第四十日[飯を食ったり告ったり]
矢「な、ななな何と!」
梨「本日!大変な事が!」
雷「起こる!かも……」
矢・梨「どっちだよ!」
「おぉ!隆次君じゃないかっ!」
隆次は我が目を我が耳を疑った。
「尾九さん…!?」
しかし目も耳も正気だと仮定して、目の前の声や姿はそのまま尾九だった。
「まぁまぁ、そんな驚くことはないじゃないか。葉子がピンチの時にさっと来てさっと助けるのは別に珍しいことでもおかしなことでもないだろう?」
「はぁ…、まぁ、」
(ピンチの時に、助けてもらってないよな…?)
隆次はそう思ったが、口にすることは憚られた。
「と、いうわけで葉子をいじめたやつに抗議を…」
そこで尾九の携帯電話が鳴った。
「駿か!!」
尾九はそう叫ぶと携帯電話をパッと取り出した。
「なんで分かったんですか?」
「葉子と駿のケータイからのメールは、着信音を変えてるんだ。それに、ここに来られない駿に、葉子を励ますメッセージを送ってくれと言っておいたんだ」
尾九はそう言いながら駿からのメールを開いたようだ。
「駿ー!!お前はなんてお姉ちゃん思いなんだー!!」
そしていきなり叫び出した。
「分かったぞ駿!お前のこの熱くて静かな揺るぎない思い、不肖お兄ちゃんが絶対に届けるからなー!!」
そう言いながら尾九は物凄い速度で駆け出した。
「葉子ー!!」
「また来た…」
未来が廊下の方からの大声に身構えた。
バタンッ!!
「お前にっ!伝えたい言葉が…」
「煩い。他の人に迷惑」
「っ…」
尾九は葉子の刺すような一言に一瞬たじろいだようだが、
「…っとも構わない!俺は一刻も早く、葉子に勇気と元気と希望を持って欲しい。だから俺はその為になら鬼にでも悪魔にでも、何にでもなってやる!」
「その葉子先輩から元気を奪い去っている気が…」
未来はこっそり呟いた。
「だからどうしてもこれだけは伝えたい!葉子!元気出せ!駿からの励ましのメールが届いたぞ!ほら、これを読んで傷なんて吹っ飛ばせ!」
尾九はそう言って携帯電話を見せた。未来も覗き込む。
『もしも頑張ってたら頑張ってと言ってはいけないそうなので、何も言いません』
「…」
未来はなんとも言えない顔をした。
「うぉぉおぉーっ!何度見ても心震えるーっ!駿、お前はなんてお姉ちゃん思いのいい子なんだ!月並みな表現をして葉子を傷つける位ならいっそ涙を飲んで何も言わないなんていう選択、普通の人には到底真似出来ない!葉子を励ましたくても溢れる葉子への思いをその思いの強さ故に言葉にすることが出来ず、もどかしさとやりきれなさに四苦八苦しながらなんとか現時点での最善の言葉を紡ぎ上げ、でもやっぱりもっといい言葉があったんじゃないか、もっと葉子が喜ぶ言葉があったんじゃないかと迷い自分を責めてしまっているいじらしい駿の姿がありありと浮かんでくるぞ!駿ー!大丈夫だー!心配しなくていいぞー!お前のその迸るお姉ちゃんへの思いは、ちゃんとお姉ちゃんに届いてるぞー!!」
尾九はそう叫ぶと葉子に詰め寄った。
「というわけだ葉子!元気出ただろ?」
「全く」
葉子は即答した。
「そうなのか…」
尾九はぐったりと倒れ込んだ。
「…だがっ!これだけは分かって欲しい!」
そして急にガバっと起き上がった。
「駿も俺も、葉子、お前のことが大好きで大好きで大好きで堪らないんだ!!」
「…もう気は済んだ?」
葉子は尾九を冷たい目で見た。
「あぁ!これで全部伝え終わった!」
尾九はそう言って立ち上がった。
「葉子、またな!またいつか何か困ったことがあったら、どんな些細なことでもいいから恥ずかしがらずにお兄ちゃんに相談してくれ!」
尾九はそう言うと部屋を出た。
「なんていうか…」
未来はそこで言葉を探しているのか視線を宙に彷徨わせた。
「愛されるっていうのも大変なんですね…」
「あれは特例だから」
葉子は静かに言った。
「ではみなさん、手を合わせテ…」
全員のいただきますの声で、朝食が始まった。
「梨田君、ぁあん!?しなされ」
真夕は隣の谷津冶を笑顔で見た。
「いやいや待って下さいよー、何が楽しくて俺は食事の席でガンを飛ば…」
「やりなさい」
「…」
谷津冶は諦めたようだ。
「…ぁあん!?なんやワレやんのかこらぁ!俺をナメて柳垣ちょとストップ」
谷津冶は目をガードしながら言った。
「いやな、梨田君の目玉が、どこか空腹で堪らないように見えてなぁ」
真夕はそう言って野菜を刺したフォークを谷津冶の目に向けた。
「こらこら、食べ物で遊ぶんじゃないヨ」
ジャンヌがたしなめた。
「失礼しましたな。謝罪致す」
真夕は大人しくフォークの野菜を口に運んだ。
「くそ…リア充め」
隆次が谷津冶に聞こえるように吐き捨てた。
「…うーん、嫌だったら答えなくていいけど、やっぱリュージ君は非リア充なのかナ?」
ジャンヌがニヤリと笑いながら隆次を見た。
「えっ!?…」
「いやはや、もうこれで暫く君達に会えないと思うと、深く立ち入った質問がしたくなるネ」
「…そういうもんなんすか?」
「そういうもんス。で、どうなノ?」
「残念なことに非リア充ですよ…」
隆次は俯くと、
「くそぅ!リア充爆発しろぅ!」
と言って陸と谷津冶を睨んだ。
「うぅーん、相当気にしてるようだネ…」
ジャンヌはそこで考えるような素振りをしたが、少しして手をポンと叩いた。
「うん、なんならばシルヴィー貰ってっテ?」
「お母様!?」
いきなり話に現れたシルヴィーは叫んだ。
「えっ!?えっ、いや、それは!」
隆次はかなり慌てているようだ。
「完璧にペットの子供渡すノリだよね…」
名似何は呟いた。
「雷堂と結婚とかマジありえないよね」
美毅は瑠美子を見た。
「ですよね。シルヴィーちゃんが可哀想ですよ」
瑠美子も美毅を見た。
「ン?どうなのサ?シルヴィーじゃあ、駄目?」
ジャンヌはにやつきながら隆次を見つめた。
「いや、こいつは、そのですね、まぁ、ただの友達でしてね…」
「別に、ただの友達と恋愛しちゃいけないなんて法律は無いヨ?」
「いやですけどね…」
「なりません!」
台所からシルヴィーの執事兼メイドが慌てたように現れた。
「失礼を承知で申し上げますが、お嬢様はこんな不埒で傲慢で薄汚い、どこの泥棒猫の骨だか分からないような蟲野郎と結婚することなんて御座いません!」
「あっはっはっ、そーいうのはシルヴィーの意思次第だヨ」
「そ、そうですが、お嬢様は、こんなやつとの結婚は望んでおりません。ですよね、お嬢様?」
メイドは自信を持った目でシルヴィーを見た。
「え、私…?」
「そりゃ最終的な判断は本人同士だわサ」
ジャンヌは微笑みながら娘を見た。
「…まっ、どうしようもなくなったら検討しておきますわ」
シルヴィーはフッと笑って言った。
「うむ、して、リュージ君ハ?」
ジャンヌは隆次に顔を向けた。
「やっぱ来たよ…」
「どなノ?」
「いや…だからですね、そりゃ、人生何があるかなんて分かりませんよ?そもそも明日生きてるかも知りませんし。でもですね、だからといって今の内にそぅいぅ選択肢を考えても…」
「おぅい?どぅしたぁ雷堂?随分としどろもどろだぞぅ?」
谷津冶がにやつきながら隆次を囃した。
「うるせぃリア充!」
名似何はこのやりとりをぼーっと聞いていたが、そろそろ真新しさが無くなってくるだろうと思っていると、誰かに肩を叩かれた。
「あの、すみません」
名似何が左を向くと、肩を叩いたのは烏柄だったようだ。
「はい?」
「悪いって、どういうことですか?」
「はい!?」
「あ、いいえ、違うんです」
名似何の怪訝な顔を見たからか烏柄は少し慌てたように付け加えた。
「姉にそう聞かれて、どうしたものかと途方に暮れているんです…」
「びっくりした。君までお姉さんみたいになったのかと…。まぁ確かに、普通の人に答えるにしても難しい問題だよね…」
名似何はそう言いながら携帯電話を開いた。
「ちっと待っち、私のポンコツケータイ辞書で調べるから…」
名似何は携帯電話に搭載されている辞書を開いた。
「ぅむ…『悪い』、えっと、『正しくない。道理にかなっていない。』では、『正しい』は…『道徳・道理・真理・規則などに合っている。』…うん、諦めた方がいいね」
名似何はそう結論を出して携帯電話を閉じた。
「諦めるんですか…?」
「ねぇねぇ、それで、悪いっていうのは、どういうことなの?」
花代が烏柄を急かした。
「えっと…」
烏柄は困ったような顔をした。
「…お!」
名似何は1つ閃いた。
「どうされたんです?」
烏柄が、少しだけ希望を持ったような顔つきになった。
「一か八か駄目元でやるか…」
名似何はそう呟くと、花代に目を向けた。
「…少女、」
名似何は花代に呼びかけた。
「少女っていうのは、どういうこと?」
名似何はそれには答えず予定していた行動を取ることにし、楠男に近づいた。
楠男がこちらを見る。
名似何は楠男からおにぎりを取り上げた。
「おにぎりおいしかったのに…」
楠男は名似何の持っているおにぎりの方向に手を伸ばした。
「楠男君のおにぎり返して!」
花代は名似何からひったくるようにおにぎりを奪い返した。
「これが、悪い」
名似何はゆっくりとそう言うと自分の席に戻ろうとしたが、
「悪いっていうことがどうしたの?」
問い詰めるような花代の口調に立ち止まった。
「…いや、悪いっていうことがどういうことか、質問したでしょ?」
名似何は振り向いた。
「…」
花代は記憶を手繰っているのか暫く視線を宙に彷徨わせたが、
「おにぎりおいしかったのに…」
楠男の一言ではっとしたようになった。
「あ、大丈夫?楠男君」
花代は慰めるように楠男に近づいた。
「おにぎりおいしかったのに…」
「おにぎり、おいしかった…のに?」
花代は途中で動きを止めた。
「おにぎりおいしかったのに…」
「え?ええええ!?どっ、どういうこと?お、おにぎりは、楠男のいつも食べてる物だよね?」
花代は確認するように楠男を見た。
「おにぎりおいしかったのに…」
楠男は花代の持っているおにぎりに手を伸ばしながら頷いた。
「おいしかった、はえっと、えぇっと、前に楠男君が言ってた気がする、えっと、あ、そうだ!おにぎり食べ終わった時に言ってることだ!で、おいしかったのに、は、えっと、」
「おにぎりおいしかったのに…」
どうやら花代は楠男の手が見えてないようだ。
「あぁぁぁ、ごめんね楠男君。楠男君がどういうことを言ってるのか、頑張って考えるから」
「おにぎりおいしかったのに…」
名似何はそのやりとりを見ながらゆっくりと後退した。
「申し訳御座いません」
「ん?」
なんとか席に戻った名似何は椅子に座るや否や烏柄に謝罪された。
「姉は兄のこととなると神経質で…」
「…弟がおにぎり取られたことがショックすぎて、色々と頭から抜けちゃったのかな?」
「でしょう、か…」
ここで2人共黙ったが、名似何は何となくこの静けさが嫌で口を開いた。
「…まぁ、そういうもんだからね」
「何がですか?」
名似何は返されても答えられなかった。
「…うーん、つまりは、そういうこと」
ということで無理矢理有耶無耶にしようとした。
「はぁ…」
烏柄は納得できない様子のまま黙った。
その様子に安心し先程の発言を反省した名似何は食事を再開したが、辺りがやけに静かだ。
「…どうしたの?」
名似何は何故か放心状態の隆次に尋ねた。
「谷津冶が…告った」
隆次は口を動かして音を出した。
「告った?」
「シャドーに…告った」
「…!?」
名似何は暫く驚いた後、
「遊びが過ぎるよ…」
少しして冷静になり空を睨むようにした。
「遊びが過ぎるって、どういうこと?」
花代の声が、いやに響き渡った。
な、な、ななな何と!
あのチキンな梨田君がシルヴィーに告白しちゃいました!
いや〜一体どうなるんでしょうかね?
自分も全く解りません(笑)
それでは、アデュー!




