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第11章 終局への踊り場

1.


 アンヌとソフィーは、鷹取家から提供された最新情報に眼を縦横に走らせて、その選別と考察を行う作業に携わっていた。

 伯爵家の家臣のうち、日本に来ている者から、昨夜のアジト一斉強襲で捕らえられた者を省いたリスト。その中から今、恐らくはニコラに随行している者を選び出し、能力を憶えている限り列挙する。ほかにも、ニコラの資金源、彼をそそのかした者の情報などなど……

「我々も――」

 手を止めて、アンヌはつぶやいた。

「組織が必要だな」

「……伯爵家という組織ではなく、ですか?」

 ソフィーのためらいがちな疑問はよく分かる。守旧を良しとし、それを"伝統"と呼んではばからないのが伯爵家の気風である。かくいうアンヌとて同じだ。だが、

「我々の諜報組織がどんな仕事をした? 買収可能な官僚のリストとて、どこぞのブローカーから購入したもののはずだ」

 アンヌはそれ以上の策謀には参画していない。だから此方の諜報能力については、詳しくない。

 だが、明らかに鷹取家のそれには劣る。それだけは分かる。

「諜報関係だけではない。我々のアジトを一斉に襲った件についてもだ」

「……確かに、我々には全体のまとめ役がおりません」

 ソフィーはくやしいのか、唇を噛んだ。

「正確に言うと、我々を全体が見渡せるように支えてくれる組織だ」

 午後4時から、会議が開かれる。今夜の作戦行動についてのプラン説明の場だ。そこで、鷹取家の持つもう一つの組織、参謀部が現れるだろう。その仕事ぶりを拝見させてもらうことは、既に沙耶に伝えて許可をもらっていた。

 そこからしばらく作業を進めて、出来上がったものをソフィーに持たせて会議室へと向かう。その途上で、2人は窓の外の騒がしさに気づいた。

 ビルの正面玄関前は、やや広めの歩道となっている。そこに、鷹取家の庭師が4人集まって、じゃんけんをしていた。そして、それを眺める『あおぞら』のスタッフたち10人ほど。ユウナもいる。

 じゃんけんはやがて1人の敗北者を生んだ。ちょっとくやしそうな恥ずかしそうな男は、

「じゃあ、いくぞ」

 そう声をスタッフたちにかけると、庭師は腰の後ろに付けた大型のポーチから、奇妙な形の箱を取り出した。

「あの形、どこかで……」

 アンヌの追憶は、庭師が取った次のアクションで正解を得られた。彼が下腹部にその箱を押し付けると、箱の両端から黒い帯が湧き出てきたのだ。それはまるで意思を持っているかのように彼の腰を巡ってゆく。

「! ヘンシンベルト……?」

 姪に買ってやったフィギュア。それの一つが、あんな形状の物体を腰に巻いていたような……

 彼は休む間もなく、その箱の上部に付いたボタンをプチプチと押した。そして、

「変身」

 一声、ちょっと恥ずかしそうながらもはっきりと告げたとたん、箱から黒い液体が吹き出始めた!

 アンヌも含めた一同が唖然と――口まで開けっ放しな者までいる――見守る中、液体は庭師の体表を素早く覆い、全身黒尽くめとなった。頭部は彼の頭そのままではなく、卵形というべきか、フルフェイスのヘルメットというべきか、そんな形状を形成している。

 その頭部前面に、威嚇の意味も込めてだろう、怒らせたような形状の眼が作られて、変身は完了した。

「ソフィー」

「はい?」

「下に行くぞ」

 アンヌは駆け出した。



 玄関先にたどり着くと、黒尽くめはスタッフたちにペタペタ体表を触らせていた。皆一様にここが硬いだの、関節部分はどうのと騒いでいる。

「あ、アンヌさんとソフィーさんだ」

 ユウキが気付き、庭師たちが一斉に敬礼する。答礼もそこそこに早足で歩み寄り、

「ふんっ!」

 顔面に右フックをお見舞いしてみた。そして結果は、アンヌの予想どおりだった。

「やはり、流体金属装甲か……!」

 拳の形に若干へこんだだけで、しかもそれがすぐに元に戻る。鷹取重工とウナバラ・インダストリアルが共同開発しているという噂は耳にしていたが、まさか実用レベルに到達していたとは。

「アンヌ様、いきなり殴らないでくださいよ。痛いじゃないすか」

「嘘をつけ」

 とアンヌは吐き捨てた。拳を打ちつけて得た感触からの、いささかの驚嘆をこめて。

「中身にかすりもしていないくせに」

「アンヌ様! 手は大丈夫ですか!」

 慌てるソフィーに言われて、右の拳を確認する。若干打撲っぽい痛みはあるが、問題なく握って開いてができる。

「これ、護身用兼護衛用の装具ですから」

 庭師頭がいつの間にか出てきていた。部下に装着解除を命じて、改めて怪我の有無を確認される。

「あ、そうか。硬くしちゃうと跳弾するからか」

 ハヤトが手をポンと打った。それを聞いた庭師頭は感心したように口の端を歪める。一方その部下は、頭を盛大に掻いていた。

「アー恥ずかしかった」

「じゃんけんで負けたからですか?」

 ユウナの眼は笑っている。だが、不正解だったらしい。

「いや、変身ってコールするのがどうにもこうにも……知ってるかどうか分からないけど、うちのボスたちさ、変身ヒーロー大好き一族なんだよ」

「ええ、聞きました」とチハヤが受ける。その眼はなんとなくだが、複雑な色をしている。

「だからね、『掛け声は“変身”以外認めない』って言われちゃって、みんな参ってるんだけど……」

 先の男性庭師は見物人たちを見回して、

「あれ? 変じゃない?」

「いや、あたしらも掛け声はみんな『変身』なんで」

「私もだ」

「……奇遇だな」「ですね」「だな」

「千早、圭、どうよこれ?」

 とハヤトが小娘二人に話題を振った。どうもこの3人は幼馴染らしい。

「だめだ。改造人間以外のライバーは認めない」「同じく」

 意味がよく分からないが、庭師には通じたらしい。盛大に笑われた。

「こいつで戦闘なんかしないよ」と。

「こいつはさっきも言ったように、要人警護と護身用だからね。稼働時間は秘密だけど、まあ一時の弾除けさ」

 だが、とアンヌは思う。出現時は平和利用だった物が軍事利用に転換されたケースは、枚挙にいとまがない。

 これもいずれ、妖魔に対抗するための手段として使用されていくのではないか。あるいは、他国の"現世の守り手"相手に。

 2階の窓から。コトネの声が降って来た。作戦会議が始まるようだ。



2.


 琴音にメールで依頼されたものをシャワー室のロッカーに取りに行き、ついでにお手洗いを済ませた隼人が会議室に駆け込むと、既に全員が揃っているようだった。美紀が隣に取っておいてくれた席に、礼を言って座る。

 それを待っていたのか、すぐ支部長が立ち上がった。

「これから、今夜の戦闘に関する作戦会議が開かれます。最初にみんなに伝えておきたいことが一つ。今夜の戦闘に関しては私が指揮を取りますが、」

 とここで沙耶たちのほうに視線を移して、

「鷹取家の参謀部に補佐してもらうことになります」

「参謀部?」

 隼人の横で、るいの声。妙に高いそのトーンは、興味津々な時のそれだ。それに答えるかのように、扉が叩かれた。

「失礼します」

 そして、会議室の中に、見慣れない制服姿の男女が入ってきた。

 庭師の活動的なものとは違い、まさに制服、いや軍服と形容したほうがいいかもしれない。揃いのベレー帽横についたマークは、昨夜戦場に飛来したチヌークの腹についていたものだと気が付いた。

 彼らが持参した機器の設営に動き回っているなか、るいにTシャツの裾を引っ張られる。

(参謀部だって、隼人君)

(すげぇな、戦争する気満々じゃん)

 るいの眼の色が変わっているのを眺めていると、その瞳の中に、新たな入室者が映った。沙耶が立って出迎えているのも。

「ああ、たずなさん。お疲れ様」

 隼人が振り向くと、まず眼に飛び込んできたのは――否応なく飛び込んできたのは、豊満としか形容しようのない胸だった。腰つきも胸相応の張り具合で、かといって太っているわけではない。愛嬌に満ちた顔ともあいまって、仕草の一つ一つに月並みな表現ながら大人の色気を感じさせる。

 こう言っては何だが、いま向かい合っている沙耶より、いやこの室内の誰よりも色気という点では確実に上だな痛い!

「「隼人君」」

 美紀が隼人の肘をつねってきた。

「なんで美紀ちゃんが怒るんだ?」

「「うちだけやないで。みんなを代表してるんや」」

(つか、なんでそこで姉妹が揃う?)

 そんなことをしているあいだも、沙耶と、たずなと呼ばれた女性の会話は進む。

「ごめんなさいね。バーゲンセール中に呼び出して」

「いいえ、これも仕事ですから。それに、私が言い出したことですし」

(……バーゲンセール?)

 例の制服を肩に羽織っている以上、参謀部の人なのだろう。その職務にバーゲンセールがどういう関係があるのだろうか。隼人たちがいぶかしがっていると、室内を見回していたたずなが、ぴたりと止まった。そのまま沙耶を残して、ハイヒールの音も高らかに歩み寄ってくる。

(なんだ? 俺か?)

 肘をつねる美紀の指がますます強まり、同時に女子の視線が全方位から突き刺さる。様々な痛みできっと微妙な顔してる俺だけど、何か用ですかおねえさん――

 たずなは隼人の横をさらりと通り過ぎると、横田の真正面で止まって、顔だけを沙耶に向けた。何が起こるのかと静まり返る室内に、機器設営の音に負けない艶っぽい声で、

「沙耶様、さすがですね」

「? 何が?」

「もう臨時ボーナスまで用意してくださってるなんて!」

 いきなり、たずなは横田を抱きしめ、その胸の谷間に横田の顔を埋め込んだ!

 機敏かつ過敏に反応したのは、琴音と鈴香だった。

「こらこらこらこら!!」

 こちらは急行してくると、もがく横田をたずなの胸から引き剥がそうと試みる。

「来て2分でなにやってるんですか?!」

「なにって、臨時ボーナスの捕食――」

「捕食しないでくださいこんなところで!」

「まーた相手の同意もないのに勝手なことして!」

 るいがケラケラ笑い出した。ほかの女子が困惑以外の表情を見せない中、伊藤の心の内が、隼人にはよく分かる。ああ、よく分かるとも。

(うらやまケシカラン……)

「あの、あの」と永田がやっと声を上げた。

「その人、妻も子もいるんで、捕食とかってのはちょっと……」

 だがその制止の言葉は、たずなにブーストをかけただけだった。

「ますます大好物!」

「や め な さ い !」

 その時、横田がようやく動いた。ピクピクしていた手を使って、たずなの肩をパンパンと叩いたのだ。いや、あれはやっぱり痙攣してるのか……?

 たずなが肩の手を気にした隙を突いて、琴音と鈴香はようやく横田の剥離に成功した。

 横田は、真っ青だった。席上深く深くうなだれて息も荒く、

「窒息するかと思った……」

 周りからの同情を集めるサポートリーダーをあとにして、琴音たちはたずなにお小言を並べながら、上座のほうへ引き戻そうとしていた。それに連動して上下に揺れる、おお揺れる。

 ミキマキがぼそっとつぶやいた。

「なんやねん、あのチチは……」

「あるところにはあるんやねぇ……」

 自らの薄い胸を見下ろして、しょんぼりしている。

「そんなことないよ、その人なりの似合うスタイルってもんがあると思うけど」

 そう言ってあげると、

(無難なコメントでしたね、今)

(まあ確かに双子ちゃんのボデーでボインボインはねぇ)

(小森さん、またオッサンくさいです)

 などと、北東京支部の面々がひそひそやっている。

「主任、準備できました」

 会議室正面から声が飛んできた。それに応えて、

「はい、お仕事お仕事」

 と沙耶に急き立てられたのは、たずなだった。うなずくと、制服の肩ストラップに挟んでいたベレー帽をしゅっとかぶって、

「じゃ、コメディーパートはここまでですね」

 スクリーンの前に柔らかい笑みのまま立つ。

「では改めまして。鷹取家参謀部、主任参謀の仙道です。よろしくお願いします」

 優菜が鈴香の耳元に顔を寄せた。

(偉い人なの?)

(参謀部の実質的なナンバースリーです)

 マジで?

 呆気にとられる『あおぞら』一同を向こうに回して、主任参謀は平然と作戦の説明を始めた。



3.


 現在、北東京支部跡には急ごしらえの大型ターフが張られ、ニコラはその中で地脈のエネルギーをその身に取り込んでいると推測される。その周辺域は、彼の配下が固めている。そして、半径500メートルほどの外周を鷹取家が包囲して、配下とにらみ合っている状況である。

 これに対し、3方向から攻撃して、ニコラの配下をその場に釘付けにする。そのあいだに、『あおぞら』隊が突入してニコラを打倒・拘束する。これが、主任参謀の説明した作戦概要であった。

「さて、次にプランB――」と話を変えた主任参謀を、沙耶がさえぎる。

「今のプランAでいいわ」

 同意を求められて、戸惑う支部長。隼人たちも沙耶の一方的な決断に困惑を隠せない。

 それに力を得たのか、主任参謀はおずおずと切り出した。

「あの、ちなみにプランBなんですけど……」

「いらないわ」と沙耶はやっぱりにべもない。

「どうせまた奇想天外ビックリドッキリ強襲プランでしょ?」

「はい」

(肯定したぞおい……)

(聞くだけ聞いてみればいいのにね)

(いや、沙耶さんのあの感じ、駄目プランなんじゃね? いつも)

 まだなにやらモニョモニョ口の中でつぶやいていた主任参謀に、沙耶がこれも低く小さな声でつぶやいた。途端にしおしおになる主任参謀の姿に驚く。

「……分かりました。プランAでいきます」

 沙耶の発言が聞き取れなくて、隼人は近くの優菜に振った。フランク語のように聞こえたからである。

「よく分かんなかった。ジャーマニア語だと思うけど……」

「ほらるい、あなたの出番よ」と理佐が無茶振りをし、

「だからるいはイッヒリーベヴィッヒしか分からないってば」

 るいの叫びに苦笑しながら、アンヌが口を挟んできた。

「私にも聞き取れなかったぞ。『黄色』がどうとか言ってたくらいだな」

 主任参謀の空咳に遮られて、次は質疑の時間となった。るいが手を挙げる。

「我々が突入部隊だって言われましたけど、その前に、というか今からでも鷹取の皆さんで突入したほうがいいと思うんですけど。こうしてるあいだにも、ニコラがどんどんエネルギーを取り込んでるんだし」

 主任参謀は、ちらりと琴音に視線を振って一礼した。それに答えて、琴音が立ち上がり、その前でさっと手を振る。すると、昨夜見たあの半透明の布が現れた。

「これは羽衣といいます。敵の攻撃を防ぐために伸びたり膨らんだりします」

 彼女の言葉にあわせて、そのとおりの挙動をする羽衣を、興味深く見守る。

「ですが、これでは防げないものがあるのです。風、雨、雷、熱さ寒さ、そういった自然現象に由来する諸々です」

「あ、そうか」と万梨亜が声を上げ、琴音が受ける。

「ええ。ニコラは、えーと、電気タイプでしたっけ、その力を使いますから」

「電撃系よ、琴音」と鈴香が訂正した。

「ポーキモンじゃないんだから」

 鈴香のある意味場違いな例えに、メンバーが反応した。

「隼人君は"あくタイプ"だね。黒だし」

「ワザは"よこしまなしせん"だな」

「いや"ひきよせる"じゃね? こんなに周りに一杯いるし」

「で、女の子を盾にするんですね。最低です、隼人さん」

 沙耶たち鷹取家の人々の視線が痛い。

「日頃の言動がよく分かるわねぇ……」

「いや、盾にはしてませんから。ガードベントも使えないし」と即座に否定する。

 会話が途切れたところを見計らったように、主任参謀が説明を補足した。

「というわけで、鷹取の巫女たちでは対抗するのが難しいと判断しました。よって、『あおぞら』隊の作戦開始時刻は日没と同時とします。なお、事前に敵を引き付けるため、鷹取の部隊はその20分前に行動を開始します」

 他の参謀たちも含めて、先ほどのような雑談や横道には慣れている様子で、

(変身ヒーロー大好き一族の参謀だからか?)

 全然オタクぽく見えないんだが。そんなことを考えていると、京子がためらいながらも手を挙げた。

「あのぉ、その羽衣抜きでも、沙耶さんならニコラを倒せるんじゃないですか?」

 沙耶は京子のほうに体を向けた。もう一度言うわよ、と言いながら。

「どうして私があんな雑魚を処理しなきゃいけないの?」

 京子ではなく、万梨亜が反論した。

「それこそ沙耶さんが言ってた『ちゃっちゃと片付ける』ためです。それでも駄目ですか?」

 ふむ、なるほど。沙耶はあごに手を置いて考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

「その時も言ったけれど、私が全てを処理することはあなたたちのためにならないわ。それは分かるわね?」

 不承不承な感じながら、うなずく京子と万梨亜。沙耶は続けた。

「でも確かに、あなたたちの手に余りそうな案件ではある。だから援護はしてあげる。あとは、あなたたちで処理して。そして――」

 沙耶は、今度はアンヌを見すえた。

「とどめはアンヌ様のお仕事です。身内の不始末は自分で処理する。援助を頼む以上、我が家の方針に従っていただきます」

 アンヌはうなずいた。ソフィーがちらりと主君を見て、

「アンヌ様と私は、抑縛呪を掛けられているのです。それを解いていただけませんか?」

「いいわ。琴音ちゃんと鈴香ちゃん、それから美玖ちゃんも、3人でやってみて。いい機会だから」

 うなずく3人に一瞥を投げたあと、沙耶は言い添えた。

「得物はお貸しするわ。我が家の蔵に眠ってる刀でよければ」

「「もったいない……」」「それ、重要美術品とかすごいもんなんじゃ……」

 日本史ゼミの学生としては気になるところである。思わず声に出したミキマキと隼人に、沙耶は笑った。

「道具は使ってこそよ。それに、使うことでまた来歴が増えるのよ。ヴァイユー家の嫡女とその家臣が反乱者討伐に使ったっていう」

「では、ほかに質問はありますか?」

 主任参謀の問いに誰も応えず、作戦会議は終了――とならなかった。立ち上がって解散と待機を号令した沙耶が、隼人を呼び止めたのだ。

「神谷君にはまだ訊きたいことがあるから」と言って。

 理佐がたちまち不穏な雰囲気を醸し出し始めたが、それを受けて立つ姿勢の琴音は全く動じない。

「うふふふふ、昨日はうまくごまかされましたけれど、今日は全部話してもらいますわ」

 そう言って、部屋の隅からなにやら怪しげな機械を引っ張ってきた。

「このトークマッスィーンで、光の共和国のこと、エストレの力のこと、全部」

「……いやだから、俺地球人だってば」

 うふふふふふふ、と含み笑いを止めない3人の笑顔が怖い。

 千早と圭が進み出た。

「手伝おうか?」

「そうですね。そこの机の上に押さえつけてください」

「ちょっと待て、マジ待てって!」

 見回せば、みんなこちらを見ないように出口に殺到している。関わりあいになりたくないと言わんばかりだ。

 扉が急ぎ閉められ、足音がさっさと遠ざかっていく。それが全く聞こえなくなるのを待って、美玖は一息ついた。

「うまくいきましたね」

「そうね」

 千早と圭が、姪に答えた叔母を見てぽかーんとしている。

「あれ?」

「自白は?」

 琴音が笑い出した。

「特撮と現実の区別くらいついてますよ、もぅ」

 千早と圭に、隼人は説明した。会議のあと一芝居打つから、協力してくれというメールが来たのだと。そこで、幼馴染か双子が悪乗りしてくるかもしれないから、その時は受け入れてくれと返信しておいたのだと。

 腑に落ちた表情の2人に笑いかけていると、琴音が残念さをにじませながらつぶやいた。

「ほんとはちょっぴり、もしかしたらとは思ったんですけどね……」

「ごめんな、まぎらわしいことして。あと、嘘ついててごめん」

 彼女の寂しげな表情を放っておけなくて、そっと腕に手を添えて謝った。

「……さ、あとは若い者に任せて」「あたしらは別室でお茶でも」

「琴音……がんばって」

 好き勝手にほざかれて、美玖にはキラキラ、沙耶にはまさにジト目で見つめられて。

 気が付けば、青黒い髪には似合わない真っ赤な顔。琴音がバッと飛び退ると、ワタワタとしゃべくり始めた。

「ななななに言ってるんですかわたしは正直な思いを述べただけでそれに隼人さんが乗っかってきただけじゃないですかやだもー隼人さんもなにさりげにうう腕さささ触るんですかそれがみんなに誤解を与えるんですよなに真顔で謝ってるんですかそそそんなことじゃわたしわたし騙されませんよええ騙されませんとも――」

 止まりそうもないので、隼人は軽くチョップをおしゃべり娘の額に食らわした。

「で、これが見たかったんだろ?」

 デイバッグから、愚者の石を取り出す。このために、特にアンヌ主従を遠ざけるために一芝居打ったのだ。打ったはずだ。

 みんなが集まってくる。求めに応じて沙耶に石を手渡すと、彼女はためすがめつ眺め始めた。

 圭が実に嫌そうな顔で、

「これが噂の呪いのアイテム……」

 突然、鷹取家の面々がびくっと震えた。不審に思って視線を向けたが、何事もなかったかのように、沙耶から愚者の石を順に受け取って眺めている。

(呪いって言葉に反応したのか? 自分たちに呪いが掛かってるって言ってたし)

 続いて沙耶の手から石を受け取ったとたん、鈴香が眉根を寄せた。

「なんか、微妙に温かい……キモい」

 その途端、愚者の石はいきなり鈴香の手を離れ、隼人に向かって飛んできた!

 慌てて手を出すと、そのスピードにもかかわらずピタリと手のひらに吸い付く。相変わらず怖い……

「な? 装備から外せないんだぜ、これ」と圭が身震いした。

「あんた、どーすんのこれ」

 青い顔の千早に、あえて笑いかける。

「ここに置いてくよ。ニコラが片割れを持って来てたら近づいちゃダメらしいし」

「神谷君――」

 沙耶が近づいてきた。一見いつものお嬢様然とした御すまし顔ながら、眼が妙に光っている。

「それ、どなたがおっしゃってたの?」

「んーと、会長が俺に伝えてくれって、支部長さん経由でです」

「そ」

 いたって短くつぶやくと、隼人たちは沙耶に協力に関する礼を言われ、仲間たちとともに待機に戻るよう指示されて退室した。眼の光が収まらぬ沙耶に、不審を感じながら。



「見ましたか、沙耶様」

 隼人たちの足音が遠ざかったのを確認して、琴音は沙耶に問いかけた。

 沙耶のうなずきは、重い。

「あの形、色、大きさ……間違いないわ。このあいだ確認した文書もんじょの記述どおりね」

 支部長から提供された情報の中に、あれに関するものがあった。引っ掛かりを覚えて屋敷の文書蔵で当たってみたら、それと思しき資料が出てきたのだ。

 その名も、魂呪魄縛晶こんじゅはくばくしょう

「だとすると……どうしましょうか?」

 美玖の心配顔に大丈夫と笑いかけた沙耶が、指示を飛ばす。

「総領様と雪乃様に連絡して、現地近くで待機してもらって。ただし、会長には気取られぬように」

 スマホを取り出してタップしながら、沙耶のつぶやきを聞くともなく聞いた。

「それでなんとかなればいいけど……」

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