと記憶残してくれよ。そのおかげで昇とは離れなくなったけどさ。
──惚けて記憶を掘り起こしていたらもう家の前だった。ドアに鼻ぶつけてクソみたいに痛い。
さてと、昇にも嘘を吐かせる羽目になってしまったけど、デートの準備しますか。
てか今日はマジで自分の面見たくない。見ること多分無いけど、マジでマジで本気で本当に…………。
「……ん? あれ? 日にち変わってねぇ?」
気がついたら寝ていて、まさかの翌日。全く準備してなかったよ。という訳で起床後直ぐにデートの準備。
待ち合わせ場所確認のためのメールもちゃちゃっと済ませて、朝ご飯胃袋に放り込んでからお風呂へゴー。清潔感満載となった俺の裸体を目撃してしまった、偶然居合わせた李々華のグーパンチ食らってノックアウト。
なるべく早く立ち上がって服着たよ。あーあ、痣になってなきゃいいけど。
「ハローマイファミリー! それからシーユー! 水族館デート行ってまいります!」
……無言のお見送りでした。冷たい家族だことよ本当に。てか見送りですらないか、見てないもん俺のこと。
きー! 悔しいわ! とハンカチを噛んで一人演技をする路地で、急に踊る携帯電話に俺も高速回転ダンシング。ビックリさせんといてよマイモバイル。
「もしもし? この電番って、昇のっすよね? 何の用?」
番号に気がついて即出たが、何もない。デートなんだけどってのは伏せておこう。絶対知ってるけど。
小さく聞こえて来る声に耳を澄ませてみると、そこから聞こえて来たのは昇のアルトボイスではなく、怯え声のお母様のお声だった。
因みに、昇のお母様は娘同様美人で巨乳。ナイス親子。
「どうしたんすか? 昇のお母様っすよね? 久しぶりぶり〜」
『……あの、シュン君よね? うち、分かる?』
「分かるけど……お母様、ちょっと泣きそうな声してない?」
お母様の声、鼻声だ。泣いた後なのか泣きそうなのな泣いてんのかは分からないが、それは間違いない。単に鼻が辛いのかも。
早く行かないと矢吹との待ち合わせ時間に遅れちゃう──と、早めに切ろうとしたけど、俺の時間は一瞬止まった。
『昇が、倒れたの……』
「えっ……」
昨日辛そうだったのは見間違いじゃなかった。だけど俺、嘘の体調だったのに、思い切りサボったな……。
一章最終部に向かう、です。




