第86話 新しい担当者?いや、前からいたらしい!
あれから、数日。
アルターク九州本部には、今のところ変わった来客はない。
……今のところ、だけど。
海外の企業の人が受付まで来た日のことは、まだ少し気になっている。
自宅なら俺が別の場所に移ればいい。
でも、会社には俺以外の人もいる。
受付の方にも、総務の方にも、普段の仕事があるわけだ。
そんなことを考えていると、上司に呼ばれた。
「松、ちょっといいか?」
「はい! 何でしょう?」
「先日の来客の件。総務と対応を確認したい」
「分かりました!」
小さな打ち合わせスペースへ行くと、総務の人が資料を持って待っていた。
「松さんへの面会を求める方が再び来た場合、受付では出勤状況や居場所をお伝えせず、まず会社として用件を確認します」
「ありがとうございます!」
「本人に直接取り次ぐかどうかも、社内で判断します。空中スイマーの仕事の依頼は、アルタークの業務とは別ですから」
「はい! 日本政府の窓口を通してもらうようにします!」
「それと、松さんご自身が受付へ出て、相手に会う必要はありません」
「分かりました!」
上司が言った。
「出勤方法も、必要なら相談してくれ。もちろん、会社の仕事や手続きとの調整は必要だけどな」
「助かります!」
俺のためだけに、いろいろ決めてもらっている。
申し訳ない気もした。
でも、会社の人たちが一緒に考えてくれているなら、俺一人で何とかしようとする必要はない。
「あと、配信で会社の場所が分かるようなことは言わないでくれよ」
「気をつけます!」
「……『今日は会社にいます!』とかもな」
「……言いそう!」
「言わないでくれ」
「はい!」
気をつけよう。
本当に。
◇
退勤して政府の一時滞在施設に戻ると、白石さんから連絡が入っていた。
『今後の連絡体制について、短時間ですがお話しできますか。政府側の担当者を一人ご紹介します』
「担当者?」
あれ、また新しい人かな。
いや、政府のチームには前から何人もいるんだよな。
俺が普段話すのが白石さんばかりなだけで。
時間になって端末を開くと、画面に白石さんが映った。
「こんばんは、松さん」
「こんばんは! お疲れさまです!」
「本日は、能力情報の整理を担当している遠野さんをご紹介します」
隣に、落ち着いた雰囲気の男性が現れた。
「初めまして。遠野遼と申します」
「松です! よろしくお願いします!」
「こちらこそ。私は以前から、松さんの能力の使用結果や確認済みの条件を整理しています」
「おお! 新しく担当になった方じゃないんですね!」
「はい。これまでは白石さんたちを通じて情報を確認していました」
白石さんが補足した。
「今後、私が不在の時に、遠野さんが同じ連絡窓口で対応できるか準備を進めています」
「……あれ? 白石さんが担当を外れるんですか?」
「いいえ。私が主な窓口なのは変わりません」
「よかった!」
思わず即答した。
……ちょっと早すぎたかな。
でも、やっぱり慣れている人が突然替わったら困るし。
遠野さんが言った。
「代行する場合も、確認済みのことをお伝えしたり、必要な部署へ取り次いだりする形になります。私が一人で判断するわけではありません」
「分かりました! じゃあ、連絡する先は今までどおりですね!」
「はい」
白石さんが笑う。
「遠野さんは、確認を丁寧にしてくださるんです」
「ありがたいですね! 俺、思いつきで質問しちゃうので!」
「そのことも、検討の記録から把握しています」
「……記録に残ってるんですか!?」
「必要な検討の経緯は残しています」
……まあ、そりゃそうだ。
俺の思いつきを全部並べたら、すごい量になりそうだけど。
「あっ、じゃあ一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「この前、杉浦さんと工場に行ったんです!」
「はい。見学の概要は共有されています」
「大きな機械って、運ぶために一回分解することがあるんですね」
「そうですね」
「じゃあ、俺が丸ごと運べたら、日本のメーカーさんって助かるんですか?」
遠野さんは少し考えた。
「設備の形状や搬入先によります。保守や組み立ての都合で分ける部分もありますし、実際の機械を完成状態で移動させる試験はまだ行っていません」
「ですよね!」
「搬入方法だけでなく、設置した後に使える状態になるかも確認が必要です」
「……なるほど」
分かる。
でも、聞きたかったのは少し違うんだよな。
「そういう確認が必要なのは分かるんですけど、俺が知りたいのって……」
「遠野さん」
白石さんが声をかけた。
「松さんは、どの分野で能力を使うと日本企業の仕事につながるか、という観点で質問されています」
「あっ、そうです! それです!」
遠野さんがうなずいた。
「私は輸送の可否の話をしていましたね。仕事としての価値なら、製造や物流の専門担当と比較する必要があります」
「はい!」
「ただ、比較するための質問は整理できます」
「おっ?」
遠野さんが資料に三つの項目を書いた。
『運ぶためだけに外している部分は何か』
『分けることに、輸送以外の理由はあるか』
『完成したまま運べた場合、製造や設置で何が変わるか』
「……おお! そういうのを知りたいんです!」
「その答えが分かれば、杉浦さんやメーカー側で実際の利点を検討しやすくなります」
「めっちゃ分かりやすいです!」
俺なら『分解しなくてよくない?』で終わりそうだ。
「最初の発想はそれでもよいと思います」
遠野さんが、真面目な顔で言った。
「理由を調べるのが、その後の仕事ですから」
……いいこと言うな、この人。
白石さんがうなずいた。
「では、杉浦さんに相談するための質問としてまとめましょう」
「お願いします! 俺も気になることを書いて送ります!」
「ただし、実機のワープ試験をするかどうかは、まだ決まっていません」
「了解です! 勝手に機械を運んだりしません!」
「それはお願いします」
白石さんが笑った。
……俺、そんなに危なっかしいかな?
いや、今まで結構いろいろ試してきたしな。
通話を終えてから、スマホのメモを開いた。
先日書いた言葉が、まだ残っている。
『運ぶために分けているものは、分けなくて済むかもしれない』
その下に、今日の三つの質問を追加した。
そして、いつもの政府窓口へ送る。
『杉浦さんに相談する時に使ってください! 急ぎではないです!』
……よし!
新しい仕事を考えるための材料が、また一つ増えた。
会社のことも、転職のことも、まだ全部は決まっていない。
でも、今の会社の人たちが普通に働けるようにしながら、俺も次の仕事を見つけたい。
……もちろん、休みがちゃんとある仕事で!
そこは譲れません!
個人用スマホを開くと、前に検索したお店が表示された。
あ、白石さんとの次のご飯も探さないとな。
そっちは、遠野さんに質問を整理してもらわなくてもいい。
……いや、お店の比較表はちょっと欲しいか?
「……そこは自分で探そう!」
政府の連絡先は一つのまま。
でも、困った時に相談できる人は一人増えた。
それは、ちょっと心強かった。
次回、第87話「会社、辞める方向で話してきました!」
次回更新:11月9日 12:10予定




