第二十八日[重いって、何ですか?]
梨「なんか新しいな」
矢「新しいって何ですか?」
雷「いや真似しちゃまずいだろ!」
「…さて、こっから重い話になるな」
隆次が歩きながら誰に言うともなく呟いた。
「やべー…、ふざけらんねぇ…」
谷津冶は後ろで手を組んだ。
「まぁそう気負うことはない。私もこういうのには淡白なのだけども」
名似何は淡々と歩いた。
一行は、ひめゆりの塔に徒歩で向かっている。
今日のテーマは、第二次世界大戦。
何故最終日にしなかったのかというと重い気分で帰りたくなかったから。
あと念の為、ひめゆりの塔についてざっと解説しておくと、そこは、第二次世界大戦末期に沖縄で看護要員として動員され最後には悲痛な最期を遂げたある高校の職員や生徒達を合祀した塔だ。
それぞれが沈痛な面持ちで塔やその周辺を見回した後、次の目的地にバスで向かうことになった。
「また次も第二次世界大戦系かぁ…」
谷津冶は上半身を前に曲げた。
「…まぁ一応、塾の修学旅行だし、ね?」
THE STEGOの現最高責任者が少し笑いながら谷津冶を見た。
「そうだよ梨田君」
谷津冶の左にいた真夕はそう言いながら谷津冶に近寄った。
「お前近っ…」
谷津冶はみなまで言うことは出来なかった。
真夕が左手に持っていた物が、谷津冶の丁度心臓の辺りを突き刺したからだ。
「…って、」
谷津冶が一瞬固まっていると、真夕は黒い柄をぐりぐりと谷津冶に押し込もうとした。
「いやちょっ柳垣、それ地味に痛い!それ地味に痛い!」
「うん。そうだね」
真夕は引き抜いた。
「ってなんだそれ?」
谷津冶が指差した物を見ると、プラスチック辺りで出来たナイフ形のおもちゃのようだ。
「これ刺すと引っ込むんだよ」
真夕はそう言うと谷津冶の腕にナイフのような物を突き刺した。
「って!」
名似何は実体験があるので分かるが、刺すと引っ込むタイプのナイフは完全に引っ込むわけではないので微妙に痛い。
「よかったねー梨田君、これが本物だったら2回程死んでたね」
「あ、あぁ…」
谷津冶は反応に困っているようだ。
ナイフに2回程刺された位で谷津冶は死なないと名似何は思ったが、柳垣の幸せそうな顔に水を差すとどうなるか分からないので何も言わないでおいた。
「でも安心してね、梨田君」
真夕は谷津冶を見てにっこりと微笑んだ。
「もし梨田君が誰かに傷つけられそうな時は、きっと大丈夫だから」
「…何が?」
「うーんと…」
「…」
「…隙ありー!」
真夕は左手に持っていた刃物のような物を谷津冶に突き刺した。
「てっ!」
谷津冶は叫んだ。
「…ネタ切れか」
名似何は呟いた。
そんなことを言ったりしていると、次の目的地の平和祈念公園にバスが到着した。
「あっ!海だ!」
高上が指差した方を見ると、確かにそこには海が広がっていた。
「綺麗ですね…」
瑠美子が呟いた。
「へぇえ…」
隆次も呟いた。
「眠い…」
深宮も呟いた。
「…やはり私は花より札束だな。通称花札」
名似何も呟いた。
「お前、このタイミングで言うなよ…」
谷津冶も呟いた。
「梨田君隙ありっ!」
真夕はそう言うと谷津冶の向こう脛を蹴った。
「ぅおっ!」
その後THE STEGOの現最高責任者の案内で一行は中に入った。
「…さて、えぇっとですね、」
沖縄県平和祈念資料館の前で、THE STEGOの現最高責任者は生徒達の方を向いた。
「…ここで、人を2人集めましょう」
「…え?」
「…どん位違うんだ?」
隆次は名似何を見た。
「大人2人に奢ってやっても470円の得だね」
名似何は手元の、シャープペンシルでメモ書きされたパンフレットを見ながら言った。
沖縄県平和祈念資料館は普通の資料館と同じで、入館料があり、団体割引がある。普通の入場料は大人が300円、子供が150円だが、団体だと大人が240円、子供が100円となる。
しかし今のメンバーを見てみよう。
団体割引の適用は20人からなのだが、ジャンヌとアスカが加わっても一行は18人と、ギリギリ足りない。
というわけで何班かに分かれて、人を集めてこようということになったのだ。
名似何と隆次でタッグを組んだ(谷津冶は真夕にコンビを組まされた)が、この2人が誰かを集めるのはほぼ無理だろう。
「…にしたって、無理してそんな集める必要あるのか?1人辺り…10円ちょい位だろ?そんなにうまい棒買いたいのか?」
「別にそんなにあれなら団体料金をきっちり請求してもいいんだぞ?そうすれば全部集めて950円。大きめのお菓子3つ程買って全員で食べるとか出来る」
「全部集めて、950円…か。その為に2人も集めなきゃなんないのか…」
「ウチ入れて19人やな。あと1人か」
科菜は自分を指差した。
「幽霊の数詞については論争が沸き起こる為考えません」
名似何はそう言っている内に、2人組の男女を見つけた。
「…お、あの人達に聞いてみようか雷堂」
「頼むぞ矢手弓」
「「…」」
そんな話をしているとその2人はこちらに歩いてきた。
「…もしかして、俺らに話があるのか?」
「もう少し確率の高いことを話そうか」
しかし、相手の事情を考える暇は無い。
「あの…すみません」
名似何は2人を呼び止めた。
「…」
少女の動きが止まった。それに習うように、おにぎりを食べている少年も止まる。
少女は名似何と同じ位の年のようで、少年はそれよりやや年下に見える。
少女はそれから、体の向きをゆっくりと名似何に向けた。
そしてゆったりと口を開いた。
「…すみませんっていうのは、どういうこと?」
「どういうこと言われても…つまり、私の話を聞いて頂きたいんです」
「…聞いて頂きたいんですっていうのは、どういうこと?」
「…」
名似何は少し考えたが、名似何の話を聞いてくれそうなので気にしないことにした。
「ここに、行きたいですか?」
名似何は沖縄県平和祈念資料館を指差しながらゆっくりと言った。
「…ここ?」
首を傾げる少女に名似何はまどろっこしさを感じたが、仕方無くその建物に歩み寄り壁を叩いた。
少女は納得したように頷いた。
「…行きたいっていうのは、どういうこと?」
しかし少女はまた首を傾げた。
「…」
名似何は1つ作戦を思いついた。
名似何は少女の横についた。
そして大袈裟に1歩進んだ。
少女が首を傾げていたので、名似何は足を戻してもう一度同じことをした。
「…こう?」
少女も1歩歩いた。
名似何は頷いてから、もう1歩歩いた。
少女もそれに習う。
名似何は数歩歩いた。
少女も数歩歩く。
そして名似何はゆっくりと前方に歩いていった。
しかしふと右を見ると、少女の姿は無い。
名似何が後ろを向くと少女は隣の少年を庇うように抱きかかえていた。
「…」
名似何が状況確認の為戻ると、少女の少年を引き寄せる力が強くなった。
「楠男君危ないよ。変な人に着いてっちゃ駄目だよ?」
少女は楠男と呼ばれた少年を見た。
「…おにぎりおいしい」
楠男は少女を見上げた。
「…楠男君、」
少女は楠男をじっと見つめた。
「…おにぎりっていうのは、楠男君がいつも食べてる物のこと?」
少女は楠男の持っているおにぎりを指差した。
「おにぎりおいしい」
楠男は頷いた。
「…」
少女は満足気な笑みを見せた。
「お姉ちゃん賢い?」
「おにぎりおいしい」
少女はその答えに満足したようで楠男から目を離した。
そして、携帯電話を取り出した。
「…」
少女は楠男の位置を右手で固定しながらじっと名似何達を見ている。
「…待った」
名似何は少し両手を挙げた。
しかし少女は携帯電話のボタンを3回押すと耳に当てた。
「私達は、変な人では、ない」
ベクトルが違う。名似何はそう言いかけたが、リスクを考えてやめた。
「もしもし、変な人が、変な人ではないと言っています。はい…場所?場所っていうのは、どういうことですか?」
少女がそう言っていると背後から少年が現れて携帯電話を取り上げた。
「すみません。見間違いでした。不審者ではなくただの見知らぬ人でした。失礼します」
いきなり現れた少年はそう言って一方的に携帯電話を切った。
少しして、再び携帯電話が鳴り出した。
「…家族がご迷惑をおかけしました」
少年はそれを気にも留めずに名似何達を見て頭を下げた。
「…え、えっと、いえ、別に、」
「…烏柄君、」
少女は烏柄と呼ばれた少年を見た。
「ご迷惑っていうのは、どういうこと?」
「今あなたがしていることです」
烏柄はすぐにそう言うと名似何の方に顔を戻した。
「それで、姉に何の用ですか?」
「…えっと、要件だけ言いますと、2人程来て頂きたいんです」
「…何故ですか?」
「ねぇねぇ、烏柄君、」
少女が烏柄の袖を引っ張るが烏柄は無視している。
「団体割引を申請するのに2人足りないんです。他の人が既に集めてるかもしれないけど、誰も集めてなかったら一緒に入館して頂きたいんです」
「その建物にですか?」
烏柄は沖縄県平和祈念資料館を指差した。
「あ、あと、欲を言うならもう1つ、なんか有料の所があったのでそこも」
「そうですか…」
烏柄は少し考えるような素振りをした後名似何に微笑んだ。
「分かりました。2人を使って下さい」
「いいんですか?」
「2人共ここら辺を回りたそうでしたが、誰か保護者がいないとどうも危なっかしくて。ですが私も、そろそろ羽根を伸ばしたいと思っていたんです」
「ねぇねぇ烏柄君?烏柄君っていうのは、烏柄君のことなんだよ?」
少女が烏柄の袖を何度も引いている。
「あぁ、じゃあ、取り敢えずあなたもついてきて下さい。冷静に考えたら、私より数倍社交的な人がわんさかいるので高確率で無駄骨です」
「そうですか」
こうして6人(幽霊の数詞を『人』とする)は、皆の集まる所に足を進めた。
「あら、どこをほっつき歩い…その方々は?」
集合場所に行くと、シルヴィーは奥の3人に目を留めた。
「おい、勧誘しろよ」
名似何はそこにいた人達を見回した。
なにせ人を2人集める筈なのに、集合場所には1人を除いてみんな残っていたからだ。
「ホークがいれば、勧誘要員は他にいりませんわ」
シルヴィーはあっさりと答えるが、名似何はあちらこちらで見知らぬ人から盗み聞きし見た情報から、その目算が外れている可能性を検討していた。
「…小鷹は少しの間来られない可能性がある」
名似何は呟いた。
ダダダダダダダ
「っこいつら!」
陸はひたすら逃げるしかなかった。
陸は今でも何が何だか理解しきってはいない。
しかし断片的な情報を整理すると、どうやら陸はどこかのローカルアイドルグループ『ビッグスパロウ』のメンバー『エアリアル』に顔つき姿形がそっくりらしいのだ。
それで、『ビッグスパロウ』を知っているらしいどこか1校の女子高生(沖縄旅行の学校企画で来たらしい)が大量に陸の元に押し寄せてくるのだ。
確かに、最初に資料館に行こうと誘ったのは陸だ。
しかし当然、この80人近い大群のほぼ全ての人は本来その勧誘とは無関係の筈なのだ。
「一緒に資料館見に行こうよー!」
「一緒に生涯を歩んでいこうよー!」
背後からの、黄色い声、真っ赤な声、緑の声、毛深い声、派手派手ミックスしてる声。
陸は無力にも、逃げ回ることしか出来なかった。




