↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第一章 セルビアと私

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/22

第1話 セルビアとヴェネツィアの街①

 イタリアの北東部にあるヴェネツィア。「水の都」と称されるだけあって街全体は蜘蛛の糸のように運河が流れており、住民はその運河を小舟を漕いで街を横断している。彼らの交通手段は自動車よりも小舟が主流なのだろう。

 

「その様子だとお嬢さんはこの街が初めてかい?」


 水面で揺れ動く小舟の先端部から船長はそう尋ねてくる。小舟に乗船しているのは私一人だけだとしても、まさか話しかけられるとは思いもよらず、人見知りの私はただ頷くだけしかできなかった。会話が続かないことが面白くなかったのか船長は興味のなさそうな声で「そうかい」のひと言で締めた。


 この小舟の船長は、新入生を学院まで案内してくれる案内人の一人である。数日前、学院への入学式の案内状が届き、ヴェネツィア・サンタルチア駅で「漁師のよう案内人の誘導により…」と怪文章が明記されていた。


 半信半疑になりながらも人々が行き交うヴェネツィア・サンタルチア駅に降り立つと、大漁網を抱えている漁師のような身格好の船長が仁王立ちしていたのだ。案内状に記されたとおりの見た目であり、かつ、周囲からの注目度が高かったことから私は迷わず案内人と合流することができた。同時に経験したことのない羞恥を味わった。


「お嬢さん、こんな美しい景色が広がっているというのに俺なんか見てどうする。生憎、俺には愛する妻と娘がいるもんでな」


 私は必死に首を横に振り、すぐさま視線をそらす。確かに船長を見すぎていたのは事実だが、断じて熱い視線を送っていたわけではない。船長の身格好に今もまだ困惑しているからだ。このままマグロ漁船に攫われてしまうような気がしてならない。


「天気も良いことだし、どうせならこのまま地中海まで漕いで魚でも獲っていくか」


 私は顔面蒼白になりながら船長に「冗談ですよね?」と目で訴える。学院編ではなくマグロ漁船編に突入するとは誰が想像するか。

 

「冗談に決まってるだろう。一応は俺も学院の雇われだから、お嬢さんを送り届けなかったら減給になっちまう。娘がオシャレに気を遣う年頃になったもんでな、減給になるわけにはいかないだ」


 このまま船長を運河へ突き落としたとしても、きっと故郷の山神様はお赦になってくれるだろう。 

  

「そんな怖い顔で睨むなよお嬢さん。冗談はさておいて乗り心地はどうだい。これは俺がイチから設計した自慢の愛船なんだ」


 自慢げに鼻を鳴らすがお世辞にも立派な小舟とは言えない。手作りにしては完成度は高いとは思うが、ベニヤ板がささくれのように剥がれていて、今にも水没しそうな年季の入った船という印象である。

 

 だけど、一点だけ顕著に優れている点がある。さっきからすれ違う船はバイクのエンジン音みたいな騒音で運航しているが、この船のモーター音は消音で、振動も気にならない。


「良い着眼点だお嬢さん。この電動モーターは細工してあって、速度は低下するものの騒音を抑えるように改造しているのさ。ヴェネツィアの魅力を堪能しているところを船の騒音で邪魔したくないからな」


 船長は電動モーターで進む船を木製のオールで微調整している。船長の言うとおり船が静かだからこそ、ヴェネツィアの風景に没頭することができたのかもしれない。


 私は目を瞑って深呼吸をしてみる。水面を走る風に髪が攫われて、冷たい雨水が頬を掠める。ゆりかごのように身体が優しく揺られ、乗り心地はとても良い。

 

「気に入ってくれたようで何よりだ。どうだいこのヴェネツィアの街は。ここは俺の故郷なんだ。俺はこの街を愛している」

 

 ヴェネツィアの都市部は美に溢れている。大理石で壁面が覆われた建築物や運河を繋ぐ石橋、街に点在する街灯はアンティークな模様をしている。

 そこから少し船を漕ぎ、都市部を離れると閑静な住宅街に入り込む。赤色や青色、橙色といったカラフルな色をした住宅が並んでおり、広場には路上パフォーマンスや出店で賑わっており活気に溢れている。まるで物語を観ているようにヴェネツィアの日常が流れていく。


「驚いたかい。都市部から大した距離を離れていないのに別の国のように街の顔が変わるんだ。平和ボケをしてしまうくらい穏やかだろう。この澄んだ空気とノスタルジックな景観、こんな小汚い格好のおっさんでも気さくに挨拶してくれる人情深い住民、そんな街が俺は愛してる。だから俺はこの街のために働き、この街のために朽ちていくのさ。お嬢さんにもそう思える故郷はあるかい?」


 彼の問いかけに私は力強く頷いた。私にも愛してやまない故郷がある。このイタリアのヴェネツィアに上京してきたもの故郷を守るためと言っても過言ではない。


「そうかい。その故郷はお嬢さんにとって大切な場所なんだろう。なにせ故郷の話をしたときのお嬢さん、今日見た中でも一番良い顔をしていたぜ」


 無愛想で他人に興味の持たない船長かと思いきや、人情深くてヴェネツィアを愛してやまない優しいオジサンだった。それからヴェネツィアの観光、文化、注意すべきことなど、この街を愛してるからこそ知っている情報を船長から教えてもらった。野良猫のように威嚇していた私もいつの間にかに彼の話に真剣に耳を傾けていた。


 「さて、そろそろで到着する。降りる準備をしときなお嬢さん」

 

 小舟の先端はとある古民家に向けられる。その古民家は運河に面する部分が水上ガレージとなっていた。小舟一隻が収納できる程度の小さなスペースである。あくまで休憩や燃料補給のために立ち寄るだけで、まさかここが終着点ではないだろう。


 「残念ながらそのまさかだ」


 小舟はその古民家で停泊した。船長はロープで船を固定し始めるが、誰がどう見てもここが学院ではないことは明白だった。


 「俺が案内できるのはここまでだ。なあにそんな心配そうな顔をしなくても、学院はすぐそこさ」


 荷物を降ろして改めて周囲を見渡しても、そこはダンボールや工具が積まれたホコリまみれの小さな倉庫でしかなかった。学院に通じる道も地下扉も無い。だけどこの倉庫で唯一の違和感はある。


「そこにある黒電話がいわゆる学院に繋がる転送装置の受付だ。受話器をとって指示に従っていれば問題なく学院に入ることができる」


 倉庫の中心には黒色の電話機器が一台設置されている。私はじりじりと警戒しながら黒電話に近づく。まるで危険物を扱うみたいに近くに落ちていた鉄パイプで突いてみる。そんなビビりちらかした私を船長は呆れたように見つめていた。


「ここはもう学院の領域だから敵意あるトラップも仕掛けられてない。だからさっさと受話器を取れ。今日は愛する妻と娘とでレストラン行くから早く帰りたいんだが」


 この電話機よりも彼の苛立ちのほうが怖いため、私はすぐに受話器をとった。プルルルルッ、プルルルルッ。三回目のコール音が鳴り始めようとした時、女性の声を模した自動音声に切り替わる。緊張で手が震えてしまう。


 『新入生の方ですね。ご入学おめでとうございます。まず始めに入学生名簿と照合させていただきます。お名前をどうぞ』

 

「■、■■■・■■■■■」


『読み取れませんでした。もう一度、お名前をどうぞ』


「■■■・■■■■■」

  

『読み取れませんでした。解析を開始します。そのまましばらくお待ちください』


 黒電話から青いレーザーが放射され、私の身体を隅々までスキャンする。複雑な魔法が重ねられた高度な技術に関心していると、解析はすぐに終わった。


『魔法を感知しました。学院外の魔法使いと認識しました。魔法国家公務員の魔法使い名簿にも記載がありません。住民登録も確認できません。総合的に判断した結果、あなたを無法者の魔法使いと認定します。学院への侵入者として、これより攻撃フェーズに移行します』


 受話器から物騒な音声が流れ、私は苦笑いしながら船長に顔を向ける。嫌な予感がしますが、これは一体どうすれば良いのでしょうか。想定していなかったのは船長も同じだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。