プロローグ〜残忍
『この土手を登り越えると一体どんな景色が広がっているのだろう?』——幼い頃の素朴な冒険心。完全には思い出せない記憶。海馬に深く刻み込まれた、決して忘れることのできない「初体験」の物語。
言葉にするのも憚はばかられるような衝撃的な体験と、大人になった今だからこそ振り返るあの夏の日の情景を、静かに言葉へと紡つむいでいきます。
※本作にはセンシティブな表現が含まれますので、ご留意の上お読みください。
『この土手を登り越えると一体どんな景色が広がっているのだろう?』——幼い頃の素朴な冒険心。完全には思い出せない記憶。海馬に深く刻み込まれた、決して忘れることのできない「初体験」の物語。
言葉にするのも憚られるような衝撃的な体験と、大人になった今だからこそ振り返るあの夏の日の情景を、静かに言葉へと紡いでいきます。
※本作にはセンシティブな表現が含まれますので、ご留意の上お読みください。
第ニ部:プロローグ〜初体験考《前半》
さて、またお話はがらりと変わりますけれどご承知おきの程を御願い申し上げます。
さて、いきなりセンセーショナルな言葉でありますけれど、わたしの初体験のお話です。これはお話するのも憚られるようなハードなお話になる予感もするのです。非常に恥ずかしくもあります。皆様に共感いただけますかどうかもわかりません。
んー、でもお話します。わたしの中でなんだかお話ししないと始まらないという気持ちがあるような気がするからです。
わたしの初体験(もちろんあっちの方にございますけれど)は、小学生三年か二年生の時です。どうしてニ年か三年か特定出来ないかと申しますと、わたしの中でそのことに関する記憶が一部曖昧で、というか発達障害もありましたもので、はっきりと日時などを憶える能力にも乏しかった為だとも思われます……。犯人も捕まったわけでもありませんし、(あ、いや。犯人と言ってしまうともう、今後の展開もある程度お分かりになってしまうのかもしれませんけど)今となっては分からないのです。もしかしたら、忘れなければならない辛い記憶の断片を、自分でも気づかない内に脳細胞の奥の奥へと自ら追い遣ってしまったのかもしれません。
学校の帰り道でした。当時わたしは、とある公営団地から1kmくらいの道程を徒歩で三十分くらいかけて通っておりました。
夏の暑い日で、割合薄着で歩いていたような気がいたします。
ちょうどもうすぐ自宅である団地が見えるかどうかという位置でした。車線のない細い生活道路は、ある一級河川の土手に突き当たるところでした。それを右に曲がれば何事もなく通過して自宅に辿り着く算段のはずだったのです。
そこでわたしは運悪くも余計な思いつきをしてしまったのです。『この土手を登り越えると一体どんな景色が広がっているのだろう?そこが川ならお魚は泳いでいるだろうか?誰かひとはいるのたもろうか?』
と。当時は冒険心の塊のような子供だったのかもしれません。
素朴な疑問と好奇心によってわたしは視野を狭めていたのかもしれません。辺りを気にすることもなく両手を地に突きながら急な土手を登っていったのだと思われます。土手の上は、舗装こそされていないけど、足跡もついた細い歩行者専用道となっておりました。道幅的に自動車は通れまいと判断できたのです。ちょっとした高台から見下ろす川の風景は新鮮でした。少し遠くに自宅団地の窓も見えます。
その団地と現在位置のちょうど中間点あたりに中規模な橋が見えました。車も歩行者も殆ど渡っていないような橋です。
わたしは噂に聞いたことがないとは言えません。橋の下には今で言うホームレスの方々が暮らしていることが多いと。ホームレスは、当時は、浮浪者と呼ばれておりました。
土手にお野菜の種を撒いて栽培しているからそのお野菜を踏むと叱られるとか、当時は安かった煙草の吸殻を川に投げ捨てているとか、河原にいかがわしい本が捨ててあるとか……。わたしには少し怖い噂でもありました。
橋の下は怖い所だと思わなければおかしかったのです。ところが……。
【そろそろ本題に移るので少し休憩はせてください。後半もお楽しみに】
『初体験考《前半》』をお読みいただき、誠にありがとうございました。幼い頃の淡い冒険心と、その裏側に潜む消し去りたいほどの記憶のコントラストを感じ取っていただけたでしょうか。
発達障害ゆえの不鮮明な記憶の断片を手繰り寄せながら、言葉にするのも躊躇われる過去と向き合う作業は決して容易ではありませんでした。しかし、大人になった今だからこそ静かに紡ぎ出せる言葉があると信じてペンを執りました。
この土手の向こうで一体何が起きたのか、そして主人公の心にどのような影を落としたのか――。次章となる後半では、いよいよその「初体験」の本質へと迫ってまいります。センシティブな内容が続きますが、最後まで見届けていただけますと幸いです。




